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クリスタルの支配と、永劫繰り返すかに思われた神々の試行の果て、オリエンスは一つの終着点を迎えた。それまでとは違う生活を誰もが送り始めた。これまで通りのものは何一つなかった。
国家は一度、ほとんどすべてが崩壊した。形がある程度無事なまま残った街を中心とした自治政府がいくつも建ち、数日で破綻したものや統合し新たに地図を塗り替えるものがあった。食物もすべて人の手で育てるようになって、面倒も増えた。戦争のせいで、働き盛りの年齢の人間がかなり減っていて、どこも食糧難に苛まれた。
人口は戦後更に減り、それからゆっくり回復傾向にあった。今は、そのさなかだ。

戦争終結後、六年。ようやっと人々が飢餓に喘がなくなった、最初はそんな頃だ。



ジョーカーはぬるい雨が降り注ぐ音を聞きながら、静かに闇の中に坐っていた。夏の終わり、夜明け前。山間の、旅人が休むための小屋は、おそらく戦前よりずっとあったのだろう、ひどい雨漏りと隙間風だった。冬だったら外と大して変わらなかったろうなと思う。

「……ジョーカー?」

「ティス……もう起きていいのか?眠れないか」

「もう大丈夫……ジョーカーは?ちゃんと寝た?」

「オレのことはいい。大丈夫だから」

ティスの上擦ったかすれ声は、聞き耳を立てていないと雨音にかき消されそうだった。そっか、と安堵の息を漏らしたティスは、とたんひどく咳き込んだ。ゲホッゲホッと引き絞るように出る咳は、まるで命そのものが悲鳴を上げているみたいに切実で、代替の名を冠す彼はそれを聞くたび、替わってやりたくて仕方なくなった。
四つん這いで咳き込む彼女の背を何度も擦り、壁際に置いた背嚢に手を伸ばして革の水筒を引きずり出す。彼女の口許にそれを運び、ティスが嚥下するのを見届ける。ありがとう、か細く言われた礼には、もう返す言葉もなかった。

世界の全てが変わってしまっても、ティスとジョーカーは変われなかった。数億を数えた人生の後に、いきなりまともな人生を歩む気にはなれなかった。特にティスは、かなりの試行回数分の記憶がある。戦争が起きてから終わるまでがおよそ一年。繰り返しの始点はずれることもあったが、それを加味しなくても数億年以上生きていることになる。
ジョーカーも同じだが、ジョーカーのほうが円環を外れたのは遅かったから、思う。彼女はよく気が狂わずに済んだものだと。ジョーカーにはほとんど最初からティスがいたが、ティスは一人きりだったのだ。

雨が止むのを待って、小屋を出た。今日はどのあたりまで行くの、旧国境まで行かないとだ、そういう会話をしたあとはほとんど静かだ。


全てが終わっても、ティスとはなんとなく、分たれ難く一緒にいた。これからどうしようかと話し合うこともなかった。ただ、これまでそうしていたように、ティスが世界を記録するのを手伝う日々が続いた。
抱き留めたことは何度かあったが、手を繋いだことすら無い、不可思議な関係だった。別に不満はなかったが、これがいつまで続くだろうかという不安もあった。
今までは、多少の差はあってもひたすら同じ世界の繰り返しだったのが、これからは違う世界だ。ずっと死を恐れる必要も何の恐怖もなかった。どうせ巻き戻るからだ。でもこれからは、違うから。


そして、恐れていた事態は、想像もしなかった最悪の形で訪れた。ティスが原因不明の病に侵されたのだ。

兆候はいつだったか、ジョーカーにはわからない。ただ、風邪めいた咳が変に止まらなくなって、頭痛と吐き気がすると言って真っ青な顔になることが増えた。そして昼夜関係なく、呼吸が苦しいと何度も何度も繰り返す。病が何なのかジョーカーにはわからず、結局いろんな街の医者を探してまわるばかりになった。
けれど、戦争のせいもあって、たいていの街に医者はいなかったし、いても経験の浅い医者ばかりでティスの病の名を当てることはできず、鎮痛剤や抗炎症剤しか出せないようだった。薬が高騰しているので高くついたし、どこの街でも手に入るわけではなかった。ジョーカーは旅のついでに、できるだけ持ち運びが簡単で高く売れるものを探し、商人の真似事までして治療費と薬代を稼いだが、ティスはどんどん体調を崩していった。

旧国境を超えた辺りで、遠くに街が霞んで見えた。森の端にあるその街は、やっと手に入れた地図が正しいのなら、このあたりで一番大きな街だ。それでも戦前のそれらに比べたら、笑えるくらいささやかではあるのだが。
ともあれ、前に寄った集落で会った商人が、あの街に医者が来たと言っていた。ジョーカーはそれに賭けていた。
病のせいで体力がなくなったティスはすぐに歩けなくなったが、ジョーカーはティスを背負い、背嚢を前に抱えて歩いた。山岳地帯を抜けると、腰は楽になったが、雨でぬかるんだ地面がやたらと体力を奪っていった。


夜になる頃、ようやく街について、適当な人間に医者の場所を尋ねる。
こんな時間じゃあよほどの急患でなきゃ診てもらえないかもしれないよ、まだ小さな子どものいる人だからね、聞く人聞く人だれしもにそう言われながらも街路を少し降ったところにある診療所を目指した。まだ窓に灯りはついていたが、確かにドアに休診時間と書かれた札が下がっていた。
一縷の望みにかけて、ノックをした。「はい?」中からは若い女の声がした。看護婦かだれかだろうかと思ったが、ドアが開いたらそこに知った顔があったので驚いた。

「遅いわ、いま閉めたところなのよ」

「あ……あの、先生」

「患者はその背中の?刺されたとか、緊急性は高いの?」

「先生!!」

先生と呼んでもわからない顔をしていたが、彼女はいま医者をしているのだから、呼ばれ慣れていてもうわからないのも当然なのかもしれない。振り返る表情には怪訝そうな色が浮かび。
ジョーカーがどうしたものかと言葉が見つからなくて口をぱくぱく動かす横で、背負ったティスがすいと首を伸ばし、「■■■■■■・■■■■■■」と呟いた。

「!!」

「先生、あの、……オレらだよ。わかんねえかな。オレはジョーカーで、こいつはティス。もう、覚えてねぇかな。ああいや、覚えてるもなにも、顔は見せてなかったっけ……」

「あなたたち……あのときの……」

彼女の目が、驚愕のため見開かれていく。
医者というのは、ナツメだったのだ。


ナツメはすぐ片付けてあったらしい道具を引っ張り出し、ティスを診察台に寝かせた。灯りを当てて喉の奥を見、さまざまな検査を終えた後で、別室に出していたジョーカーを呼び出した。
ティスはぐったりと眠っているように見えた。

「ええと……ティスは疲れ切っていて、診察の途中で完全に寝落ちしたわよ。なかなか大変な旅をしていたみたいね。……それで、どうしましょうか。まずこの病について話すべきよね……」

「わ、わかるのか?」

「ええ……伝染病の類よ。北で流行っていて、南下傾向にある病。呼吸器と循環器に影響を及ぼすもので、普通は抵抗力で押し負けることもないし、悪化さえしなければ大した問題にはならないんだけど……でも今は、特効薬の類がない」

「それは、じゃあ、治らないのか……?」

「……残念だけど……そういうことになるわね……」

エスナのあった頃は問題にもならなかった病だった。今でも、薬さえ手に入れば治せない病ではないと。だが今は回復薬も高騰し、材料すらまるで手に入らないのだとナツメはぼそぼそと話した。ジョーカーはその言葉を、返事もできずに聞いていた。


症状は末期だ。それから、ナツメは言いづらそうにそう告げた。対症療法ももう効果は期待できないそうだった。
呼吸器は、最悪の場合喉にチューブを入れる等の方法でも代用できないことはないが、循環器はどうにもならない。病巣部分を切除することもできるが、一日起きていられない体力では手術中に命を落とす可能性が高く、万が一助かったとしてもそこから回復し、動けるようになることはありえないだろうと。

どうするかは、翌日にティスと話し合って決めた。ティスはとっくに覚悟を決めていたようだった。


ナツメが用意した病室にティスとジョーカーは泊まり込んで、最後の数日を過ごした。鎮痛剤のおかげもあって、安らかで穏やかな日々だった。
今際のときになって、彼女があの掠れた声で、「これからはあなたの人生を生きて」、そう言った。

「ティス……」

「あなたはずっと、誰かの代わりだった。でももう、代わりじゃなくていいんだから……」

もう動かない身体で、決死の覚悟だったろう、懸命に絞り出されたその言葉が最後になった。ティスのか細い呼吸が聞こえなくなって、握った手からはどんどん体温が抜け落ちていった。
ジョーカーがしばらく呆けて動けないのを、ナツメはそのままにしておいてくれた。

ややあって、ジョーカーはやっとのことで、もう少し早かったら彼女は死なずに済んだかと聞いた。

ナツメは答えなかった。ただ目を細め、俯き、沈黙していた。
それはいっそ正直な答えにほかならないとも思ったが、ジョーカーは何も言わずにおいた。下手な慰めやごまかしができない彼女が、そして兎角気遣いに無縁な彼女が努力してジョーカーに優しくするものを、台無しにしてしまう気がしたからだ。

ナツメはそれから、言葉少なに、墓はどうするかと聞いた。
ジョーカーは「オレには決められねぇよ」とだけ答えた。

だってティスとは、彼女とは。彼と彼女の間には。
関係性を探しても。

耐え難き永遠を分かち合う唯一の存在だっただけで、名前をどんなに探しても、友人でも恋人でも家族でもなかった。どれにも当てはまらないのだ。



見かねたナツメが、街の墓地に埋葬の手配をした。そして、ジョーカーと二人だけで弔った。
できれば0組も呼びたかったけど、いまさら説明をしてもねえ。ナツメはそう言って苦笑していたし、実際その通りだと思う。
それでも来てほしかったと思うのはジョーカーのわがままなので、彼は沈黙を選んだ。

墓地は小高い丘の上にあって、目を凝らせば遠くまで見渡すことができた。天気のいい日は、海さえ見えた。
そんな墓地の外れ、立派とは言い難くも、丁寧に作られた小さな墓標の前で、ジョーカーは暫し座り込んでいた。
これからどこにいこうか、どこにもいけない、ティスがいないとわからない。できることもないし、したいこともなかった。世界が救われてしまった後では、ジョーカーの生きる理由はないのかもしれなかった。

そんなジョーカーを見かねてか、ナツメがしばしの逡巡のあと、

「ねえ、ジョーカー。うちにくる?」

と聞いた。

「クラサメ隊長になんて説明すんだよ?」

「それはまぁ、なんとか……なんとか……?」

「……なんでそんなこと、先生がしてくれるんだ」

ジョーカーのもっともな問いに、ナツメは暫時迷ったような素振りを見せた後、

「私もあなたも覚えてないだけで、六億の中で何度も一緒に生きたんでしょう?それは0組もクラサメも同じだけど、私ならお互い覚えてないんだから、そのぶんきっとやりやすいんじゃない」

そう言った。
とってつけたような理由だと思った。でも、それしかないとも思った。



そうして、クラサメの家に迎えられるまではまた一悶着あったのだが、突然やってきて家に置いてくれなんてすんなりいくはずもない、ともあれジョーカーはクラサメの家にて部屋をもらい、クラサメの仕事も手伝うようになった。戦闘慣れしていたのが功を奏し、ジョーカーは役に立った。
子供二人もよく懐いて、ジョーカーを兄ちゃんと呼んで慕った。

「そういえばさ、せんせ……副隊長。しれっと結婚してんのな。あんな揉めてたのに」

「んぐっ……まあ、そこは……いろいろあったのよ」

「子供までいるとは思わなかったけど、落ち着いてくれてよかったよ」

「全ての0組に同じこと言われる……心折れる……」

ナツメを通して、はじめましてと嘯きながら0組とも交流をもった。ナツメたちのもとに一番ちょくちょく顔を出したナギにはさんざ怪しまれたが、それはナツメのごまかしが妙にへたくそだったのも原因のひとつだとジョーカーは思う。だってクラサメや0組には四課関係と嘘をついて、ナギにはルシ関係と嘘をついていたのだから話の整合性が取れないのも当然である。お前それでも元スパイかと皮肉を言ったら本人も気にしていたらしくひっぱたかれた。

クラサメたちはナツメを疑う必要があまりないのかむしろ面倒も少なかったが、ナギは全力で裏を取りに来るので年単位で揉めたものだ。最終的にナギが「まさかとは思うけどナツメおまえクラサメさんと情夫同居させてるって可能性……」と口走り、ナツメが反射的にバイオレンス四課の特質を発動して終わった。そんなわけないとわかっていながら一応言ってみるナギはなかなかに勇者であると、虫の息の彼を見て思った。


数年間はそのまま変わりなく過ごすことができたが、何事もそううまくは運ばないものだ。ジョーカーの身体には奇妙な異常があった。

ジョーカーの身体は、老いるということがなかった。いや、それだけではない。髪も爪、その他日々成長していくはずの部分全てが全く伸びなかったのだ。劣化も成長もない身体は、おそらく時間が止まっていた。理由はわからなかったし、わかっても解決はしなかっただろう。

早世したティスとは対象的な人生だ。
ナツメとクラサメの子供たちは、ジョーカーを兄ちゃんと呼びながら大人になっていった。正常に戻った時間軸において、ジョーカーは歯車の真ん中に置き去りにされているようだった。

一人だけ老いることのないジョーカーは、街の中では異質そのものであったが、ナツメはもとよりクラサメも子どもたちも知り合って数年が経っていた0組も、何も言わなかった。疑問には思っていたのだろうが、不気味なものとして扱うことはなかった。世界の根幹に触れたことがある、あるいは触れた人間と長く関わってきた人間だったからだろう。何が起きてもおかしくはないと思っていたのか。なんにせよ、年月は過ぎ去った。

そうして、数十年が経った。妙に若作りだったクラサメやナツメに、ようやく老いがありありと見えだした頃のことだ。
知り合いの中で最初に死んだのはナツメだった。

それは初夏のこと、ジョーカーは臥せったナツメに、クラサメや子供たちのためにもう少し生きる方法はないのかと聞いた。

「たぶん、ここが私の終着点だから」

「……終わりなんて自分が決めるものじゃないだろ」

「私もそう思ってたよ。でも……ああ、本当にそうだね」

本当にそうだったね。セツナ様。
善も悪もない、ただ終わる、そういうときがちゃんと来るのだと、彼女はそう言った。
ジョーカーにはわからない。わかりたくなかった。ナツメの安らかな顔がティスのそれを想起させて、じゃあティスも遠からず同じようなことを思ったのかと。ティスもそうやって、向こうから襲いかかってくる化物にゆっくり身体を噛みちぎられるような死を受け入れて、諦めた心地だったのかと。

「私にどうして、こんな人生が得られたのかと思うと怖くなるよ。好きな人と一緒になって、子供産んで、育てるなんてことがさ。……今でも思い出すわ、子供って重いのね。大人の死体をさんざんばらしてきた手が、それより重いって騒ぐのよ。あの重みが私の手の上に載った、それだけで悔いは最初っから無いの」

いい年こいて、ナツメはあまりに情けなくも、母親らしいもっともめいたことを言った。
そして医者の不養生、死の間際、「あの河岸に、」と一言呟いて闘病もなくさっさと死んだ。夏の終わりのことだった。



ちなみにナギはそれで一気に老け込んでしまったので、ジョーカーはやっぱりナツメが好きだったのかと聞いてみた。
「もうわかんねぇよ畜生」、そう言って諦めたように彼は笑っていた。

「でも、クラサメさんがあいつより長生きしてくれて、よかった」

目を細めてナギは言った。嘘ばかりついて生きてきたと未だに悔いをこぼす彼の目元には、笑い皺がしっかり刻まれていた。

「クラサメさんが死んだ後のあいつを見ずに済んで、よかったと、それだけは……」

ジョーカーが思うに、ジョーカーがティスに抱いていた僅かなる思いと似た心があったのだろうが、ナギもその年の冬、後を追うように死んでしまったからとうとう確かめようもなくなった。


残ったクラサメは、さてなかなか死ななかった。
年を経るごとに更に厳しい人間になったので、最後は面倒な爺に成り果てるかと思ったが、案外そうでもなかった。ジョーカーにとってはちょっと不機嫌な隊長でしかなかった。子どもたちが巣立った後も一緒にいたので、ほとんど家族のようなものだったから扱いが巧くなっただけかもしれないが。

ナツメがいなくなって、さみしい?」

ナツメが死んで数年が経ったある日、ふと思い立ってジョーカーはそんなことを聞いた。そして聞いた直後に後悔した。至極当然のことを聞いてしまったように思ったのだ。連れ合いが死んで寂しくない人間などいるはずがないのに。
問うた自分が戸惑ったのだから当たり前だが、問われたクラサメはもっと怪訝な顔をしていた。それでもいつもの通り、しばし考えてから彼は答えた。

「そうだな……寂しいというより、重荷がなくなったようだ。もう気にする必要も、守る必要もなくなった。子供らも家庭を持ったしな」

「重荷って、……じゃあ楽になったってこと?」

ナツメが時折とんでもなく面倒な人だったことを知っているので、ある意味それも仕方ないのかと問い直した。なんだか虚しいが。

「それは違う。……お前には、わからんか。どうしようもない、面倒な重荷でも、それでもずっと一人で、誰にも渡さないで、背負っていたいものはあるものだ。誰にでもな」

「それがナツメだった?」

「ああ。私には、あいつだった」

この会話からしばらくたって、クラサメも逝った。


クラサメは最期、あいつの隣に埋めてくれと、それだけを言い遺した。二人の子供は言われた通りに、死が分かつまで一緒だった、一度別たれてしまった二人をもう一度一緒にした。
葬式には、0組もクラサメの友人もきた。みんな泣いていた。0組なんて、若い頃はあんなにクラサメに反発していたのに揃いも揃って鼻水垂らして大泣きしていた。

葬式の後、泣きはらした目を拭って、二人の子供が、自分と一緒に暮らさないかと聞いてきた。ジョーカー兄ちゃんを取り合う兄妹に、ジョーカーはいいえを言った。

本当は、それもいいなと思った。あの頃と同じ、家族みたいな人々との暮らしはきっと楽しいだろうと。
でも、ナツメは死に、クラサメも死んだ。この兄妹もいずれ死ぬ。老いない、何者にもなれない代替のジョーカーはきっと、それより長く生きる。全員を見送らねばならない。
そのことが、ただ嫌で、怖かった。






次にエミナが、カヅサが死に、0組の中ではジャックが最初に死に、デュースが最後に死んだ。
葬式が続く中、ジョーカーは最後、デュースの骨を納骨した。0組も、クラサメもナツメも、全員同じ墓地に埋めた。繰り返さない世界で、彼らに次があっても無くてもいいけれど、近くにいたいだろうと思ったのだ。

全てを見送っても、それでもジョーカーは死ななかった。
もう替わってやれるやつもいないのに、死ななかった。






街はすっかり様変わりして、さすがに居づらくなったジョーカーは兄妹両方の葬式を見届けると、ティスを亡くしたときと同じように墓の前に座り込み、街を、その先の森や海、世界を眺めていた。

さてこれからどうしよう。

ジョーカーは、これからどうしよう?

幾度となくやってきた冬が幾度となく終わり、今年も春が来た。戦争から数十年が経っていた。
かつて戦火のため焼け野原になってしまった国境付近にも、今は青く草が茂る。耕された田が大きく広がり、人々の食い扶持を支えている。
一時期ひどく略奪も増えたものだが、それでも戦争時よりはずっと平和だ。

戦争の爪痕も消えていく世界を見つめ、ジョーカーは、

0組が幸せに死んだこと。ナツメもクラサメも後悔なく、ただ生を全うしてくれたこと。

ジョーカーは、彼はそれを、ティスに伝えたいと思った。
彼女が愛して、記録を残そうとした彼らが、今度こそ初めて生き抜いたことをティスにも知ってほしいと。
思った。


ナツメとクラサメ、ナギ、カヅサとエミナ、それから0組。
そして、最後にティス。
全員が眠る墓地に坐り込むジョーカーの隣で、懐かしい紫煙のにおいが舞った。

「……あんた、まだいたんだな」

「どこにでもいるものよ。私は謂わば、世界そのものだもの」

彼女は変わらず、持って回った話し方だった。何年経っても変わらないのは自分だけじゃないんだなと、ジョーカーは苦笑した。

「……ねえ。なぜ私が、今回で諦めたと思う?」

「さあ。何でです?」

「あの子達が……どう生きて、どう死ぬのかを、ちゃんと見てみたくなったのよ。目指す結果のための試行ではなく、ただ、終わりゆく十六の命の灯火を」

私の事を好きだと言った彼らのことも、私を恐れて憎んだあなたたちのことも。
愚鈍で小さな光の果てをね。

彼女はそう笑った。
そうかとジョーカーは思い、ひゅっと呼吸を止めた。


ただ、彼は、

ジョーカーはただ、もう一度どうしてもティスに会いたくなって、いつも通り苦く笑って、戦争中の、硝煙と血のにおいで鼻が潰れていたあの頃のほうが幸せだったと少しふざけたことを思って。
ティスも0組もクラサメもナツメももういない世界がまだ存在していることをうっそり仄かに呪いながら、六億年も遅れてやってきた命の終わりにそっと息を潜めたのだ。



朱い陽が山の天辺を掠め、墓石の影を長く伸ばしている。からんと白い骨が落ち、彼女がそれにそっと触れた。ただそれだけで、骨はさらさらと灰にも似た軽い粉になり、僅かな風にふわりと舞って空気の中に消えてしまう。
命の果て、花が咲けば嵐が来る。遅いか早いか、ただそれだけ。

彼女が見下ろす丘の下には、夕暮れ、たくさんの人間がいて、笑ったり泣いたり怒ったり嘘をついたりしている。彼女にとってはどこまでも無価値で無意味、感慨も愛情もない。ある日突然全て消えたってきっと気づきもしないんだろう。
それでも、彼女が愛した子供達が命をかけて守ったそれらを、彼女はいつまでも見つめていたのだった。


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