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「クラサメくんどこ行ってたんだい記憶もないのにナギくんのことがなかったら失踪したかと思ってたところだよそもそも君はなんでそう行動力の塊なのナツメちゃんといいそもそもナツメちゃんが行動力の化身なのってクラサメくんのせいなんじゃないの全くもう自分を省みるってことのできない人たちであーやだやだ記憶ないのに失踪ってもうまさにクラサメくんのやりそうなこったよ言っとくけど記憶に縁の深い場所を巡るとかさほど価値ないからねいや全くの無意味なんて言わないけどさ危険だってあるわけじゃないそう思ったら普通何も言わずに出てったりしないもんだよっていうか本当一声かけてほしかったよエミナくんと二人どれだけ探したかわかってんの全くナツメちゃんには言えないしこんなことだってこの子行動力の破壊神だしあああもう」

「悪かった悪かった黙れ」

「反省してないよね!?」

二人がぎゃあすか揉めているのを遠巻きにしながら、ナツメは治療をする。
クラサメは軽傷だったけれど、ナギはひどい有様だった。なんたって足に穴が開いているのだ。しかも銃弾等とは違い、聞けばひどくささくれた木の根が刺さったのだと言うからその荒れ様もご想像の通りといったところである。

「もういいよ!もういいよもう!でもあとで研究室寄ってよね!記憶の状態を照合したりするからね!!」

「わかったわかった」

クラサメがいつもどおりカヅサにしか見せない気安さで彼を追い払う。カヅサは走って医務室を出ていった。
ナツメは傷を見るのをやめ、ナギの顔を真正面から見た。

「神経に傷がついたかも。四課に残ってたポーションありったけ使ったけど、痛みが残るかもしれない」

「へーへー。四課的には命があるだけ無問題」

「私とクラサメのために、って枕詞でお礼を言うべきなのよね。でも言わない」

「言っとけよそこは、言うだけタダだろ!」

「言ったらまたやるでしょう。もうこういうことはするんじゃない。魔法ももう、無いんだから」

骨を削り、神経を傷つけて穿った傷は奥で塞がり、表面の裂傷だけになる。薬を塗り込んで傷を合わせ、テープで留め、包帯で上から覆った。痛みはひどそうだが、こういうときもへらへらしているナギなので、本人が弱音を吐き出すまではナツメもこれ以上は何も言うまいと決めている。
ナギは意外なくらい、他人の言葉に左右されるのだ。クラサメのことがいい例である。だからせめてナツメは、彼の心に響く言葉を吐くまいと思った。自分のためにだけは死なせたくなかった。ナツメが心底感謝してしまったら、きっと彼はナツメのために平気で死んでしまう。
良くも悪くも根のない男なのだ。

「そういえばさ。四課所有の家って結構あるよね。後家の家行ってきたって聞いて思い出したんだけど」

「ああ、まあ結構あるな。状態はわからんけど、魔導院下の街にもいくつか……」

「そのうちのどれかに移りたいんだけど、いいかな。……今のうちに引っ越した方が、良いと思うのよね」

「そうだな……クラサメさんのことがなくても移らなきゃならんかったしな。よし、じゃあ明日確認するか」

「おねがい。……適当なところで0組にも事情を話すつもりではあるから。そろそろ安定してきたし……」

「何がだ」

「っふぉぉぉぉう!!?」

「お前まさかクラサメさんがいること忘れてたの?バカなんじゃん?」

「……そうかもしれない……」

顔を両手で覆って反省し、ナギの治療を終えて器具を全て煮沸する容器に落とした。「はいおしまい」、それからクラサメを処置台に呼ぶ。
ナギが医務室を出ていって、もともと口数の多くない二人の間には静かな沈黙が落ちる。消毒液で湿らせたガーゼで擦り傷を覆い、傷薬を塗り込む。その繰り返し。クラサメは幾度か僅かに身を捩ったが、それだけ。
こんな傷を作ったのはきっとナツメのためだ。謝りたいと思う気持ちが何度も口を開かせようとしたが、結局言葉は出なかった。クラサメが自分で選んだことの責任をナツメが取ろうとするのは良くないことだと、いっそ嫌味だとわかっていたからだ。

おかしいな、今まではこんなこと思い至りもしなかったのに。
彼に記憶が無いから冷静になれているのだとしたら、自分はどんなに臆病な卑怯者なんだろうかと、ナツメは思った。

治療の最後、清潔なガーゼで傷を上から覆い、端をテープで留めた。足の傷は跡が残ってしまうと思うわ、傷がひどいところは濡らさないように気をつけてね。そう言うと彼は頷いたが、何事か考えているような顔つきでそのまま処置台に座り込んでいた。

「どうかした?」

「……」

「クラサメ?」

黙り込んでいる彼に何度か呼びかけると、彼は観念したように顔を上げた。緑の目がまっすぐナツメを射抜くように見る。そこに宿る静かな光にナツメは俄にたじろいだ。
身を引こうとするナツメの腕を、クラサメが掴む。

「お前、なんで私のことが好きだったんだ」

「えっ」

「お前が言ったんだろうが。あの過去じゃなかったら、って。じゃあお前もあの過去じゃなかったら……」

彼はそこで口を噤んだが、その先は聞かなくてもわかっていた。だって一度した会話だ。懐かしい、ビッグブリッジ戦の直後だった。あのときナツメはなんと言ったっけ。考えながら、ナツメは少し笑った。

ああいう過去を辿らなかったら、ナツメはクラサメを好きになったかどうか。単純な愚問だ。なかったことにはならない、昨夜クラサメの言った通りのこと。クラサメの中から消えてしまっても、ナツメの中には変わらず残っている。

「どうかな……普通に出会って、候補生と武官とか?そういう関係でってことよね」

「ああ」

「それでも、そうね、好きになったと思う。あなたは……あなたは」

クラサメ・スサヤという男は、ナツメにとってなにものであったか。
人生を横薙ぎに吹きすさぶ嵐で、泣きたくなるような穏やかな夕暮れで、ほんの少しだけ高い温度で、生きる理由だ。

「あなたは、私が生きることを最初に許してくれた人だから。それから少しずつ、時間を掛けて、私を助け出してくれた。……私みたいな人間が、他人と一緒に生きていくのは簡単なことじゃない。他人を信用できないし、他人に信用される方法もわからなかった。まあそれは今でも難しいことだけど」

ナツメは俯いて、考える。どんな言葉がいいだろうと、悩んでいる。
今愛を伝えても彼を困らせるだけだから、それは言いたくないのだ。過剰に受け取られたら、彼はきっとナツメを愛そうとするだろう。記憶のない彼にそんな努力をさせることが間違っているというのは、ナツメでもわかるから。

「例えば今、あなたがもう一度記憶を失っても、それでも私はクラサメを愛してる。そういうことだわ。それが何かは知らないけれど、例えば容姿、性格、生まれとか……そういうもの全てがなくなったときに残る何かがあるんだよ。あなたのそれを愛してるから、私はいずれのときでもあなたを好きになったと思う」

「……なるほど、そうか」

「わかってくれますか。私の話はわかりにくいと評判なのだけど」

育ちが悪いせいね、他人と会話してこなかったのが祟ったわ。そう言うと元来口数の少ないクラサメは微妙な顔をしたが、喩えるのなら、と言った。

「喩えるのなら、そうだな。優しさや美しさをどんなに愛して一緒になった夫婦でも、事故などのためにそれらが失われたとして、それで愛情がなくなるわけではないということだろう?」

「これ実はエミナの受け売りなんだけどね。エミナはなんて言ってたかな……ともかく、なにか魅力が失われた時点でなくなるのなら、それはその程度の愛情だったということだと思うの。どんな魅力も、所詮その程度だわ。良きにつけ悪しきにつけ、ね」

ああいう華やかな美人が言うと妙に説得力のある言葉だった。そう、確かこう言っていた……「ワタシの目とか、声とか、スタイルとか……そういうものが好きだったとして。何か悲劇があって、全て台無しになってしまったとするじゃない?それでもワタシのことが好き!って言えないのなら、アナタの告白を受けることはできないわ」。これたぶん出歯亀したときの記憶だな。エミナはそう言って告白を断っていた。確か。

「……だがそれなら私も今、お前を愛していないとおかしいんじゃないか?」

「そりゃあ、あなたを忘れたのが私だったらね?きっとそうなってたと、思うわ」

「そうか。……そうだな。きっとそうだ」

「でしょう」

それならこれはお互い様の痛み分け。今は穏やかに、そう思える。
愛情はいつも、そうだ。

「そういえば。愛情は、自分を肯定する力のことだって言ったことがある」

「誰に?」

「あなたの次に好きな人」

「……は?」

「どうして今のあなたがそんな顔をするのよ」

誰かを鋭く睨むような顔をしてみせた彼に、ナツメはつい笑った。嫉妬のような珍しい仕草を見せることはずっと前にもあったが、記憶もないのにどうして、と。
そういえば、つい先程の会話がまさしく合致しているからなのかもしれないと思った。
もしかしたらクラサメは、ナツメのことを忘れても、それでもまだ愛してくれているのかもしれない。自分たちはもしかしたら全てを忘れても、愛情で繋がっていられるのかもしれなかった。








「第一回戦争後0組集結会議題して“クラサメ隊長の記憶はどうしたら戻るっかな”会議ー!」

夕食後のタイミングにも関わらずナギによってほぼ全壊の教室に集められた面々はその彼のその声を聞いて、ほぼ一様に脱力した。緊急と言って呼び出して何を言っているんだ。

「……あの、ナギ、わたくしたちは医療関係のプロではありませんので……建設的な意見は一つも思いつかないのですが」

「もう一回殴ってみるとかしか浮かばねえよな」

「それやるとナツメに二回殴られるぞ。鬼子母神みたいな顔で」

「あーやられそう……」

クイーン、ナイン、キング、ケイトがそう言い合うのを悲しい目で見つめて「すでに本性が受け持ち候補生にバレているのってどんな気持ち?って聞いてやりたい」と呟いたナギだったが、首をぱたぱた横に振ると急ごしらえで直した教卓に置いてあったものを顔の横に持ち上げた。

「ところがどっこい。これはむしろ、医者より俺やお前らの領分なワケだ」

「それは……なんですか?本でしょうか」

「デュース、そう、これは本だ。俺の知る限り無名の書の次にクソッタレな書。なんて呼ぶべきかは知らん。ともかくこれを、さっきクオンに猛ダッシュでさらっと解読させた。そんで、クラサメさんの記憶を奪った要因、使われた手法が判明した」

ナギがそう言うと、口々に愛ある悪口を叩きまくっていた0組がぱっと黙りこくった。そしてナギの方を見た。
その顔を見た瞬間、ナギはつい笑ってしまいそうになった。彼らは変わった――クラサメやナギを仲間として認めただけか、あるいはそれも成長か。

ナギは、0組が発足したての頃から彼らをよく知っている。彼らが思う以上に、彼らのことに詳しいのだ。それは四課所属という関係上のことでもあり、9組候補生の表の顔がさせたことでもあったが、外局にいた頃の情報も含め、可能な限りの書類と映像をかき集めて調べてある。
だから最初、クラサメ・スサヤと0組の関係がどれだけ険悪であったかを知っている。付随してナツメも、彼らと仲など良くはなかった。

それが変わったのは白虎に侵入した頃からだろうか。クラサメが無理を押して飛空艇を迎えに出したことを知ったあたりから変化があった。クラサメを見る目が明らかに変わったのを今でも覚えている。
ビッグブリッジ戦の頃にはもう立派に一つのクラスになっていた。お互いを知って、守り合おうとする、正しい形だった。ビッグブリッジで決死の召喚部隊の隊長に任命されて、それで生き残ったのもまた彼らの距離を急速に縮めた。

「何を手伝えばいいんだ」

セブンが迷いない口調で言った。ただでさえ戦後処理に追われている中でも、どんな手を使っても手伝ってやると言わんばかりの力強さだった。
ナギはそれにとうとう笑んで、

「手伝って欲しいのは、本の解読と必要な材料集めだな。どうもこれじゃないかって呪いに見当はつけたし、解呪の方法も半分くらいは判明してるんだが、クオン一人じゃ限界がある。現地語の辞書がないんでな。お前らなら、蒼龍の国庫にある図書にもアクセスが可能かと思うんだ」

「そうだな……じゃあ、解読するやつと、外出するやつで分担しよう。僕は外がいい」

「駄目です。エースはこちらです」

「そうですよ。外に出るのは成績の壊滅的な面々に譲りましょう」

「俺のことかゴルァ!?」

「よくわかりましたね偉いですよナイン」

クイーンが遠い目で微笑みナインを褒めた。

「わーたーしーもーかー!」

「よくわかりましたね。お菓子をあげましょう」

トレイもまた遠い目でシンクにそっと飴玉を差し出した。

「トレイとシンクの関係が時々不安になる」

「ナインとクイーンもときどきやばい」

「おばあちゃんと孫みたいだもんなあ……」

話し合いの結果、エース、デュース、トレイ、クイーン、レムが解読班へ。シンク、ナイン、エイト、ジャック、キング、ケイト、セブン、サイス、マキナが材料調達班に決定した。話し合いもなにも、自明の理と言ったほうが正しかったかもしれないが。
さてそれでは各々、できることを始めよう。そんな空気になったタイミングにて。
ナギは笑顔を崩さぬまま、しれっと言った。

「そういやいつ言ういつ言うでナツメと話し合ってたんだけど、あいつのことだからこのまま産まれるまで黙ってそうなんで俺から暴露するわ。ナツメ妊娠したから」

空気は凍った。

「……」

「……?」

「……ごふっ」

「ちょっ、嘘マジで!?」

「え何?何言ってるの!?妊娠!?」

全員驚愕に目を見開き硬直した後、思い思いの反応を見せた。これをナツメに見せたくなかったわけではないのだが、真っ赤になって縮こまるだけなのはわかっているし、何よりあれは自分のことを話すのが苦手すぎる。ナギはどうせ自分から話すことになるのはわかっていた。

「そんなわけで、俺はどうしてもクラサメさんを記憶なきパパにしたくねえんだよヨヨヨ」

「泣き真似があからさますぎるよナギ……」

「でもほら、やる気更に燃えたろ?どうだよ?ん?」

「そりゃ、久しぶりの良いニュースだから」

エースの言う通り、彼らはそれはそれは大喜びしていた。男の子かな女の子かな、どっちに似るのかな。わっと沸いて、ほうぼうから楽しげな声が上がった。

「皆おもてに出さなかったけどさ、結構落ち込んでたんだよ。せっかく戦争が終わって、これから大変だけど良いことだけ考えてればいいはずだったのに、隊長と副隊長があんなことになって……まあ、沈むよな」

エースが机に腰掛けて、思い悩む表情で言った。ナギもナツメのことで忙しくて0組に関わる暇がなかったが、それもそうだろうなと思った。
ここにはちゃんと愛がある。義務感と罪罰でナギが支配してようやく機能する四課とは違うから、記憶がなくなったと聞けば心配になるし、四課員に話したらゲラゲラ大笑いされること必至である、妊娠したと聞けばこうやって大喜びしてくれる――四課の場合殺しにくる可能性があるが。

「よかったよ。あいつが、ここで良い関係を築いてて」

「……言っとくけど、ナギもだからな」

「ん?」

教室の段差を降りてきたセブンが、僅かに首を傾げて言った。

「足。引きずってるだろ。ケアルが使えなくなって、ポーションももう残ってない。心配するからな。……こんなこと普通は言わないけど、言わないとナギはわからないだろう」

「ん……んん……そ、そそそそうね……そそそそ……」

「何照れてるんだ、もう。そうやってすぐ無理するのは悪い癖だぞ。ナツメもきっとそう思ってる」

「こ、これ以上俺を追い詰める気なら酒を一杯引っ掛けてからにさしてくれ……」

ナツメの言ってた通りだな。ナギは刺しどころさえわかってればメンタルめちゃくちゃ弱いって」

「だな」

「あいつそんなこと言ってんの!?俺のいない隙に!?どうしてあの二人は俺のキルサイトを見切るのが好きなんだ!!」

「なんだ、クラサメ隊長にもいじめられたのか。可哀想に、よしよし」

「やめて!優しくしないで!」

その後ナギが顔を覆って教室を脱走するのを、セブンとエースは苦笑いで見送った。
なんにせよ、目的の決まった彼らはきっと誰よりも強く賢く潔く、ただ前へと進んでいくのだ。




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