I loved you then, i love you now.
終わりの日。
全てが終わる日。
ルカたちは、ルクセリオに戻ってきていた。
街のはずれ、暗黒街の高所から、ルカはシド、ジル、ヤーグと共に街を見下ろしている。四人で街に入ったはいいが、混沌が溢れすぎていてろくに地上を進めなかったのだ。それでいま、積み上がった建物を登って一番高いビルの屋上に陣取り籠城しているというわけだ。壁もないのに籠城とはこれいかに。
「これはどうしたことだ?魔物で溢れかえっているが」
「十三日経ったからね」
「説明する気があるのかないのか」
「する気があっても時間がありゃしませんので」
シドの問いに笑って首を傾げると、シドは深々ため息を吐いた。ルカはシドを煮ても焼いても食えない男だと思っているが、シドだってルカをなかなか手に負えない女だと思っているのだ。間違いなく。
「それで?次はどうする」
「もう下は歩けないから、とりあえずリグディを待たないとー」
「いつ来るのよ?そもそも飛空艇が本当に飛べるわけ?」
「サッズおじちゃんにわざわざ会いに行くんだから、見返りがなきゃ困るよー。たぶん大丈夫だったと思うけど……」
飛空艇はずっと、ラストエデン自警団の権力フル活用でメンテナンスを繰り返していた。いつか必ず必要になるとわかっていたからだ。飛空艇が、二艇。
混沌をエネルギー化してなんとか稼働はさせられたものの、この混沌の中を飛べるかどうかは賭けだった。
だから、エンジン音が耳に届いた時はルカは歓声を上げた。シドも嬉しそうな顔をしていたので、それでまたルカは嬉しくなった。
元々広域即応旅団を率いていた彼だ。空を大切にしていた人だ。その彼が飛空艇を奪われた人生を送っていたのだから、どれほど寂しかったろうと思う。
「先輩って空みたいな人だよね」
「何だ、突然」
「嵐になったり日照りになったりを繰り返して、多くの人を苦しめる。主に私をね!」
「なぜ今喧嘩を売る?」
でもいつも全て見ている。そうは言わずにおいた。
それはこの戦いが全て終わった後に伝えよう。
リグディの飛空艇が、ルカたちのいるビルの真横にピタリと止まった。開いたハッチに、ジル、ヤーグ、ルカの順に飛び込む。最後、シドが乗り込んで、ハッチを閉めた。
「リグディおっせえよー!」
「うっせバカ、これでも超特急だ」
「次は聖堂の方にいくのよね」
「そうそう、できるだけ進まなきゃー。ライトニングが戦いやすくなるように、邪魔者どもをプチっとね」
昨夜のこと。
ルカは仲間たちに話した。これからどうなるか、そして自分たちに何ができるのか。
――「私たちは、最初っから中心にはいなかったよね。思えばカタストロフィのときから」
ジルもヤーグもシドもリグディもファルシに操られていたし、ルカはそれにしか関心がなかった。中心にいたのはずっとルシたちだった。
――「だからこの物語を、神話を、神代を終わらせるのは。ライトニングで、スノウくんで。ファングでヴァニラでサッズで、ホープくんなの」
ルカは何もできなかった。いつだって、愛する者のためにしか戦えなかった。
だから今は、愛する者たちと共に、彼らのために火の粉を払う。
「舌噛むなよ、掴まっとけ!」
リグディが飛空艇を加速させた。聖堂はすぐ近くだ、飛空艇なら一分もかからない。眼下で異形のものどもに食い荒らされる、守ってきた街の人々を見つめながら、ルカたちは祈った。
間違いなく、閃光が神に風穴をあけることを。
飛空艇は聖堂の上で止まり、シドがハッチを開いた。ジルがエアロ魔法を唱え、ルカがそれを増幅させる。
眼下に群がる救世院の兵士たちを風が巻き上げて、救世院の外へ弾き飛ばしていく。
「ハッハァゴミがゴミのようだ」
「一応中に人間が入ってるんだぞルカ」
「何年閉じ込められるハメになったと思ってんですかぁ、この恨み現世で晴らさずしてどうする!」
ほとんど駆除しきったと判断したところで、リグディが飛空艇を低く下ろした。ルカたちが全員降りてもリグディが飛空艇を完全には降ろさないので不審に思って、ルカはハッチにもう一度足をかけ声をかける。
「リグディ、早くしてよー」
「あー、悪い。ずっと考えてたんだけどさ、俺は行かない」
「え、何でよ!?」
「飛空艇を降りたら、俺はただの兵士なんだよ。戦闘がそれほど得意なわけでもねえしな。だから俺は、閣下の役にたつために、こいつから離れるわけにゃいかねえの」
でも、と食い下がるルカの両脇に、にゅっと手が伸びた。シドが両手を伸ばしてルカの身体を持ち上げ、ハッチから下ろしてしまったのだ。
「ちょおお先輩いいいい離せええ!」
「ロッシュ、持ってろ」
「結構です」
「そう言わずに」
「仮にも君たちの人生のメインヒロインの一人を押し付けあうんじゃねえ!!ジルうううう……!」
「いつまで茶番しているのあなたたち……」
シドの二メートルに持ち上げられては身動きとれず、ヤーグが拒否したせいで逃げることも敵わない。結局ぺいっとその辺に捨てられた。
リグディを置いていくということは、これから起きる最期のときに、彼が一人で在るということ。まだ誰も味わったことのないたったひとつの絶望のさなかに彼を置いて行きたくない。
そう思って手を伸ばすのに。
「閣下、俺、こんなに長くなると思ってなかったけど、あんたについてこれてよかった」
「私も、お前がいてくれてよかった」
リグディはそれだけ言って。シドはそれだけ言って。
それだけで、ハッチを閉じてしまう。リグディは飛び去ってしまう。
ルカは唇をわななかせるが、シドは一度だけ首を横に振った。
「望むようにさせろ」
「でも先輩、混沌の中じゃあいつまでもは飛び続けられないよ!重力も磁場も影響があるはずだし!」
「そんなこと、リグディだってわかってるさ。それでもあの中で全てを終えたいんだ」
シドは全てわかっているみたいだった。リグディとの縁の深さは、ルカではシドに叶うはずがない。
だからシドがそんな顔をするなら、ルカには文句も言えないのだ。
「……もしかして、先輩もああいうことしたかったですか」
「ああいうこと?」
「最期に、かっこつけ」
「……まぁ、まるでないと言えば嘘になる」
シドがそんなこと言うから、ルカは面食らって真顔で彼を見つめた。見上げるルカにシドは笑って、「でも君の方が大事だからな」と言った。
「うわぁウッソー」
「いいから早く行くわよ」
「私からも聞くぞ、いつまでこの茶番続ける気だ」
ジルとヤーグが呆れた顔でルカを見た。まぁ確かに、いつまでも茶番を演じている暇はない。
「じゃあ、行きますか」
笑って、ルカは武器を掲げる。救世院の大聖堂に入り込むと、即座に異臭に気がついた。夥しい血の臭い。
「こりゃ私たちがやらなくても、相当殺してますな」
「世界を燃やすんだから、構ってられないわ」
「ルカ、前線は私とロッシュが務めるから君はナバートを庇いつつ援護に回れ」
「では、行くぞ」
シドが短く簡単な作戦を伝え、ヤーグが鋭く終わりの旅の始まりを告げた。彼らは周囲に視線を配り警戒しながら、聖堂の奥へ進む。聖堂の一番奥、下へ降りる階段が開いていた。
「……あれ?ルカだ」
「ノエルあんた、こんなとこで何を」
「たぶんあんたらと同じ理由」
世界がこんなことになって出会った二刀流の青年がルカたちを見て笑う。重たそうな太刀を背中に抱え、血を浴びて立っていた。
「みんな下だ。先に行ったよ」
「あっれえ出遅れたぁぁ……?やだかっこつかないじゃんジルが寝癖を気にするからだよ!」
「この私に野宿なんてさせるからよ」
「もういいから早く行くぞバカ……」
階段を降りる。一歩一歩、終わりに近づいていく。
この数百年、いろいろなことがあった。暦ではなく、過ごした時間の中にルカの命が宿っている。
飛び出してきた魔物をヤーグが一閃、切り裂いた。後続はシドが叩き潰し、死角から迫る素早い敵はルカが対処をする。遅れてジルが炎を放ち確実に息の根を止めていく。お互いの姿なんてもう見てもいない、慣れが生んだただの流れ作業だ。互いが互いを守る予防線を幾重にも引いているからルカは攻めるし、シドは守れる。
いろいろなことがあった。
ルカはシドと何度も喧嘩をしたし、ヤーグに何度も泣きついたし、ジルと何度も引きこもって、リグディと飲み明かしたこともあった。長い時間をかけて、元々強かった絆はあり得ないほど強固になった。
ブーニベルゼごときにはどうしようもないぐらい、ルカたちは強くなって、愛を抱えて。
だから、今ライトニングが戻ってきたのは、十二分に運命なんだろう。
階段の先には、思ったよりずっと広い空間があった。地下だとは思えないぐらい天井が高く、光が多い。丸い部屋の中央に祭壇があることから、宗教的に重要な部屋なのだろうことはわかった。
そこにはヴァニラと、ファングと、ライトニングと、聖主卿がいた。
「……みーっけ」
ルカは呟いて目を見開き、仲間たちと共に歩く。最初に気付いたのはファングで、「よおルカ、久しぶりだな」と笑いかけた。
「そんなに久しぶりでもないでしょー。ライトはいつぶり?十日ぶりくらい?おっひさー」
「エアークラッシャーと呼べと言っていたな、お望みどおり呼んでやる。エアークラッシャーバカめ」
「ライト姉さんそんな!シリーズ一作目の第二節第三話の最後辺りにありそうな話を今更引っ張ってくるなんて!」
「……ルカほんっとに全く変わってないね、懐かしくなってきたよ」
「ヴァニラちゃーん、その優しい顔はちょっと傷つくよー。……ま、それはいいや。来世でじっくり話し合うとして……私が獲りたい獲物がそこにいるじゃあん」
ルカは進み出て、まさに逃げようとしていた聖主卿を背中から蹴った。顔面から転がる彼女を見下ろし、ファングに問う。
「ねえねえファング、こいつ何企んでたー?」
「ん?ああ。忘却の禊って言ってな、ヴァニラには死した魂を癒やすためとか言って、ブーニベルゼのために死んだ弱い魂を消し去ろうとしてやがったのさ」
「ふーん?そんな機能があるんだ、神様ってうぜえなー」
ルカが実に気安く言い放つと、顔面からすっ転んだ聖主卿は悔しそうに髪を振り乱して振り返り、「愚かな!」と叫んだ。
「神のご慈悲を貴様は受けられない、神は神の者を知り給うているのだから……!」
「これから死ぬ神がいちいち信徒に慈悲バーゲンやってられないでしょーもう。でもあんたはきっと死ぬ瞬間までブー助の勝利を信じ続けるんだろうなーと私は思うんですよねぇぇ」
「きっさまぁァ……!我が主神の今なんと呼んだ……ッ!!」
「ブー助ブー子ブー太郎の呼び名の話は今いいだろー。そんなことより、今からお前を犯す絶望の話をしよう?そのほうがずっと楽しいよ」
ルカは彼女を再度引き倒すと、剣を抜いた。すでに魔物の血に濡れたそれを見て、聖主卿はさっと顔色を青く変えた。
「だからさぁ。どっちでもおいしいと思わない?ブーニベルゼが勝利しようと、敗北しようと、お前が死んでいたらとてもおもしろい展開になると思わない?ライトがブー子を滅ぼすならそれでオシマイだけど、もしそれが成らなくてもそれまでにお前が死んでればさあ、“私みたいな仇敵”の手で殺されてたらさぁ?お前、転生する魂に選んでもらえるわけ?」
「ふ……ふふ、おま、お前を追放することで我は、その権利をすでに得ている!脅しても無駄だ!!」
「なんで神が人間との約束を律儀に守るのさ?お前ね、あれでもブー助きちんと最高神なのよ?なんでお前ごとき、記憶の隅にもとどめておくのよ?」
そう言って笑い声をたてると、聖主卿は突然腰の銃を抜いた。下策だなと判断するくらいの時間はあった。
ルカの手は銃なんかよりずっと速く動いて、剣はまっすぐ彼女の額を叩き割った。断末魔はなかった。あるいは覚悟を決めていたのか。
顔を覆った仮面が落下し、ルカは靴をその頭に引っ掛けて剣を抜いた。
「ルカ、済んだ?」
「あい一丁上がりー。で?ライト、もういくの?」
「あ、ああ……ルカお前何ていうか……ちょっと頭おかしくなったな」
「遠慮がちな顔で酷いこと言うね君は!?……あのね、私だってね、あなたをそんな目に遭わせた奴らを少しでも許してやることは、できないんだよ」
剣の血を払って言う。それと同時、獣の気配が部屋を満たした。丸い部屋は四方に入り口が伸びていて、どうもいろんな場所につながっているらしかった。
「ライト、はよ行きな」
「ルカの言うとおりだ。ここは食い止めるから、行け」
「ファング、ルカ、……負けるなよ」
「負けるわきゃねーだろ」
「そうそう、負けない負けない。……なーんか懐かしい感じ。負けるわけにはいかなくなっちゃう」
ライトニングは、ちらと仲間たちを見てから走り出す。その後姿を見送って、ファングと腕を掲げて拳を軽くぶつけ合う。そしてルカはシドの元へ、ファングはヴァニラの元へ駆け寄る。
古今東西の化物を混ぜ合わせたかのような獣が、四方から部屋へ入り込み、ルカたちへと襲いかかる。間合いを測りながら戦闘体勢に突入する中、またも知った声が響く。
「らあああああッ!!」
「うわっスノウくんまできた」
「お、ルカじゃんか。お前も来てたのか」
「和やかな会話してる場合じゃねえぞお前ら!」
スノウが飛び込みながら魔物を強打し、ルカはその姿に驚き一瞬動きを止める。それを見たファングが呆れた声で怒鳴り、ルカとスノウは同時に肩をすくめる。とりあえず敵を滅ぼさない限りは、どうしようもない。
神の御座近くに出てくる連中だけあって、存分に手強い。それでもこんなドリームパーティに敵うはずもなく、神のちからを分け与えられたおぞましい化物たちは塵となって消えていく。
「ところでっ、スノウくんと先輩が同じ空間にいるとっ、ぐっと部屋が狭くなるね!」
「やかましい」
「おー、悪かったな身体ばっかでかくてよ!」
「それとさー!スノウくん、その髪型!めっっっちゃ似合わない!元に戻せー!」
「ルカお前、その話は今必要か?」
「ヤーグ言っても無駄よ、ルカはそういう子よ」
適当な会話は、適当だからこそ緊迫した空気の中でもぽんぽん続く。それに心地よささえ感じるのはこれが最後だからだろうか。
戦いもこれが最後。泣いても笑っても最後。でもきっと、泣くことはないだろうと全員無意識に信じている。
「ねえ、ファング……!ごめんね、ファングと一緒に行くべきだった!最後の時間、そうやって使うべきだったのにっ、」
「全くだぜ、心配ばっかかけやがって!」
「ジルちゃんこっちスマイルちょうだーい」
「ルカあんたねルシに会えて嬉しいのはわかったけどテンションが高すぎるのよ!」
「いつまでふざけているんだお前は」
「ははは、まぁ最後だからもういいさ」
死、という言葉は誰も出さなかった。最高の結末の先にさえ、自分たちが存在を保っているかなんてわからないけれど、それでも。
どれほどの時間、戦っていたかわからない。体力はかなり消耗しているように思えたから、やはりかなりの長さだったのだろうか。
それでもやはり終わりは来て、なんとか神の力を持つ異形のものどもを消し去り終えて、彼らはそこに立っていた。
みんな笑顔だった。苦笑しているような、諦めているような、すべて吹っ切れているような。全員間違いなく、笑顔だった。
そこに光が降り注ぐ。その光を受けて、誰もが気づいた。やさしい虹色の光はきっと、あの閃光から枝分かれした、幼い娘が放つものだと。
「ライトが呼んでるみたいだ」
「姉さんが呼ぶなら行かねぇとな」
「今度は私たちが、ライトニングを助けないと」
三人が笑い合うのをルカも見て、笑う。「いってらっしゃい」と言うと、三人は少し驚いた顔で振り返った。
「ルカは行かないの?」
「そうねー、私ってばルシじゃないし?人間でもないから資格ないしね?私が人間でいられるのは結局、この人達の傍だけだから」
それに最期は、誰より愛する人の傍にいたいじゃないか。
ルカはそうとは言わなかったが、彼らは一瞬で察した。元々ルカは、シドたちの傍にいられなかったからルシと共に戦った経緯を持つ人間だ。
「ま、じゃあここでお別れだな」
「そうだね」
「またな……っていうのも違うよね。なんて言えばいいのかなぁ?」
ヴァニラが首を傾げた。ルカは一瞬考え込んだ後、にっと口角を上げて考えた言葉を言ってみる。
「来世でもよろしくね」
「んー、まぁまぁ気に入った」
「来世があるかどうかはまだわっかんねえけどな!」
今生の別れと思ったら寂しすぎるから、次の約束をしてから別れよう。ルカはひらりと手を振った。かつて死線を共にかいくぐった、仲間たちが光に溶けて消えていく。
彼らがいなくなって、ようやくルカは振り返る。
シドがいて、ヤーグがいて、ジルがいる。ルカの幸せの条件だ。
無責任なくらい、ルカは手放しの愛を彼らに捧げる。
泣きそうな顔をして笑うジルを抱きとめ、ヤーグに飛びかかって振り回し、シドの腕の中に沈む。
部屋の隅に凭れるようにシドが座り、ルカがその腕の中に崩れるように座り込んだ。傍らに足を崩して座る、ジルとヤーグの手を握って。
光の中、ルカたちは今、これまでに無いほど幸せだった。
「私……私、必ず見つけるから。また必ず、見つけに行くから」
「ああ。もうはぐれない」
「約束よ?」
「こっちからだって、お前たちを探す」
最期まで、一緒。体温を混ぜて、私たちはここにいる。
「……私、君たちと出会えてよかった」
いろんなことがあった。数百年、たくさん苦しんでたくさん嘆いて、たくさん後悔をした。
でもその全てが重なってようやくこの体温につながるのだから、それでよかったんだと思える。
神様が教えてくれなくても、これがハッピーエンドだということくらいわかっている。
世界が消えるその瞬間まで、光は燦々と、彼らに降り注いでいた。
――そして。
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