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ある閑散期の朝、ルカからインスタントメッセージが届いた。
曰く、リンドブルムが定期点検を行う日から数日、有給休暇を取れるということであり。電話を掛けると、二度目のコールで聞き慣れた彼女の声がコミュニケーターから聞こえてきた。

「有給?」

『余ってるから暇な時期に消化しろってお達しでねー、うちの部下もみんな一斉休暇にするの。まあ何人かは残すけど』

「それじゃあ……そうだな、丁度点検日から一週間後にボーダムに降りるが、一週間も取れるか?」

『余裕余裕。最近使ってないんだぁー……ちょっとレイダ待って、ついでにこの書類も!』

向こうからは卒業後ルカの部下になった士官学校時代の知り合いの声が聞こえてくる。どうやらルカは書類仕事の真っ最中だったらしい。

「じゃあ来週、2番ゲートに来なさい」

『はーい』

彼女らしい軽快な返事の後も、待ってレイダ待ってという声が聞こえていたが、シドは構わず電話を切った。来週彼女が来るのなら、今のうちに後回しにしていた仕事を片付けた方がいいし、更にはリグディにも伝えておいた方がいいとわかっていたからだ。



そして翌週、点検のために真昼のエデンの空港に立ち寄ったリンドブルムに、小さなトランクだけ抱えたルカが乗り込んだ。シドはそれを監視カメラの映像で見ていた。彼女もさすがに軍服は着ておらず、学生時代とは趣味は違えども私服だった。ルカと個人的に会うときは軍服を目にすることがないため、ときどき公的な場で彼女と顔を合わせると驚いてしまう。シドが言うのもなんだけれど、彼女が軍人をしているというのはなんともちぐはぐだ。

「せーんぱーい」

開けっ放しの執務室のドアをノックして、彼女がひょっこり顔を出す。仕事中かと躊躇う様子も見せたが、中にシド以外居ないと知れると堂々と入ってきた。

ルカちゃんが来ましたよー」

「今忙しいから一人で遊んでろ」

「なにその親戚の子供が遊びに来たみたいな扱い……」

ぶーぶー言いながら、ルカは執務室から続くドアをくぐりシドの私室に入っていく。そう広くもない私室スペースの中には小さいながらルカのための部屋も一応あり、彼女の私物はそこに纏められている。
数十分後、ルカはそこから出てきた。そして、「お腹空きました先輩!」と両手を挙げる。

「食堂に行って来い」

「ほんっとうに忙しいのね……まるで構ってもらえないとは想定外。……わかりました、じゃあ誰かに遊んでもらいますよー」

ルカは大して気を悪くした様子もなく、踵を返してさっさと執務室を出て行った。ルカがやってきてからずっと書類を見つめていたシドは、その後ろ姿を眺めるためだけにふと顔を上げた。少し頼りなげな背中である。少なくとも、シドの素っ気なさにまるで顔色を変えないくらいには落ち込んでいるらしい。大体、ルカの方から休暇が取れるから会いに行っていいかなんて尋ねること自体、落ち込んでいるときにしか有り得ない行動なのだ。だからわかっていたけれど、思ったよりは酷い状況のようである。

広域即応旅団、通称騎兵隊の母艦である巨大空母リンドブルムは、その正式名称の通り広域パトロールを主な業務としており、一年のほとんどを上空で過ごしている。そのため所属する兵もほとんど空から降りられず、母艦内での生活を余儀なくされる。
それゆえ、母艦リンドブルムは高い機動力を有した兵器としての性格を持ちながら、生活空間としての部分もかなり大きい。スケジュールの変則的な、最高司令であるシドの私室にはキッチンも何もかも―飛空艇にはほとんど設置できない強化ガラスの窓までもが―完備されているが、もちろん全員に同じ設備は与えられないので、食堂やランドリールームなどといった学生寮にも近いような施設が揃っているのだ。
騎兵隊は基本的には少数精鋭がモットーで、警備軍の中でも人数規模そのものは大きくないのだが、それでも一つの乗り物に押し込める上では人数が多い。また、兵士を支えるための従業員も数えれば、およそ300人ほどの大所帯と化していた。
非番の人間は生活区画では私服で生活を送っている。もちろん公的な場であれば全員軍服の着用は義務であるのだが、いかんせん騎兵隊は自由人が多い。その図は軍の母艦としては少々情けなくも映るが、シドが注意すれば一も二も無くイエッサーと答えるからといって非番の日の衣服まで指定する気は彼にはなかった。だから、ルカが私服でうろついていても、そう問題は起きまい。ルカが奇行に出さえしなければ、この休暇も何ら問題なく終わるだろう。PSICOMの人間だからといって、何か問題が起こるとは思えない。まずばれないとは思うし、ばれたとしてもルカならなんとかできるだろう。
そう思いはすれども、ルカのあの背中を思い返すと、少しだけ不安がもたげるのも事実であった。いっそあからさまにばらしてシドの存在をちらつかせるか?……その方が遥かに良い案に思えた。なんせ今は時期が悪い。

「……リグディ。起きているか?」

最も有能な部下は、今日は非番だったはずだった。今度彼には礼をしなければならないが、士官学校時代から悪友のような関係を続けているらしいリグディが近くに居ればルカも多少は気が紛れるだろう。それに、常日頃からシドの補佐に立つリグディならば、存在だけでシドの意向を示せるはずである。休日の真昼に鳴った仕事用コミュニケーターを通じた上司の要請に、リグディは苦み走って乾いた笑い声を立てつつも、シドの考えを汲んでか了承の返事を返した。

「有能で融通の利く部下を持って、私は幸運だ」

『ええ、全くです』

真面目くさった世辞に、リグディもまた真面目くさった声で応える。誰より優れた飛空艇乗りでありながら、持ち前の器用さで大半のことをほとんど完璧にこなしかつ人間関係を円滑にする人柄であるリグディを、シドは誰より頼りにしている。世辞にしか聞こえない言い方をしたものの、シドの言葉は全くの本心であった。ルカに準じるほど付き合いの長い部下は良き友人でもあり、ルカのことを任せられるほどの数少ない人間なのである。



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