A good friend says it's better to pray.
(祈るべきだと友は言う)


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秋口、既にひどく冷えるニューヨークに映える、パステルカラーのダウンコートは仄かにピンクの混じったクリーム色。
足元には濃い茶色のローヒールブーツ。レムのファッションはいつも、彼女の人柄の穏やかさを象徴しているように見える。

「姉さん、ごめんね。突然来たりして……」

「本当だよ、最初に連絡を……」

「したよ」

「えっ嘘!?」

にっこり笑って言う彼女に、大慌てでナツメはポケット奥深くに押し込んでいたスマホを確認した。着信6件の文字に頭が痛くなった。
しかも、いついじったか記憶にないが、マナーモードになっている。

「したけど何回かけても出ないんだもん。仕方ないから無予告で来ちゃった」

「うわぁごめん……」

「忙しかったんでしょ?仕方ないよ。私も急に来ちゃったし」

「何にしても、ここに来てほしくはなかったわ……」

「おいナツメ、彼女は……」

クラサメが怪訝な顔で問うと、ナツメが説明するより早くレムが進み出て、会釈をした。

「姉がいつもお世話になってます。妹のレム・トキミヤです」

「妹?聞いたことねえけど……」

「兄にはもうお二人ほど、お会いになったと聞いています。兄のイザナには?」

レムがそう続けて言ったので、捜査官の察しが悪いわけもなく、全員すぐさまレムが何者であるかを理解したらしい。イザナのことはナギとクラサメにしか話していないはずだが、FBIがその手の出来事を周知していないはずがなかった。
だがそれでも、彼らの表情に浮かんだ違和感は消えない。そう、“まるで本物のきょうだいのように、レムは名乗り、紹介した”。それについて言及される前にと、慌ててナツメは口を差し挟んだ。

「それで?どうして、わざわざこんなところに。何があったの?」

「それは……えっと、確実な話じゃないんだけど。告発を、したくて」

告発。
普通、一般人の口から出てくる言葉ではない。しかもこんなに、安穏とした表情と声で。周囲の捜査官が一様に身体を固くし、身構えたのがナツメにもわかった。そしてその視線を集めながら、レムは泰然自若とした、落ち着いた様子であった。

「私、姉さんが逮捕されたって言うから、慌ててカリフォルニアを出てきたんだけど。選んだ病院がとんでもないところだったの」

「いますぐ辞めろ」

「もう姉さんったら。生活できなくなっちゃうよ」

「イザナに言うからね。すぐ言うから」

「もう姉さんったら。兄さんまで逮捕されちゃうよ」

とんでもないところ。
ニューヨークでそんな言い方をされる病院の実態は、詳しく聞く前から想像がついていた。
レムの知る限りの話に限られたが、曰く。

「医療用マリファナの処方箋がね、すごく多いみたいなの。みんな気付いてないんだけど。出生届の減りも早いかも」

「いますぐ辞めろ」

「もう姉さんったら」

レムはなんでもないことのように笑っているが、さすがに本気でなんでもないと思っていたらなにもここまで来ないだろう。そういう危険の傍にいるということは、ソドムに小奇麗な身なりで住むようなことだ。直截危害はないとしても、危険な目に遭う確率はうなぎのぼりに上がる。

「ともかく、そんなことさすがにどこの病院にもできることじゃないから。もしかしたらもう情報は掴んでいるかもしれないけれど、次の勤め先を探す前に告発をしておきたくて」

「市民の良識に感謝するけど、でもそんな理由で告発してくれる人は稀だから驚いた。何か裏があるんじゃないかって気がしてくるよ」

「カヅサ」

にこやかに肩を竦めたカヅサを、隣のエミナがたしなめた。告発した市民になんて言いざまだとナツメもカヅサをついつい睨む。
これだからFBIに会わせたくなかったのだ。イザナは職業上しょうがないとしても、レムはまったく関係ないのだから。

「姉さんを人質にされてると思ってるのは私も同じなの」

「……レム?」

「別に私は、FBIに特に恨みはないけれど。でもあの男が死んでいるんなら、きっともう少し問題は小さかったよね」

美しい微笑みには似合わぬ、剣呑な言いざまだった。

あの男が。
どうあがいても極刑になんぞなりはしない、子どもを四人ばかり監禁していただけの男では。
それでも、死んでさえくれていれば、ナツメは犯罪者にならなかったろうし、イザナも警官にはならなかったろうし、レムも看護師にはならなかった。
マキナも、いなくなることはなかった。そう思ってしまうのはやめられなかった。
でも、

「残念なことに、俺らは法の執行者のはしくれであって、誰かの味方じゃねぇんだよ」

ナギが本当に残念そうに、悔しそうに言ったので、ナツメは笑いそうになった。
ナツメだってわかっているのだ。ナギが正しいことも、自分にはレムにこんなに思ってもらう価値がないことも。でもレムのことは守ってほしいし、守りたい。

「……まあ、それだけだから、私は帰るね。詳しい話はできないし、姉さんを通してくれれば連絡はすぐに取れるから」

「それはだめよ、そんな病院に所属してるならFBIと連絡を取り合うのは危険かもしれない」

ナツメが止めるも、レムはまたにっこり笑って、「何言ってるの?」と言った。

「私には何も起きないよ」

なんでもないことのように笑い、レムは本当にさっさと出ていってしまった。ナツメはそれを追ったが、エレベーターまでついていった辺りでレムが振り返った。

「そういえば一つ忘れてたことがあったよ」

「何が?そんなことよりこのまま帰るのは危険よ、せめて途中まで一緒に行くか」

ら。
最後の音が鳴る前に、ぶぅん、風を切る音がして、直後には左頬に衝撃。んぎゃっ、悲鳴を上げて後ずさり、すんでのところで転びはしなかった。
少し遅れてやってくる痛み。

「リマインダーはちゃんと消化しないとね」

「レムゥ……」

「次は連絡不精になったり音信不通になったりしないこと。いい?」

レムは至極真面目な顔でナツメにそれを約束させ、今度こそ普通に帰っていった。たしかにあのぶんなら、襲われても真正面から勝ちそうではあるが。
心配なのは変わらない。ナツメがため息をついて左頬に手を当て痛みが消えるのを待っていると、背後からおそるおそるといった様子でナツメを呼ぶ声があった。

「その……大丈夫か?」

「クラサメ……あーもうやだやだ、情けないとこ見られた」

頭を抱えて、通路に背を預けてすとんと腰を下ろし、ナツメは蹲る。クラサメは何事か考えているような顔をしている。

「彼女は……不思議だな。不思議だ」

「……そうね。その場で突っ込まないでくれてありがとう」

「お前を本当に姉だと信じているのか?自分たちは本当のきょうだいだと?」

「そこが複雑なとこなのよね……。ちゃんといちから説明してみると、理解してるのがわかる。私たちは監禁の被害者で、偶然崖下に落ちていくバスに乗り合わせただけの四人だって。でもそれでも、いっそ頑ななくらいに、私を姉だと思ってる。イザナを緊急連絡先にしているし、ドナーカードには“きょうだいへの移植を優先してください”って書いてある。あの子に血の繋がったきょうだいはいないのに」

For brothers and a sister.
兄弟と、姉に。短くて単純な殺し文句だ。

まだ幼かった自分たちは、徹底的に破壊されてしまった。きちんと元に戻らなかったのは仕方がなかった。

「つまり……認識と理解が乖離していると?」

「……私とイザナが関わらなければ何もおかしなことは起きないから、表に出てこないけどね。まあたぶんそういうこと。特に困るわけでもないし、もうずっとあのままよ」

「ドナーカードは困るんじゃないのか」

「それってレムが死後数時間か脳死状態で、私かイザナが死にかける場合に、でしょ?ほとんどありえないし、適合しない血や臓器を移植されて死ぬとしても、別に構わないわ」

適合しないと決まったわけでもないが、もしレムが助からない世界なら、レムの臓器と一緒に墓に入るのも悪くない。
そうは思ったが、言わなかった。さすがに不気味だろうし、理解できないだろうとクラサメを適当に侮ったからだ。

……とはいえ。緊急の臓器移植の際は、どんなに危険な状態でもどうせ血液検査やらはされるので、レムの殺し文句は結局ナツメすら殺せないのだ。気に入らない。

「治療はしなくていいのか。カウンセリングでも、心療内科でも」

「……ああいうとこ、行ったことある?治療って言ってもね、消毒して切って、縫って数ヶ月でおしまい、とはいかないもんなのよ。何年もかけて、出来事を必死に思い出して分析して、あるいは薬漬けになって……最終的に快方に向かったとしても、何十年かかるかわからない。もしかしたらその過程でレムは死んでしまうかも。そんなこと目指せないわ。それよりも」

肩を竦めてナツメはクラサメを見た。表情からは感情が読み取れない。

「レムの病院、調べてくれる?私も、手伝う」

「そうだな。緊急性が高いわけではないが、掘ればどこかのマフィアの尻尾ぐらいは掴めそうだ」

これからチームと相談して決めるのだろうが、少なくとも今日すぐに動くのは無理だろう。そう判断したナツメは、浅くため息をつきながら、

「……体調が悪いわ。今日できることがないなら帰ってもいい?」

「逃げないだろうな」

「まさか。逃げないわ」

差し出した手に落とされた鍵を受け取って、ナツメはそう請け合った。逃げたらクラサメが家に入れなくなってしまう。
レムが去ったエレベーターの、下層行きのボタンを押す。時間を掛けて上がってきたエレベーターに乗り込んで振り返ると、クラサメはちゃんとそこにいて、ナツメを見ていた。
ドアが閉まる瞬間まで、ナツメもクラサメの目を見ていた。









ニューヨーク、沿岸部の端、イーストリバーが海に混ざるところに目的の場所はある。錆びた鉄と強い潮の臭い、それがこの辺りを示す全てだ。
ここの建物ときたらどれも、どこかの会社が持ったまま潰れ、国に払い下げられ、その後も使用目的がなく放置されている倉庫、そんなふうに見える。そしていくつかは間違っていない。一方で、紛れる者たちもある。

目指したドアの前で、叩く回数、三つあるインターホンを鳴らす順番等、決められた手順にしたがってナツメはドアを開けた。遠くから見ると巨大な煉瓦の群れに埋没する倉庫だが、犯罪者たちにはCL倉庫と呼ばれ、見た目の小汚さに反して中はとても美しい。真っ白なコンクリートは継ぎ目が見えないし、壁にも天井にも一点の曇りもない。入ってすぐにカウンターがあり、中から見返す顔があった。
カルラ、と名前を呼ぶと、彼女は肩を竦めた。

「来るって言ってからずいぶん遅くないー?死んだとばかり思ってたわ」

そしてにやにやと笑って、水色の髪をした妙齢の女性がカウンターから歩いて出てくる。まるでモデルのような歩き方をする、褐色の肌の彼女は、背景の白から浮かび上がって見えた。

「ま、死にそうな目には遭ったわね。ちょっと買い物がしたいんだけどいい?」

「資産凍結してるくせに」

「さすが、耳が早い」

「二ヶ月も逮捕されてればねえ。ナツメは噂になるほど大物じゃないから、そこは良かったわね」

「やかまし。じゃあ、これで」

ブーツの底と踵の間から出てきたクレジットカードにカルラは一瞬唇をすぼめて難色を示したが、金は金であると思い直したらしく、受け取ってチェッカーにかけた。問題なく使えるカードであるということを確かめてから、「ご用件をお聞きしましょう?」と初めて接客のようなことを言う。

「いや、リィドに話すから」

「はい!?接客担当は私よ!?」

「接客担当?中間搾取担当の間違いでしょ?リィドの作った武器で荒稼ぎするのが仕事じゃないの?」

「や、やかまし!私が卸先とか見つけてこなきゃ、未だにマフィアに飼い殺されてたわよ!」

カルラがキーキー喚いていると、その先、ついたてのような壁の向こうから、巨漢がぬっと姿を表した。

「む?……おお、ナツメか」

「久しぶりー」

「今日はどうした、何か入り用なものでもあるのか」

「ちょっとね。割引価格で売ってくれる?」

「それは難しいな。カルラが中間搾取する」

「おい。リィドまでそういうことを言うか。おい」

「それで?何が要る」

「防弾と防刃のチョッキ無い?できるだけ薄いといいんだけど。可能ならオーダーで作ってほしいのよね」

「今ならスペクトル繊維のいいのが入ってる。調整可能なのがあるから、切断して縫製するがサイズはわかるか」

「ん、これメモね。この通りにおねがい」

「おーい?おおーい……」

「……女性用か。お前が使うのか?」

「いいえ、妹にプレゼントするの。いま、危険みたいだから」

「わかった。明日には出来上がるが、どうする」

「取りにくるわ。夜になると思う」

「ちょっと!!無視しないでよねえ!!全くもう……」

カルラは苛立ちを顔に浮かべながらも、クリップボードに留めた注文書に手慣れた手付きで用語を書き込んでいく。リィド、スペクトラガード繊維は使われてる?ああ、要所で入ってる。ならいいわ。そういう会話が時折飛び交い、カルラは一分もしないうちに値段を算出してきた。適正価格よりは当然のように高価いが、この商人にしては安いほうだ。

「……ま、いいでしょう。じゃあ明日取りに来るから」

「ほんと無理すんじゃないわよ?あんたがいなくなるのは困るわ」

「珍しく殊勝なことを言う」

「ミリテスに武器を卸すには“親族”じゃなきゃ。ああいうマフィア気質なところは、そういうの気にするじゃない」

にっと口角を上げそんなことを言う、とことん商売のことしか考えていないカルラにナツメはつい笑って、倉庫を出た。斜陽、夕暮れ、海から冷たい風が吹きすさぶ。
カトルを逃がすまで、あと何日あるだろう。それがこの生活の終わりでもあるのだからと、ナツメは目を閉じた。少しずついろんな準備をしなきゃ。荷物だけではなく、いざというとき決心が鈍らないように、心の整理をつけておいたほうがいい。

ナツメがいなくなったら、クラサメは悲しんでくれるだろうか。たとえ、ほんの少しでも。
そんな愚かなことを思った。




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