Rather be a hunter than a prayer.
(祈るより殺すほうがいい)



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別に最初から気に入らない娘だった。

コーヒーを一から淹れるのが好きな人間というのがある。ナツメからしたら奇特な人間だ。ナツメはコーヒーが別にそこまで好きではないし、うまいコーヒーというのがわからない。だからコーヒーは、淹れるのがうまい人間が作ったものを飲むのが一番だと思っているし、コーヒー豆を挽く音が好きじゃないので家にコーヒーミルやらは置いていない。

なので、この島にやってきてすぐ、コーヒーが飲みたいと駄々をこねたマキナと一緒に見つけた裏通りのコーヒーショップ。
ナツメも最初の一回はついていった。そして、彼女を見た。

日焼けした肌と、黒い巻き毛。なんでもない、少し可愛らしいだけの若い娘。
でも彼女が「Hi.」軽快にそう言って、「How can i help you?」続けざまににっこり笑った、そのとき。
ナツメは目を見開いて硬直した。笑顔になった彼女はとても、なんだか、……どうしてだろう、レムに似ていた。

ナツメが固まった以上に、マキナがひどかった。なんだかんだずっとまともに会話もしていない恋人に似た女が目の前にいるのだから仕方がない。すぐ我に返ったナツメは、高いヒールでマキナのふくらはぎを横から叩き、マキナの代わりにちゃっちゃと注文をした。
黒髪の彼女は自分を凝視するマキナにわずかに戸惑ったような、それでいてうっすらと優越感のような、女ならではのあの甘い匂いがした。選ばれる女の、そして選ばれたことに満足した女の顔だった。

ナツメはそれが妙に気に入らず、ラテを受け取るとマキナの腕を掠め取って店を出た。
これはだめだ、関わってはいけない。とてもよくない。マキナにとってもあの娘にとってもだ。そして、レムにとってさえ。

けれどナツメがやんわり止めても、マキナはそのコーヒーショップに通いつめた。ナツメがどんなにうまいこと遠ざけようとしても。
マキナに他意がないことはわかっていた。レムの顔を思い出す寄す処の一つとして、マキナはその娘を利用しているだけなのだ。ナツメが何を言おうともう聞かない。彼からレムを取り上げたのはナツメなのだから。

あの娘がかわいそうだ。気に入らない娘のことなどナツメは心配しないけれど、でも。
自分の与り知らぬところで価値をつけられて、それを愛されて、実際の自分がどういう人間かとかそういうの全部どうでもいいなんて。
誰かを好きになって、好かれていると信じて、その実そこには何もないだなんて。全部嘘だなんて。
かわいそうじゃないのか。知ったときどれだけ苦しい思いをするかなんてマキナは考えない。だって、あの娘のことは最初からどうでもいいんだから。

ナツメはそれでも、その後も相手と関われた。愛されたかはわからなくても、一緒にいられたし守ってもらえた。ナツメはそれで、満足だった。
でもその娘は、そんなふうにしてもらえないだろう。マキナ、おまえは、そんなことができる男じゃない。おまえはそんなに器用じゃない。そうだろう。

クラサメは。マキナは。あの娘は。そして、ナツメは違う。
ナツメはどうしよう。考え、悩んだが、有効な解決策など何もないのだ。


それが、市場から家に戻って、すぐのことだった。

ジリリリリ、目覚まし時計並みに嫌な音を立ててドアベルが鳴った。ナツメはソファに寝転がって動かないので、必然マキナが応対する。
ナツメがぼーっと輸入雑貨の雑誌を眺めていると、玄関のほうから少年のものらしき声がきゃんきゃん聞こえてきた。

「……だから!姉ちゃんがどこにもいないんだって!昨日から帰ってないし、連絡もつかないから……!」
「姉、ちゃん……なあ。誰のことだかわからないと、どうにも」
「カフェで働いてるんだよ!あんたがここ最近常連でよく来てたって姉ちゃんにも……聞いて……!だから何か知ってるんじゃないかと」
「そう言われても、うちは姉とオレしか住んでないが、引っ越してきてからは不精しているからな……」
「……マーキナー。入ってもらいな」

雑誌をコーヒーテーブルに放り投げ、ナツメは立ち上がった。
マキナは酷い男なので、たぶん彼女の名前も知らない。メールアドレスくらいは受け取ったことがありそうなのだが。

浅黒い肌の少年は、不安げな顔でナツメのいるリビングに通された。マキナはその後ろで、不満そうな顔をしている。「知らない奴を助ける余裕はないだろ」と言わんばかりだ。

「お姉さんの名前、クリスティナだっけ?」
「!!」

少年は驚いた顔をしてから、

「そうだよ!クリスティナ・ノウエルだ!」

姉の名前を叫んだ。隣でマキナはもっと驚いている。

「知り合いだったのか?」
「正確にはお前の知り合いだ、弟よ」
「……?」
「酷い男だなお前は!名札に書いてあったでしょうが!……まあいいわもう。ちょっと待ってて」

ナツメは少年をダイニングに座らせ、マキナに適当な飲み物を出してやるように命じ、寝室に向かう。クロゼットを開き、少ない服を退けて、ノートパソコンを二台ばかり引きずり出した。
ダイニングに運び、二台とも同時に起動する。ほぼノータイムで起動した新型のパソコンを見て、少年は小さな歓声を上げた。この島で新しいパソコンをいくつも所有するなんてのは少しばかり珍しい話だ。

「クリスティナ・ノウエル……」
「SNS?」
「あの年齢の子がやってない可能性の方が低いけど、……ネットリテラシー高めみたいね。顔写真なし。じゃあ友達にもうちょっと緩い子がいないか見てみよう」

高校時代の友人の一人が、クリスティナの写った写真をアップロードしていた。ナツメはそれをトリミングして、顔認証分析ソフトに引っ掛ける。あとは、自治政府から島内のセキュリティを委託されている会社のサーバーに入り、データを引きずってくるだけだ。

「そんなソフト、高かったろう。どうして持ってるんだ」
「カトルがこないだの誕生日にデータで送ってきた。あいつ頭おかしい」
「本当におかしいな」
「花もらったときもカルティエもらったときもそっとアリアの部屋に置いて帰ったから、それ以降こんな感じよ。まあ仕事には役立ってるけどね」

少年はオレンジジュースをちびちび飲みながら、ナツメたちの方を窺っている。どうしたらいいのかわからないといった顔だ。本当にここにいて姉のことがわかるのか、ナツメたちが何を話し込んでいるのかと。

「……昨夜は……歓楽街の方のカメラに顔が映ってるみたいね。女の子三人で遊びに行ってたみたい」
「裏通りに入っていこうとしてないか?」
「この男よ。ナンパか、もっと悪い意図で連れ込んだのか……、あれ?」

次の監視カメラを探したが、歓楽街のどのカメラにもそれ以降のクリスティナが見つからない。角度が悪いのかと思って、一緒に居た友達二人の顔も顔認証にかけてみたが、それでも見つからない。
そうなると、ナツメに思いつく彼女たちの行方は、一つだけだ。

「ブルー・ラグーンか……カメラを置けないとしたら、あの店先くらいだわ」
「なんだ、それ?」
「島に来たとき、絶対に近づくなと言われた場所がいくつかあるけど、代表的なのがそこなのよ。カトルが私達を託した奴らが経営してるクラブなんだけど、裏でいくつか商売をしているみたいなのよね。若い女はカモだから、危険なんだってさ」
「カモってのは……」
「ブルー・ラグーンの裏のメイン稼業は麻薬とコカイン製造だし、サブ稼業は薬物の売買だからね。自分から薬に興味を持つやつは最近どんどん減ってるから、薬漬けを増やすには依存状態に移行するまで強制的に摂取させるのがいいし、薬漬けになったら……女は悲惨よね。金のかからない娼婦をいくらでも抱えられる」
「そんなことしてるのか!?そんなの、島の警察とか、何にしろ公的機関が気づくだろ!?」
「公的機関が簡単に抱き込まれる国だから私達今ここにいられるんでしょうが?」
「……そうだった。入国管理も雑だった」
「女王陛下の目も遠いからねえ、独自の資源もほぼないし。……ここには、別の女王さまがいる」

ナツメはクリスティナの弟を家に帰し、警察には行かないよう命じた。代わりに、必ずクリスティナを連れて帰ると伝えて。
少年が出ていった部屋、夕凪の背景に視線をやりながら、マキナが渋い顔をした。

「あんな約束してよかったのか。生きてるかもわからないのに」
「うまいこと言わないとついてきそうじゃない?島民でもない人間にわざわざ会いに来るぐらいだもの」
「そうかもしれないが、後で約束を破ったら恨まれるぞ」
「別に構わないわよ。私のことならどう恨んだって、悪いことにはならないでしょう」
「……そういうとこ、あんたの悪い癖だと思うぞ、オレは」

そうはいっても、あの少年にナツメをどうにかすることはできないし、ナツメが少年を害することもない。恨まれる役だけでいいなら、別に引き受けたって構いやしない。
ナツメはパソコンを二台ともシャットダウンし、マキナにいくつか手伝いを頼んで、それから一本の電話を掛けた。電話の相手に二三を確認し、必要なものだけを厳選する。

「オレも行く」
「それでもいいけど、二人と一人じゃ戦力にさほど差がない。片方が倒れたら共倒れになるしね」

それより、頼みたいことがある。
叶うなら頼みたくなかった、それでもナツメはその頼みを言いおいて、陽の陰りだした道を内地に向けて歩き始めた。

望みの先にいる一人がこの先、ナツメをどうするかなんてわからない。
わからないけれど。

「……そういうことを考えるのは、やめよう」

状況的なセカンドベストが、感情論で最優先の希望とされる場合の対処について。
考えるまでもなく、感情を先ず捨てるべきであることに間違いはないのだ。

それでも肌の上をなぞった硬い指の感触がまだ残っている気がして、安堵しては舌打ちをしている。
求めることも切り捨てることも正しくないような気がしていた。



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