Act.21-their way.






――俺ってば本当苦労人。
ナギは自分をそう評価する。だってどれだけの人間の人生が自分一人の肩に乗っかってるって、あなた。

ナギはもうずっと前から四課にいる。だからこの年齢にして、すでに四課では一番の古株だ。そのため候補生の制服を身にまといながら、現場指揮も執る武官の立場にある。
普段は内務調査部を専門に行い、朱雀内の不穏分子を消すのが仕事だ。それはつまり、魔導院内の平穏を保たねばならないという意味でもあって、だから。
0組からようやっと連絡がきた朝のこと、軍令部を出た瞬間の、彼を捕まえた。

「どーも。ちょいと話があるんですがね」

「……何だ」

ひどく辟易とした、嫌悪の浮かぶ表情を向けてくるクラサメという男に、ナギは早くも浮かべた愛想笑いが引き攣るのを感じたが、ここは我慢だ。今耐えねば。
ナギは、つい先程知ったばかりの情報を彼に伝えなければならなかった。そしてそれと同時に頭をよぎった最悪の想定に関しても。飛空艇発着所へ向かうらしい彼の後ろを歩き、ナギは勝手に喋り始める。

「ちょっとご報告したいことがあってね。そんなに邪険にすることないでしょうに、寝とったわけでなし」

「……」

「や、やだなー、ほんの冗談ですっての……。ま、まぁとにかく聞いてくださいよ。……今回、0組に女王暗殺の容疑がかかったことについてです」

軽い冗談だったはずなのに全身を一撃で粉砕されそうな視線で睨みつけられ、背筋が縮み上がる思いがした。一瞬本気で殺されるのではと錯覚する。
ともあれナギが0組の事について口にすると、クラサメは歩きながらついと視線を逸らし吐き捨てるように「まさか」と口を開いた。

「諜報部までもが、軍令部と同じ考えなのではあるまいな」

「はっはァまっさかー。0組を助けに戻るべきだっていうあんたの要求に軍令部が渋ってたの、裏から動かしたの誰だと思ってんですか。……四課と魔法局だけですからね。現状、0組の味方なの」

「ならば何の用だ。今は忙しい」

「んでも、あんたがナツメを迎えに行く前に伝えとかなきゃならないかと思ってさ」

それまで振り返って睨みつけられたりはしつつも止まらなかった足が、初めて止まった。完全に静止し、全身でもって振り返る。確かに用事があるということを理解してくれたらしい。
ようやく聞く気になってくれたクラサメの、薄緑色の目をナギはじっと見た。

「あの一件について、軍令部長を始めとする四席は0組に責任があると考えるはずだ。だがそれはおそらくドクターが許さない」

「……」

「その場合、責任の行き先は二つしかねぇ。ナツメかあんただ」

「それで。何が言いたい」

「諜報部はあんたとナツメを天秤に掛けてる。どっちがより、この後においても“利用価値”が高いか。……そして現状、ナツメに意見が偏ってる。堅実に仕事をするし、生還率が高いからだ」

「……そうか」

クラサメはそれを聞いて、なぜか少しだけ笑った。それはとてもめずらしいことで、ナギは驚きに目を瞠る。

「……えっ?なに、何笑って……」

「あいつは、大事にされてるんだな」

「い、いや、まぁ多少は……いやそうでもねぇけど……まぁ、ちょっとだけ……」

「それならまぁ、少しは安心だ」

ナギは戸惑った。そしてそれ以上に、安堵した。
クラサメはとても冷静だ。自分に“停戦の破棄”なんて大事の責任が振りかかると知っても、ナツメが守られるのならと笑ってみせた。予想してはいたが、ナツメもクラサメも。全くもって。この二人はいつだってこうで、だからナギはどうしても二人の前に道を用意してしまうのだ。なりふり構わない生き方に苛立つ反面、ときどきとても潔くて見捨てられない。

「……そんなわけで。あなたにどこまでの命令が下るかは、わかんねぇけど。それを知ったら、あいつは絶対、狂うだろう。もう落ちる場所がないのに、あいつは暴れるだろう。そうなったら面倒だ。だから……提案しにきたんだ」

「あいつを守るために?」

「ああ。俺があいつをなんとかして数日隔離する。その間に、あなたに沙汰が下るようには調整する。そんで、可能ならすべてが終わるまであいつは閉じ込めておくつもりだ」

「ならば……しばらく副隊長は不在になるな」

「それだけ認識しといてくれ。ただそれだけで……あいつは守れる」

俺ってば本当苦労人。ナギはまた内心で思った。
ナツメを守りたいし、本当はできるならこの男だって守りたい。どちらも貴重な戦力であり、0組には必要だ。けれど、両方は選べない。

「あなたって人は、自分の悲劇は淡々と受け止めるんですね。その割に大暴れしますけど」

「まだ五年も前の話をするか。あれは諜報部が悪い、情報を秘匿するから」

「第一級機密なんだからそら隠すっての……あの時はナツメのためにあんなに暴れたくせに、今回はしれっとしたもんですねぇ」

「別に死ぬと決まったわけでもない。どんな命令が下るとしてもな」

そうは言っても、何をさせられるか。良くて左遷、悪ければ……出撃だ。戦場に出れば、魔導院でも指折りの精鋭で知られるクラサメだから、きっと大きな戦果を上げるだろう。けれど、生きて帰るかどうかは誰にもわからない。一度戦場に出れば、どうなるのかは誰にも。
前にクイーンがため息とともに言っていた。戦場では生き残る理由より死ぬ理由のほうがずっと多いのだと。だから、死ぬ理由を一つずつ潰していかなければならないのだと。ナギもそう思う。そして、こうも思う。
“死ぬ理由”は、絶対にゼロにはならない。だからどんなに強くなったって、どんなに有利な戦場でだって、必ず味方は死んでいく。そして自分がその誰かにならない保障はどこにもなくて、大切な仲間にだって同じことが言える。
それが懲罰を意図した出撃であるのなら、尚更。

ナギは視線を上げ、飛空艇発着所の飛空艇を見つめた。0組を迎えに行くために、クラサメを待っている。

「んじゃ、0組とナツメ、助けてやってくれや」

「お前に頼まれることではない」

「あれっ、今ちょっといい感じに仲良いっぽかったのになんで突然険悪ムード?なんでキレてんですか?」

「うるさい、やかましい、どこか行け」

「わーなんかもう俺こういう扱いがデフォルトになってきちゃったなー……」

少しばかり虚しい気持ちになったが、こればかりはもう仕方ない。ナツメのせいである。

ナギは噴水前を過ぎたところでクラサメと別れ、踵を返す。背後で上がる飛空艇の稼動音に振り返り、飛び立つ艇を見送った。
そして彼らの無事を願う。

「0組が……ナツメが、無事でないと」

ナギはとても困る。困ってしまう。
ナギにとって、大切なものだから。ナツメも0組も。いてくれないと、とても困る。
だからナギは、ナツメがもっとも倦厭するやり方でナツメと0組を守ることにした。

ナツメがなんと言おうと、何をおいてもナギは必ず望みを叶える。それが、四課のやり方であった。








魔晶石を作り始めて、数日が経過した。
というのは、ナツメがそう生活していたサイクルの上で数えたことであって、厳密に何日間かはナツメにはわからなかった。が、構わなかった。窓も時計もないのだから、気にするだけ無駄なのだ。

「……神経狂うっつうの……」

体のあちこちがきしきしと悲鳴を上げている。地下にとどまるのはこれだから嫌なのだ。体の調子がおかしくなる。狭い空間と気圧が重くなることから自律神経に異常をきたすわけだが、ナツメの知る限り地上に戻る以外に治療法はない。あるいは相当時間をかけて体が順応するのを待つか。

「……いや何年かかるのかと」

体がこの押しつぶされるような沈黙に慣れてしまうまでに。ナツメはひとり、苦笑した。

魔晶石を拾い上げ、魔力を流し込む。炎の赤がうずまいて、中に熱が閉じ込められる。
それをぼんやり眺めていると、不意に人の気配を感じた。足音、呼吸音、いろんなものが合わさってナツメに気配を気取らせる。

「ん……?」

振り返る先で、ドアがゆっくりと微かに開いた。そして、ひょっこり顔を出し、こちらを覗きこんだ顔は縦に巻かれた対の巻き毛に彩られていた。

「し、シンク?なんで……」

「ナツメっちいたぁー!あうっ」

「騒ぐなって言ってんだろバカ!」

「い、痛い〜……」

「サイスもうるさいっての」

シンクの更に後ろから、サイスとケイトまでもが顔を出した。シンクとケイトまでならばまだ予想の範囲内だったのだが、サイスもだなんて珍しいので戸惑う。戸惑いが顔に出たのか、サイスが舌打ちをした。

「なんだか珍しい取り合わせね?」

「だーってサイスが来たいって言うんだもん〜」

「ばっ、何言ってんだ!来たいなんて言ってねぇだろ!!」

「えー、一人でこそこそしてたからさーあ、そういうことかなーって思ったんだもん」

推察するに、サイスが己を探そうとしていて、それをシンクが見咎め、最終的に三人になってここにやってきたということだろう。……いやよくわからない。推察できない。
と、ケイトが「いいからもうっ、早く入りなさいよ!」と急かして後ろからシンクとサイスを部屋に押しこめ、自分も入り込んで後ろ手にドアを閉めた。

「っはー……よかった、見つかんなかった」

「何?……許可もなくこんなところに入ってきたの!?」

「そーよ。っていうか、一体だれが許可くれるっていうのさ」

「……誰も出さないわね、どう考えても」

「でしょ?だから、自力であんたを探しに来たの」

ケイトは肩を怒らせナツメを見た。じっと睨み上げる猫目が、ナツメの目を丸くさせた。
聞けば、ナツメが懲罰房に入れられたと聞いて、0組は軍令部に抗議したのだという。が、まるで梨の礫で反応がなく、軍令部長に詰め寄ると明らかにたじろぎ困惑が見て取れたので、不審に思って懲罰房をひとつひとつ見て回ったのだとか。

「最初はいっこずつサイスが鍵を開けたんだけどぉ、時間がかかるからって結局キングとエイトとナインで一発ずつぶち当てたの〜」

「そんで全員で探しまわった」

「んでも、ナツメが見つからなくてねー。何だ懲罰房にいないじゃんってことで、今0組で魔導院中探しまわってるわけ。アタシとサイスの考えてることが偶然一緒だったんで、四課の入り口で出くわしたってワケ」

「……そう、ごめんね、ありがとう……」

もうそう言うしかなくて、ナツメは額に両手を押し当てうなだれた。つまり今、数十ある懲罰房のドアはすべてが蝶番だけでぷらぷら揺れているか、あるいはもう完全に吹き飛んでいるかのどちらかということだ。どうしてそうなった。
それでも同時に、探してもらえたのは嬉しい。四課に堕ちた時でさえ、そんなふうに心配されたことはないから。

そう思って、そんな自分に気づいて、内心舌打ちとともに毒づいた。何を言っているんだか。ナツメは己が四課に堕ちたことなど誰も知らずに済むように無理やり手を回したのだ。子供だったから。今でも、みすぼらしい子供だから。
心配されなければ悲しくて、助けてもらえなければ苦しいからだ。心配されても応えられなくて、助けてもらえなかったら辛くなるから。結局、どう転んだって追い詰められるだけだ。四課というのはそういう場所だった。

「……ナツメ〜?どうかしたのぉ?」

「んっ?あ、え、ああ……大丈夫よ、ごめんねぼーっとしちゃって。ずっとここにいるとなんだか平衡感覚が狂うから。……さて、じゃあ誰にも見つからないうちに戻りなさい。何があるかわからないんだから」

「ちょちょちょ、待ってってば。何も顔見るためだけにここまで来たわけじゃないっての」

「あたしらはそこまで暇じゃない」

ケイトとサイスが揃ってため息をつき、こちらを見つめてから一瞬視線を交錯させた。まるでどちらが口火を切るか、視線で会話するかのようだった。
と、その二人の後ろからにゅっとシンクが手を伸ばした。

「あのねぇー、クラサメの出撃が決まっちゃったのー」

「……、え?」

「それでねぇー、懲罰房にいたらナツメは知らないのかもーって思って、みんなで探してたんだぁ」

あ、マキナんは別ねぇ、なんかどこにもいないんだーとシンクはへにゃりと笑った。一瞬言葉の意味がわからなくて、ナツメは硬直した。
今。今、彼女は……なんと言った?

「どうやら、ルシの支援で出撃させられるって聞いたよ。あたしらも又聞きだから、詳細はつかめてねぇけど」

「それで、懲罰房探しまわったけどいなかったから。じゃあ四課かなって思って、忍び込んだんだ」

くらりと視界が揺れ、ナツメは辛うじて後ろの机に手をついた。頭が一瞬だけ、強く痛んだ。
ケイトが支えようとしてくれたが、必要ないと断る。必要なかったからだ。

妙に心が穏やかだった。どこか、すとんと落ちるような心地であった。
不思議だった。いつもなら、もう怒り狂っているところなのに。どこか冷静な自分がいた。ナツメは顔を上げ、うっすらと微笑みさえ浮かべて問う。

「なんで教えにきてくれたの?こんな危険を犯してまで。見つかったら、大変なことになるのに」

「だって知りたいでしょー?わたしだって、0組のだれかの異変は知りたいもん。ナツメだって、知りたいかなって」

シンクがのほほんと伝え、隣のサイスは鼻を鳴らす。

「別に。あんたが知らされずにいるのは、道理に合わないと思っただけだよ」

「まぁこれを聞いて、ナツメがどうするのかは、アタシらにはわかんないけど。でも、黙っていられないでしょう?」

ナツメは彼女らに感謝した。その通りだ。ナツメは黙っていられない。ナツメが何より忌避する事態だ。

「ええ。……出撃なんて話が今更クラサメに降るはずがない。たぶん、ただの出撃じゃないはずよ。……なんとかしてみるわ」

「なんとか、って。でも命令は変えられないでしょ?」

「ええ。命令はね。……でも私、望みを叶えるのは得意だから」

事態を動かすのがナツメは何より得意だから。ナツメはなりふり構わないから。どんな方法でだって、思う通りにしてみせるから。
さあ、誰を殺せばいいか考えよう。誰を供犠にすれば彼を忘れないで済むか考えよう。ナツメの幸せを守るために、できることはなんだろう。
ナツメは微笑んだ。そして自分が思いの外冷静であることに気づいて驚く。頭のどこかで冷静な自分が目を見開いて、静かに算段を立て始める。さあ、誰を殺そうか。
ナツメなりの、四課のやり方で。

「ありがとうね。すぐ地上に戻るわね」と伝えて、ナツメはとりあえず彼女たちを返すことにした。一緒に出て行けば見つかったとき彼らが困ってしまうので、ナツメには会えなかったことにして静かに出て行くように伝える。見つかったとしても、ナツメにさえ接触していないという態度でいれば0組を問題視する四課はいない。彼らに泥のはねることがあってはならない。
ナツメは制作したいくつもの魔晶石を持てるだけ手にとった。手の中にはほんのりと、俄に炎の熱が伝わってくる。

強い、強い子どもたちだ。ナツメが候補生であった頃より、ずっと。守るべきものも守りたいものも道理もよくわかっていて、その上で武器を取れる稀有な人間だと思う。自分がなんのために生きているのかを、彼らはよく知っている。あのときに至ってようやくそれを理解した、愚かな雌ガキであった己とは比べるべくもない。
そう。あのとき、ナツメはようやく理解したのだ。自分が生まれた意味を、ここにやってきた理由を。
すべてはあの日のためで、今日のためである。

靴音がする。更に下層、地下から登ってくる音。靴音の主を、ナツメは知っている。
だからナツメは振り返った。









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