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「ちょお聞いてくんね」

「え……?嫌ですけど……?」

「なんでそんなさも当然みたいな顔して拒否るんだよ!?」

「なんでそんなさも当然みたいな顔して相談するんだよ」

夜、ところは四課。乱雑に積み上げられた処理済みの書類とウイスキーのボトル、氷が溶けて味の薄くなったグラスの中の琥珀色。
ようやっとほとんどの書類仕事が終わって、安堵の息をついた頃。

「そんなことよりどうしてこんなに書類が多いの……」

「はっはっは、いいことを教えてやろう。命令書や報告書の少ない四課は実は他の課に比べてものすごーく書類仕事が少ないのだー」

「な、なんだと……!?なのにどうして締め切り前の書類が常に山を築いて……」

「……単純に、書類仕事する権限がある人間がちょっと、とても、アホほど少なくて……全ての書類に目を通していい権限がある人間は更にちょっと、どうしようもないほど少なくて……なおかつ、そういうやつが魔導院で書類仕事してられる時間ってのがとても限られているだけだ……」

「外仕事行かせてくれ」

「ダーメデース」

「なんでよおおお!!」

「外行ったら行ったで泣きべそかいて帰ってきたがるくーせーに」

「そんなこと一度でもあったかこの野郎」

「いいえ、そんな可愛げがあったらお前はもうちょっと愛されヒロインみたいな顔しててそんでもうちょっと早く死んでたと思います」

「何の話してんの?」

ナギがどこぞの菩薩のような目で遠くを眺め合掌しているのをはたき落として止めさせながら、ナツメはグラスに残った薄いウイスキーを飲み下した。
それで、と結局ナツメが水を向ける形となった。

「何の話がしたいのよ」

「いやさー、それがねー、今ねー、俺ねー……」

「話し方うっぜえ」

「実はなー……いや、そのう……」

「なんなのよ……」

あまりにも話しづらそうなので、逆に興味をひかれ、なんのかんのと腰を据えて聞いてみることにした。
一通り聞き終わって、ナツメはそれを薄い水割りとともに静かに嚥下してから、口を開く。

「えー、つまり……とある候補生にストーキングされていると」

「いやストーキングでは……ないんですけれどもォ……」

「なんなのよもう」

「だから!だからな、なんかものすごくいろんなところで出くわすし!すごい話しかけてくる、のは別に問題ねぇんだけど!最近手作りの菓子とか渡してくんだよ!!」

「ははっ笑える」

「まじで朗らかな顔すんのやめーや……」

いやそんなん想像したら笑うだろ、とナツメはくっくっと失笑を漏らす。どんな顔して受け取ったんだその菓子を。

「いいじゃん、束の間の恋愛ごっこを楽しめば」

「他人事と思って!!」

「あー、わかった。なまじっか実力行使でくる女ばっかりだったから困ってんのね?学生らしいアプローチに戸惑ってんのね?」

「んん……、まぁ、そう」

「ははっ笑える」

「その顔やめろ!!」

穏やかさ、優しさ、そして僅かな嘲りが入り混じった微笑み。つまり失笑だ。ずっと浮かびっぱなしのその珍しい笑顔にナギは狼狽しつつ、「っていうかさあ」と話を差し戻す。ナギからしたら、ことはそう単純ではない。

「だからよ、俺の近くに長時間いるってことはいつ機密に触れるかわかんねーだろ。そうなると最悪、処分しねーと」

「いいんじゃーん、四課に引き裂かれる純愛ピュアドリーム、映画化決定」

「……」

鼻で笑って書類に視線を戻してしまうナツメに、ナギは暫時沈黙。
それから、ふっと深く息を吐き出し、覚悟を決めるような顔をして。
そして。

「お前がそうやって倫理観ゼロの発言を繰り返すたび、クラサメさんの教育は失敗したという証明になってしまうわけだが」

「あ゛?」

「ほほほほらその顔!!すぐその殺意満ち満ちって顔するからほら!!」

「チッうるせーな」

「最近ほんと口悪いなお前は……どうしたんだよ一体……」

実際のところ、冷静に考えれば幼少期まるごとに加え思春期に入る程度までを白虎の片隅、スラムで生活していたナツメである。口調が整っているわけがない。
結局はそれも、ナツメが朱雀で候補生にまでなるために学んだ擬態の一つなのかもしれなかった。閑話休題。

「だからさぁ、どうしたらうまいこと躱せるかと思ってよ」

「はっきり振ってくればいいでしょう」

「告白されたわけでもないのに!?」

「……そういうところ律儀だよねぇ……。っていうか告白?なんか古風、面白い」

ナツメはつい噴き出してしまう。ナギときたら本当、一度爛れてしまった恋愛関係には顔色一つ変えないくせに、学生らしいものに本当に弱い。拗れた童貞はこれだから……と失笑再び。

「古風もなにも、普通そうじゃあ……」

「おこさま」

「うっるせえ!」

なんとなく会うようになって、なんとなく互いに視線を絡め、指先がぶつかる。なんとなく、気がついたら内側にいる、そういう女に“否や”が言える男は少ない。
そしてナツメはそういうときに“否や”の言える男が好きだ。つまりクラサメだ。ナツメはずるりと足と腰を滑らせ、背もたれのてっぺんに頭を置いた。たいへん行儀の悪い、しかし今は叱ってくれる男もいないのだから仕方がない。

「告白なんてしたら、相手に考える余裕を与えてしまうでしょ。私たちは情報を取るために確実に相手を騙す必要があるから、仕事だからそういうことをしないだけ。普通はするのかもね」

「今思ったけど、もうちょっとクラサメさんに余裕を与えるようなコミュニケーション能力がお前にあったらきっとこんなにこじれていないのに」

「逆さまにして海に落とすぞ」

「まあ、情報のためには冗長な策がいるというわけで、じゃあ殺すだけなら告白したりもすんのか?」

「さあ……?殺すだけの任務なんて私にはあまり落ちてこないから。それは色情班の仕事でしょ」

「あいつらすっげーよな、一泊二日で十人くらい殺してくるときあるよ。てかてかした顔で「今回は全員と寝てみた!」とかわけわかんねえ報告をしてくることがある」

「想像しただけでからっからに干上がってくるわねえ……心も身体も……」

寝る→殺す→次。ナツメにはその短時間のスケジュールに何人の男が詰め込まれているのかわからない。

「……わんこそば?」

「それだ」

「いや……やめよう、食いもんに喩えるのはダメだ」

ナギが若干青ざめた顔で首を横に振った。ナツメも頭の中がそこそこヘビーにR-20ぐらいいっているが、ナギも同じなのだろう。食欲なくなる。

「……まあ、一応、注意して見とくよ」

本題に差し戻し、ナツメは端的にそれだけ言った。

「見ててくれるのはありがたいんですけど意味あるんすか」

「そんなこと知らないよ」

「俺が悲恋に狂ってどうにかなってしまったらどうしてくれるんです!?責任取れよおお」

「悲恋とやらのお相手以外に責任求めてる時点でどうなっても大したものではないわ」

「悟ったようなこと言うなよ、お前が言うと洒落にならんわ」

ナギは呆れ返った声で、ひときわ深くため息を吐いた。
悲恋に狂うって、そういう想定ができている時点でそれなりに相手が気になっているんだろうなとナツメは思った。まぁでもナツメがクラサメに抱くそれとはかけ離れていて、ちょっとかわいいなという軽々しくも純粋な想いに男ならではの性欲も込みといったところか。でもたいていの恋愛はきっとそこから始まって、人によっては運命と呼べるくらいの何かに育つんだろうなと。

ナツメは違った。最初からナツメにはクラサメしか見えていなかったし、クラサメがナツメ以外を見ることもたぶん許さなかった。地団駄を踏み、喉の奥で悲鳴を拗らせた。戦闘以外の多方面に鈍いクラサメは気付いていないのだろうが、彼に好意を示す女子をこっそり遠ざけたのも一度や二度ではない。かっこいいから、実は結構優しいから、演習で助けてくれたから。そんな淡く綺麗で穏やかな理由でクラサメに近づく女はただ単純に煩わしく、妙に羨ましいとすら思っていた記憶がある。自分だってそういう穏当な理由で彼を好きになりたかった。

でもどのみち、一生こうだ。だから関係ないか。これくらいの根深い愛情がなかったら、ナツメだって五年前のあのとき、盛大な覚悟をもって四課に飛び込むなんてことはしなかっただろうから。




仕事をしていたらいつものことだけれど、当然のように徹夜になってしまった。作業自体がどうにかしてどうにかなって終わっても、書類を届け先ごとにわけ、保管室にしまい込み、ああそろそろ保管室の整理をしないといけないなとナギが言い、いっそどっかの部屋潰して新しく作ればと答え、いやでもどうせ燃やさにゃならん書類も結構あってよとナギが苦笑する。いずれ燃やすと思いながらする書類仕事ほど気鬱なものはない。


徹夜明けのその朝、さしものナツメも空腹を思い出し、まだひいひい言いながら仕事に追われるナギをそっと放置してリフレに向かった。まだ早朝とも言える時間帯なので人が少ない。戦争のためそもそも人も減った。

リフレの兄さんになかなか顔を見せないことについての皮肉を少々もらい、身体には気をつけろ、そのためにいいメシを食えと率直で純粋な心配までくらい、なあなあに返事をして食事をとった。朝にしては重めの、夕食には少し軽めのそれは、明らかにナツメが徹夜明けであることを察して用意されたものだ。美味しくて、躰に染みていく感じ。栄養になっていく。

こういう時間を持つのは久しぶりに思える。自分を顧みる余裕など四課の誰にもないのだろうし、戦時中だからなおさら魔導院の誰にもないのだろう。ナツメにはどちらも関係ないが。

何を考えるでもない時間を過ごすナツメの前の、空のままの椅子が不意に引かれた。そしてそのまま、長い茶の髪を顔の横でゆるく束ねた女が座った。髪と同じく茶色い目、小麦色の肌、妙に楽しそうに弧を描く唇。

「はじめまして!あたしね、8組のツェツィって言うの」

「……」

「あのね、あたし、あなたと仲良くなりたくて。ナギくんの仕事手伝ってくれてるんでしょう?今日もそれで徹夜?目の下、隈ができてるよ。あのね、あたしからもお礼が言いたくて。ありがとう、いつも」

「……、ツェツィ、ね」

なるほど、とナツメは思った。
活発そうでありながら、口を開くと声は高くも低くもなく、抑揚のある聞き取りやすさであった。

なるほど。聞いた話から感じた雰囲気とは違うが、ナギに好意を持っているように見える。ナギの言葉からは、押しが強いわけではない普通の女学生のようだった。ナギがそう聞こえるように話したということは、ナギはそう感じているということだ。

一方こうして見る限り、押しが強く、穏やかだがはっきりした快活そうな女だ。印象が違う。
とはいえ男の前では話しぶりの違う女なんてごろごろいるから、それは別段気にするようなことではない。
気にするべきなのは、もっと違うこと。

「なんで、あなたが私に礼を?」

「え、……だって、そうしないとナギくん眠れないんでしょう?大変だよね、候補生なのにクラスの仕事いっぱい請け負ってるなんて」

「そういうことじゃないわ」

こういうことを言う女もいないでもない。昔はよくあった。クラサメくんの近くにいてくれてありがとうね、彼にはいいことだと思うわ、そう言いながら目の奥には剣呑な鈍らが宿る。鈍らでありながら、間違いなくナツメを狙う切っ先がそこにあった。丁寧に放たれる牽制球。ナツメはそれを沈黙と共に率直に見、一瞬考えて、「ええ、一生」と笑ってやった。にこやかに、相手の持つ刃よりずっと鋭い光を滲ませて。
まだ子供だった、女とも呼べない子供だった、でもこういう女にとって脅威に見える程度にはきれいな見た目だと知っていた。これから数年かけて、こんな女歯牙にもかけぬ女になっていくと自分でもわかっていたし、そういう兆候は他人から見たほうが顕著なものだ。
何彼女面してんだよ、少なくともお前じゃねえんだよ、私が蹴落とすのにもお前じゃ不足だボケが。放ったのはそういう光。クラサメにはちらりとも見せる気のない、女が有する最大で鈍重な武器。子供でも、ナツメはそれを持っていた。磨く暇もなかったそれが、されど時間をかけて磨かれた。
ナツメはいま、女だ。

ツェツィ。本名かな。きっとそうかな。
どうでもいいかなぁ。

ツェツィ、その女の放つ武器は、ナツメのそれがそうであるように鋭く研磨されているように思えた。

こういう武器をナツメに向ける理由はわかる。ナツメは(不本意だが)ナギの一番近くにいる女だ。だから、こういう悪意を滲ませ牽制するなら(不条理な話だが)ナツメであっている。

でも。

「“ナギがクラスの仕事を請け負っている。つまり、9組がただのお友達クラスでないと知っている”」

ナツメはCOMMを二度叩く。短縮、二番、ナギを呼ぶ。

「“それは仕方ない、公然の秘密だから。でもそれなら、私が今着ている服がわかるはず。更に言うなら、私はナギよりも年上だということもすぐに調べがつく。それなら、普通はナギが私を手伝うほうのはずよね”」

ここまでていねいに、悪意の刃をわざわざ持ってくる。早朝、食事時、珍しくナツメが一人の瞬間を狙いすまして。そんな女が、こんな話を、知らないとは言わせんぞ。

「“それから、やり方が少し巧すぎる。私でもそうする、ナギを引っ掛けなければならないのなら。学生らしい爽やかさを前面に押してごまかす。ナギを調べれば調べるほど、突き詰めれば突き詰めるほど、私でもそうする”」

「……、」

彼女の頬から汗の雫が流れ、顎を伝って落ちた。見開かれた目はありありと虚飾を崩すさまを覗かせ、内側の彼女が透けて見えていた。

「“そもそもただの恋愛にしては、手が込みすぎている。偶然出くわすナギに手作りの菓子を持ってくるなんてできるわけがない。四課課員は全員が神出鬼没、比較的スケジュールの決まってくる私よりナギは捕まえづらい。そこに手作りの菓子?この残暑に?無理に決まっている”」

「“でも最善の有効手、実際効き目はありそう。そんなこと私にはどうでもいいことだけれども、あんなやつでも殺されては困る。それ以上に、あんなやつを裏切り者に仕立て上げられるのも、情報を抜かれるのも困る。誰があれを殺すっていうの、あんなでも四課最強よ、面倒だわ、私は嫌よ”」

そして、とん、と指先でテーブルを叩いたときだ。

「“やっと来た”」

口のきけないツェツィ。ナツメはただそれを鈍重な武器で刺し貫くだけ。
ナギが魔法陣をくぐり抜けて、リフレに飛び込んでくる。どこにいるかなんて教えなかったから、ナギは慌てて盗聴器たちにかじりつきこの会話をしている場所を探り当てて飛び込んできたのだろう。
ははっ、笑える。

ナツメ、おま、お前、何して、いや何言ってんだ」

「よかったね、童貞捨てるチャンスだぞ。彼女脱がしてみなよ、どっかに焼印があるよ」

「い、いや待てよ!四課の身上調査をかいくぐるなんてことできるわけが、」

「やった人をもう知ってるでしょ?そらっとぼけてカマトトぶるなよ、よくわかってるくせに」

まごうことなきエミナである。

食器をリフレの兄さんのところに返却。妙に青白いんだかという顔の彼に微笑みを返し、大丈夫ですよと言った。
四課が殺すのはメリットのないやつだけだから。こんな光景を目の当たりにしても魔導院の台所を牛耳れるあんたを殺したら、魔導院が土台から崩れてしまうって。

苦笑しながらリフレを出たナツメは知らなかったのだが、その後、すったもんだの末、ツェツィは二重スパイに化けることを条件に殺されることだけは免れたらしい。
妙にしんみり落ち込んでいるナギがおもしろかったので、ついでとばかりさんざからかっておいた。つまりはその程度の話だ。


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