On our own.






解放者がその街、光都ルクセリオに降り立ったのは、三人目の死者が出た日であった。
彼女は駅を出て、わっと悲鳴を上げる群衆につられ顔を上げ、そこで吊り下げられた自分を象る人形に気付く。彼女の背後では、ローズブロンドの少女が倒れ伏し血を流して死んでいた。彼女は一瞬戸惑い、怒り、そして解決に向けて動かねばならないと考える。人の魂を解放することが己の使命なのだから。

「騒がしいわ。静かになさい」

ふいに、彼女の意識を途切れさせる、鋭く尖った透明な硝子のような声がした。彼女はそれに聞き覚えがあって、でも誰のものだったか思い出せない。だからゆっくりと、その声のした方を見る。

「ここはエデン自警団が預かるわ。救世院は巣にお帰りなさいな」

「また死体か……まだ続くのか、これは」

更に続いた声にも、彼女は聞き覚えがあった。知っているのだ。この男女を。

「まぁ死体を調べるのは下っ端に任せるとして……死体漁りにしばらく付近にモンスターが湧くわね。それをなんとかしましょうか」

「ああ。部下を配備した。あとは取りこぼしがないように指揮した方がいいな」

「そうね、それなら高い場所に登らないと見えないわね」

その男女は先に現れていた兵士を無理やりどかし追い出すと、何やら率いる数名に指示を出し現場を囲ませる。部下も含め、同じ色の服を着ている。素材もエンブレムも何もかも同じで、女と男で形は違うがどうやら制服らしい。二人は死体の傍に足を進め、そうしてから不意に、女の方が彼女に気付いた。
綺麗な女だった。緩やかなカーブを描いて流れる金髪は繊麗にかんばせを彩っていた。大きな緑の目がゆっくりと見開かれ、形良い唇がわなわなと震える。

「おい、ジル?……嘘だろう」

「目の前が見えてるでしょうヤーグ……」

死体の傍に膝をついていた銀髪の男もまたその女性の隣に並び、目を見開いて解放者を見つめていた。

「な、……何よ、どういうことよ……」

「ファロン軍曹……?」

「……そうか。あんたたちも、生きているんだな……」

彼らが解放者……即ちライトニングに気づき、ライトニングもまたゆっくりと口を開いた。
想定していなかったのだ。彼らがここにいるなんて。

「でもそうか。ルカはあの調子だったし、あんたたちが生きているのはおかしいことでもないか。……それで、あいつは?ルカはどこだ?」

ライトニングが問うと、その男女、ジル・ナバートとヤーグ・ロッシュは顔を一瞬見合わせた。そしてそれから、二人声を揃えて「彼女はもうここにはいない」と言った。それに驚いて、ライトニングは目を瞠る。
彼女がいない?でも、今ここにこの二人がいるのに?

しかし、ライトニングの戸惑いなど意に介さない様子で、二人は何度も頷いた。

「いない」

「ええ、いないわ」

「あんなバカ」

「もう十年も前に消えたわよ」

「違う、十二年」

「……リグディの設定が細かいのよ」

「ん?設定?」

「そこは無視なさい」

怪訝に眉を顰め尋ねたライトニングを睨み、ジルは首を横に振った。それから指で西を指し示した。

「あの子はもういないってことだけ知っていればいいわ。そんなことより……話したいことがあるからついてきて。自警団本部に戻るわ」

「自警団?それは、つまり……お前たちの仕事か?街を守っているのか?」

「ああ。それくらいしか、もうできることもなくてな。……ここは任せる、深追いは禁止だぞ。それから死体は研究所に回せ」

ライトニングの問いに答えたヤーグが、周りの武器を持つ兵士たちに指示を飛ばす。そしてすでに歩き始めていたジルと連れ立って西へ歩いて行く。ライトニングは逆らう余地がないことを悟り、それについていく羽目になる。
もともと彼らはずっと他人の上に立ってきたから、他人に有無を言わせないのが得意なのだ。言うだけ言って、あとは従わせる。
それでもヤーグはマシな方で、ライトニングがついてきているかたまに振り返って確認した。そして不意に、世間話のつもりか「生きていたんだな」と訊いた。

「……それについては意見の分かれるところだろうがな」

「その言い回し、あいつの影響か?似てるよ」

「怒るぞ、私でも」

ライトニングが眦を釣り上げると、ヤーグは声を立てて笑った。まともな会話もしたことのない仲だったので、こんな風に笑うのかとライトニングは少し驚く。

ライトニングの視界を彩る街並みは美しく整い、地面にゴミひとつ無い。どことなく物語の中のような、煉瓦ばかりの街。かつてのエデンとはまるで違い、美しい。あれも美しくはあったがとても硬質だった。ここは違う。
売店の売り子が声を上げ、華やいで空気が楽しげだ。もう夜だが、人々がいなくなる気配はまだ無い。

「この街は……?」

「作った。まぁ、私達はそこまで関わっていないが」

「でもまぁ、指揮をとる人間は必要だったから。デザインはあったから、それを元にいろいろとね。軍部時代から、どうせこういう仕事ばかりしてきたんだもの。生かさないと」

「それに結果として顔が売れて助かったからな。最近は、それがむしろ厄介だが」

ヤーグがどうしてか疲れたような顔で言うので、ライトニングは片眉を上げ首を傾げる。が、それに気付いてヤーグは左手を無造作に振り気にするなと示した。

「それは、君には関係のないことだ。まだな」

「……ルカがいないことと関係あるのか?」

「もちろん。でも名前を言っては駄目よ。……ほら、あれは救世院の兵士。表向き、モンスターから人を守るためにあそこに立ってるの」

ジルが視線で、街の随所に立っている武装兵を示した。彼らはじっとジルとヤーグを見ている。顔はマスクで覆われており表情など窺えないが、訝しむ気配は市民を見守っているというより、むしろ睨んでいるようだった。

「でも実際のところは頼れたもんじゃないわ。揃いも揃って弱くてね。……とはいえ面倒だから、あいつらの近くでは殊の外、ルカの名前は出しちゃダメよ。……と、着いたわ。ここよ」

それは通りに面した建物で、主に赤と黒の煉瓦で造られる大きな館だった。他の建物に比べどこか造りが堅牢に見える。それに加え窓全てに強固な鎧戸があり、大きなドアは金属製だった。自警団本部というだけあって、ライトニングはその建物から軍らしい空気を感じ取った。明らかに防衛のための設備が整えられている。
ジルは短い階段を登ってドアを押し開け、後ろのヤーグやライトニングをまるで意識していないような淡白さで中へ入っていく。と、ヤーグがドアを開けておいてくれた。そのあたりから、彼らの性質が本当によく見える。ルカの言葉をときどき不意に思い返しては、ライトニングはつい笑いそうになる。思い返して、口に出してみる。

「ジルは優しいけど私限定、ヤーグは優しいけどわかりづらい……」

「……何だそれ」

「わかるだろう。ルカが言ってたんだよ。下界でキャンプしてた時だったか」

「そうか。……わかった。覚えておこう」

ヤーグは深々と溜息をついて、肩を竦めた。ルカがいないのなら、知られても問題ないのでもっと話してやろうか。ライトニングはそんなことを考える自分の楽観さに内心苦笑した。彼らとは殺しあった仲だが、それでも昔なじみと会うと気が緩むらしい。

二人の後ろを歩いて館の中を進んでいくと、何度か兵士とすれ違う。それらにどうしてか既視感を覚え、ライトニングは戸惑う。少し考えて、すぐ理由には気づいた。PSICOMの兵士たちに似ているのだ。青と黒の線が入った制服はかつてのPSICOMのものとはもちろん似ても似つかないが、その足の運びや動き方はそっくりに思えた。

「PSICOM式に兵士を育てているのか?」

「……スノウ君と同じことを言うんだな……」

「ああ、ヤーグが育てるとそうなっちゃうのよねぇ。ま、私がやっても同じっていうか、育たないのだけど」

「……お前のあれは教育だったのか?」

「あんたにもやってあげましょうか」

不用意なことを言うヤーグに凍りつきそうな殺気を放ち、ジルは廊下の突き当りのドアを開ける。途端にぱちぱちと暖炉から火の粉の弾ける音が耳に届いた。ジルは中に入ると同時、「客よ」とだけ言った。

「客?」

「懐かしくて、面倒くさくて、そしてとても役に立つ客が来たわ」

「ちょっと待てそれは人間を形容する言葉か、……准将」

ジルの紹介文句があまりにも意味不明なのでつい声を上げると、ジルの金髪の向こうに知った人影をもう一つ見つけた。奥の執務机に文字通り軽く腰掛け、何やら書類に目を通していたのは、かつて手助けを乞い裏切られ目の前で仲間の腹に風穴を開けた男だった。シド・レインズ、かつての警備軍准将である。
兵士たちやヤーグと同じ制服を身にまとう彼は、涼やかな黒髪に青い双眸、思った以上に変化がない。それが今の世界の常であることはわかっているが、彼がクリスタル化して以降会っていないのでどうしても違和感が拭えない。ジルとヤーグ、両名の髪が短く変化しているところから考えても。ヤーグは後ろの結い髪を切っただけのようだし、ジルの髪は肩甲骨のあたりまで伸びているので印象は変わらないとしても、変化が無いようには見えないのだが、それでも何も変わらないわけではない。

「そうか、ファロン軍曹か。……来たんだな」

「ええ、もう来てしまったの。……ま、五百年は長すぎたかもね。あと二百年くらいは続けてもよかったけど」

「それでもこの状況は、早く終わった方がいいだろう」

「ヤーグ、……不用意よ」

彼らは彼らにしかわからない会話を始めてしまう。意味がわからなくてライトニングが顔を顰めるも、気遣う様子はなかった。代わりにソファを進められ、対面の位置にジルとヤーグが並んで座った。そして二人してポケットからメモとペンを取り出す。レインズは窓に歩いて行って、鎧戸を閉じ始めた。ライトニングは彼らの行動に戸惑うばかりだ。

「せっかくだから、あなたのかつてのお仲間の話でもしましょうか。ここ数年はとんと会っていないけれど、死んだって話は聞いていないわね。サッズ・カッツロイは別よ、あの状況じゃ死んでもしばらくは気づけないでしょうから」

「ジル、せめて言葉は選べ……」

彼らはいつもの調子で会話を始めながら、手元のメモに何やら書き付け始めた。そして一文書き終えるたび、それをライトニングにつきつける。
その内容に、ライトニングはまたも驚く羽目になった。




雑談を続けながら二人が書いた内容のほとんどは、現状の説明だった。驚嘆に値することも、胸が痛むことも含まれる。
一方で大事な頼みもまた、筆談で伝えられた。

0時半に、旧市街から暗黒街へ。
ライトニングはそれだけは必ず忘れないよう胸に刻み、外に出た。
世界の終わりの十三日。その始まりの今日がどう終わるにせよ、その約束だけは守らなければならなかった。








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