雨粒がひっきりなしに私の頬を叩いていた。空はどんよりと曇って、陰気にひたすら水を降らす。作物の育成に日光も水も必要ないコクーンにおいては、ただ涼を取るためだけの存在でしかないそれが、今はただただうざったい。先程までは晴れていたのだが、どうやら今日は十三時から雨の予定だったらしい。こればかりは見忘れた自分と彼が悪い。だってもう一人の友人は持参した傘の影に隠れている。

視界はとても良好とは言えず、右手に握りしめる木剣は今にも汗か雨水かで滑りそうであった。それでも、もう一度きつく握りしめてなんとか逃さないようにする。
息の粗さも、身体の表面を打つ雨音も、何もかも遠くのどこかへ一瞬追いやれ。自分に命じて、実行する。今見なければいけないものは、目の前のたったひとつ。

敵は一人。お互い雨のせいで体力を取られており、疲労だって溜まってきている。早く決着をつけるべきだ。

一拍置いて、足の筋力に全てを掛け、相手の懐へ潜り込む。
ぐらりと揺らぐ視界と、それでも保たれる平衡感覚の心地よさ。
体温が秒刻みに上がる。どくどくと脈打つ鼓動が頭をクリアにしていく。勝利を確信して、背筋がぞくぞくと私を急かしている。
こういう状態が一番危険だと授業では教わった。けれど、いまのところ、この確信が覆されたことはない。だからもう止まらない。

一瞬思い切り身体を退いて、そこに降り注ぐはずであった斬撃を避ける。あとは簡単だった。
反動を殺さない。逆向きのベクトルに加算された速度は、彼の反応を許さない。
目の前には白い首。握りしめた木剣を一気に叩きつける。

「はい、一本。ルカの勝ち」

当然寸前で押しとどめられたその剣を眺め、間髪いれずつまらなそうな声で彼女が言った。振り返ると、淡いベージュの傘をさしたジルはゆっくりと両手を叩いている。
当人は拍手のつもりらしいが、やる気の無さが前面に出過ぎていて、一瞬何のための手拍子かわからなかった。ともかく私はその声に従い、剣をひいて腰のベルトにさして収めた。目の前の彼、ヤーグは眉間に皺を寄せ、彼もまた不機嫌さを隠そうともしない。

「まぁたヤーグの負けねぇ。いい加減諦めればいいのに」

「今のは雨で手が滑っただけだ……!」

「いやぁ情けないわなっさけないわー今の発言は恥以外のものも上塗りしてるわー」

「ぐむ……」

「まぁまぁいいじゃないですかっ大丈夫ヤーグかっこいいよ今日もヤーグの奢りでめしがうまい」

「ぐおお……!」

「ルカのそういう打算的なところ嫌いじゃないわよ」

口角だけ上げて皮肉るように笑ったジルは、寮から持ってきていたらしいスポーツタオルを取り出し私の頭に載せた。傘を傾け私を余計に濡らさないようにしつつ、三人連れ立って寮に向かい歩き出す。ヤーグまでは傘に入れないので雨を浴びっぱなしだが、いまさらだからいいと三人目の相合傘を固辞した。三人はさすがに入れないので仕方ない。全員平等に濡れてしまう。
寮の玄関を開けて雨から逃れ、ようやくジルがヤーグにもタオルを渡す。こうなってしまったらさすがに着替えないといけない。短い昼休みではシャワーまで浴びる余裕はないが、どのみち次の授業は演習なので着替えは用意がある。無人の寮の静けさにも慣れたもので、私たちは自室に戻り服を着替える。トレーニング用のタンクトップにパーカーだけでは少し肌寒い。もうすぐ夏なのになぁ。

寮にも食事の自販機というか、無人食事提供サービスはあって、ファルシの用意した食事を購入することができる。寮なので一日二回、即ち朝と夜だけは無料で食事が出てくるが、昼食も寮で摂ろうとすればここで購入するしかない。
ヤーグが1000ギル札を出して、私の好きなパンを買って投げて寄越した。さすがわかってる。
そう言ってからかうと、「一年以上も同じ場所で暮らしてればな」と呆れた声が返ってきた。

「なんかそう思うと長いよねぇ」

「そう思わなくても長かった」

「ヤーグどうしたの、険しい顔が更に険しくなってて面白いわよ」

「お前はそういうやつだよ……」

「ん?何が不満なのヤーグ」

「具体的には今お前が私の金で食事しているところだが」

「負けたんだから文句言うなよヤーグ情けない」

「そうやってすぐ前言をひっくり返すところも嫌いじゃないわ」

「わーい」

「……ぐぬ」

ジルにやたらと褒められるので喜んでおくが、そのたびにヤーグが顔をしかめるのが面白い。本人に自覚はないのだろうが、考えていることがあまりに筒抜けで面白いのだ、この男は。
決して広くない食堂にて三人テーブルに昼食を並べ、食事しながら会話は続く。

「今日の演習ってメニューなんだっけ」

「あーっと……格闘訓練だった、かしらね。でも、そもそも対人格闘なんて事態に陥ったら負けよねぇ」

「そうなるとさっきまでのバトルが無駄ってことに……」

「無駄よ無駄。わかりきってるでしょう。一対一で誰かと戦闘になることなんて、まずないんだから」

コクーンにおいて、ことPSICOMにおいて、戦闘の主な武器は銃だ。しかも機銃である。
昔はマスケットだとか、アナログな銃だったらしい。更に前は、剣だった。が、今となってはそれらはただの様式美であり、歴史の遺物であり、振り回せる化石である。
もっと言えば、個人のアイデンティティを示す玩具でもある。皆好きな形式の武器を用いて、各々好きなように対人格闘をする。ジルの言うとおり、誰かと格闘になるなんてことは想定されておらず、はっきり言って余興だった。対人格闘も成績にはなるが、座学に比べほとんど重視されない。なぜなら、私達が戦闘をする事態などあり得ないからだ。
だからジルの言うように、“対人格闘なんて鍛えても無駄”という結論に達する。対人での、特に一対一での戦闘に固執するのは、それこそヤーグや私のような戦闘マニアだけだ。

ここは聖府軍高官を育成するためだけの場所、エデン中央士官学校なのだから。

「そういえばさ、試験の結果そろそろ出るねぇ」

「ああ……そうね。でも今回もわかりきっているし」

「大して難しいものもなかったからな」

「まぁた二人でワンツーフィニッシュですか。そろそろ下の者たちにも栄誉を分け与えたまえよ」

「あら、栄光っていうのは上から落としてあげる残飯じゃないのよ。下から眺めるのが嫌なら勝ち取らなくちゃ?」

「首席にしか言えない嫌味をありがとうジル……いーよ、私は別に三、四十番でも」

「お前は本当に向上心がないな」

「やかましわ。ヤーグだって最近はもうジルに勝つの諦めてんじゃーん」

「ついでに言うならルカに勝つのも諦めてるんでしょ?」

「なんだと貴様ら」

低く唸るヤーグを半分無視して、食事を終えた私達は演習場所の屋内訓練場に向かう。
来た時と同じように、三人一緒に寮を出る。今度は全員個別に傘を差していた。三つの傘がたまにぶつかるのでつい笑う。
ふと、ヤーグが隣で考えこむような顔をしているのに気づいた。

「しかし格闘か……さっきまでさんざんやったのにまたか。勝負するか?」

「やだよ授業は組手もあるでしょ。ヤーグとはやらないよ勝てるわけないじゃん?」

「なら今度からは組手にするか」

「変態」

そう一言で断じたジルが突如容赦無い勢いで傘をヤーグに叩きつけ、水滴がヤーグに振りかかる。ので、私は戸惑い視線を交互に二人の顔にやった。

「ど、どうしたジル」

「今のはヤーグが悪い」

「……お前な、たとえそうだとしても水をかけていいということには……」

「さっきまでさんざん濡れてたんだから気にすんじゃないわよ」

はん、と鼻を鳴らしてジルが言い放つ。仲の良い三人組だと私自身思っているし、事実だろうが、しかし力関係はある。
屋内訓練場について傘を畳み、私達は中に入るためにドアを開けようとした。と、ほぼ同時。

「……うわぁ」

「むかつくわ」

「タイミングが悪いな……」

突如として雨が上がり、空を覆っていた灰色の雲が晴れはじめ、その雲間から眩しいばかりの日差しが視界を照らし始めた。コミュニケーターで時間を見れば丁度午後一時半。

「一時間の放水の予定だったのか……」

「昼頃放水、としか言わないんだものね。こんなことならもっと遅く寮を出れば良かったわ」

ジルは微かに雨水の跳ねた靴を見て悪態をつく。
一挙一投足を管理されるコクーンではよくあることである。

「ま、それじゃー午後もがんばりましょー。……あ、ジル、帰ったら昨日借りてきた映画見よー」

「嫌よあんた趣味悪いもの」

「なんですと!?じゃ、じゃあヤーグ……」

「嫌だお前は趣味が悪い」

「な、なんですっ二人して!」

二人にふられてしまった私は、軽くやけになりながらヤーグに向かって拳をつきだした。

「じゃあ私が勝ったら今日は付き合ってもらうぜ!ホラー映画だからな!サイコパス系のホラー映画だからな!」

「なんで一人で見たくないものを選んで借りてくるんだお前は!」

我ながら借りた時何を考えていたのだかわからないのだが、しかし借りてしまったものは仕方ない。
一人でホラー映画観賞という事態を避けるため、私は拳を振りかぶった。

「ちなみにR指定だ!」

「バカかお前は!」





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -