Act.42-a:In a thunderstorm.






「ええっと、だから、話を纏めるね」

己の頭を整理する意味でも、ナツメはゆっくり順を追って話し始める。
もう盗聴器はないのだから、話す内容を聞かれる心配もない。

「まず、私は五年前の事件は、白虎との小競り合いの結果起きたことだと思ってた。四天王の裏切り者は朱雀から白虎に寝返ったんだって」

「ああ、そうだな。……ほとんど判明していないが、この戦争に至ってしまえばそう考えるのも道理だ」

「でも……もしそうなら。そんなに簡単な話なら、そもそもこんなにあの事件が謎に包まれるわけがなかったんじゃないかな」

白虎に寝返った誰か。それが犯人であろうと考えるのは自然なことだ。でもそうなら、その事実はひた隠しにされるものではないのではないか。むしろ、スパイが入り込んでいる可能性があったわけで、四課だけでなく魔導院一丸で解決しなければならないような問題ではなかったか?

“今にして思えば”の域は出ないとしても、よくよく考えれば引っかかる。

「これを見て」

「……これは、血か?」

「染み?……かもしれない。調べる余裕もないけど」

茶色く変色した紙を渡すと、クラサメは目を細めてじっと視線を滑らせていたが、時折瞳孔が収縮していた。

「……待て。これは……つまり……」

「あの事件を命じたのは四課だったんだわ。あなたたちのファントマを回収するのが目的だったって」

四課は命令書は発行しないが、この書類だけは魔法局への提案が目的だったようだ。だから××××が見つけ出した。
諜報局はガードが固くても、魔法局は違う。ファントマに関する研究はかなりの秘匿事項であろうが、四課に比べれば格段に甘いはずだ。

「なら、裏切り者など……朱雀への反逆者などいなかったということに……!?」

「なっちゃうわね……」

「……そんな、バカなことが」

クラサメは低く呻いた。当然だ。
クラサメがこれまでどれだけ朱雀に尽くしたか。それが候補生としても武官としても最大の任務だと信じていただろう彼がどれだけ朱雀を守ったか。
ナツメだってそうだ。朱雀を守ることはクラサメを守ることだと信じたから。
その結果がこれだ。

仇敵が誰なのか、ナツメにはわからなくなってきている。
もし四天王を半壊させたのが四課だというのなら、その背景には当然魔導院がいる。つまりは、“裏切り者はむしろいま生き残っているクラサメであるということになる”。

「……もちろん、だから四課をぶっ潰そうっていうのは、早計だと思う。でも……四課が関わってるのは、かなりの確率で間違いないはずだわ。実際、あの事件の後始末は四課がしてる」

「これ以外に根拠もないだろう?」

「そうね……でも、反論できる材料もないの。だって、ずっと小競り合いをしてたから単純に白虎の仕業だって思い込んでたけど、その証拠もないんだから……。私が全部思い出せたら良かったけど、いまいち頭がごちゃごちゃしてて」

きっと思い出している。それなのに、その記憶に辿りつけない違和感がぞっとするほど気持ち悪くて、ナツメは静かに歯噛みする。

「だけど、四課が黒幕だとすると、ちょっと納得できないこともあるの」

「……お前と私の生存だな」

「そう」

たったひとつ、それがどうしても理解できないところだ。
この話が真実ならば、クラサメは殺されていなければならないし、ナツメを生かす理由も四課にはないのだ。

クラサメには伝えていないが、実際のところナツメはナギに一度殺されかけている。四課に入りたてのタイミングだ。だがあれは、軍令部が諜報部に入れた人間全員が受ける試験のようなものだと聞いている。興味がなかったので他の連中には本当にそんな試験があるのか尋ねたこともないが、それでも現在生き残っている以上やはりあれは試験だったのだろうと思う。

ナツメは対白虎諜報員で、ほとんど魔導院にいなかった。殺すチャンスはいくらでもあったはずだ。四課が黒幕というのが事実なら、なぜナツメが今も生きているのか説明がつかない。

「……そこが説明できないと、この話も信憑性が足りないのかな……」

でもそれなら、この紙はなんなのだろう。こんな手の込んだ嘘を、××××が最後に残していくだろうか。
この手帳が例えば本物ではない可能性もある。だがそれもやはり目的がわからない。こんな大掛かりな仕掛けをする意味がない。

「ともかく、四課に探りを入れてみる。それと……できたら、事件のあった場所に行ってみたいんだけど……」

「というと、白虎方面か」

「そうなるね。ビッグブリッジよりはこっち側になるのかな……私、自由に動けるはずだし。ちょっと行ってくるよ」

ナツメがそう告げた瞬間、クラサメの眦がぐっとつり上がった。

「お前また単独行動か……!何度言ったらわかるこの阿呆!」

「ひっ!?」

「一人で決めて一人で動くな!いつも惨憺たる結果になるだろうが!?」

「そっ、そんなことない、いつもじゃない……たまにはうまくいく……!」

「言ってて虚しくならんのか!?」

ぐっ、と喉を詰まらせてナツメは項垂れた。否定できない。
ナツメには一人で何もかも決める悪癖がある。それは自分でもわかっているのだが、いかんせん相談する相手もいないことが多いのだ。それがまたナツメを一人にして、と続く悪循環。

「とにかく、私も共に行くから、一人で突っ走るな。行く前に必ず連絡すること。復唱!」

「い、行く前に必ず連絡しますぅぅ……」

「何だその顔は。不満か?不満なのか?」

「顔にまでけちつけないでよー!元々こんな顔だよー……!」

ナツメがそうわめきつつ、クラサメの胸板を叩いた瞬間だった。
クラサメは目を見開き、硬直した。ナツメもまた足に強く力を入れてぴたりと身体を止める。

“臭い”というより、“音”だった。

ガスが漏れるかのような、掠れた音。この部屋でするはずのない、音だ。
その音が何を意味するかぐらい考えるまでもない。本能が警鐘を鳴らす。
個室にいては危ない、可及的速やかに退避するべきだと。

「クラサメっ!」

「早く!!」

見合わせた視線が噛みあう頃には、クラサメがナツメの腕を強く引き部屋の出口へ向かって足を踏み出していた。
空気に混じるガスタイプの兵器は大量殺戮に用いられ、危険性の高さで知られるが、対処は難しくない。逃げるのが難しくないという意味で。
だから焦りはせども、逃げられると信じていた。

ナツメの身体が傾いた。

「ナツメ、」

「に、にげ、くらさ……め……」

床に叩きつけられる直前に、クラサメがナツメを抱きとめる。
そんなことはいいから、逃げてくれ。そう祈るのに、クラサメは絶対にナツメの望みを叶えない。
まるでそれが、彼の望みだとでも言うかのように。

クラサメの身体からも力が抜けていくのを、ナツメははっきりと感じた。
そのことが泣きそうなくらい恐ろしいのに、ナツメはクラサメと共に地面に倒れ伏す。

そして次の瞬間、目の前に靴が見えた。
いるはずのない誰かが、いるはずもないのにそこにいる。ナツメは震える目蓋を叱咤して、必死に上を見た。

「お前さーあ?なんていうか、ちょーっと頭悪いんだよなぁやっぱり」

「あ、い、んぁ、……ぁ……!」

ガリリと爪先が床板を削る。そこに誰がいるか、もうわかっていた。

「もしくは、注意力散漫でクラサメさん以外どうでもいい……あー、これはアタリだよなー?」

「ぎ……ぎ、ぁあ……」

その足先に届いたって、きっとナツメにできることはなにもないのに。

「お前の部屋は俺の部屋の真上だって、何で忘れちまうかねぇ?」

「な……ぎ……!!」

真上から顔を覗き込む、見知った一人の男。
クラサメがぎゅっと、抱いたナツメの腰を更に強く抱き寄せた。危険から一ミリでも遠ざけようとするかのようだった。

「はいはいナギくんが来ましたよっと?なんだよ密談?俺も混ぜろよ水クセェなぁ?なぁなぁ、たった七つの盗聴器をぶっ壊したら話が聞かれてないって?本気で思ったわけ?アホじゃねぇの?部屋が上下左右どっか繋がってりゃ、盗み聞きなんて簡単なんだぜ?」

ナギは床に座り込んで、膝に頬杖をつくと空いた片手でナツメをつついた。まるで死体を触るような手つきが煩わしいのに、身体が動かない。
油断していた。ルシになったって、刺すなり撃つなりすれば死ぬ。毒ガスなんて、まさに理想的。ナツメがとっさに壁を吹き飛ばすなりすれば脱出できたはずだけれども、ナツメの考えはそこにすら至らなかった。

本当に、どうしようもなく、油断していた……。

「ちなみにこれはうちの秘密の毒ガス。人体になぁんの影響もなく意識さえ失わないのに、身体にだけ力が入らなくなる。おもしれぇだろ。ちなみにエスナは効きませんー」

ナツメの手の中でゆっくりと始まっていた詠唱を、ナギは端的に嘲った。悔しくて歯噛みしようとして、それすらできない己に気がついた。鼓動だけがやかましく全身に響いている。
そして、唯一動く目を動かして、クラサメと視線を合わせる。

そしてその瞬間、クラサメの眼の色が変わった。
まだ死ねないとでも言うかのように。

直後。
けたたましい音と共に、クラサメとナツメの周囲に、ブリザガ魔法が展開された。透き通る蒼氷が床板を割り、壁に亀裂を走らせながらもナギに迫る。

しかし、ナギは瞬時に立ち上がり勢い良く後退してそれを避けてしまった。

「……っとと、危ねぇな……!ああもう、クラサメさんはこれだから……!」

ナツメはそれに続こうと、決死の思いで手の中に炎を喚ぶ。
クラサメが諦めないことを、ナツメが諦めるわけにいかない。
けれど。

「ファイ……ガ……!」

「ほんっとに……お前らは手に負えないよ、全く」

ルシが放つ、極致の魔法。それはナギにとって抗い得ぬ被弾となるはずだった。
けれど、ナツメの目の前に何かが落ちてきて、ナツメの詠唱は止んでしまう。

それは、栓のない小さな小瓶だった。床に叩きつけられた小瓶は割れはしなかったものの当然倒れ、気味が悪いほど青い液体が中からこぼれ出てくる。ちょうど、ナツメとクラサメの顔の間に少しずつ広がっていく。
また毒だろうかとナツメが睨むその先で、空気に触れたその液体から細い煙が立ち登り始めた。

「一応それは解毒剤だぜ、信じなくてもいいけど。どうせすぐわかることだ、それまでオハナシしようか。……せっかく、今ここは、魔導院でも数少ない盗聴されてない部屋なんだから」

ナギが椅子を引き寄せ、それに浅く腰掛けてナツメとクラサメを見下ろす。彼の冷め切った静かな目は、じっと遠くを眺めていた。

「いつからなんだろうなぁ、四課が忠義の諜報部だと知られるようになったのは……ナツメには言ったことあるっけか?実は全く違うんだぜ。っていうか、どうにもちぐはぐだよなぁ?どこより忠義に厚く魔導院のためならなんでもする部署、だなんて……誰がどう見たって懲罰部隊だろうがよ」

ナギはそう言って笑った。哄笑が空気を揺らすのを、ナツメは必死に聞いている。

「四課が地下にあるのはなぜだと思います、クラサメさん?それも簡単な問題でね、地下ってのは構造上、上の入り口塞がれるといずれ窒息死すんだよ。一瓶オイルを投げ込んで、ファイガライフルでそれを撃ちぬくだけで、四課はあっさり蒸し焼きにできるんだ。怪しい人間を片っ端から放り込んで、誰かが叛逆に出たらそうやって全滅させちまえばいい。そうやって成り立った組織なんだ、あそこは。笑えるよなぁ」

四課はただの奈落の底。
裏切り者の巣窟。
そんなの、確かにナツメだって知っていた。

ナギは語る。
ある淫蕩女は一族総出でクリスタルに牙を剥くが、能力が有用だから四課にいる。
ある狂人はその精神を売り渡したから四課にいる。
お前だって、四天王と共に魔導院を裏切ったから四課にいる。
もうわかっただろ。裏切り者は、お前らの方なんだって。

ナギの言葉は妙に刺々しいが、ナツメに何かを伝えようとしているような気がして戸惑う。
なぜ今、彼はこんな話をするのだろう?

「手帳?書類?そんなもの、本当に俺たちが発見できないとでも思ってんのか?知ってたんだよ、そんなこと。でも俺が全部そのままにしておいたんだ。お前がいつ気付くのかずーっと見張ってたんだぜ」

「……五年、も?」

回らない呂律を無理やり支えるようにナツメは声をひねり出して問うた。思ったよりまともな声が出たから、確かにナギの投げた瓶は解毒剤だったのだろうと理解する。
ナギはうっそり笑んで、椅子に深く座り直した。

「そう、五年。いつ気付くのかって、俺はお前をずっと見てたんだ」

「どうして、そんな……」

「だって。×××が、俺にそう言ったから」

瞬間、彼の言葉についていけなくなった。
ナギが何を言っているのか。×××の名がなぜ、いま、彼の口から出たのか。
何もわからなくて。

「それだけは覚えてんだよ、俺。あの事件の前後で起きた変化で、その一つだけ……」

ナギは遠い昔に思いを馳せるかのように目を細めたが、すぐにかぶりを振ってナツメを見下ろした。沈痛に見せていた表情は一瞬で、いつもの張り付いた笑みへと変化する。
彼が見せるその仮初が、今は異様に恐ろしい。

「まぁ、それはいいんだ。大事なのは、あの事件のことだよな」

ナツメは己の指先が動くのを理解した。クラサメがぐっと、腰を抱く手の力を強める。

「四課が把握する事の次第はナツメが見つけた書面の通り。大々月比売計画、それは実際計画され現実に実行された。×××の仕事は四天王を殺すこと、ああそれも間違っちゃいないさ。でも、それだけじゃ話は解決しねぇよな?」

「……?」

「だってそうだろ?クラサメさんが生き残ってんのはなんでだ?さっきも話してたみたいだけどな、これが一番大きな謎だよ。四課が黒幕だと理解したなら、“クラサメ・スサヤがまだ生きている理由”を見つけろ。それさえ解れば、この事件の全容がわかるだろうよ」

「それだけ、じゃ、ないわ」

クラサメはゆっくり身体を起こし、それに支えられてナツメもゆっくり身体を起こす。
動けるか。そう耳元で囁くように尋ねたクラサメに、ナツメは肯定の視線をやる。それから、クラサメがナツメを庇うようにしながらナギの間に身体を割りこませ、じっとナギを睨み上げた。

「どうしてこんな話をする。私達はもっと嗅ぎ回るぞ」

「……あんたらってさ、逆説が本当に苦手な。“あんたらに真実を知ってほしいからこんな話をした”、そうは思わねぇの?」

「それなら、何で真実を知らせたい?」

「それは……」

ナギが初めて、言葉に詰まる。言いたくなさそうに視線を左右に揺らした後、「ただ、」と逡巡しながら言葉を吐き出した。
クラサメにではなく。ナツメに向けて。

「×××が、お前を生かした理由を、俺が知りたいんだ」

「……え」

「×××なら、きっとお前を連れてくと思ったんだよ。俺が僅かに覚えてる限りの×××なら。というか、四課で生きてる男なら、連れて行くと思うから」

「なにそれ……意味分かんない」

「因縁は、意外とどこにでもあるんだ。お前が知らないだけでな。……まぁいい、そろそろ動けるだろ。ほれ」

ぽい、とクラサメに向けて投げられたのは赤く透きとおる魔晶石と、手のひら大の革袋の巾着だった。魔晶石は移送用であろうことが魔力の奔流で理解できるが、革袋がわからない。ナツメが手を伸ばして紐を緩めて開いてみると、中には黒い砂のようなものがぎっしり詰まっていた。

「な、なにこれ?」

「死体の灰」

「はぁ!?何でそんなものを……」

「ああもう、一応聖灰なんだから大事に扱えっての……!それは、聖人と呼ばれるほどの強者の灰に、めんどくさい五十三の手順で魔法効果を付与したものだ。それを撒けば、その地に強く残る死人の残滓を映し出すことができる。四課の知られざるお宝の一つだな」

そう言われてみれば、確かに微弱ながら透き通った魔力をその一粒一粒から感じる。しかし、なぜこんなものを……そう思いながらナツメがナギを見上げると、その感情が顔に出ていたのか、ナギは深く深くため息をついた。

「おっまえホントバカな……お前はそりゃルシだからこんなもんなくてもなんでも解っちまうだろうけど、クラサメさんはそうじゃねぇだろ?」

「いやだからそうじゃなくて、なんであんたがそこまで気にしてくれるのかがわかんないんだってば……」

「そりゃ、……あの時のことは、クラサメさんにもちゃんと理解してもらわなきゃ困るんだよ。じゃないと、×××が……×××が連れて行かなかったのは、お前だけじゃない。クラサメさんもだから」

ナギは俯いて、目を伏せた。表情が妙に暗い。
それは落ち込んでいるようにも絶望しているようにも見え、ナツメは驚く。こんなナギの姿は、初めて見たからだ。
ナギは、己が嫌う己を守るように、いついかなるときも冷徹なまでの笑顔を貼り付けていたから。彼が表に出せない壊死した感情を吐露するのを聞くのは、ナツメにとっても初めてだ。
だから、それがナギの心の底からの本心であると、ナツメは信じた。
たとえこれが全て嘘でも、騙されてしまうべきだと、そう信じた。

ナツメは、ただ頷いた。全て了解した、そう示すように。
と、何を理解したか、通じあったかのようにナギもまた首肯した。と思うやいなや、手を差し伸べ魔晶石を作動させてしまう。

「お前らがいないことは誤魔化せないから、出ていいのはせいぜい今夜中がいいとこだ。だから、それまでに全部解決させろな」

「おい!?」

「ちょっ、これどこに繋がって……ッ!!」

魔力の奔流が、クラサメとナツメを包み込む。ここまできてしまったら抗えない、たとえ地中深くに飛ばされるとしても。
最後に見えたのはナギの諦めたような笑みだった。その笑顔はどこか、吹っ切れたようにも見えた。
ナツメとクラサメを真実へたどり着かせるために、危険な橋を渡ろうとしているたった一人の“仲間”に、ナツメは手を伸ばす。
当然のように、しかしその手は届かない。予定調和に吐き気がした。


数瞬の後。
冷たい匂いが鼻をついた。
べたりと膝をついて、ナツメとクラサメは目を見合わせる。立ち上がりながら周囲に警戒の視線をやって、

「……ここがどこかわかる?」

「わからん……夜中だぞ」

「でもこの風は……ああ、うん、白虎が近いね……それに、」

「火薬の臭いがするな」

火薬。それから血。
きっとこれから何ヶ月だって続く、死せる大地の焼けた臭いがしていた。
一方で足元に雪はない。東から吹く熱風も感じない。だからもう、どこにいるかはわかる。

ビッグブリッジのこちら側。
あの事件があった森の、すぐ近くなのだと。

「……行くか」

「うん。ナギがなにをしたいのかはわからないけど、……こんなやり方で飛ばされたんだから、たぶんここは安全」

二人連れ立って、ゆっくり歩き出す。寒い方へ、寒い方へ。
距離は10センチもないのに、触れ合うことはなしに、ただ歩いて行く。

どちらがどちらを置いていくこともない。その程度のことが、いまさら心強かった。







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