I laugh like me again,you laugh like you again.
(私はまたあの頃の私みたいに笑って、あなたはまたあの頃のあなたのように笑うの)



夢主の名前を入力し、変換をクリックかタップしてください。デフォルトだと“ナツメ”になっています。



「ほら姉さんこれ持って」
「嫌よ……もう帰る帰る帰るぅ」
「どんだけ意思が弱いんだ。口紅やらなんやらがほしいって言い出したのはあんただろう。オレには見てもわかんないんだって」
「だからあ、シャネルとディオールとクレ・ド・ポーとイヴサンローラン見たら帰るの……あとマック……なんでそっち行かしてくんないのよ……」
「先に目当てのもの買ったら姉さん即帰るだろ」
「うぐう……」
「たまには買い物ぐらい手伝えって。ああ、手を離さない!」

マキナは姉と呼ぶ女の頼りなさにうんざりしながら、紙袋をその胸元に押し付けた。缶詰が二つ入っているから多少重いのは確かだけれど、子供じゃあるまいし、逃げ出すほどの重量ではない。
この女が、兄よりひとつふたつ年下なだけの成人女性とはとても思えないときがある。さて、昔はもう少し頼りがいを感じた気がしたが、昔というとあの箱の中の話になるので、できれば思い出したくはない。マキナはすぐさま、記憶に蓋をする。

「じゃあオレは魚を見てくるから」
「あー、マキナ」
「なに、っうわ!?」

ふいに彼女が、抱えた袋の下で指を弾き、鈍色のなにかをマキナの顔に向かって飛ばした。勢いよく飛来したそれを、生来の動体視力と反射神経で見切りマキナは掴む。
彼が開いた手の中には、ECドル硬貨が入っていた。

「喉乾いたから先に飲み物買ってきて」
「……2ドルで?」
「ポケットにそれしか入ってないし」
「なっさけな……まあいいけど……」

教会の壁を背にして肩をすくめたナツメは平然と情けないことを言うので、マキナは呆れてため息を吐いた。それじゃあ仕方ない、実際のところ今財布を持っているのはマキナなのだし。

じゃあ待ってろよ、そう言い置いてジューススタンドを探しマキナはマーケットの雑踏に足を踏み入れた。さすがにマーケットのどこに何があるかぐらいは覚えているから、五分もかからないだろう。
そう思ったのだが、目当てのスタンドは混みに混んでいて、結局裏通りに入ってわざわざ遠い店に出向くことになった。自動販売機なんて気の利いたものはない。屋台はそこかしこに出ていたけれど、それらの屋台が飲み物を売らないのをマキナはよく知っている。単純に実入りが悪いのだ。単価が安いわりに、重たくて扱いづらい商品だから。
遠回りにスタンドへ行ったので、帰り道は逆の道を行った。あまり治安がよくなくて観光客は来ない通りだが、その分人も少なくて歩きやすい。ナツメを置いてきた教会の鐘が遠くに見える。
両の手にジュースを持って、マキナはナツメを探す。彼女の金髪はこの街では少し目立つので、遠目でもすぐにそれとわかる。

姿を見つけた彼女の方へと足を向けた。そのときだった。

「……?」

マキナは妙に、不審なものを感じた。ナツメはマキナとわかれたときと同じく、教会の壁に背を預けて立っている。持っていろよと渡した袋は見るからに足元にあるようだが、それに怒りを覚える暇もない。
ナツメが遠くの一点を見据え、微動だにしないのだ。じっとなにかを見つめている。表情は完全に無機質な無表情で、そこからは何も読み取れない。

だからマキナは、ナツメの視線の先を見る。

「…………あ……」

マキナは驚愕した。

そこには、あの男が、姉の心を奪って、一年も一緒に住んでおいて、実はFBIだった、あの男が……クラサメ・スサヤが立っていた。
道の反対側、観光客の溢れるマーケットのメインストリートを挟んで。距離にしてほんの数十メートル、お互いの顔は十分視認できているはずだ。

FBIが探しに来た。自分たちは見つかってしまったのだ。マキナは慌ててナツメに駆け寄ろうとした。ナツメを連れて早く逃げないと、そう思って道を渡ろうとするのに、観光客の集団がちょうど差し掛かって全く通れそうになかった。

「くそっ……!」

マキナが焦燥混じりに睨む先で、しかしクラサメが全く動かないことに気がついた。彼はただじっと、ナツメを見つめ返している。
はっとして、マキナはもう一度ナツメを見た。彼女はうっすら微笑んでいるように見えた。

二人は全く同じ、動かないままの表情で、静かに見つめ合っている。

クラサメは多くの観光客と同じく、薄手のシャツと長いパンツを履いた姿で、言われなければ捜査官だとはわからないだろうと思った。ナツメも同じ、透けたシャツとキャミソール、アンクルパンツの気軽な格好は犯罪者にはとても見えない。
正しい関係性が一体なんなのか、この光景では誰だって計りかねるだろう。

二人は何を言うでもなく、お互い一歩も近付こうともしない。
ただ、黙って静止していた。静止している、だけなのに。


――久しぶりね。

――ああ。……心配していた。

――私だって。私だって、心配してたわよ。

――知ってるさ。


会話が。

聞こえるような。


――なぁに、その格好。似合わないわよ。

――お前こそ、そんな薄着で出歩くなよ。

――心配?うれしい。


二人は黙ったままだ。表情も変えず、ただじっと見つめ合うばかり。
それでも、会話している。マキナにはわかる。


――無事でよかったわ。

――安心した。

――どうか、幸せで。

――お前こそ。……どうか。


二人の間になにかがある。マキナにすら見えている。それなのに、二人は見つめ合うばかり。

数秒なのか、数分だったのか、見ているだけのマキナの足元がぐらぐら揺らぐような時間の最後、クラサメがふっと踵を返した。
もう必要な会話は済んだと言わんばかりだった。

それでいいのか。本当に?
本当に?

これはマキナが望んだことだ。
マキナはおそらく、あの二人に完璧な幸せなんて手に入れてほしくなかった。幸せになってほしくなかった。願わくば不幸でいてほしかった。そしたらマキナはそら見たことかと笑い飛ばせる。
だからこれは、望み通りだ。

でも本当に?
こんなことを望んだ?
本当に己は、今の光景を笑い飛ばせるのか?

“姉”はうつむき、動かない。あわや泣くかと思った。マキナはゆっくり、人混みを縫って彼女に近づく。
ようやく近くに至って、「姉さん、」ああなぜ自分のほうがこんなに情けない声を出しているんだ?告げない二の句が恨めしく喉に張り付き、干上がった。
でもナツメはぱっと顔を上げた。呆れたような表情だが、はっきりと笑顔だ。

「マキナったら遅いじゃない、喉は乾いたしおなかもすいてきちゃったわ」
「あ、ああ、……ごめん」
「もう帰ろう、魚なんて買わなくても、必要なものは買ったんでしょう?帰ってご飯作ってよ」
「……たまにはあんたが作れよ」

勝手に方針を決めて歩き出したナツメの背を見ながらマキナがいつもの調子を取り戻して言うと、ナツメは振り返って肩を竦めた。

「お生憎だけど、恋人にしか料理は作らないの」

ざわりと、鳥肌がたった気がした。
そうだろうとも、あいつになら作るのだろうよ。お前という女は。
ここに兄はいない。姉はずるく、自分は卑怯だ。

マキナは深く息を吐いた。
それでも、身の振り方は考えなければならないのだ。









「どーすんですか、クラサメさん」
「知らん」
「休暇取ってまであいつ探しに来てんのに知らんはないでしょ、知らんは」
「ついてこいとは言っていないだろうが」
「ほっとけねえでしょうが、あんた一人で突っ走ったら国一つ滅びそうなんだもん……」
「国が滅ぶか、人を核ミサイルのように」
「いやこんな小国ならあり得る気がする。俺の前世かなにかがあんたを放置するなと言っている」

夜、モーテルの一室、隣の部屋を取ったはずのナギはクラサメの部屋のドアに凭れてぎゃあぎゃあ文句を言っている。誰もついてこいなんて言っていないし、なんなら休暇取るとしか言っていないのについてきた。
そんなに心配されるようなことをした覚えはないのに。

「それで、ナツメ見つかりました?俺のほうはどうにも、目撃情報すらなかったですけど」
「……いや」

見つかっていない。
クラサメは短く、首を横に振った。

そうですか、それじゃあ明日はもっと内陸を見て回りましょうかね。そう言って部屋を出ていくナギを見送って、クラサメはため息を吐いた。

記憶の中の彼女より少し痩せたようだった。
でも初めて見たときと何も変わらない。

どうしてこんなに彼女が特別なのかわからない。でも、特別で、どんな形であっても生きていてほしいし、クラサメがどうであれ彼女には幸せであってほしい。二度と苦しめられることがないように。
いつまでこの国にいるだろう。次はどこへ渡るだろう。もう二度と、道が交わることはないとわかっている。
最後に会いたい、そういう気持ちがないわけでもなかったが、最後と思って会うのは怖かった。取り乱す気もしたし、言いたいことの半分も言えない気もしたし、結局は会わないほうがいいのだと思い至る。
何度思い返しても、そうだ。

ナツメは今一人なのか、あの犯罪者の男と一緒なのか。それさえクラサメにはわからない。
もう二度と会わないのなら、そんなこと気にする必要もないのに、結局何度でも考えてしまう。
いつか彼女を忘れる日は来るのだろうか。そんなことを思い悩む合間、ふいに窓を風が叩いた。

顔をあげると、その時、窓の向こうに人の手のようなものが見えた。

「何……!?」

風ではない。クラサメはとっさに壁際に身を寄せ、銃を手にして窓の外を見た。最も考えられるのは強盗だろう。覗き込むが、外は見えない。
致し方なく、窓を開けた。するとすぐに、下に男がいるのに気がついた。

夜闇に混じる色の髪をした、ナツメとともに逃げた男。

「お前は……」
「やあ、FBI。……姉さんを助けてくれないか」

男はクラサメをじっと睨み、窓の下に立っていた。
クラサメは一瞬以上困惑したが、姉さんというのがナツメを指す言葉であることに気がつくと、すぐに彼に頷きを返していた。



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