Act.30







ジャマーの弱点は、本体の脆弱性と、結局は機械であるという点に集約されるとナツメは思う。
魔晶石を妨害できないというのも、難点のひとつだろう。攻撃に使用される魔晶石――つまり、術者が魔力を流し込んでようやく効力を発揮するタイプは厳密には魔法に当たるためジャマーによって制限されるが、それ単体で効果を発揮する、移送用魔晶石やインビジ魔晶石に対しては何ら意味のないガラクタだ。
だから。ナツメにも、できることなんていくらでもあって。

背後から飛びついた兵士の首を折りながら、ナツメはその身体を適当に地面へ放り捨て、次の兵士の心臓を超至近距離から銃で撃ち抜いた。
戦闘は嫌いだけれど、片付けるのは嫌いじゃない。
ナツメの足は綺麗な動線を最短距離で進み、手早く兵士をひとりずつ殺していく。

「(殺すのは、ジャマーの周りの奴らだけでいい。何も難しくない)」

異変にようやく対応しようとした兵士の背後に周り、優しく抱きついて、彼が構えたマシンガンのトリガーに指を添える。

「同士討ち、楽しんで?」

囁いた言葉への返答はなかった。その兵士の身体を機銃にして、周辺の兵士を一網打尽にしていく。それから最後に、抱きついていた兵士の頭を後ろから吹き飛ばす。
十秒にも満たぬ間に、一帯は血の海と化した。

「さて、ジャマーがこの辺りにあるはず……なんだけど……?」

あの、縦長の機械が見当たらない。ジャマーの近くでは魔力が抑圧されて息苦しさが増すため、ジャマーがこの付近にあるのは察知している。なのに、見つからない。内心首を傾げた、その瞬間であった。

地面を揺らす稼働音に気付き、はっと顔を上げる。そしてすぐさま、コンテナの影へ身体を滑りこませた。その後も続く規則的な地響きが、機械の“足音”であることはすぐにわかった。そして同時に、ナツメの思うジャマーの弱点が一つ潰されたことも知る。
百メートル程度の地点を、遠目にもゆっくり進軍している巨大な兵器は、ナツメにも見覚えがあった。尾が大きく花のように開いた四足歩行の動物に似ているが、動き方はまるで亀のようだ。ただし、亀にしては素早すぎるし、飛び跳ねもするけれど。

「(あれは……ダーインスレイヴ?……いや違う、あれはルシ・クンミにしか操作できないという話だったはず)」

それがどうしてここにあるのか、ナツメにはわからない。一つだけ明らかなのは、それがジャマーであるということだ。魔導院を最初に襲ったジャマー、ダーインスレイヴと全く同じ見た目をしている。
0組が破壊したとのことだったのに、どうしていまここにあるのか……ナツメにはわからないが、危険であることだけはよく知っている。

「(……やばいな)」

報告書もナギに言われていくつか目を通していたし、潜入したときに情報を掴みもした。0組からも、実際に交戦した時の話を聞いた。あの0組が、制圧に軍神を要したという。
ナツメが単身挑むには、あまりにも。

「関係ないか、そんなこと」

今更、可能かどうかを論じたって、どうにもならないから。不可能かどうか、今は問題じゃない。
ナツメはバッグに指先を差し入れると、数少ない起爆用魔晶石を全て抜き取った。インビジや移送用の魔晶石と違い、汎用性こそ高くもあるが、威力が低いので使えるシーンが限定的になる魔晶石だ。一方で、爆破しやすいものと、炎上しやすいものがあれば即席に爆薬と化す。ナツメの視線は、自分の近くに小さな缶が幾つか転がっているのを見つける。何も書かれていないその缶の中身が何かだなんて、上についた細い口の形を見れば考えるまでもないことだ。

ナツメはコンテナの影から注意深く周囲を窺うと、血まみれの地面、コンテナに囲まれた中央付近に最初の起爆用魔晶石を置いた。それからインビジが切れていないことを確認しつつ、ジャマーに向かって走りだした。得意分野でないのなら、自分の得意分野に引きずり込むしかない。
コンテナに何が詰まっているって、武器か爆薬か燃料だ。拾った銃の銃口で鍵穴を壊しては、魔晶石を投げ込んでいく。そしてコンテナ同士を繋ぐように缶の中身を地面に撒き、どんどんジャマーへと近づいていった。

あと十メートル程度、そこまで至ったところで、ナツメは即座に踵を返す。これだけ強いジャマーの傍に寄ったことがなかったが、こんなにも息苦しいものだったとは。辟易しながらも、ナツメは転びかけながら来た道を走り戻っていく。指先がぶつかるようにコンテナの鍵穴をなぞる度、ばち、と静電気のような音が走った。
魔法は使えない。魔力も最低限にまで押しとどめられているような感覚がする。けれど、魔法に“浸かって”生きてきたような魔導院の人間は、血にまで魔力が通っている。だから遠隔操作で武器を呼び出せるし、火をつけるまではできなくとも、微弱な魔法エネルギーを示すことぐらいはできる。

ナツメが三つ目のコンテナを横切ったときだった。最初に魔法エネルギーを当てたコンテナが、轟音と共に爆発した。

「おい、何だ!?」

「突然爆発したぞ、……おい、何かおかしい!」

続いて二つ目。ナツメが五つ目を走り越したと同時に、三つ目。地面に撒かれた燃料が導線となって規則的に連鎖して爆発し始めたコンテナに、白虎兵が気づいた。
――気付いてくれなくちゃ、こんなことしている意味がない。
兵士たちが慌てて爆発から身を守ろうとするが、ジャマーは違った。あれだけの装甲だ、爆発なんて怖くもないのだろう。爆発の原因がなんにせよ、連鎖を止めるためには次に爆発するコンテナを潰すしかない。

ジャマーがコンテナの爆風を横からに受けつつも、その先のコンテナに腕に当たる部分を伸ばして叩き潰した、その瞬間であった。ジャマーに乗っている誰か、操縦士は爆発なんかよりもっと大きな異変に気がついた。
黄土色の鮮やかな地面が、燃料以外の色で染められていること。そしてその色の出処は、白い軍服に身を包んだ人間であること。その五人を超える人間たちが、ぐったりと四肢を投げ出し死んでいること。明らかに、付近に攻撃した人間が潜んでいるということ……。

『くそっ……どこだ!どこにいる!?朱め、奇襲とは卑怯なッ……!』

「……くっ」

ナツメはつい、喉の奥を鳴らして笑った。
何が卑怯か。ダブルスタンダードもいいところ。

けれどともかく、これで最後。

ナツメはジャマーの背後辺りにあるコンテナに忍び寄り、また起爆した。そして最後の導線を焼いて、ちょうどジャマーの真下に埋まった魔晶石に繋がっていく。
白虎の機械のほとんどが、燃料や重要な基盤を下半身に埋め込んでいる。ナツメの狙いはそこだけだ。ヴァジュラとかいう兵器と白虎で戦った時も、同じような戦法をとったことを覚えている。自分が手動で起爆したぶん、あの時のほうがもっと正確で簡単で火力も安定していたはずだが、仕方ない。

燃えてくれと祈る気持ちで爆発を待つ。斯くして、必ずしも望んだようには……ならなかった。
小さな爆発音は確かにナツメの耳に届いたけれど、期待するほど大きな音ではなかった。それどころか、必要な威力の十分の一程度も果たせなかったようにナツメは感じ取る。

『……くくくッ!!これが何だ!?この程度の爆破で何か意味があるとでも?装甲が破れるとでも!!?』

あざ笑う声が、一帯に響いた。ナツメはぐっと唇を噛む。うまくいかなかった。次は、次の手は。銃を持って特攻でもしてみる?……装甲が破れるとでも?
ナツメは相手の言葉をなぞって自嘲した。ああ、でも。
得意分野に、引きずり込まないと。

ナツメはコンテナの影を飛び出した。
装甲は破れない。銃では到底。魔法が要る、そのためにはジャマーを壊して、……。

「(堂々巡りだ。何か、何かないか……?魔法の一手がないか?会心の一撃、そのための何か……!!)」

ナツメは、知らない。
スパイ工作なら“受け身”でいい。
場当たり的に暴れて殺して、地面を綺麗にする。むしろ積極的な判断は疑われやすくなるため危険を伴い、いざというときの一瞬の判断力に全てを掛けるのがスパイだ。

でも戦場なら?

魔法の一手が転がってないかと、探し出した時点で、運命は。

『そこかぁ!!』

「ぐっ!!?」

小石を蹴った音が、ジャマーに完全に察知される。ナツメが走る場所目掛けて降り注ぐ、いくつものジャマーの腕。ナツメの身体をみじん切りにしかねないその攻撃を避けるために、ナツメはとっさに最後の起爆用魔晶石を使って身体を吹き飛ばした。
ああこれで魔晶石がもう無い……いや問題はそこじゃない、もう逃れる術がない!!

ナツメは奥歯を食いしばった。こんなところで!こんなところで、己は死ぬのか!?
撃たれても刺されても、焼かれても死ななかったはずの自分が、こんなつまらないところで!クラサメを救うどころか、ただ忘れられるだけの存在に。死んでいった彼らのように、クラサメを置いて……、

「(……ああ、何だ……私は……)」

クラサメを置いていくことも、クラサメに置いて行かれることも……嫌なのか。
引き伸ばされる一瞬の走馬灯の中で、ナツメは笑った。身勝手なんてレベルじゃないなと、自嘲気味に。

そしてその笑みが、ナツメの視界をクリアにした。

結果的に、それが光明。
ナツメの目は確実に、ナツメに迫る途中でジャマーが潰したコンテナの存在を捉えた。コンテナの中身は、武器か弾薬か燃料。そしてそのコンテナの中身は、武器だった。

「(白虎兵のロケットランチャー……!対人ロケット!!)」

ナツメは走る。足が例えば限界だとしても、今は関係なかった。

ナツメはそれに飛びつく。
自分の胴体と変わらないくらいに大きなそれの一つに飛びついて、地面を転がる。
なんとか起き上がる。
ロケットランチャーを、背後のジャマーに向ける。
ジャマーの爪先が降り注ごうとする。
爪が割れるのも構わず安全装置を外す。
大型のトリガーを、全力で引く。
ナツメの身体に爪先がねじ込まれる。
爆発。
爆発。

瞬間にジャマーが爆ぜたことさえも、ナツメには理解できなかった。
勝利は結局、いつも意味を為さないのだ。







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