夢主の名前を入力し、変換をクリックかタップしてください。デフォルトだと“ナツメ”になっています。





一人で解剖するのは楽じゃない、助手がいれば違うのだけどなあ、ナツメは表情なくため息をついた。血まみれだからって、内容を書きつけるのにいちいち手袋を外していられない。ペンは血でぬるぬる滑るし、どんなに気をつけてもメモは血でベタベタになる。あとで全部書き直しだな、面倒なことだ。

まあ誰か助手がいても微妙だったかな。ちらと周囲に視線をやる。険しい顔で、三名の衛兵がナツメを睨んでいる。この状況で、死体の詳細を口述したら取り乱すだろう。こんな田舎町では、こういう事件に慣れているわけがない。医者ですら、初めての検死は吐くらしいのだから。
それにこの辺境の街すら満足に守れないくせに、ナツメたちに不満げな目を向ける連中だ。故人の倫理など自発的に守るかどうかさえ、ナツメは信用できないと思っている。

あのバンクスという男だけだ、職業倫理を正確に理解しているのは。あれはおそらく、元皇国兵。軍が丁寧に扱いて、鍛えた後の人間だ。そういう人間は、人種以上に“人間の種類”が違う、ナツメはそう思っている。むしろ普段そちら側の人間としか関わらないため、たまに一般人と話すと調子が狂うのだ。自分の感情を俯瞰しない人間たちは、ナツメにとってはひどく異質だ。

さて、メモにもすべての真実を書き記すのは憚られる。見られないとも限らない。こいつらには伝えないとして、バンクスにどこまで伝えるべきか。いくらなんでもすべてを話す気にはならない。

死体を見下ろす。人種は朱雀系、年齢は十五、六といったところか。
死後硬直の度合いから見て、死後経過二十時間程度。昨日の雨で気温が低かったから、少し進みが早かったと見て、それでも昨日夕方に殺されたことは間違いがない。つまりナツメたちがこの街を訪れた頃のこと。
傷は二箇所、腹部と首。位置で言うと下腹部と鎖骨上。傷の深さは首がおよそ三センチ。腹は深々刺されており、刃長はせいぜい十センチといったところだろうか。ナイフにしては小型。腹部については、発見時すでに腸が出ていたことから、刺された後少し歩いたのかもしれない。少なくとも、下腹部を刺されてから首を刺されて殺されている、そういう順番だ。

特筆すべきは、性的暴行の痕跡がないこと、防御創の類がないことと、前述の歩いたこと以外に逃げ出そうとした形跡がほとんどないこと。爪の中にも、少し泥が入っていたくらいで、死にかけて逃げたにしてはささやかすぎる。顔見知りにしても、攻撃を受けてなお逃げもしないというのはやや特殊だ。被害者の意識がなかったか、死を受け入れていたか、あるいは脅されて従うしかなかったか。さて、どうだろう。

そして、口の中を確かめると、歯の表面がざらざらしていた。
ふむ。こういう状況の娘には、覚えがある。ナツメは目を細めた。
もしもナツメの想像が当たっていた場合、事態が悪化することだけは間違いがなかった。

「……」

解剖するしかない。一度開腹し、中を調べなくては。
ちらとナツメは再度、衛兵隊を見遣った。さっきから何度もナツメを睨んでいるが、死体はあまり見ようとしていない。見られないのだろう、怖くて。

戦時中や戦後しばらくはどこの街でもみんな死体を掴んじゃ放り投げて退かしていたが、まあ、平時にそれができるのは四課くらいなものだよな。
ナツメは少し安心して、うっすら微笑む。

「もう少し調べておきたいわ。これから腹を開く」

彼女がそう告げると、彼らはそれぞれに嫌そうな顔をしてみせた。

「……は?いや、しかし、そこまでする必要はないだろう」
「政府から来てるんだかなんだか知らないが、不要な解剖はやめてくれよ。家族になんて説明すりゃいいんだ」
「不要かどうかは開いてみるまでわからないわ。それにもし重大な証拠を見逃して容疑者を見つけられないとなれば事件が続く。さて、次の被害者を出す可能性に釣り合うほどの、解剖を拒否する理由が何か?」

最後、ついでにニコリと笑ってやると、彼らは言葉を失った。それでも何事か反論できる理由を探しているようだったけれど、結局見つからなさそうなのでナツメは堂々、メスを握った。

「それから、経験から言うけど、解剖医でもない限り直視できない。朝食を吐きたくなかったら、壁の方を向いていることを勧めるわ」

ナツメがそう言えば、死体を既に直視できていなかった連中だ。顔を見合わせ、そろそろっと壁の方へ向き直る。

まあ、素直にしている限りは、虐めないでおいてやろうかな。私も丸くなったものだ。

「そうだ。誰か、彼女の名前とか知る限りの情報を纏めておいてくれると助かるわ」
「……なぜ俺たちが、そんなことを……」
「私達には彼女が誰だかわからないから。捜査にならないでしょう」

衛兵が一人出ていくのを見送り、ナツメは改めて死体に向き直る。己はこれから、最も醜悪で必要な仕事をする。

検死にせよ、治療にせよ、殺害にせよ。すべてコツは共通している。切るべき場所を事前に正確に理解し、必要最低限の力で一刀。共通しているから、最初から一つがきちんとできているナツメには楽な作業だ。メスはするする組織を裂いて滑り、腹が綺麗に開かれる。完全に失血しているから、切ってもほとんど血が流れ出ない。色の抜けた血管の断面はそれと見て取れない。

まずは胃を確認する。収縮しきった胃は完全に空っぽで、食道が妙に爛れている。内容物がないので、死亡時刻を確定するのは難しい。食道のことも考えると、なおのこと。

つまり嘔吐しているのだ。それも頻繁に。その酸で食道が爛れ、歯の表面が溶けて削れている。しかもここ最近、かなりの頻度での嘔吐だとわかる爛れ具合。

この食糧難の続く時代、嘔吐を繰り返しても食事を続けていた。考えられる理由はそう多くない。
そして、ナツメにも経験があるのだ。

「……ああ、……やっぱり」

小声ではあるが、つい言葉を漏らしてしまった。
下腹部を開き、既に膨張し始めていた子宮の中に、人の形にほとんど近づいた手のひら大の赤子の姿を見て、ナツメは顔を伏せ目を瞑った。
妊娠四ヶ月から五ヶ月。悪阻も終わりかけの頃だったろう。

妊婦だった。
ナツメは深々息を吐く。これはさすがに遺族に話すべきだと思う。
手袋を外し、戸棚を漁る。ちょうどいいサイズの円筒形の大きな瓶を見つけ、診察台に載せた。

私でもこれは、あなたを憐れまざるを得ない。おそらくは大した所以もなく殺されたことも含めて。

ナツメは彼女の顔を見た。まだ幼さの残る顔は血がすでに抜けきって白く、頬に泥が跳ねている。とても可哀想だ。
手袋を嵌め直したナツメは、内心で彼女に語りかけながら、すでに死んだ胎児をすくい上げる。へその緒を切り、血を洗い流すとそっと瓶の中に寝かして、戸棚で一緒に見つけたホルマリンを希釈して流し込んだ。
どう運ぶとしても、この証拠は残っていてもらわないといけない。瓶をトランクに隠したところで、衛兵が戻ってきた。彼女の素性を記した書類を受け取り、死体を縫い始める。

さて、胎児なんていうでかい隠し玉が文字通り腹に隠れていた以上、次の疑問はごく自然な話だ。あれだけの大騒ぎがあって、解剖が始まって一時間、訪ねる者は一人もいなかった、そういう経緯を振り返れば。
この狭い街のどこに、この子の父親は隠れている?






ナツメおつかれぇ〜」
「今寝たとこだ」
「……うーん、馴染んでるわねえ……」

ケイトが息子を抱いてぽんぽん背中を等間隔で叩いている。0組との留守番も多い息子は、愚図りもせずすやすや眠っていた。こうしてみると、自分が母親だってことが妙に疑わしくなってくる。少し笑った。
トランクをテーブルに置いて、傍らに抱えていた瓶をその隣に置いて、息子を引き取った。ケイトとエイトが瓶に視線をやり、「えっ」と声を上げ、そして直後。

「ぎゃあああああ!!?」
「何だそれは!!?」

悲鳴が上がり、

「うわああああん!!」

びっくりした子供が泣き出した。阿鼻叫喚である。

「わあああん!!うわあああああんんん!!!」
「ちょっ……やだ、もう、泣かないで」
「ああー……ご、ごめん……って、アタシのせいじゃなくない!?」
「とりあえず泣き止ませるのが最重要だ。クラサメ隊長は?」

エイトが手慣れた様子で息子の古く小さなブランケットと、顔の擦り切れた人形をソファから持ってくる。ナツメの抱く子にそれを差し出すも、それじゃないと嫌がるばかりだ。わんわん泣きながら顔をブンブン横に振り、ナツメに縋り付く。

「くそ、要望がわからない……怒ると極端に口数減るところ両親にそっくりだ、なんとかしてくれ」
「そうね、クラサメに言っといて」
「まだ死にたくないからいやだ」
「さっき一度顔を出したからもうすぐ帰ってくると思うんだけど……ああ」

ナツメが窓の外に視線をやると、まさに彼の黒い外套の影がそこを通った。直後、外からドアが開かれ、クラサメが帰ってきた。外にまで聞こえていたのか、「なぜ泣いてるんだ」と言いながら外套を脱ぐ。午後になってまた降り出した小雨の粒が、滑ってぱらぱらと舞った。
ナツメは子をあやすように揺らしながら苦笑いして夫を見る。

「二人が叫んだんで、びっくりしちゃったのよ」
「そもそもナツメがぐろいもん持って帰ってくるから叫んだんだよ!?」
「本当だぞなんだこの瓶……化け物でも精製する気か」
「ああ……なるほどな」

瓶を一睨みしただけで状況を察したらしいクラサメは呆れた声でこちらへやってきて、息子をナツメから預かった。そして顔をナツメの方へ向け、「ん」と短く示す。ナツメが彼のマスクの留め金を外すと、普段0組にも見せない素顔が表れる。瞬間、息子はぴたっと泣き止み、真剣な顔で父親の素顔を見つめ返した。

生後三ヶ月目にわかったことだ。この息子ときたら泣き出すと簡単には収まらない質で、ときにひきつけを起こしてもまだ泣いているような両親そっくりな頑固な子供なのだが、どんなに泣きわめいて、まるで地上の怒りすべてをその手に握りしめこのままオリエンスを破壊してやるのだと言わんばかりに叫んでいても、クラサメの素顔を見た瞬間スッと泣き止み、真顔になるのである。

「何度見てもめっちゃ謎」
「しかも真顔なところが笑える」
「震えるくらいならいっそ笑えお前たち」
「いやーほんとありがたいわー、これがなかったらこの子の頑固さに付き合える自信ないわ」

笑いをこらえるべく頬をいっぱいに膨らませてぶるぶる小刻みに震える二人をクラサメが睨むが、存分に睨まれ慣れた二人には効果がない。
落ち着いたら安心したらしい。ナツメの腕から自ら降りて、ケイトとエイトに「いきなり叫ばないでほしい、こちらもびっくりするし反応に困る、もう少し小声でないと近隣にも迷惑だ」というようなことを、舌っ足らずにくどくど文句を言う息子を横目に、クラサメが改めてテーブルについて、卓上の瓶に視線を向ける。

「それで?こんな不気味なものをよくも持ち帰ってきたものだ」
「置いておいて盗まれでもしたら事でしょうが。……はっきり言って、この街に信用できる人間なんていないわよ。バンクスくらいかしら。でも彼にいきなり死んだ嬰児を預けるなんてねえ」
「言いたいことはわかるがな。仮にも幼児がいる家だぞ……」
「ちゃんと消毒してるわ。それに、これで複雑になったでしょう?」

警邏の一人が書き付けた被害者の情報に目を通しても、結局子供の件は解決しなかった。万が一の未亡人という説も消えた。
被害者の名前はトリクシー・リタ・ストレイン、まだ若い十六歳。祖母と二人暮らし。美人だが、男の影がない。

「……いやあ、若いねー。アタシらが戦争してた頃と同じ歳か」
「そんな歳で、母親か。しかも殺されるとは」

息子からひとしきり叱られていたケイトとエイトが、息子にえんぴつとノートを持たせてそちらに注意を向かせて戻ってくる。驚くことさえなければ少し不気味なだけらしく、瓶の中の嬰児を眺めつつ陰鬱な声を出し、二人ともクラサメとナツメに続いてダイニングの椅子に腰を下ろした。

「あれから、あの祖母を詰め所に呼んで聞いたが、それらしきことは言っていなかった。被害者の両親は戦争で死んだと、それぐらいだ」
「この子供のことを改めて聞いてみる?」
「それはどうだろ……もし、自分の妙齢の、美人の孫娘が殺されたら。普通は、男にやられたんじゃないかって思う、んじゃないかな。それを言わないんだから、多分……」

ナツメは丁寧に言葉を選ぶが、もともとそういうことが得意じゃないから、すぐもごもごと口ごもってしまう。それをわかっているので、クラサメがじろりとナツメに視線をやり、「取り繕うな。それによって情報の伝達に齟齬が出るほうが、よほど悪影響だ」と鋭い声音で言った。

「……はあ、はい、わかりましたよ。多分この嬰児、父親は出てこない。探っても、下手したら一人に絞れない可能性があるかも」
「うっわあ、嫌な話になりそう……」
「私が穿った目で見てしまうぶんを差し引いても、そもそもこの二人暮らしって無理があるでしょ。一体どうやって生計を立ててるの?二人で農作業は手伝ってるみたいだけど、それだけじゃまともな生活はできないでしょ。多分近隣の誰か、もしかしたら妻帯者が、彼女と関係を持つ代わりに援助していたんじゃないかな。完全に商売として売春するのも、この街の規模では考えづらいし……」

ナツメが言いづらさを取っ払って、思うがままに話すと、エイトが顔を顰めた。

「仕事の中身もだけど、妻帯者っていうのは完全に憶測だろ?根拠は?祖母から完全に隠れて付き合ってたとかじゃないのか?」
「それこそ出てこないのがおかしいって話に戻っちゃうんじゃん?」
「まあ、そうかもしれないが……十六歳が妻帯者と付き合って家計を支えてたって……」

そして顔の前で手を組み、項垂れため息を吐く。ケイトがそれを微妙な顔で見ている。こういうことには、女のほうがシビアなのかもしれない。
ちなみに発言を促しておいて、クラサメは始終無言である。

「勿論憶測の域だし、これから父親が出てくるかもしれないけどね。その程度のことは世界中どこにだってある」
「子の父親、あるいは恋人の類が出てきたとして、犯人である可能性は?」
「なくはないけど、考えづらいとは思う。連続で殺す理由がないし」
「もし、誰か類縁が犯人だったとしたら、連続殺人に乗じてってことはあるかもじゃないの?」
「もしくは、この四人の中の誰かがもともと標的で、他の三人はカモフラージュってこともあるんじゃないか」
「それは殺しすぎだろう……」
「私は連続殺人の可能性を推すわね。傷を調べたけど、刃長およそ十センチだったよ。折りたたみ式かもしれない。そんな殺傷能力の低い武器を殺しに使うっていうのは、かなりの手練じゃないかしら。普通、自信がなくて選べない。外で殺すならなおさらね。今回は、時間帯から見て夕暮れ前後の薄暗い時間に、手早く腹を刺し、至近距離でも狙いにくい首を迷いなく刺して殺してるわ」
「そうだな。短いナイフは特に間合いが難しい。慣れていないと殺しには使えない」
「一般人じゃないよねー。身近でこんなの得物にしてるってなると……」
「一人しか出てこない。副隊長、あいつが犯人って説は?」
「ぜひ面と向かって聞いてやって、多分泣くから」

暗黙裡の誰かの金髪が脳裏をちらつき、ナツメはため息まじりに頭を振った。ケイトが苦笑いし、両目の目尻に人差し指をそれぞれやって垂れ目を作る。

「マジでこんな顔して泣くよ?アタシらが聞いたらいじめじゃん。ナツメが聞けばいつものいじめだけど」
「いつも私がナギいじめてるみたいな言い方やめてくれる?私がいじめられてんのよ、私が嫌がらせされてんのよ」
「それはどうだろうな……」
「クラサメはどっちだと思う?」
「遺憾に思う」
「どういう意味よそれ……」

はい、とナツメは手を叩いた。閑話休題だ。脱線している場合ではないのだし。

「クラサメのほうはどう?そういえば、資料は?」
「紛失したそうだ」
「……はっ!?」

大真面目な顔で、クラサメが言う。

「な、なんて?今なんて……」
「バンクスと共に事務所に向かったが、すでに資料の棚が荒らされていた。そして、話していた資料が紛失していた」
「うわ、昨日のうちに受け取っておくべきだったか。まさかそんな手段に出るとは」
「問題は資料のことだけじゃない。詰め所を出るときに確認したが、鍵をこじ開けて入ったような跡は見当たらなかった」
「つまり、鍵を使って盗んだってこと?」
「鍵のかけ忘れとかは……」
「さすがにあり得ない。バンクスがそんなことをするわけがないし、鍵は二重になっているようだった。二重の鍵をかけ忘れる人間はいないだろう」

衛兵が四人しかおらず、一晩に二人が警邏につく。であれば、出勤時か退勤時、いずれかにかならずバンクスはいる。出勤時鍵のかかっていなかったことがあるのならそのときに報告を受けるはずだし、バンクスならば退勤時かけ忘れることもあり得ない。

「じゃあ、衛兵が犯人かもしれないってことか?」
「可能性はある。鍵がかかっていたのなら」
「……でも、あの衛兵の間抜け面を見るに、四課の全員が全員鍵をスり取ってこれそうなんだけど」
「全員て」
「二時間くらい練習すればケイトもたぶん取ってこれるようになる」
「まじで。教えて」
「やめんか……」

道を踏み外しそうになる教え子にクラサメは頭を抱えた。踏み外させようとしているのが妻で同僚だという事実がより頭痛の種である。ナツメがたぶん大した悪意もなくその技術を教えてしまうことがわかっているのでなおさら止めねばならぬ。

「鍵の問題はクリアできたとしても、資料の荒らし方がおかしいんだ」
「荒らしてるってことは、どれを盗めばいいかわからなかったってことじゃないわけ?」
「普通、資料棚を見つけ、特定の……いや、最新の記録を盗もうとしたら、どうする?」
「どうって……一番新しそうなのを見てみるんじゃないのか。一番手前にあるやつとか、新しそうなやつとかさ」

エイトが首を傾げて言う、それにクラサメが頷いた。

「そうだろう。元々めちゃくちゃな順番に並んでいる棚ならともかく、バンクス曰くそんなことはないという。それなら、目当てのものはたぶん、誰だってすぐに発見する」
「そうねえ……荒らすって発想自体、盗みの嫌疑を逸らそうって思わなきゃ出てこないわね。むしろ一般人なら、ひと目で問題があったとわからないようにするほうが自然だわ。盗まれたんじゃなくどこかに置き忘れたとか、衛兵のミスに思われたほうがありがたいもの」
「ただ、それでつまり衛兵が一連の事件の犯人とは言えない。他の衛兵はまだこちらに協力することを快く思ってないだろうからな。ただ我々を妨害したいだけかもしれん」
「バンクスが犯人って可能性は?」

ナツメがずばり聞いた。その疑いにクラサメは少々驚いたようで、目を微かに大きく開いた。
その後、すぐに首を横に一度振った。

「私は、それは無いと見ている」
「そう……」
ナツメは疑ってるの?」
「いいえ。別に。ただ、最悪のパターンを考えたの。衛兵が犯人である場合、それ以上にあいつである場合が最悪よ」

ナツメは瓶の中の小人を見つめて言った。手を伸ばして瓶の外を撫でる。血は洗い流して、ホルマリンの希釈液に漬けた。いずれ、母親と同じ墓に入れることができるだろう。それまでに変色してしまわないことだけを願っている。ホルマリンは、時間が経つと、皮膚を緑に変色させることがある。できれば母の腹の中にいたまま、変わらず眠りたいだろうと思った。

「まあでも、そうね。あれが犯人ってことはないでしょう。安定しすぎてる。ナギが嫌うタイプ」
「そこ判断基準なのうけるんだけど?」
「かつての敵地で素性を誤魔化し、一人暮らしで、町人の信頼を集める仕事をしてる。精神にほんの少しでも不安定なところがあればそんな生き方はできない。そして、殺人鬼っていうのは……」
「極めて不安定な奴らだってことか」
「それが殺しをやる人間の唯一の共通点なの。不思議なことにね」

肩を竦めてナツメが笑うが、何が面白いのかは他の誰にもわからなかった。

「とにかくバンクスが犯人ということはない。だから話を戻すが、資料は手に入らないということだ」

苛立ちの混ざった声でクラサメが言った。たしかに目下の問題はそちらだ。誰が盗んだか以上に。
困ってしまった彼らがため息をついた、そのときだった。玄関のドアが不意にノックされる。
とっさに立ち上がったナツメを制し、クラサメがドアへ向かう。傍らにおいていた剣の鞘を掴み、警戒は途切れさせない。ドアの覗き穴から外を窺って、彼はようやくドアを開いた。

そこにいたのは、まさに今話題にしていた、衛兵隊長のバンクスであった。


Back.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -