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※エンドから2〜3年後軸、夢主に子供(名前なし)がいる
※いろいろ夢物語



「おい、ナツメ! 時間だぞ」
 ドアを開けたナギがそう言うので、ナツメは看護学生たちに医務室を任せ、魔導院前の広場に向かった。旧皇国から使者が来るからお前も出迎えに来てくれと、昨日連絡を受け取っていたからだ。
 そういや今回はどんな理由で使者が来るの、メインは互いの土地に残った残留市民をどうやって戻すかの話し合いだな、それじゃ私ほとんど関係ないんじゃない、いやなんだかんだ皇国のことを一番知ってるのはお前だからさ。
 ふうん、言いながらナツメは小石を蹴った。ナギと話しながら歩く間、すれ違った元候補生の何人かがナツメにも気安く声をかけたので、慣れた仕草で手を振り返す。皮肉なものだが、あの動乱の後、夜を徹して怪我人の救護にあたり、その後も傷病人の看護を続けていたら、だんだんとナツメはこの国に受け入れられだした。四課に入る前は人種のことで揶揄され、四課に入った後は存在をほとんど抹消され、ルシになった後は恐れられたナツメがだ。あまりにも皮肉が過ぎると思う。それでも、人の考えなど何を理由に翻るかわからないから、あまり信用はしないようにしている。
 ナツメがこの国にいるのは、あまり積極的な理由ゆえではないから。ここがクラサメの生国で彼がこの国にとどまっているからに過ぎない。そうでなかったとしても、皇国はもっとキライなので、結局ここに留まるのかもしれないが。
 まあでも、どこで生きていくかなんて、みんなそんなものなのかもしれない。最近は少し、ナツメもそう思っている。もしかしたら、誰も彼も、ナツメとあまり変わらないのかもしれない。国がどこであるかというより、自分の居場所になってくれる人がどこにいるかのほうが大事なのだと思う。そういう意味では、現在のルブルムはほとんど完璧だ。
「あ、きたきた」
「少し遅いですよ」
 エースとケイト、それにトレイが魔導院前で待っていた。クラスゼロは動乱の後、新政府の各種部門の名代を務めている。正式に役職を得る人間が決まるまで、彼らと武官の数名で会議をし、物事を決めているのだった。
 クラスゼロも、四課も、ナツメもクラサメも、政治に明るいわけではなかったが(政治関係の陰謀についてならナギとナツメの独壇場といった感じだけれども)、それでも生き残った人間の中から指導者を決めなければならない。多くの文官が死んだせいで、まだ細々した議題で週の半分は吹き飛んでしまう。
「悪い悪い、コイツ呼びに行ってた」
「おはよ、ふくたいちょー」
「そんな呼び方するくらいならナツメでいいわよ」
「へへ」
 ケイトが猫みたいに笑ったとき、最近ようやく直したばかりの門が開き、車が入ってきた。もう何度か行き来があるので、見慣れた車だ。車といっても、皇国の裕福な民が所有していた自家用車ではなく、もともと皇国軍が使用していた戦車を転用したものだ。最初はこの状態の車がルブルム内をうろつくのを看過できず、電話でさんざん揉めたりしたが、主砲を取り外すことなどを条件に今では使用を許可している。相手方に「歩いて来い」と言える距離ではなく、毎度毎度こちらが数少ないチョコボを使って出向くのは大変だったので、致し方なく。
 車のハッチが開いて、中から見慣れた男がゆっくりと姿を現した。カトル・バシュタール、かつては皇国軍准将だった男。シド・オールスタイン亡き今、皇国の最高指導者の一人である。そのくせ、なんか知らんがよくルブルムに来る。偉いお立場なんだからふんぞり返ってりゃいいだろーにと思うナツメだが、本人いわく「自分が動かない人間に従う者などもう皇国にもそう多くないのでな」とのこと。
「遠いところをご足労どうも」
 カトルが単身来たわけでもなく、やはり何度か会話したことのある新ミリテスの高官や文官もいる。彼らに向かってエースが労をねぎらい、表向きの愛想笑いをする。かつてはさんざん殺し合ったわけだから、まだ気分は少し微妙という感じ。それもまた、致し方ない。
 その点ナギやナツメはさっぱりしたもので、特に禍根は感じていない。自分たちのような人間にとって、人生は仕方ないの繰り返しだからだ。
「じゃあ、さっそく会議場へどうぞ」
 トレイの案内に従って、彼らを会議の場へ。実に数ヶ月ぶりの外交だ。
 四課は現在、かつての情報収集能力によって得たものを活かして外交の専門部署になっているので、ナツメとナギは正真正銘この会議の責任者なのだ。

「ではまず第一に、技術支援についての話ですが」
 問答は軽いジャブから。魔法頼りだったルブルムに比べ、ミリテスには義肢装具のノウハウやら生活向上に向いたもろもろの技術やらが比較的潤沢なのだ。そのため、できればそういった技術を放出してほしい。だがミリテスにとってみれば、それは交渉のカードでもあるので、そうそう場に出てこない。
「それについては昨年末で決着がついていたと思ったが?」
「こちらとしてはもう少し譲歩をお願いしたく。四肢を亡くした人の行き場がないんですよ」
「トレイ、こういうときにお願いなんてするもんじゃない」
 ナギが少し笑って言う。外交について四課に席が回ってきたのはまだ最近のこと。お願いなんてやり方で交渉してきたんなら、四課にお鉢が回るまで諸々難航していた理由もわかるってもの。
「それじゃどうするんですか?」
 トレイが聞くので、隣に座ったナギとナツメは視線だけ絡ませて、また少し笑った。
「バシュタール准将、五年前のあの河川上流で起きた事件の犯人に心当たりがあるかもしれないんだが……興味はないか?」
「……わかった、前向きに検討する」
「あとおたくの皇室の宝物のひとつ、蓐収の鐘のありかを知ってるかもしれないわ、私」
「外交する気はあるのか? もはや脅迫なのだが?」
「そりゃ俺らがこの情報のために技術支援を要求したら脅迫だよなあ」
「でも私たち、友好の証として知っていることをお伝えしたいと思っているの。そしてカトル、あなたのほうも友情を感じてくださるのなら、私たち、あなたがたの知りたいことをもっと思い出せるかも」
「ホラ俺らってばまだ忙しすぎて過去を振り返る時間なんてないもんでさ」
「そうなのよねえ、本当忙しくて。たとえば医療技術の開示でもしてもらえたら、学生たちももっと頼りがいが増すんでしょうね」
「いわゆるあれだよ、ポイントカードみたいなもん。俺達との友好ポイントを貯めて情報を手に入れよう! みたいなね?」
「ねえ本当に脅迫だよ!?」
 ケイトは怯えと共にナツメの腕を掴んだが、他方、カトルはクックッと笑い声を立てはじめた。とうとう相手を怒らせてしまったかという顔で怯えるケイトをよそに、カトルは本当に笑っているのだった。
「懐かしい気分になった。クラスゼロは恐れなくていい。外交といったら、こんなものだ。まあ少し脅迫の要素が強いがな」
「ですって。よかったね、ケイト」
「よかったね!? アタシは自分たちの未来でお手玉されてるような気分だったんですけど! そっちも何を喜んでんのよ!」
「まあ俺らもまだ外交は初心者だもんで、ちっと大目に見てくれよ。さっき話に出た情報は全部教えるからさ」
 ナギがそう言って人好きのする笑みを浮かべたので、向こうの高官たちもほっとした顔になった。
 たいていの人間は、先にカードを切るのは愚か者だと想うだろう。まだ何のリターンも確定していないのに、情報を確約するなんて。
 でもこれでカトルがこちらを裏切るんなら、それはそれで考えがあるので別にいい。
「じゃあ次に、お互いの国に残ってしまった市民の処遇についてだが……」


 会議は実に数時間に及んだ。外交である以上緊張感が途切れることはなく、終わった頃にはクラスゼロたちも先方の高官たちも皆一様になんだかぐったりしている。精神を摩耗するのは仕方のないことだ。
 一方で、ナギ、ナツメ、カトルはぴんぴんしていた。なんてことはない、精神的な負担に慣れているのである! 悲しい慣れ……。
 会議場を出て、魔導院のホールにて、彼らを見送る準備をする。
「さて……今回は実りある会合に感謝するわ。次はこちらが訪問するわね」
「こちらこそ、話し合いの場を持っていただき、感謝する」
 カトルはそう言って短く目礼し、片手を上げて部下になにか合図をする。と、先方の文官が持っていた荷物の中から、紙袋を取り出した。
「これは土産だ」
 一度カトルの手を介してから手渡されたそれを確認すると、ミリテスの高級パティスリーのものだった。
「わあ。ケイト、これお菓子だよ」
「お……オカシ……!?」
「そちらが皇国に来るときには何も持って来ないから、きっとこのような菓子が手に入らないのだろうと思ってな。慈悲の心で買ってきた。ありがたく食すがいい」
 全くもって完全に“おっしゃるとおり”であった。 ルブルムにはまだ菓子をこさえて売るような余裕のある人間はそうそういないのである!
 煽られたことに怒るべきか、稀にしか見られない菓子という存在に喜ぶべきか、ケイトたちが混乱しているのを横目に見ながら、ナツメはため息をついてカトルに言い返すことにした。
「それがわかってるんならそんな嫌味な言い方しないでよ。仕方ないでしょう、まだ復興の途中なんだから」
「それならお前が焼いてこい」
「おまえが? 焼いてこい??? なんで?????」
「焼いてきてほしいから」
「焼いてきてほしいから?????」
 何を言ってんだこいつは。ナツメはため息を吐いて呆れた目を向けた。するとその眼の前に、白い薔薇の花束が現れる。
「……なんですかこれ?」
「お前に個人的な土産だ」
「個人的な土産をもらう関係性じゃない……」
「ただの土産だ、受け取れ」
「ええ……? なんで……?」
 あまりの圧にとりあえず受け取る。こんなものをわざわざ戦車で運んできたのかコイツ? もう呆れを通り越して感服するまである。
「うわ、一瞬ナツメがプロポーズされたのかと思った」
「怖いこと言わないでエース」
「どうするんですかそれ」
「どうしよう……トレイほしい?」
「いらない」
 敬語じゃなくなっちゃった。
「ええと……お菓子の段階ではなにかお礼をするべきかと思っていたけど、そういう感情全部吹き飛んじゃったわ」
「礼はいい。代わりに頼みが一つあるんだが」
「話聞いてた? お礼する気持ちはもうないんだって」
「お前と少し、話がしたい」
「はあ……はあ?」
 本当に何を言っているんだろう。話すことなんて特段思いつかない。どうしたもんかと思って振り返ったら、ケイトがもう菓子を開封していた。
「ケイト、早いって」
「ご、ごめん、本当にお菓子かたしかめたくって……」
「わあ、でもみんな喜ぶだろうな。僕たちだけでこんな……いいのかな」
「いいよ……持っていきなよ……」
 土産のほうをすでに開封されたとあっては、ナツメがカトルの頼みを突っぱねるわけにもいくまい。
 ナツメは薔薇をナギに押し付け、「え? なんで俺に寄越すの?」「地下の拷問部屋にでも飾っておいて」「なんでよりによって拷問部屋に……?」「え……一番殺風景だから……?」そんな会話をした後、ナツメはホールの端に並んだ歓談スペースを指差す。
「そこでいいなら」
「構わない。二人きりならば」
 また誤解を生む言い方を。
「あれ? もしかしてこれやばいやつ?」
「わからない、隊長呼んだほうがいいかな」
「呼んだ結果血の雨が降ったら大変なことになるかもしれませんよ……国交断絶とか、もういっかい戦争とか」
「じゃあむしろバレたらやばいやつかな? でも隠してたらアタシらも犯人隠匿的な理屈でバニッシュされるんじゃ……」
「……ナギはどう思う?」
「話しかけんな、存在感消してんだから」
「一人だけ逃げようとすな。逃さんぞ」
 好き勝手話す仲間を尻目に、ナツメはカトルを伴ってできるだけ遠く端っこの歓談スペースへ歩いていくのだった。



「……それで? なによ、話って」
 一番端の、少し薄暗いテーブルと椅子。ナツメは奥のほうに座り、カトルが続くのを待った。カトルは椅子に腰を下ろすと、じっとナツメを見つめてきた。
「……なによ」
「お前に初めて会ったときのことを思い出していた」
「……?」
「初めて会ったとき、お前は、ミリテスのホテルにいたな。あのとき、私は本当に驚いた。おかげで取り逃がした」
「それがなに?」
 ナツメもそのときのことは覚えている。殺しのターゲットに会うために訪れたホテルで待ち構えていたのは、カトルと軍人たちだった。
「なぜ私が驚いたかわかるか?」
「……? スパイが皇国人だったからじゃないの」
「違う。お前が、よく似ていたからだ」
 カトルはそう言って、胸ポケットから、一枚の写真を取り出す。セピア色にくすんだ、古い写真。写っているのは一人の女性だ。まだ若い。ナツメとそう変わらない歳だろう。緻密なレースをふんだんに使ったドレスを身にまとい、豪奢に、しかし品よくまとめられた装飾品をぶらさげている。……妙に見覚えのある女だ。見覚えがあるというか……この顔は……。
「……これって……」
「私の父の妹だ」
「……」
「お前は彼女にそっくりなんだ。特に目がな」
「それがなに? あんた、クラスゼロの従卒も妹に似てるとか言ってなかった? そういう偶然がよくあるんでしょ」
「そうだな。最初は偶然だろうと思っていた。だが、彼女が見つかったことで、話が変わってきた」
 見つかった? ということはつまり。
「行方しれずだったってこと?」
「ああ。叔母と私はほとんど話したこともなかった。というのも、彼女は、私の幼少期に家を出奔していてな。どうやら、旅行者のルブルム人と恋に落ち、駆け落ち同然に失踪したんだそうだ」
「……」
「父は年の離れた妹を溺愛していたそうで、遺言には彼女を探し出すように書かれていたんだ。それで、私は定期的に私費を投じて彼女を探していた。見つかったのは戦争も半ばといった頃だったか」
 とある街の片隅、貧民街のはずれに、彼女の住処はあった。栄養失調でやつれ、したこともなかっただろう台所仕事で生計を立てていた。彼女が見つかったのは本当に偶然、私の副官の一人がその街の集団疎開を担当していたからだった。
「記憶があるから、生きてはいるだろうと思っていたが、まさかあんな暮らしをしているとは思わなかった。……彼女は重い病気を患っていてな。最近亡くなってしまった。彼女は記憶が混濁していて、この二十年と少しの間にあったことを聞き出すのには時間がかかった……だが、死ぬ直前に、いくつかわかったことがあった」
 彼女は出奔してすぐ妊娠し、出産をしていた。娘が生まれたそうだ。そして、その娘は……。
「……叔母は、男を見る目がなかったと、父がよく言っていた。それは一部事実だったようだ。駆け落ちしたルブルム人というのは、既婚者だったか、なにか事情があったようで、叔母を捨てルブルムへ戻ってしまったのだそうだ。まだ戦争も起きていなかったから、叔母は彼を追うこともできたろうが、しなかった。なぜなら、その男は、ルブルムへ戻る旅費を稼ぐために、生まれたばかりの赤子を娼館に売り飛ばしてしまったからだ」
「……娼館……」
「お前も知っているだろう。シド・オールスタインが皇室を廃止するまで、ミリテスは治安も経済も最悪に近かった。子供は一つの資産ですらあった時代だ。力なきものに権利の一切がなかった時代。公的には営業の認められない娼館が裏通りに立ち並び、どんな欲望も金次第で叶えられる、狂った時代だった。叔母は娼館から娘を買い戻そうと、慣れない仕事を始めたそうだ。だが、思うように金も貯まらず、ある日……」
 その娼館の、すべての娼婦とすべての従業員が毒殺された。下手人は今でもわかっていない。
「お前には、思い当たることがあるのでは?」
「……なんで?」
「その娼館の周りで聞きまわった結果、藪医者が当時のことを覚えていたんだ。下手人は不明だが、ともあれ……事件の前後で娼婦の見習い子が一人、消えたらしいということを。そしてこの叔母の写真を見せたら、たしかに似ているとのことだった」
 ……話が読めた。結論を聞かなくても。
「その消えた子どもというのが、お前だろう。違うか?」
「……さあ。どうだろうね」
「可能性は高いと思っている。お前はバシュタール家の血筋によく出る外見的特徴をよく満たしているし……叔母は娘のことを覚えていた。戦争終盤まで生き延びた人間は、そう多くない」
「もし仮に、私だったとして、それがなんだっていうの?」
 ナツメが問うと、カトルは僅かに笑みを浮かべた。なんとなく嫌な予感がして、居住まいを正す。
「子供が生まれたそうだな。それでしばらく、表舞台に出てこなかったのだろう」
 なぜ知られているのだろう。……たしかにナツメは出産をし、子育て真っ最中だ。息子はもう言葉も話すし、ナツメもクラサメも仕事があり、しかも代わりがいないこともあって、魔導院内で託児室も兼ねるようになったサロン室に預けている。
「……それが?」
「もし、この後、私が婚姻もせず子供を持つことがなかったら……そのときは、おまえの子が、バシュタール家を継ぐ唯一の人間ということになる」
「はぁ……? それって……つまり」
 バシュタール家は皇族に連なる家だ。そして、関係者のほとんどを、戦争とその後の動乱で亡くしている。であれば、もしかしたらナツメに……ナツメの子に、現在空位となっている皇帝の継承権が発生するということで……。
「いやバカか! あんたが結婚しなさいよ。二人でも三人でも囲って子供をこさえなさいよ。こんなところまでそんな話を持ってくるな」
「何を言う。おまえは恋愛結婚もできただろうが私は政略結婚しかできないんだぞ。しかも自分の政略結婚を自分で仕組むなど嫌に決まっている」
「それはそっちの都合でしょ」
 なんだっていうんだ。こんな面倒を引き起こしやがって。ナツメはため息を吐きながらテーブルに肘をついた。
 最悪だ。面倒くさすぎる。ナツメはミリテスの現状を割合正確に把握している自信があった。
 国土ボロボロ、国民満身創痍、失踪した(ということになっている)シド・オールスタインへの不信感からカトルを皇権に押し上げようとする勢力、共和政を唱える勢力、そういうものでしっちゃかめっちゃかだ。
 か、関わりたくね〜〜〜〜〜。しかもこちとらミリテス国内でどれだけ殺してきたかわかってんのか。
 項垂れるナツメを見て、カトルはまた少し笑う。
「なに笑ってんのよ」
「いや……こういう話になって、まず面倒だという顔をするのだから、お前はこの国で幸せに暮らしているんだろうなと思って、安心したんだ」
「……安心?」
「歳の離れた従姉妹じゃないか。私にとっては。身を案じて何が悪い?」
「そんな事言われても実感わかないし……」
「まあ、そうだろうが。……とりあえずいますぐどうこうということはないし、お前のところに話をもっていくのもおそらく最後の手段になるだろう。万が一の可能性を考え、この話は公表しないし、多少なりとも知っているのは副官数名だけだ。正確に理解しているのは私だけだな。文書も残すつもりはない」
 万が一の可能性か。それはつまり、「私に皇位が来るとすればミリテスは完全にルブルムの属国になるだろうからその前に私を殺そうとしたり、あとは単純に共和政とするためには継承者がいたら邪魔だからって判断をされる可能性、ってこと?」
「そうだ。……頭も切れる。思うに、お前は皇位に向いているよ」
「この程度でなれるんなら向いてる人間がこの世の半分を占めてるんでしょうね」
「ハハ、違いない。……ともあれ、身の回りには気をつけておくようにと伝えたかった。それから……お前はおそらく、孤児として生きてきたんだろうが」
「うん?」
「今後、どうしてもなにかの後ろ盾が必要になったときは頼るようにと伝えたかった。この国を出なければならないときや、困ったときは思い出してくれ」
「……んん……そんなことを言われても、どうしたらいいのか」
 ナツメは後ろ盾を持たずに生きてきた。この国にも孤児は多いが、それでも、ナツメはたぶんその中でも、最も寄る辺ない者たちのうちの一人だろう。四天王と呼ばれた候補生たちが存命の頃はそんなふうには思わなかったが、四課に入った後はもっと立場が悪くなった。
 でも、自分の人生はそういうものだと、受け入れて生きてきた。誰かが力になってくれる可能性など、考えたことがなかった。
「……急な話だからな。時間をかけて理解すればいい。私としては、お前がまともに暮らしていることがわかったから、もういい。父の遺言はもう守れないが、叔母の娘が平穏に暮らしていけるのなら、それが代わりになるだろう」
 ナツメはカトルにはじめて会ったときのことを再び思い出した。
 あのとき、ナツメは、どうにもならないことを彼に願った。今助けてもらっても遅いんだということを、もっと最初に助けてほしかったんだと、そう言った。そしてカトルは結局、未来の話を持ってきた……。
 でも、あのときの願いを、遅れて叶えてくれたような気がした。
「……あの〜、ナツメさん?」
「なによナギ」
「ちょっと話すって言った割に長いから呼びに来た。あとな、あのな、ごめんなさい」
「は?」
「唇読んで会話聞いてたんだけど」
「……ハァ???」
「遠くていまいち判読できなかったから読めた分だけクラスゼロに伝えたら血相変えて走ってどっか行っちゃった」
「あの……読めた分って具体的に何……?」
「結婚、子供、頼るように、皇帝、皇位継承者、困ったときは思い出してくれ」
「……ンンン???」
「ごめんな、向きの問題で准将のほうしか読めなくて」
「ちょっと待って、私の勘が正しければ、あの子たち死神呼びに行ってないか???」
「ウン、だからごめんって言ったろ」
「間抜けが! それを先に言え! カトル、勘違いした死神が来る恐れがあるからもう帰って!」
「勘違いでなくしてやっても構わんのだが」
「構うわ! かこつけて口説くな! 従姉妹とか言っといて!」
「ミリテスでは従姉妹程度の近親婚はよくあることだ」
「ルブルムでは違法なんだから私にとっても違法に決まってるでしょ!」
 カトルを急かして腕を掴んで走り、急いで魔導院を出る。近くで待っていた高官たちともども急き立てて戦車に乗せ、来た道を戻っていく車を見送ってようやく息を吐いた。
ナツメ!!」
 背後で開く扉。振り返るとクラスゼロ全員を連れたクラサメが険しい顔をして立っている。
「やだ。どうしたの、揃いも揃って」
「ケイトが飛び込んできて、“カトル・バシュタールが皇帝の座についてナツメをミリテスに連れていって皇后にするって言い出した!!”って言うから、僕たちも慌てて出てきたんだよ〜」
「本当なんですか? 副隊長に花束を持ってきてプロポーズしたというのは!」
「よく見て、花を持ってるのはナギよ。ってことはプロポーズされたとしたらナギでしょ?」
「何をとんでもねえ嘘をついてるんだナツメおいコラ。違うからな。違うからな!!」
 実際には何があったのか、ナギが知ってるからナギに聞いてと適当なパスを放り、ナツメはクラサメの前に進み出る。なんだかそわそわしている気がした。珍しい。
「やだ、まさか本気にしないでしょ?」
「……奴はお前にときどき気があるようなことを言うだろう」
「あのねクラサメ。私に気がある人間なんて結構いるのよ」
「むっ……」
「でも私が気がある相手はあなただけなわけ。たとえ皇位なんかぶら下げられたって、あなたの傍を離れるもんですか」
 そう言って、ナツメはクラサメの肩口に額を押し付けた。

 まったく、面倒を起こしてくれてとカトルには呆れる気持ちもあるが、一つだけ感謝すべきかもしれないなとも思う。
 ナツメはいまだにこの国に根を下ろしたような心地がしなくて、ずっとクラサメにしがみついているような人生だ。
 それでも、この慌ただしい日々を送るナツメが、この国で暮らすこと。それが他人の目から見ても自然だということ。
 その言葉はたしかにナツメの中で、後ろ盾みたいに力になってくれるような気がしたから。

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