もうこの手を離さない








私はいま、ここに生きている。

「……あああしんどい、微積しんどい!!」

「とか言いながら成績はどうせA取るんでしょ、ずるいー」

「あっ、ねえ、今日のチア練習だけどさ、来週のトナメ戦のためにおそろいのメイク試そうよ!」

カフェテリアで午前に出された面倒な宿題を片付けていると、頭上から友達の声が二人分とめどなく降ってきていた。そうやって宿題を片付けないから、成績がBどまりなのにななんていらないことを思った。別に関係ない話だ。
それにこんなこと、私の考えじゃないと思う。私は真面目なんて言葉とはたいへん縁遠い人間だから。昔、優しい誰かが教えてくれたような気がした。
誰だったろう。きれいな人だった気がする。思い出せない。

「んー、私パス」

「なんでよお、あんたチアのてっぺんなんだから一番目立たないと」

「頭が痛いから、午後はサボるわ。顧問には伝えといて」

微積を適当に終えて、私は全てリュックサックに突っ込んで立ち上がる。友達二人が食事はいらないのかなどと聞いてきたが、そもそもここの食事は妙にまずくて、食べる気がしない。

「じゃ、また明日ね」

友達が楽しげに放つ別れのあいさつを背中で聞きながら、私はカフェテリアの雑踏を歩いていく。何者にもぶつからず。
あの子達が今頃自分の悪口に盛り上がっていることはわかっていたけれど、私にはどうでもいいことだった。

チアに入ったのは、運動が得意だったから。習わなくても空中でバク転できたし、支える役の生徒がわざと崩しても絶対に着地できた。他にやりたいスポーツもなかったし、誘われるまま。
なんだか、私は他人に比べて情熱が足りないように思う。何もやりたいと思えないのだ。周りの子どもたちと精神年齢がかけ離れているようにも思う。もうずっと昔から。

すれちがいざま、不意に銀色の髪をした男子生徒とぶつかった。驚いて顔を上げると、何度か見かけたことはある顔だった。

「ごめん」

「……いや」

こっちこそ。まるで私に興味などないという空気でそう言い放って、彼は歩き去ってしまう。その背中に、大きな荷物がかけられているのがわかる。あれはおそらく、防具だろうか?

「……フェンシングかな」

他人とぶつかることは私にはほとんどない。なぜだかわからないけれど、機敏なのだろう。たぶん。
だから彼とぶつかったのは、驚いた。

……まあいい。どうせ名前も知らない相手だ。
私は踵を返し、学校を出る。遠くで生徒が馬鹿騒ぎする声が聞こえていた。またどうせ、スクールカースト下位の連中をいじめ倒しているんだろう。仮設トイレに閉じ込めたり。


高校はボストンにある。ハーバード大とMITの間にあって、大学生で溢れてる。ミニスカートの女子がリュック背負ってうろうろしていても特に呼び止められずに済むという点では、いい街だ。危険も少ない。なんたってハーバードはFBIとCIAの卵でいっぱい、このあたりで犯罪が起きたら土地勘ありまくりのFBIが大挙して近郊から押しかけてくる。

「……あー、ねっむい」

この後どうしようかなと考えながら、私は歩く。あくびが出てくる。つまらなくてつまらなくて、何もやる気が起きない。

「こんなに暇じゃあ、もう世界征服でも企んじゃおっかなぁほんと……」

暇だ、全く。
そう思いながら、私は歩く。歩く。歩く。
すれ違う。黒髪がやたらと視界に残る。怜悧な相貌。透き通る青い目。
一瞬だけ絡んだ視線が、私の脳裏に焼き付く。


振り返る。彼もほぼ同時に、振り返った。
もう一度視線が噛み合う。


「わ……わた、私、……必ず、見つけるから」

「ああ。……もう、はぐれない」

距離があいているから、声はいまいち届かない。それでも全て、伝わっていた。

私は駆け出す。



「先輩!先輩、せんぱ、せんぱいいいいい!!」

「ああ、ここにいる」

「せんぱ、私、ごめんなさ、遅くなって……っ」


巡り合うから、季節はつながっていく。
閃光が空を駆け巡って、散り散りになった私たちを一つにしてくれるのを、私は感じていた。


「ジル!ジル見つけないと!ジルちゃん私いないと泣いちゃう!……ヤーグは後でいいな」

「それを聞いたら泣く前に怒り狂うと思うが……」


それを私は、幸せと。
呼び続けるのだろう。この生でも。







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