Look at them sin and phyco.
(腐った目でやつらを見る)


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夜明け前の最も闇の深い時間帯、ナツメはようやく帰宅した。足音を殺して、鍵を開け、さあ鍵を元に戻そうとリビングに繋がるドアをそっと開けた、その時だ。
まず飛び込んだのは光。リビングにはオレンジ色の光が満ちていて、その真ん中に置かれた四人がけのダイニングテーブルに人影を見つけ、ナツメの心臓は飛び跳ねた。

そこに、二人。
一人は当然、クラサメだ。
そしてもう一人は。

「……あんた、なにやってんの」

「あああッ、ナツメ!!覚悟ォォ!!」

「やめろ」

呆れたナツメに掴みかからんと椅子を蹴倒した彼女の首根っこを、クラサメが一発で捕まえて留める。ナツメはその状況を見て肩を落とし、頭を抱えてうなだれた。

「どうしてここにいるのよアリア……寄宿学校に行ってたはずでしょ」

「カトルが逮捕されたって聞いてお祈りなんてしてられっかってんですよ!飛んで帰ってきたわ!!」

「やはり知り合いか。そしてまたバシュタールつながりか。つい先程、侵入してきたのに気づいて捕まえたところだ」

クラサメも呆れた顔で言い、ナツメが倒れた椅子を戻してアリアをそこに座らせるのを見ていた。それに心底申し訳なく思いながら、アリアをじっと睨みつける。

「それで突然侵入したってわけ?FBI捜査官の家に?」

「……。ええええ捜査官!?マジっすか!?」

「知らなかったわけ!?」

「知るわけねえっすよ!ナツメ今どこに住んでんだってフェイスに聞いたらここだって言うから!!」

「あの野郎……そもそも私だって逮捕はされてんだから捜査官の近くにいないと駄目なのよ、考えればわかるでしょ……」

アリアが自分のしたことに気づいてわなわな震えだしたのを見て、ナツメはため息をつく。
ナツメの知る限り最も猪突猛進で、最も考えなしの子供。それがアリアだった。

ナツメがカトルの家に居候していた半年間のあいだにカトルが唐突に拾ってきた子供で、養子にするとかなんとか言っていたのを覚えている。ので、一応書類上はカトルの娘であるはずだ。
せっかくだからお前もバシュタール姓になっておくかとわけのわからない誘いにひたすら首を横に振り、挙句アリアも名字は変えたくないと言い放ったので結局バシュタールはカトル一人であるのだが。
それから数年がたち、なんだかんだとナツメにとっても家族みたいなものである。カトルと同じだ。

「……って、どうやって侵入したわけ?ピッキングなんかできないでしょ、表向きただの学生なんだから」

「あー、それは……」

「どうやら木によじ登ってお前の部屋の窓を割ったようだが」

「は!?何してくれてんの!?ニューヨークの秋の夜がどれだけ寒いかわかってんのかコラ!!」

「怒るのはそこなのか……」

「こ、こっちだって怒ってんだから!!カトルを売ったってマジすか本気すか!?恩義を忘れたっすかああ!」

「ないでしょそんなもん。誘拐の件で差し引きゼロだっての」

「カトルが誘拐したわけじゃないじゃないですか!しかもカトルは懸命に罪滅ぼししてるんすよ!」

アリアがそう、叫ぶように言った。必死なのだとわかっていた。
そんなことはナツメも知っていた。ので、頭にもきた。

カトルが、贖いとしてナツメを庇ったんだってわかってる。アリアを引き取ったことだってそうだ。アリアもまた、ナツメと同じ、拐われ戻れない子供であるから。
そういう子供を探して、償って、それを笑い飛ばすつもりはナツメにもないけれど。

でもそんなことは、結局ナツメの救いにはならないのだ。
逮捕されるのだって、別にさほど構わなかった。刑務所はツテを増やすにはいい、それぐらいに思っていた。たとえ何一つうまくいかなかったとしても、カトルに全部の罪を被せたかったわけではない。
ナツメは、贖ってほしいなんて思っていない。

「笑わせんな。何が罪滅ぼしよ」

もう何をしてもらったって、何も変わらない。ナツメはまだあの箱から出られずにいる気がして、閉塞感から逃れようもないままだ。

何より、あの光景が頭を離れない。
こちらを見る、三人の顔。見開かれた目。

罪滅ぼししたいのは自分だ。
どうしてあの日、己は彼らの手を取って走らなかったのか。

もう何をしてもらったって、何も。
変わらないまま。
あの日に戻れないのなら。

「……カトルが何をしようが、私には関係ない。アリア、あんたにも関係はない」

アリアの茶色の目が揺れている気がした。カトルはどうあがいても善人ではない。心的外傷を買い戻してほしいわけじゃない。
もうこれ以上話すことはないと、ナツメはため息を一つ落としてクラサメを振り返る。

「クラサメ、面倒をかけたわね。窓はこいつの信託財産で直すから、悪いんだけど大目に見てもらえる?まだ未成年だし」

「まあ……お前を引き取った時からこれぐらいの面倒は想定してるしな……」

「悪かったわね不良債権で」

「ちょっ、信託財産!?保護者でもないのにできるわけないじゃないですか!?」

「いざという時のためにカトルが書類くれたからできるよ。残念だったな」

「なっ、なんだって……!!?」

「それで?今日はどうする」

「ああ、ちょっとこいつを空港に送り届けてくるから。今からチケット取れるかな……」

「私の話を聞けぇー!!信託財産にまで手を出すのは許さないー!!カトルはともかくーッ!!」

「金の亡者か。ていうかアリアもしかして生活の不安から私を襲撃したんじゃないよね?違うよね?」

クラサメにごめんと謝りながら、ナツメはアリアの腕をひっつかみ、家を出ようとする。リビングを出る寸前、しかし射抜くような目がまっすぐナツメを見据え、「深夜外出の言い訳は後で聞く」と彼は言った。

まあ忘れてはくれないよなと、ナツメは振り返らず了承の返事を返した。
ぎゃあぎゃあ騒ぐアリアは完全に無視して。





そして、飛行機に乗るまできっちりアリアを見送って、外で待たせておいたタクシーでラガーディア空港からダウンタウンへとんぼ返りした。飛行機を取って、アリアを説き伏せる時間も必要だったので、家についたときは既に午前七時を回っていた。眠る時間がないことに舌打ちしながら服を着替え、クラサメには夜中の外出についての言い訳をしながらニューヨーク支部に向かう。

「……それで。カトルの部下に呼び出されたのよ」

「何故髪が濡れていた」

「いろいろあったのよ、ほっといて」

「そもそもどうして、のこのこ一人で行ったりするんだ。殺される可能性だってあったんじゃないのか」

「さすがに今そんなことしないでしょ、今私が死んだらカトルの裁判の証言者がいなくなってあなたたちが躍起になるのわかりきってるんだから。ただ、これ以上ミリテスの情報を漏らさないか知りたかっただけみたいね」

クラサメに嘘をつくのも慣れたものだ。数ヶ月前まではそんなことなかったのに。
肩を竦めて苦笑するナツメの横顔を、並んで歩くクラサメが目だけで追っている気配がする。ナツメはテコでも、そちらを見ない。見つめ合って真実を隠せるとは思えない。そんなことができたら、もうここには何の感情もないと認めるようで嫌だとも思うし。

「だがお前は、」

死んでも構わないと思っているようにしか、見えない。

クラサメは、その呟き一つで、ナツメの耳から雑踏の音あまたの話し声クラクションブレーキ等々の、NYの朝における全てを消し去った。
この男は、言葉が少ない性質のくせに、どうしていつもこうやって、言われるほうも気づいていないような、心の奥底の投げやりな気持ちを貫くのか。この逃げ場のなさまで含めて好きだったことを思い出し、うんざりした。

ざあっと晴れた無音の世界に、唯一確かな色を載せて放たれたその言葉を、ナツメは無視した。逃げ場がないのなら、どうせ否定も肯定も意味を為さぬ。単純なことだ。



彼の傍にいるのは、正直なところ苦しいことばかりだ。マキナの情報を掴んだらいっそ逃げようかと、ナツメは手慰みの考え事の中で脱走計画を練り始めた。今はFBIのチームの連中もさほど聞いてこないけれど、クラサメがナツメを見捨てることがあれば現状の起訴内容のままで終わるとは思えない。たぶん、放って置かれているいくつもの窃盗や犯罪計画の売買がきっちり調べ上げられ、もう一度検挙されるはずだ。実際の罪状で逮捕されると何十年くらうかわからないし、さすがにそこまで長い間投獄されている暇はない。

ともあれまずカトルを留置所から出さないと。実際にレムやイザナに手を出されることはさすがにないだろうけど、それでも名前を出されただけで鳥肌がたつほど怖い。
レムやイザナに何かしたところで利益もないし、ナツメに守るものがなくなれば彼らからしても手に負えないはずなのは確かだ。カトルの罪状を果てしなく深くもできるし、フェイスやニンブスだって告発できるのだから。だけどそれは、裏を返せば“殺されはしまい”されど“何も起きないとは限らない”ということでもあり。
彼らを人質に迫られたら、ナツメはなんだってするだろう。ナツメはもう、彼らを置き去りに逃げ出したくない。それ以外のどんな罪も怖くないけど、それだけは。


カトル脱出の方法は、フェイスとニンブスに話した通り考えてある。イレギュラーな事態も想定し、アレンジを十二通り以上用意した。細かいトラブルも可能な限り対処法を練った。あとはカトルの脱獄を企んでいることを察されないよう注意するだけだ。


眠気の芽生えないまま、ナツメはFBIの近くで自分の分だけラテを買って支部に入る。静まり返った二人きりのエレベーターを出て、受付や旧式のパソコンの群れを通り過ぎ、チームに与えられた会議室に向かう。
既にカヅサがいて、すぐにナギがきて、その後でエミナがきた。ザイアス兄の死体についての検死報告と、クラサメたちの尽力の結果、撃ったのはクラサメだということで処理されていたことを知る。現場検証の内容を元にして嘘をついているというわけだ。

「……これ、大丈夫なわけ?バレたら面倒なことになるんじゃないの」

「バレねぇよ、大丈夫。FBIが撃ち殺した犯罪者の死体の検死なんてちょろっと調べて終わりだし。それよか、お前をコンサルタント扱いにするのにウルトラC使ってるから、お前が撃ったことがバレる方がやばい。黙っとけな」

「ふぅん……」

エミナとカヅサは、やはり嚥下できないという顔をしていた。ナツメのためにクラサメが泥を被るのは嫌だと、その顔にはちゃんと書いてある。ナツメだってそれを望んでない。
逃げたら迷惑がかかるんだろうな、といまさらに思った。でもここにいるわけにもいかない。それじゃあどうしようかと悩みながら、ナギが今日の分担の話を始めるのに聞き入る。

「今日は火急の仕事はねえから、とりあえず重大事件の情報が入るまでは待機とのことです。ナツメは俺と現状未解決事件の洗い出しな」

「えーまたなの……」

「それにしても最近あんまり忙しくないよね?嵐の前の静けさみたいで不気味カナ」

エミナがにっこりと、口ぶりに似合わぬ表情で笑ったときだ。不意に、ガラス張りの会議室のドアが外側から開けられた。

「あれ?カスミちゃん」

カヅサが椅子から僅かに身を起こしてそう呼んだ、ショートカットの似合う妙齢の女性は、半分だけ身体を会議室に覗かせた状態で「失礼」と言った。

「客が来ている。そこの、コンサルタントさんに」

「……私?」

カスミはナツメに視線をくれてから、後ろにいた誰かに「さあ」と案内をし、会議室に入れた。その姿を見た瞬間、ナツメは目を見開いて硬直することになる。

「レム……ッ!?」

「ごめんね、姉さん」

どこか力なく笑い、レムは果たしてそこに立っていた。




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