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「クラサメ」
「……なんだ」
「嫌いよ」
「突然なんだ」
「こんなに揺れるって一言も言わなかったじゃない!!」
「言ったら嫌がるかと」
「わかってたら陸路でどこまでも行ったのに!!」
「……言いにくいんだが、陸路じゃ海は越えられない」
「わかってるよお!!」

うう。
編み合わせられたキルトのひざ掛けのふちをガチガチに握りしめ、ナツメはべそをかいた。クラサメの言う通り、一生歩いたって海を跨ぐ日は来ないし、海を介さないですぐさま群れから離れることはできやしない。だからこれは必然陥る事態に過ぎず、クラサメを恨んだって、ましてや文句を言ったって本当に何の意味もない。
それでも初めて揺れる足元に、ナツメは恐慌を隠せない。

「仕方がないんだ、まだ乗船したばかりだしあと一週間はかかる。耐えろ」
「……い、一週間もこんな……」
「まあ、最悪だがな。終わってしまえばどうということもない」

クラサメは涼しい顔をして、船員が出してくれた酒を舐めている。気付けになるというのでナツメも少し飲んだが、あまり感覚に変化はない。酒には強いらしい。

船室はナツメたちが暮らしていた家の四分の一程度の広さしかないので、必然すぐ近くにクラサメはいる。ベッドも一つしかないから一緒に眠るしかない。そう思ったってときめいている余裕がない。

「船に合わないやつは吐き気が出るものだが、お前はそこまでじゃない。怖いだけだろう」
「怖いっていうか、足元が覚束ないのは不安なのよ……狼生活長いんだから……」
「それならすぐ慣れる。落ち着け」

クラサメは出発前に買い求めておいた食料袋から、乾燥させたオレンジのスライスが入った小さな麻袋を取り出してナツメに渡した。一応贅沢品だし、食べたことはなかったが、オレンジを口に含むと甘くてびっくりした。オレンジはてっきり酸っぱいだけだと思っていた野生児育ちのナツメは、これを買うのは嫌だと渋ったが、「騙されたと思って」とクラサメが目許を緩め笑って買ったものだった。

「おいしい。あまい」
「それは良かったな」
「クラサメは食べないの?」
「甘い物は苦手だ」

それで、クラサメがナツメのためだけにこれを買ったことを知って、とたん顔に熱が集まるのを感じた。普段気の利いたことなんててこでもしないくせに、たまにそういうことをする。

「うそ」
「……何が?」
「嫌いじゃない」

することがないナツメはベッドに潜り込みながら、そう言った。クラサメがマスクの奥で喉を慣らして笑ったのを背中で聞いて、ナツメは少し狼狽えながら目を閉じた。
波の音がすぐ近くで聞こえるのは、あまり嫌いじゃなかった。


クラサメは多くを喋らないし、ナツメもまだ言葉がうまくない。先生は主にクラサメだから、やっぱりなかなか上達もしない。船でもすぐ沈黙が落ちた。
こんなに長く二人きりでいるのは初めてだったけれど、クラサメとの沈黙は落ち着いた。やかましい家族と一緒にいた頃より、しっくりとくるような気がしていた。

部屋の外では船員がせわしなく働いていたが、ナツメを見れば、年若い娘が珍しいのかやけにいろいろと船の仕組みを教えてくれた。ナツメはなぜ川では沈むものが海では浮くのか不思議だったが、それはそういうものなんだそうだった。いや、説明はしてくれたのだが、ナツメでは理解が及ばなかった。後でクラサメに聞き直したら、改めてちゃんと教えてくれた。聞いてるときはわかったような気がしたが、後から考えたらやっぱりよくわからなかった。

それから、船員はナツメにカードを教えてくれた。そういうものを見たことがないと言ったら、とても驚いていた。役を作るゲームは、頭を使ってなにかしたことがなかったナツメには新鮮だった。ルールを覚えて、自信満々になりながらクラサメに挑んだが、あっさり返り討ちにあった。聞けば軍ではそれぐらいしか楽しみがないうえ、カードができないと支給品が片っ端から奪い取られるため必然うまくなるしかなかったのだという。彼から何を奪いたいでもなかったナツメは、カード勝負を挑むのをやめた。


ようやく船にも慣れた一週間の後、船は無事隣の大陸へたどり着いた。途中嵐も事故もなく、安全に終わった航海に船員たちも安堵を顕にしていたが、一番安心したのはナツメだ。生きるために逃げ延びてきたのに、その途中のアクシデントで死ぬようなことがあっては死にきれまい。
自分の分の荷を抱え、ナツメは渡し板を慎重に歩き、船外へよたよたと降りた。しばらく籠もっていた身体は鈍っており、いよいよナツメを恐れさせた。これは本格的に山を駆け回ってみたりしなければならないのだろうか。これからどう生きるかにも関わってくる問題だ。
狼だった頃は、広い縄張りを十匹程度の狼と数名の人狼で守っていたので、毎日山を何度も越える日々だった。とはいえ、今人は違って狼の姿で動くことが多かったので、そう大きな負担でもなかったが。狼の頑強な手足は走るのに適している。人間の姿は走ることより手仕事に向いていたので、巣穴で過ごすときは必要に応じて人間の形を取る、それが人狼のライフスタイルだった。

ナツメ、どうした?」

立ち止まっていたナツメに背後からクラサメが呼びかける。まだ生き方にすら悩んでいることを知られたくなくて、振り返ったナツメは首を横に振った。

「なんでもない」
「そうか?……とにかく、荷物を持ったら今夜の宿を探そう。もうじき日が暮れるぞ」
「うん」

降り立った港町はラトガというらしい。クラサメによると、言語が少し違うのだという。訛り程度のものだから気にする必要はないが、それについて突っ込まれたら北に行っていたらうつったと言えとのことだった。

「今は北方とこの地帯も友好関係にあるが、領主同士が揉めることがあるからな」
「そうなると、危険なの?」
「そういうことだ」

人間も縄張りは争うものだと、人間社会に馴染む中で知った。狼と違って、追い払って終わりとはいかないらしいのが厄介なところだ。

クラサメと二人、そう多くもない荷物を抱えて歩いた。手持ちは少なくないが、これからのことを考えるとあまり高い宿には止まれない。しかし、港湾労働者のための安宿は雑魚寝で、クラサメがそれは絶対に駄目だというので、結局そこそこの金額を払って宿を決定した。一つの部屋に大きなベッドが一つ、これまでを思えばそれで構わないのだが、クラサメは妙に苦い顔をした。

「だから、もう一部屋借りるべきだったんだ……」
「どうしてよ?住んでた部屋より、ベッド大きいと思うけど」
「そういう問題じゃない」

クラサメは何度もため息を吐いた。まあ、さすがにそろそろクラサメの言いたいこともわかってくる。なんとなく。
森でああいうことがあって、それから船の船室に籠もりっきりで、同じベッドで眠って。特別ななにかがあったわけじゃないけれど。

「でも、お金は大事だもん。仕方ないよ」
「……そうだな。仕方ない」

諦めたクラサメが、部屋の隅に立てかけてあった桶に水瓶から水を汲んでくれた。真水が何より貴重となる船では一切、身体を洗うことなどできなかったので、ようやく髪を洗い身体を拭くことができてほっとする。
一週間は長かった。途中、あまりにも長いのでナツメが何度か狼に変異して身繕いしたぐらいだ。
服を半ばだけ脱いで、もぞもぞと身体を拭う。クラサメはいっさい目を逸らしていた。その背中に何度か視線をやりつつ、ナツメは身を清め終える。

「もう大丈夫」
「そうか。私も垢を落とそう」
「……お腹すいた。外に行って、先に店を探しておくね」

クラサメが隣で着替えていると思いながら目を逸らしてじっとそこにいるなんて、ナツメは恥ずかしくて耐えられそうにない。クラサメは平然としているのが恨めしいくらい。ブーツに足を差し入れて靴紐を結び、ショールを羽織って宿を出た。
陽がとっぷりと落ちたが、港街はどこも変わらないのか、たくさんの松明と灯籠が煌々と燃え盛っていて、夜なのに足元には迷わないくらいには明るい。もともと夜目の利くナツメには不要ではあったが、一週間ぶりの賑やかな町並みは目にも楽しかった。

酔っ払った船乗りが何人か寄ってきて、肩を抱こうとしたり執拗に誘ってきたり一晩の値段を聞いてきたりした。オールボーで慣れているナツメはそのたび彼らを冷めた目で見つめ適当にあしらったが、最後の一人はかわいそうだった。とうとうクラサメが降りてきてしまい、それはもう鮮やかに腕を捻りあげたのだ。酔っぱらいがもんどり打って転げる。

ナツメ、一人でうろつくな。治安も良くないようだ」
「そう?オールボーと変わんないでしょ」
「だから出歩くなと言っているんだ」
「気をつけるわ」

ナツメは人間に負けたりしないけれど、それは狼だからだ。狼の姿を取れないのなら、一転ナツメは不利になる。つまり、これだけ多くの人に囲まれている街中では、一人の小娘に過ぎないということだ。

クラサメと夕食の希望を出し合って、宿の三軒となりにあった大衆食堂で食事を取った。久しぶりのまともな食事を取り、その日は疲労が溜まっていたのかクラサメと二人あっという間に眠ってしまった。
そして翌朝、荷物を整理し、不要そうなものを捨てて、ナツメはクラサメに今後の指針を尋ねた。

「それで、どうするの?この街で暮らすつもりはないんだよね?」
「ああ。言った通り、イヌの集落があるからそこへ向かう。お前もそのほうがずいぶん暮らしやすいだろうからな」
「クラサメはそこの出身ってわけじゃないんでしょう?詳しいね」
「軍で知り合ったイヌが何人かいてな。そいつらが言っていたんだ。確か奴らも軍を辞めてそちらに戻っているはずだ」

ナツメがクラサメについて知っているのは、縁の薄い故郷で殺されようとしていたイヌだということだけ。イヌの集落と聞くと、とたん己とクラサメの間に大きな壁を意識してしまう。
突然の不安だ。これまで、人の群れの中ではナツメとクラサメは二人の人間であり、二匹の狼だった。それがイヌの群れに入ったら、ナツメよりずっとクラサメを知ることができる連中ばかりが周りにいるということだ。彼らはナツメよりずっと、クラサメの仲間なんだろう。
寂しいなとふと思って、言える立場か至極悩み、結局言葉にはしなかった。

しばらく歩いて、途中商人の馬車に頼み込んで同乗させてもらった。それで山の近くまで向かい、クラサメに連れられて獣道を歩いた。何度か休み、歩く中で、だんだんナツメは人間ではないもののにおいを感じ取りはじめた。
これがイヌ。いや、狼?イヌにしては、クラサメのような人間社会に馴染んだにおいではない。もっと野生の、泥と雨水のにおいだ。

「……クラサメ。イヌの町は山間なの?」
「そうだ。まあ、本当に小さな町だが、人間をあまり受け入れないことで体裁を保っている」
「じゃあ、住人は少ない?」
「そうだな……やはりこれまで通ってきた街々よりは、かなり少ないだろうな。狩りと牧畜、農業で生計を立てている」

人間を受け入れることもあるにはあるらしいが、住人の誰かと深い仲になって、その人間が移住を希望した場合のみのことらしいとクラサメは言った。だから怖いことなんて起きないとクラサメが言うから、ナツメはだんだん新しい街が楽しみになってきた。
これまでの人生で、なにかに恐怖しないことなんてナツメにはあり得なかった。父を恐れ、兄を恐れ、弟を恐れる日々だったから。今はそれらの恐怖も遠く、このままどこかで穏やかな時間を得られるのだろうかと思うと胸が高鳴った。

木々の合間を抜け、時折乱れる道を進み、その日の夕方に差し掛かる前にはその小さな町にたどり着いた。切り倒した杉の木をそのまま立てた高い塀に囲まれていて、これまで見たどんな街より排他的な雰囲気が漂っていた。ナツメの見たことのある街など、小さな集落を含めてもほんの四ヶ所程度なのだが。

「入れるの?」
「入り方を知っていればな」

クラサメは門扉から離れると、杉の木の塀に手を置いた。塀に沿って歩きながら、杉の木の本数を数えているようだ。十二本目のところで足を止めると、クラサメは木を手前に引いた。

「……えっ」
「ここに取手が隠れているんだ」
「あ、ほんとだ」

一見すると見えない側面に近い位置が内側に抉り取られており、そこを掴むと塀から外せるようになっていた。軽いものではなさそうなので(たとえクラサメが軽々持ち上げていようとも、)簡単に出入りできるわけではなさそうだ。

「入れ。入ったら戻す」
「わかった」

ナツメが中に入ると、爽やかな初夏の風が吹いて頬を打った。きゃあきゃあと高い声がいくつも響いている。子供がいるらしい。声のほうへ視線をやると、小さな池があって、その周りに小さなベンチや木製の遊具らしきものがいくつもあり、十人以上もの子どもたちがはしゃぎまわっていた。男女比は半々といったところで、女児たちが車座で遊んでいる周りを男児が走り回っている。
あれもみんなイヌなのだろうか。それともわずかばかりの人間なのか。

ナツメ、こっちだ」
「うん」

クラサメに言われて、彼とともに歩き出す。途中で子どもたちがこちらに気づいて、驚いたように見ていたが、そのうちの一人と目が合うや否や、少年はぴゃっと声を上げて飛び上がり、大急ぎで遊具の後ろに駆け込み隠れた。他の子供たちも遅ればせながらそれに気づくと、思い思いに逃げだした。

「……これは私が嫌がられてるの?それともあなたが怖がられてるの?」
「外から誰かが来ることは相当少ないはずだからな」

クラサメもこの町に詳しいわけがないから、周囲に注意深く視線をやっている。町は外周に沿うように家が並んでいた。
町の真ん中には井戸があり、奥には先程の池へつながる川が伸びていて、緑の麦穂が広がっているのが見えた。小さいながらも、完成された町だと感じた。

「ねえ!」
「えっ?」

背後から突然声が掛けられ、ナツメは振り返るも、そこには誰も居なかった。
と思えば、視線を落とした先に、声の主はいた。

そこにいたのは大きな目をした少女だった。短い赤毛が肩の上で外側にぴょんぴょん跳ねている。彼女は腕を組み、警戒心を顕にしながらナツメを睨むように見上げている。

「な、なに……?」
「あんたたち、なに?どうしてここにいるの?どうして入り方を知ってるの?なにしにきたの?」
「え、ええと……その……」
「私達はイヌだ。カヅサはいるか?」

うまく答えられないナツメに代わり、クラサメが端的に答えた。カヅサ。それが彼の言う、軍人時代の知り合いの名前だろうか。
ともかく少女は、カヅサという名前を聞いた瞬間目を見開き、「あいつの知り合いね!」と手を叩いた。

「カヅサはこっちよ!」

どうやら警戒は解かれたらしく、少女は一転、平然と背中を見せ先導し始めた。クラサメと一瞬顔を見合わせ、二人でそれを追いかけた。少女は短い歩幅の割に足が速い。
カヅサがいるらしい家は、町の奥にあった。決して大きくはないが、他の家と違い木造だけでなく石も使われていて、町の有力者であることは察しがついた。

「カヅサー!お客さーん!」
「……えー?誰が来たんだい?」

少女がドアを何度も叩くと、奥から間延びした声がして、ぱたぱたと歩く音がする。ドアが中から開かれ、眼鏡を掛けた長身の男が姿を表した。白くて長い上着を羽織っていて、髪には寝癖がついているが、どことなく理知的な雰囲気を纏っている。
男は少女を、それからクラサメとナツメを見て、「クラサメくーん!!」と叫び、彼に飛びついた。

「やかましい!!」
「ぺぎゃっ」

そしてたどり着くこと無く弾き返されていた。

「くっ、クラサメ!?」
「クラサメくんいつまでもバイオレンスだなあもおっ……」
「寄ってくるな」
「いやーしかし久しぶりだね!まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ!」

カヅサはそう言いながら、ドアを開けたまま家の中に戻り、すぐにまた出てきた。少女に「連れてきてくれてありがとうケイト」と言い、カルラのところで何か食べなさいといくらかの駄賃を渡していた。ケイトと呼ばれた少女は喜び、一目散に駆け出していく。
それを見送り、さて、とカヅサはこちらに向き直って、家の中に案内してくれる。入ってすぐのところに大きなテーブルと椅子が何脚かあって、そこに座るよう言われたのでクラサメとともに従った。
カヅサは薬缶で水瓶から水を掬い、火にかけながらクラサメに問いかける。

「それで、一体どうしたんだい?その子は誰?突然訪ねてきた理由はその子?」
「あ……」
「こいつはナツメだ。……もし叶うなら、イヌの産科医がいれば診せたくて来た」
「産科医?妊娠してるの?」
「いや……しているかもしれない、という話で……」
「それでどうしてここの産科医じゃなきゃいけないんだい?人間の産科医だってさほど問題ないと思うけど」

カヅサが振り返ってナツメを見る。クラサメが頭をわずかに傾け、見せてやれと示したので、頭上を覆うスカーフを取る。
とたん、ずっと押し込められていた耳がひょこりと顔を出して、揺れた。

「人狼……」
「まさに群れを出てきたところなんだ」
「……そうか。でも妊娠しているかもしれないっていうのは……ええと。ナツメちゃん?だっけ?」
「はい」
「聞きにくいことだけど重要だから聞くよ。人狼だね?」
「……はい」
「それで、人狼と交尾した?」
「それはっ……その……」
「人狼と交わったなら、妊娠しているかもなんて問題じゃない。ほぼ妊娠しているし、人狼は狼の血が濃いから、人狼同士での交わりだったら子供は最低でも三人か四人か……」
「私なんだ」

カヅサが考え込む正面で、クラサメが短く言った。言いづらそうに、どこか吐き捨てるような雰囲気さえ持って。まさかクラサメがそこまで話すと思わなかったので、ナツメは驚いたが、でもそれが実際真実なので、相談するためには結局話さざるを得ないのだろう。

「えっクラサメくんの子を妊娠してるの!?」
「してるかもしれない、だ!わからんと言ってるんだ!!」
「なにそれ話めっちゃ変わってくるじゃん!?変わってくるじゃん!!」
「く、クラサメ、この人なに?なんなの?」
「私にも未だによくわからん」

カヅサは突然大騒ぎするので、ナツメは怯えて縮こまったが、クラサメはある程度予想していたのか身じろぎ一つしなかった。一体どういう友人なのだろうかと今更怖くなってくる。

「だってクラサメくんの子が生まれるかもしれないんでしょ!?」
「……それは、まあ」
「クラサメくんの子なら実質僕の子じゃないか!!」
「そんなわけあるか」

一体どういう友人なのだろうかと「ナツメその目をやめろ」怖くなってきたが、本題はそこではない。

「……だから、狼同士の子だと、基本母体は助からないでしょう。それが怖くて、私、群れから逃げて……逃げたところで、クラサメに会って。逃げるのに協力してもらった」
「クラサメくん、そんな流れで手出したの?」
「ぅぐっ……」
「そんな言い方しないで、クラサメも本意じゃなかったの!」
「は?」
ナツメその話は今は……」
「私のせいなんだ……私が、魔法を使ったから」

カヅサが、決して重たい言い方ではないとはいえ、クラサメを責めるように揶揄したので、ナツメは慌てて口を挟んだ。

「魔法?……人狼は不思議な力を持ってるって聞いたけど、本当だったの?」
「本当よ。私は群れのシャーマンだから、なおさら適正があるの」
「それはぜひ見たいな……何か魔法を使ってみてくれないかい!?簡単なのでいいから!」
「カヅサ、やめろ、そういう話じゃない!だから、もしそれで妊娠しているならという話だ!その場合命の危険とか、そういうことが聞きたくて来たんだ!!」

クラサメがテーブルを拳で叩き、それに慄いたカヅサが唇をすぼめ、なんだいなんだいちょっと関心があるだけなのにさとむくれる。自分がクラサメにこんなふうに怒られたら即座に家出する自信がある、否むしろ前科のあるナツメはカヅサを信じられないものを見るような目で見た。
カヅサは本当に全く気にしていない様子で、「別に大丈夫なんじゃない?」といかにも適当そうに言った。

「大丈夫だと……?」
「だって、クラサメくん双子の兄弟とかいる?」
「……いや、いないが」
「三つ子は?四つ子の兄弟はいる?」
「人をバカにしているのか」
「ごめんごめん、ほらそういうクイズがあるじゃないか。……君の母親から、双子、あるいは三つ子が生まれていないのなら、君の家系には母親の時点で人狼ほどの繁殖能力はないということだ。そもそもクラサメくん、自分が純血の人狼から数えて何代目か知っているのかい?」
「……知らん。親族から聞いたこともない」
「ほらね。相当血が薄くなってる証拠だよ。親が純血、祖父母が純血って言うんならともかく、他の群れに由来するイヌや、全く関係ない人間と交わって、数十年あるいは数百年先にいるのが君だ。妊娠する確率も、そりゃ人間同士よりは高いだろうけど、人狼同士とは比べ物にならないし。生まれてもせいぜいが双子だね。そうやって繁殖能力が弱まって、僕や君みたいなイヌが健康に生まれているんだからね」

険しい顔のクラサメに対して、真剣味のない顔でカヅサはそう語る。誠実な態度ではなかったかもしれないが、その言葉に安堵したのはナツメだった。ふっと身体から力が抜け、椅子の背もたれに身体を完全に預けてしまう。

ナツメ……」
「ご、ごめん……妊娠していない可能性高いとか、いろいろ言ったのにこんな……。でも、やっぱり死ぬのは怖かったから、……良かったよ」
「……そうだな」

クラサメが頷く。その視線の先で、カヅサが目を細めた。

「なんていうか……同意の上じゃないんだね。まあ、そこは君らで話をつけることだと思うけど。でもそう、そうだね……それで、ここの産婆に見せたいってことだったら、難しいな」
「む……それはなぜだ?」
「っていうか、ナツメちゃんが人狼なら、ここに長居することも今はおすすめできない。今っていうか、しばらくは」
「どういう意味だ」

考え込むような仕草をして言うカヅサに、クラサメがにわかにいきり立ったような顔になる。だがやはりカヅサは表情を変えなかった。

「いや実はさ、今この町、人狼の群れに狙われてるんだよね」

そして彼が言った言葉に、ナツメとクラサメは揃って目を剥くことになった。




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