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雨が降っている。
蒼龍と朱雀を隔てた海溝の近くにあるこの町では、蒼龍の雨季の影響を受けてひどいときには一ヶ月、雨が降り続く。
雨季が続くと野菜も育ちにくいし、木製のものが傷んだりして厄介なことばかりだが、それでも彼はこの季節が嫌いではない。

かつてはミィコウという名の街があった場所に新たに築いたのがここ、サトゥルだ。ミィコウは終戦の翌日やってきた化物に滅ぼされた。住んでいた人々も、ほとんど全員が死んだという。
そういう街はたくさんあって、それでもこの地にはまた人が集まった。他の街の跡地も同じだ。いくら環境があまり芳しくなくても、煉瓦を積み上げて造った立派な建造物がある。必死にあばら家を建てて住むより、掃除だけすれば使えるそれらに住んだほうがマシ、そういう発想からだった。今では立派に、みんなこの町の仲間だ。

彼はその中で衛兵隊長をしている。最初やってきたときはみんなと一緒に畑を耕したけれど、それから人も増え、街を守るために衛兵隊を作った。治安の悪化で、盗賊も増えた。作物をいちから作るより、そうして作られたものを盗んだほうが早いと考える輩である。そんな連中に何を渡すわけにもいかぬので、こちらも必死だ。
衛兵隊は現在四名で、毎日街を巡回している。二日に一度は寝ずの番もする、そんな生活だった。

「バンクス、異常なかったぜ」

衛兵詰め所として使っている街の入口にある小屋、そのドアをノックもなしに押し開き、テッドが彼に声を掛けた。それを僅かな呆れとともに振り返り、バンクスは力なく笑う。

「そうか。よかった」
「……にしても、遅いな。例の……なんだっけ?」
「ああ、新政府から来るっていう?」
「そうだ。……バカにしてるよな。俺たちで解決できるのに」
「……まあ、そうだな。自信がないわけじゃないが、……でももうしばらく、続いちまってるからな。やむなしと判断されても仕方ねぇんだろ」
「……衛兵隊長様は大人だねぃ。まあいいさ、従うかどうかは別の話だ」
「俺たちは警備だけしてりゃいいのさ。そしたら、突然やってきたお偉い誰かが解決してくれて、感謝しろって顔でこっちを見るだけだ。それに感謝した振りして、さっさと追い出し、やっと普段の生活に戻りゃいい」

解決してくれればそれでいいというのが、バンクスのただ一つの考えだった。実際のところ、テッドの怒りは理解しつつも、バンクスは冷静だった――衛兵隊では単純に手が足りない。あの事件のせいで、すでに三名が死んでいて、若い娘や妻を持つ者は町を出るべきか話し合っているぐらいだ。こんな小さな町だから、人口が打撃を受ければそのまま町の存続に関わる。バンクスにとって、ようやっと住み着いた町を失うのは耐え難いことだった。ならば少々の屈辱くらい、と思うのである。
それに恥辱も屈辱も、バンクスはもう一生分味わったと思っている。今ではもう、怖くもなんともない。

「……失礼?」

不意に戸口から、女の高い声が聞こえた。振り返ってみれば、そこには薄暗い色の外套を着込んだ若い女が傘を差して立っており、バンクスたちと目が合うと首をわずかに傾けた。

「旧ミィコウ、で合ってるわよね?」
「今はサトゥルだ。あんたは?」
「私たち、派遣されてきたの。合ってるのよね?」

傘を畳み、かぶっていたフードを背中に落として女は再度問うた。それで初めて顔が明らかになって、バンクスは少し面食らった。長く伸びた髪は白に近い金色をしており、どう見ても白虎人の特質を示していたからだ。

「……ちょっと待て。あんた、白虎の人間だろ。朱雀の新政府が派遣するって、おかしくないか」
「まあ、……そう言われるとは思っていたけど……」

女が頭を軽く横に振って髪についた水滴を払った。よく見れば、女はなかなかお目にかかれないくらいに面立ちが整っていた。年の頃は二十代前半から半ばといったところだろうか。長いまつ毛が頬に影を落とし、真っ白な肌は陶器のようにつるりとしていた。

「私は朱雀の人間よ。ちょっとおかしいかもしれないけれど」
「おかしくない」

不意に彼女の背後から声がした。雨の暗闇から顔を出したのは彼女より黒い外套を着た男で、傘は差していなかった。彼女と同じく詰め所に足を踏み入れると、彼もまたフードを脱ぐ。顔の下半分をなにやら金属でできたマスクで覆い隠していて、バンクスはぎょっと目を剥いた。
この男もまたきれいに整った顔をしていたが、マスクがあるので完全にはわからない。この男は、青みがかった髪と標準的な肌の色をしていて、細身だが上背があり、かといって大きすぎるということもない、まごうことなき朱雀人であった。
ただ、新政府であるルブルム自治区から派遣されたと主張する皇国人と、明らかに普通ではない装いの朱雀人、どちらがより怪しいかは甲乙付け難かった。正直、二人ともあからさまな不審者である。

「それで、妻がなにか?」
「あひゅう」
「……変な声を出すな、いちいち」
「ごめんまだ慣れないの」
「四年目だぞ……?」
「わかってるわよぅ……」

ついつい身構えるバンクスたちのほうはろくに見もせず、彼女は何事か口ごもりながら、半歩引いて彼の後ろにさがった。

「私はクラサメ・スサヤ、旧魔導院の武官をしていた。これはナツメ、彼女も同じく元武官だ。現在はルブルム自治区にて各地への派兵を統括している。今回は、事前に連絡しておいた通り、例の事件のことで来たのだが。何か、問題でも?」
「そ、そうか……失礼した。テッド、すまんがここは頼む。町長のとこに案内してくる」
「おう、任せろ」

静かな声だが、クラサメと名乗った男の声音には威圧感があった。決して大声なわけではないし、粗暴さなどかけらもない折り目正しい発声だったのに。
こういう人間は、戦いとなると滅法強かったりするのだ。バンクスにも覚えがある。それに元武官ということは、元候補生ということだ。百戦錬磨、間違いなく相当な手練。

怪しいことに代わりはないが、候補生には変わり者が多いと聞いたこともあるし、じゃあまあ、いいか……とバンクスは無理やり己を納得させた。だいいち、バカな盗賊ならまだしも、こんな手の込んだことをしてまで襲うほど価値のある町ではないし。

「それで、ええと……クラサメさん?でいいか。あんたは、ナツメさん?」
「ええ。私は医者のようなものをしているわ。よろしく。……クラサメ、追いかけるから先に行っていて。あの子のことを二人に頼んでくるわ」
「わかった」

ナツメはフードをもう一度被ると傘を差し、詰め所を出ていった。あの子、という言葉にふと「子供がいるのか」とバンクスは聞いた。
クラサメは全く表情を変えずに、わずかにうなずいた。

「ああ。息子だ。三歳になる」
「……悪く取らないで欲しいんだが、よく連れてきたな。ルブルム地区からじゃ丸一日かかったろう?」
「そうだな……置いてこようかとも思ったが、許可されなかった。だが二人、付き添いがいてな。一日中構うものだから、息子も飽きる暇がなかったようだ」
「そうなのか。じゃあ五人で来たのか?」
「そうなるな。どこか借りられる宿はあるか」
「むしろ、どこにでも空き家がある。もともとそれなりに大きな街だったのに今は百人も住んでないからな。町長に言われて宿舎を用意してある。四人……いや、五人か。それくらいなら問題ないだろう」
「そうか。……長くとも数週間で出ていく。何一つ奪うこともなく。だから、安心していい」

その言葉に、バンクスは少なからず驚いた。クラサメの言葉にどんな含みがあるにせよ、少なからずバンクスの心の裡を察しているから出たものだと思ったからだ。
そして少々気まずくなった。助けを呼んでおいて、生活を脅かされることを恐れているだなんて、客観的に見れば極めて情けない話だから。

「その……まあ、こういう事態だ。自分たちで解決できないのは確かに面白くないが、仕方がないとわかってはいる。できる限りの協力はするから、解決してくれ」
「ああ。任せておけ」

さらりと了承の言葉を返し、クラサメはバンクスの後ろをついてくる。しかし意外なものだ。きれいな顔をした男ではあるが、この仏頂面に愛想のなさ。この若さで子供までいるようにはとても見えない。
いったいいくつなのだろう。バンクスと同年代なのは間違いないと思うが。

足を踏み出せば、水たまりとそうでない場所の区別がまるでつかないくらいに地面は真っ黒に見えた。時折水を深く踏み込んで、ブーツに水が侵入する。もう慣れたものだけれど、未だに不快さは変わらない。

さして広い町でもないので、数分もかからず町長の家に着いた。一階を役場のようなものとして使っており、二階に町長一家が住んでいる、町で一番大きな建物だ。おそらくまだミィコウと呼ばれていた頃にも、この建物は同じように使われていたのではないだろうか。
と同時、ぱしゃぱしゃと水を何度も跳ねさせながら、ナツメが追いついた。傘をもう差しておらず、それに気づいたクラサメが短く呻いた。

「おい、なぜ傘を差してない」
「だってあれがあったら走れないもの」
「走ってまで追いつく必要はないだろう」
「私だって仕事で来てるんだから、挨拶しないわけにいかないでしょう。大丈夫よ、行こう」

役場に足を踏み入れながら、二人は外套を脱いだ。水を弾く素材だったらしいが、それでも水が中の服に到達している。外套を脱いだ下にはふたりとも武器を携えており、ナツメは胸の横に銃のホルスターを下げ、クラサメは腰に帯剣していた。バンクスはそれを見遣りつつ、役場の奥に声を掛ける。

だから傘を差せと言ったんだ、大丈夫よこれくらい、すぐ着替えろよ、あなただって。
二人は小声で言い合いながらずんずんと奥に向かい、執務机に向かって書物をしている町長の前に立った。町長は顔を上げると、二人を見てぎょっとした顔をした。町長というからには町の年長者で、それは間違いないのだが、実はどうにも少々狭量なところのある男なのである。バンクスやテッドが驚いたくらいに少し不審な二人組を笑って受け入れるわけもないのだった。そのことを思い出し、バンクスは己がもう少し気を利かせるべきだったと苦い顔をした。

「失礼、責任者さん?」
「な、なんだ突然!おいバンクス、こいつらは……!」

ナツメのほうが彼に話しかけると、はっと我に返った町長は二人の後ろにいたバンクスに向けて唸るような声を立てた。

「あなたが呼んだルブルム自治区の捜査人ですよ。そんなふうにしたら失礼です」
「お、おれは、元候補生の優秀な人間が自治を手伝ってくれるというから呼んだんだ!それがこんな、なんだ!?変なマスクをした男と、白虎人だと!?」
「……変なマスク」
「元候補生なのは一応事実なんだけど」

二人は顔を見合わせぼそぼそとつぶやいた。不服そうではあるがさほど気を悪くした様子がないところを見るに、たぶん言われ慣れている。

「全く、どうして……こんなのは納得いかん、すぐルブルムに連絡を……」
「まあしてもいいけど」
「別に問題ないな」
「マキナは無視するだろうしね」
「我々も一言くらい小言は言われるかもしれんが」
「みんなは笑いながら今後サトゥル無視なって言うだろうし」
「話の伝わり方によっては商取引も全面停止だろうがな」
「ぐっ……」

ナツメが肩を竦め、クラサメが短く頷き、淡々と言い合った。その口ぶりに別段悪意は感じられないが、内容はなかなか脅迫に近い。
ただでさえ、たった一つの事件のためにがたがたに揺らいでいる町だ。この二人の機嫌を損ねるだけで今後ルブルム自治区から一切の援助が受けられないというのなら、平伏してでも二人を歓迎するべきだ……バンクスはそう思った。けれど今バンクスがそれを提言してみたところで、町長もはいそうですかとは受け入れないだろう。
これはどうしたものか。バンクスが内心頭を抱えた、その直後である。

「ほっら〜!だから言ったじゃん、あの二人に任せたら第一印象クッソ最悪だって〜!」
「わかってる、反対はしなかっただろう」
「でも大丈夫だって言ったじゃん、見てよ大丈夫じゃないじゃん」
「大丈夫だろ。最終的にどんな脅し方してでも望む結果にするから、副隊長が」
「だけどさあ、この段階で人死にを出すのは、やっぱちょっとねえ」
「まあ、たしかにちょっとな」
「でしょ?というわけで」

子供を抱いた若い女性と、短髪の青年が入ってくる。二人とも小柄なので、一瞬子供かと思ったが、よくよく見れば成人くらいはしていそうに見える。ただ、明らかに、その年齢の子供を抱くには若すぎた。

「はじめましてー、アタシはケイト。こっちはエイト。ルブルム自治区から派遣されてきました」

ばちん、と音でもしそうなウインク。若者ゆえの明確な強気さに町長は一瞬「うっ」と面食らう。その間に畳み掛けるように、

「オレたちは元0組だ」

と、青年が言った。

「ちなみに、そこの無愛想なマスクは隊長で、辛気臭い一児の母は副隊長だよ。元、だけど」
「ケイト」
「ごめんごめん」
「すぐ謝るくらいならそゆこと言うのやめなさい」
「それはちょっと」
「ちょっと?」
「人生が二割くらいつまんなくなりそうだから……」
「深刻そうな顔で何をふざけたことを言ってるのよ」

四人、いやクラサメは仏頂面で黙りこくっているから彼を除いた三人は、親しい様子で会話を交わす。途中、ケイトと名乗った少女が抱いていた子供を母親なのであろうナツメに渡す。幼児といって差し支えないだろうその男児は眠たいらしく、親指を咥えてとろんとした目をしていた。

「く、……クラスゼロ……?」

そんな彼らを前に、困惑極まる男もいる。町長は驚きのあまり立ち上がり、目を見開いて二人の若者を見つめていた。
旧ルブルム魔導院の0組といったら、国内では救世主、国外では朱き悪魔として知られている十四人だ。ルシ並の知名度と能力で、防戦一方だった朱雀を一転勝利へと導いた若き精鋭たち。そのうちの二人がここにいて、怪しい二人はその隊長と副隊長だというから、驚くのも無理はない。

「そ、……そうでしたか、ぶ、無礼を……失礼しました……」
「わかればいいんだ。別にな。まあ……比較的沸点の高いオレたちはまだともかく、この二人は怒らせると本当に面倒だから気をつけてくれ」

気をつけてくれってなんだ。バンクスは戸惑ったが、それ以上に戸惑っている町長が「は、はい!」といい返事をかましたので特にもう言うことはないのだった。びびりすぎである。
だが思えば。思えば、この町長は確かもともと朱雀の、もう少し北部の地方の出身であったと聞いている。ならば0組は救国の英雄であるわけで、そんな彼らに偉そうな態度が取れるわけもない。

「で、ではバンクス。用意した宿舎に案内してやってくれ」
「はい、わかりました」

目通りが済めばとりあえずは役場に用はない。詳しいことはバンクスから説明するよう彼らが来る前に言われている。
バンクスは彼らを町の中央から北に逸れた辺りにある家に連れて行った。町長が用意させた宿舎はさほど広いものではないが一軒家で、煉瓦造りの二階建てだ。一階には広めのリビングとトイレや風呂があり、二階に部屋が二つ。

「少し血の匂いがする」
「掃除はしたんだが、如何せんもとがひどくてね。これでも努力したんだ」
「別に平気だ。戦時中に比べればこんなもの」

エイトと名乗った青年が言い、猫目の女性が隣で「それはちょっと違うっしょ」とため息をついた。

「あの頃を思い出してちょいちょいブルー入るのもよくないしね。時間見て片づけよっと。エイト、手伝ってよね」
「なんでオレが、」
「ハイぶーたれない。アタシが一人で掃除してるのを放っておけるって言うんならそれでもいいけど」
「わかったよ……」
「別に二人だけでやってくれなくても。ね、クラサメ」
「お前はやるなよ。休んでいろ」
「そうよー。働くの禁止!」
「……大丈夫、おとなしくしているわ。あの子が騒がないように見張っていないとね」

四人はまるで、それで一つの家族のようだった。エイトとケイトはさすがにクラサメたちの子供には見えないが、少し年の離れた兄弟たちのような。
元同じ部隊、それだけというにはあまりにも気安い。戦場を生き延びればそれもおかしくないかなと、昔が懐かしくなったバンクスだったが、そんな考えはおくびにも出さず「それじゃあ、おれは戻るから」と声をかけた。

「なにか足りないものとかがあったら、斜向いに住んでる老夫婦が力になってくれるはずだ。いつでも声をかけてくれと言っていたから。おれも基本的には詰め所にいるし、町長もまあ、役場にいる。調べるのは明日からでいいんだよな?」
「ああ。雨が上がってからが望ましいが」
「そいつは厳しいかもしれないな。まあでも、もう雨季を抜けるところだから、晴れ間はあるだろう。それじゃあ」

適当に言い置いて、バンクスは彼らに貸す家を出た。雨はいっそう激しさを増し、バンクスのコートの表面を強く叩いていた。犬と猫が降るような雨ってのはこういうのを言うんだよな。
体が冷える前に、詰め所へ戻ろう。バンクスは足を急がせた。




その、ずっと背後。
背後、路地裏、迫る宵闇から抜け出して、黒い影は立っていた。

「……いや……やめてぇ……」

影の足元で、うずくまって娘が泣く。か細い声は雨にかき消され、誰のもとにも届かない。
夥しい血が娘の、抱え込んだ体の下から音もなく漏れ出ていた。今の今まで娘を組成していた血液は、行き場を失ってさまようかのように地面の水たまりに混ざっていく。美しいマーブル模様を描いては、雨粒に叩かれて弾け水たまりを赤く染める。

「もういや……痛い、痛いぃ……痛いよぉ……」

娘は悲鳴をあげないわけではなかった。ナイフを押し当てられてこんなところまで連れてこられて、突然腹を刺されて声も出ないのだ。
血が流れ出ていくたび、体が冷えていくのを感じている。うずくまる姿勢すら保つのが苦しい。娘はそのまま、頭から水たまりに倒れこんだ。水が口に入り、血と泥の味がしたが吐き出す力もない。

倒れた娘を、その誰かが掴んで起こし、水たまりから引きずり出した。持ち上げられるも、下半身にもう力が入らず、起き上がることはできそうになかった。
娘はせめて、ここに来るまで見ることもできなかった、ここに連れてきた犯人の顔を見ようとした。
が、夕暮れを黒く彩った分厚い雨雲の下では、頭上の影の表情を窺うこともできず。

けれどそのとき、雨とは違う、温かな液体が一粒、娘の頬へと落ちた。同じ瞬間、遠くで稲光が光る。

「あ……」

娘はその、ほんの一瞬、一秒にも満たない時間。
その顔を見た。

――笑ってる。でも、泣いてる?

それが娘の見た、最後の光景となった。
直後、首に深くナイフが差し込まれたからだった。


目を開いたまま硬直した、娘の汚れた顔に影は一度だけ短いキスをする。
そしてすぐに踵を返すと、もう振り返ることはなかった。



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