Act.3






朱雀はやはり天気がいい。白虎は年中どんよりと曇って、三日に一度は冷たい雨が降る。季節が翳り冬が来れば、更に雪が死体を埋めていく。そして短い夏が来て、溶けた雪が泥水となって凄まじい勢いで全てを消し去っていくのだ。記憶さえ失う世界で、景色が毎年蹂躙される。
それに対して朱雀はそもそも雪がほとんど降らないし、水の月だというのに武官服だけで外に出られる気温だ。空はからりと晴れ、墓地にも穏やかな日差しを落としていた。
黒い四課の武官服は、そんな安穏とした空気に穴を開けるみたいに浮いている気がした。ちくちくと風にまでも攻撃されているような閉塞感がある。9組のマントだけでも同じような感覚をつねづね味わっていたものだが、武官服ともなるとひとしおだった。私は墓地の奥に至り、三つ並んだ墓の前に膝をつき、そっと墓石の泥を払う。

「ただいま……」

墓地は、開戦直後で多くの死者を出した直後だというのに、人がほとんどいない。当たり前である。誰だか覚えていない人間の死を悼むほどの余裕は、開戦直後だからこそむしろ無いだろう。そんなことより明日を生きる方法をみんなで考えている。私もそうだ。明日を生きる方法を……否、明日を脅かされない方法を、探している。

それでも私はここにきた。意味もなく価値もなく、されどひとつ理由があるので、余裕もないのに墓参りにきた。
ここに眠る人のひととなりは知らない。性格もわからない。知っているのはかき集めた経歴の記録だけ。それでも、愛されていたことを、そして愛していたことを覚えている。
それは多分彼が生きているからだろう。同じだけの思いが、この三人との間にもあったはずだって思うから。

「あ、えっと……そう、ナツメ!」

「……?」

後ろからかけられた声にびくりと肩が震えた。反射的に立ち上がり振り返ると、そこに居たのは0組の数名。なぜこんなところに、と思ったが、すぐに魔導院の施設を回っているのだろうと思い至った。これから生活する場所を見て回るのはなんらおかしな行動ではない。

「ここで何してんの?」

「何、って。墓地で一人ピクニックする人なんていると思う?」

私がそう笑うと、歩み寄りながら問いかけてきた猫目の少女は怪訝そうな顔をした。そして彼女の隣に居た青年が口を開く。

「それなら尚更奇妙です。私たちは死者の記憶を失う、にも関わらずあなたは墓参りに来たというのですか?」

「そうよ。奇妙……まぁ、変とはよく言われるけどね。習慣になってて」

私がそう言うと、レムが花のように微笑みそれに賛同した。

「私も、任務のあと、知っていた人が亡くなったときはお墓参りに来るんです。副隊長もですか?」

「ああ……いや、そこまで律儀なことはできないわね。レムは偉いわ」

これは本当に。
さっきも言ったことだが、死んだ人をわざわざ見舞う人間なんてそうはいない。私もしない。面倒くさい。……だからこの子はきっと本当に良い子なんだろうな、と思った。

「んねぇ〜、私たちはナツメの名前知ってるけどぉ、ナツメは私たちのこと知らないよねぇ〜?」

「ああ、俺たちの自己紹介のときは居たけど、すぐに出て行っちゃいましたしね」

マキナがそう言って私を見る。軍令部長に呼ばれててね、と私は苦笑いを返す。時系列的矛盾が発生しているが嘘は言ってない。

「そうでしたね。では簡単に。私がトレイです。弓を主に扱います。弓だからと舐めてかかる人が居ますが、決してそんなことはありません。時と場合によっては銃よりも連発が可能でありさらに狙撃も可能です。今のところの私の記録では最大で800メートルの狙撃に成功したことがあり……」

「こいつ一旦喋り出すと超ウザいから覚えといて。そんで、この子はシンク。アタシたちの中でも一番の不思議ちゃん」

「よぉーろぉーしっくねー」

間延びした声で、後ろで長い髪を三つ編みにした少女が言う。
そして猫目の彼女が紹介を続ける。
彼女と一緒にクラサメに掴みかかった童顔の少年がエース。
投げ飛ばされた青年がナイン。
ナインを諌めた黒髪の少女がクイーン。
大人しい笛使いがデュースで、怖い目の銀髪がサイス、落ち着いた面倒見の良いセブン。
普段は静かな格闘家のエイト、楽天家のジャック、二丁拳銃を扱うキング。

「んで、アタシはケイト。魔法銃を使うよ」

「魔法銃?優秀なのね」

私が驚いたように言うと、彼女はへへんと笑い、そして直後に思い出したように表情を固くした。
どうしたのかと思ったら、突然私に詰め寄ってきて肩を掴まれる。

「クラサメ、っていうあの隊長は何なの!?」

「え、何なの、って……何が」

「あんなに簡単にいなされたのは初めてなの!有り得ないって、あんなの……!」

彼女は悔しそうに地団駄を踏む。ああ、この子たちはかなり強いんだったっけ。あんな手も足も出ない相手は初めてだったから悔しい、と。
正直その発想がなかった。クラサメに敵わないのなんて普通のことであり、世間一般の常識であり、この世の真理である。悔しいものなのか。私は感心のため息をついた。

「ナインが投げられたのなんて初めて見たよねぇー、ナインは脳筋だから超重い筈なのにー」

「そうですね、それにその後の攻撃もかなりの素早さでした。ケイトが銃を撃つよりも早く反応するなんて、私たちでもできるかどうか……」

「え、そんなことになってたの?ナイン投げられたんだぁ……、だからあんなにすごい音がしてたんだね」

「俺たちは外でずっと立ち往生してたもんな。レムがすごいびっくりしてて、大丈夫かなどうしたのかなって一人でてんぱって慌ててたんだよ」

マキナがそう言って忍び笑いを漏らすと、隣にいたレムが「マキナー!」と頬を赤らめて怒った。
この子たちはもしかして0組に来る前から知り合いなのかな。かなり仲が良いようだ。……ナギに、頼んでおいてよかった。

「まあ、経験の差でしょう。あと十年鍛錬を詰めばあれくらい強くなれるんじゃない?」

あの人だって、最初から強かったわけじゃない。たぶん。わからないけど。
まあ十年前だってかなり強かったけど……それだって、私の尺度だって変化しているから、下手なことは言えないし。

「十年……!むりむりーぃ、三ヶ月くらいでなんとかならないのぉ?」

「はは、……そうねぇ……まぁ努力しなさい」

あまりに真剣な表情。真面目に言っていることがわかり、それ以外に返し方がわからなかった。不遜。笑止千万。が、この子たちの実力がわからないからなあ。噂が本当なら、十年もいらずにあの人の域に行ってしまうのかもしれない。

「勝てない人に勝つには鍛錬しかないでしょ?期待してるよ」

私がそう言って笑うと、ケイトが猫目を大きく見開いて頷いた。それを視認すると、私は墓地を出ることにした。彼らにこの場は譲ろうと思ったからだった。知り合いが後ろで騒ぐ中、墓参りなんてできないというのもあるが。
墓地の入口に向かう私の背中に「ずぇーったいあの男をけちょんけちょんにしてやるから!」という声がかかり、私は苦笑する。

大変ね、全く……初日からこんなに敵視されちゃって。まあ自業自得というかあの、彼がやりすぎたってのもあるんだけど。




0組と別れ、大してやることのない私は、クリスタリウムに来ていた。どうせ暇なら本でも読むか、カヅサにでも挨拶しておくとかしておこうと思ったのだ。あとは引っ越しの算段を立てておくとか……これは一人ではできないので保留。後でナギかだれかが手伝ってくれるだろう、たぶん。ほとんど私物はないけれど、それでも新しい部屋に入るときは面倒なものだ。

「……本当に面倒」

……断っちゃ、だめだろうか。このまま9組にいられるなら、その方がいいのだけど。思いはすれど不可能なのはわかっていた。武官として生活しているのに9組に居たらあからさま過ぎる。四課でも正式に武官になれば、9組は出るのだ。
考え事をしながら歩き、気がつけばカヅサの研究室の前に来てしまっていた。ああもう、ここまで来たなら寄っておこうか。そう思って、本棚をスライドさせようと手を伸ばした時だった。

『……で、ナツメちゃんが副隊長、ねえ……。軍令部長も何考えてるんだかって感じだね』

「!」

中から声が聞こえて私はその場に硬直する。カヅサの声だ。奴は変た……変人だが、独り言というわけではないだろう。
ということは、まさか……、

『軍令部長が嫌がらせしたいにせよ、何にせよ……、結局それには逆らえない』

『君もナツメちゃんも、自分で自分を追い込んじゃって。マゾ気質でもあるの?……ごめんなさい怖いやめてしまって、剣はしまって!』

『いい加減にしろ』

『わかってるって。冗談通じないんだからなぁ……。ナツメちゃん元気だった?僕まだ会ってないんだよね。半年振りくらいかな』

『……私は五年振りだ』

『あらー……、まあ、いつもまたすぐ任務に行ってたし、あのー……クラサメ君のこと避けてたもんね!もうめんどくさいからはっきり言っちゃお、うん。っていうか君も若干避けてたしね』

「……」

何この、血の気の下がる会話。聞いちゃいけない、聞いちゃいけない。そう思うのに足が動かない。そのままでは、会話は耳に届く。

『それで?……まだ、怒ってるのかい?』

『何のことだ』

『とぼけちゃって。彼女のことを、まだ許さない?それとも、許せない?』

『…………それは、』

……だめだ。
これ以上は、無理だ。聞いてはいけない、のではない。聞いたら確実に打ちのめされる。クラサメの返事が、どちらであろうと。私は震える足で後ずさる。そして眩暈のする頭を抑えてクリスタリウムの出口へ早足で進む。
扉をくぐり抜けた瞬間、足から力が抜けそうになる。それでも、なんとか前へ前へ。
聞きたくなかった。
どちらも、聞きたくなかった。

許されたい。こんなのもう終わりにしたい。

許されたくない。許されたって終わらない。

相反する自己への嫌悪。彼がどちらを選んでも、苦しくなるばかりで。それがわかっている私はどうしたらいい。どうしたらいい?
ぐるぐると回る頭。終わらない眩暈。胃がぎゅっと締まる。なんて情けない。9組の寮へたどり着いた頃には、胃の痛みで意識すら朦朧としていた。
自室へ続くドアを潜り、ベッドに倒れ込む。マットレスしかない硬いその場所で、丸くなる。頭が痛い。吐き気がする。

「……おーい?ナツメ?」

「……んのやろ」

閉じていた目蓋を開けると、ナギが上から覗きこんでいるのに気が付いた。他人の、それも仮にも女の部屋に無断で入ってくるんじゃない。そう文句をつけると、「だって鍵空いてたし」とのたまう。そういう問題ではない。

「っていうか、引っ越ししねぇと。手伝いに来てやったんだぞー」

「……ああ、そういえば」

「忘れてたろお前。……ったく、大丈夫かよ」

顔色悪いぞ、と続けられた言葉に片眉を上げ、私は起き上がる。顔色も悪かろう、具合悪いもの。

「いいわ、大丈夫。……それじゃ、手伝ってもらおうかな」

「これ、向こうの部屋の鍵な。一応合鍵もあるけどどうする?俺が持っておこうか?」

「いや、意味わからないし」

そう言って鍵を二つとも受け取ると、ナギは「ああー」と残念そうな声を漏らした。

「……まぁいいか、ピッキングで入れるし」

「本当に意味がわからないんだけど!?入らないでよ!?」

何がしたいのやら、妙なことを散々口走るナギに荷物の詰まったそこそこ重たいバッグを投げた。数日前まで潜入していて、戻ったのが昨日。荷解きなんてする暇は無かったのだから、当然そこに貴重品その他諸々全て詰まっている。

「……全財産だと思うと羽根のように軽いなー」

「全財産じゃないわよ。一応まだあるの」

私はクロゼットに近づいて、木製の小さな扉を横に開き、その奥から決して大きくはない木箱を持ち上げる。遺品箱だ。魔導院の候補生は、誰もが遺しておきたい何かをこれに詰める。死んでタグの回収された生徒の部屋は一切合財が処分されるが、この箱だけは遺族や友人に手渡される。

「お前、遺品なんてあったのか?」

「私のじゃない。……いや、箱は私のだけど、中身は違うわ」

これは、受け取った遺品だ。死後に遺したいものなんてないけど、これだけは別。
何があっても失ってはいけないという、自分でも根拠のわからない絶対の約束だ。

「なぁ。体調悪いんなら、無理すんなよ。お前すぐぶっ壊れんだから」

「人を三世代前の機械みたいに言わないでくれない?」

「冗談で言ってんじゃねぇんだよ。……0組の副隊長なんて、引き受けるべきじゃなかったんだ」

「何言ってんの、選択肢なんてないのに」

「それでもだ。……俺はさ、どうしたってお前以外の誰の味方にもなれねぇからさ。お前が必要以上に傷つくんなら、それは避けた方がいいと思うんだよ」

お優しいことで、ナギはまるでまっとうな友人みたいなことを言う。なんだかおかしい。
でもきっと、ナギは事実そう思っているのだろう。そういうやつだ。

私は肩を竦め、部屋の外に足を踏み出す。まだ微かな目眩がするが、体調不良には慣れている。
無人の9組の教室を抜け、ホールを突っ切り武官寮へ続く階段を登る。そういえば、ナギは候補生身分のままで武官としての扱いを受けているわけだが、誰も疑問には思わないのだろうか。これで一番の古株で来歴は見事なまでに真っ黒なもので、武官扱いされてようといなかろうといまさら四課とは無関係ですなんて言っても無駄だが。

部屋に辿り着く寸前、私は一瞬だけ立ち止まった。気付いてしまったからだ。

「……ナギィ」

「……んっ?」

「さっきの言葉に嘘偽りは無いかコラ」

「まぁ……なんていうか、誤解が生まれるってことは往々にしてあるわけで」

何が誤解か。
クラサメの部屋の斜め前だなんて、意味がわからない。部屋割りに悪意を感じる。

「せめて事前に教えてくれるとか可能だったじゃない……!」

「さ、さ、サプラーイズ……みたいな」

「この箱の角で!一通りのやり方で!殺すわよ!?」

信じられない。あんな友人みたいなことを言った直後でこの裏切り方はどういうことだ。
怒りと一抹の呆れを感じつつ、それでも仕方がないので鍵を開ける。がらんとした暗い部屋、蝋にファイアで火を灯し木箱をテーブルに置いてカーテンを開けた。埃が舞い上がったので、ついでに窓も開ける。下は海がすぐ近い。前の部屋よりは広くなった。荷物が無いので広ければ広いほど寒々しいのが玉に瑕。
振り返ってナギに、ドアの鍵を閉めるように示した。

「さて。それじゃナギ。この数十分でどれくらい優しさを見せてくれたのか、教えてくれない?」

「お前、俺使いがとことん荒いよなぁ」

「あれぇ?ナギって私にちょっと大きな借りがなかったっけ?即ち現在過去未来は私のお陰、っていう」

「ああもうはいわかりましたよ!……つっても、別に大したことはわかってねぇぞ?」

ナギはそう前置きしながら、私のバッグをやはりマットレスだけのベッドに投げた。こら、一応貴重品だと言っているだろうに。

「まずレム・トキミヤ。絵に描いたような優等生だ。座学だけでもかなり成績優秀、魔力の伸びから見ても将来的には4組ぐらいちょろかったろうな。特に、魔力の総量が安定してる。お前とは違う回復特化だな。……ま、総量を増やすのが一番難儀するところで、そこをクリアしてんだからどうとでもなる。良い生徒だ。んで、マキナ・クナギリ。こっちも超優秀。本人が転科希望出さないから2組だったが、ちょちょいと1組にくらい入れたはずだぜ。そんくらい有能だった。そんでー……」

「……ねぇちょっと、まさかそんな簡単なプロフィールを調べてほしいってお願いだったと思うの?」

「話は最後まできーくー!……マキナだけどなぁ、唯一の家族だったらしい兄貴がつい昨日亡くなってんだよ」

「……ん?」

亡くなっている。……それも、昨日って……つまり。

「そう。軍の一兵卒だったらしい。イザナって名前だったみてえだな。昨日、魔導院下の街で戦闘で死んでる」

「それはお気の毒、だけど……そんなやついくらでもいるでしょう。特徴ではないわ」

なんせ開戦したのだ。魔導院で死んだ人間はそう多くないだろうが、それこそ白虎の進撃に際し通り道となった街は焼け野原になったわけで、死人なんていくらでも。そう言うと、ナギは「でも奇妙なんだ」と片眉を上げた。

「さっきも言ったろ。イザナとやらは一兵卒なんだ。そりゃもう凡庸な兵士だった。昨日の戦闘、最初に表に出たのは軍の精鋭ばっかりだった。一兵卒は市民の撤退の支援を行ってた。なのにこのイザナ、なぜか0組への伝令に命じられてる」

「え……」

「何があったのかはわからねえ。裏に何かあるのかさえな。実際は、ただ偶然居合わせただけなのかも。でも、違和感を感じるには十分だ。それから、この二人……マキナとレムだけど、揃って出身は白虎付近のとある小さな村。モルボル変異種の疫病が原因で大虐殺の起きた村だ。二人は唯一の生き残りらしい。この情報は一応隠されてた。……ああ、あとそれから、この二人はどうやら幼なじみらしくてな、」

家族も友人も何もかもを失った今となっては、互いが家族であり親友であり、もしかしたら男女の仲かもしんねぇなぁ。
ナギのその言葉は、どこか虚空に溶けるみたいに実体なく落ちてきた。なんだか、気持ちが悪い。

何もかも失って、たったひとりしかもう世界の構成要素がないって、そういう状況を私は知っているから。

「……まさかとは思うけど、軍令部長がそこまで考えてる、とか……」

「そこまで賢いお方じゃねーし、軍令部長がねちねち嫌がらせするほどお前大物じゃねぇから大丈夫だろ。でもまぁ、無意識に誰もが不幸になる方向を選んでるところは流石だが」

「全くだわ。何も考えてないのなら、なんて悪運の強さ?」

似ている。
境遇そのものはまるで違う。生まれ育った環境も、決して似通ってなどいない。それなのに、状況がそっくりだ。お互いしかいないという環境。
残された唯一の家族であり、あるいは……恋人と呼んでも、差し支えないかもしれなくて。なんだか嫌な予感がする。
五年前の私たちに、彼ら二人はどこか似ている。

「とりあえず、四課の任務は放っておいたとしても。この二人には注意を払った方がいいかもしんねぇな。……もし、万が一、本当にどっちかがお前そっくりな起爆剤だったら、最悪のタイミングで戦争を巻き込んで爆発するぞ」

戦争に巻き込まれて、ではない。
戦争を巻き込む。かつて己がそういう立場に身を落したのと同じように、酷い事態が待っている。ただしあの時とは違う。

自分は4組のちっぽけな一人の候補生であり、ただの少女だった。その存在に何ら価値などなかった。
が、二人は今0組にいて、これから戦争の渦中に必ず立つことになる。爆発は、中心で起きた方が多くを巻き込むものだって、そんなの誰にだってわかっている。

「だとしても……私に言えることは何もないじゃない……」

「ああその通りだ。偉そうなことは言えねえな」

「私は結局、見ていることしかできないし、しないわよ。だって無意味だし、私の問題じゃないから」

冷酷な言葉を呟く。それでも自分はそう言わなければならないのだ。だって、自分もそうだったから。かつて絶望の淵に立った時、しかも自分より深みに大切な人がいると知った時、誰かに口を出されたくなどなかった。助けてくれないのなら何をしても放っておいて。今からどんな道を歩もうとも、黙っていて。そういう態度を貫き、結果こういうことになった……。

「なぁ、お前さ。あの選択を後悔してるか。誰も彼も幸せにはならなかった、……あの選択を後悔しているか」

「……あの日を?」

冷たい風が流れこんでは頬を打つ。ナギの問いが頭の中をぐるぐると回り続けていた。
後悔。……後悔、か。

「するわけがない。私はこんなに救われているのに」

どこかで間違ったことだけはわかっていた。けれど、それがどの地点か定かではないのだ。その上で、自分は望んだ通りに生きている。
この場所に立って、そしてこのテーブルに座ってしまった。この盤でこの手札で勝ち抜けするしか、私にはもとより道がない。選んだのは自分だ。


私は無意識に溜息をついて、ベッドのマットレスを横から蹴り叩く。埃が立って、窓から吹き込む風が目の前でさらっていった。

「ともかく、この部屋をはやいところ生活できる部屋にしないとねえ……」

「お前どこでも寝れんだろ?」

「そういう問題じゃない」

とりあえず、布団を用意するところからである。私は苦笑し、マットレスをもう一度叩いた。日が暮れるまでに、片付くといいのだが。







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