Act.20







気候が落ち着くと、飛空艇内も少しずつ涼しくなっていった。ナツメの呼吸が元に戻ると、無理をするなとさんざん言い含めてクラサメはナツメを0組の元へ戻した。狭い部屋に閉じこもるよりは、通風口の近くのほうが回復が早いと考えたからだった。
顔色はまだ元に戻らないながらも愛想笑いくらいは浮かべられるようになったナツメを見て、0組の数名は安心したように胸をなでおろした。それを見て、ナツメはどうにも申し訳なくなってきてしまう。指導するべき武官でありながら、ひどい体たらくであった。

「……まぁ私に指導できることなんて、無いけど」

本当にひとかけらも存在しないけれど、それでも情けない。クラサメがするようにしなければと気負っていたぶん、余計に。

そんなことで悶々としているうちに、魔導院についたらしい飛空艇は高度を落としていく。下降が終わると、自動でタラップが降り、0組が次々に外へ出て行った。ナツメもまた、クラサメのあとについてタラップを降りる。空は晴れていて、ついさっきまで熱気の中で動けずにいたのが嘘のような静けさだった。
クラサメは0組に向き直ると、「報告書は通常通り提出しろ」とどこか叩きつけるように言った。と、それに苛立ちを覚えたのか、ケイトが肩を怒らせた。

「それだけしかあんた言うことないの!?こっちがどんだけ大変だったかっ……!」

「待て」

しかしケイトをエイトが制止し、エースが一歩前に出た。

「ひとつ教えてくれ。なぜ、こちらの連絡に応えなかったんだ?」

「連絡は来ていない。こちらからの連絡もすべて通じなかった」

「んなわけねぇだろコラァ!俺ら全員のCOMMが故障してたとでも言うのかよ!?」

ナインが怒りに吼えるが、ナツメには状況が読めてくる。クラサメの声の固さの理由も、検討がつく。それほどに心配していたのだろう。敵地で放置された候補生。それを、クラサメが案じないはずがない。
今回の一件は、取り残されたのがナツメ一人なら、処分されたのだと判断できる。けれども0組が一緒だったのだから、巻き込まれたのは今回ナツメの方だ。0組を前にすればナツメなど小物と呼ぶにも過ぎる。COMMの不通までもが誰かの策略かはわからないが、おそらく四席は、これを口実に。

「審議委員会では、諸君らが故意に連絡を取らなかった可能性を考えている。……ともかくしばらくは、自由にしていて構わん。解散!」

……これを口実に、絶対に策を講じるはずだ。ナツメにはわかっている。解散していく0組を眺めながら思った。あそこにいる人間は、その程度のことは簡単にやってのける。逆に言えば、それができるから彼らはあの席に座っているのだ。他になにができるからではなく、駆け引きに勝てるから。そして、だからこそドクターを倦んでいるのだ。彼女にだけは、駆け引きが通用しないから。

もう一度身の振り方を考えよう。数十分前に思ったことをやはり再度考えた。さて、どうしたものか。まず情報を集めるところから……。

「いよっ、おかえりー」

「……なんでこの距離で後ろに立てるの」

タラップを降りたままの位置で立ち止まっていた、つまりは絶壁のすれすれに立っていたのにもかかわらず、満面の笑顔を浮かべたナギが、知らぬ間に後ろに立っていた。
あまりに突然のことで、驚いて粟立った背筋を悟らせまいとナツメは呆れ顔で振り返る。

「それは俺の四十八ある特技の一つじゃね?」

「なにその悪意ある数字……」

「はっはァ、まーそんなことはどうでもいいだろ。ともかくお前を連行しろって言われてるからー、ほーらイイコにする」

不意に握りこまれた二の腕に強く痛みが走る。近くにある笑顔は、目だけが笑っていなかった。
連行。それは、もしかして全く冗談ではないのか。本当に、ナツメの“連行”が命じられているのか。
ナツメは恐怖を鼻で笑った。ナギ相手に恐れてしまったら、簡単に呑まれてお終いだとわかっているからだった。内務調査部の仕事は、人を追い詰めることだから。とても甘く見る気にはなれない。

「私、生きて自分の部屋に帰れるんでしょーねぇ?」

「まぁさすがにその程度は俺がノリと気分で保証してやるよ、いつになるかはわっかんねーけど。さーて、地下に向かうかねぇ」

掴まれた腕が痛いので、不必要だと振り払ってナツメはさっさと歩き出した。四課への道に案内はいらない。
ナギがついてくるのを足音と気配だけで感じながら、ナツメはただ歩いて飛空艇発着所を後にした。

例によって、ナツメは振り返らなかった。だから、気づくこともなかった。
一瞬だけ視線をかち合わせたナギとクラサメが、かすかに頷きあったことなど見ていなかったし、知りもしない。

知らなかった。ナツメは、何も知らなかった。
それこそが、ナツメにとっての最悪の顛末への始まりだった。







ナツメは地下の隅のほうの、人の気配が皆無な区画に連れて来られていた。相手が相手なら身の危険を感じるところである。とはいえそこはナツメなので、基本的に身の危険はどんな状況でも感じ得ないのだが。
ともかくただでさえいつも静まり返っている地下の、更に静かな区画であった。聞けば昔、といっても数年前までのこと、候補生としての身分さえ剥奪された四課の中でも最下層の連中が寝起きしていた場所だとか。今では―ナギ曰く全員死んでくれたので―そんなこともなく、いくつかの部屋は倉庫にされているようだ。よくある、“しまったら二度と取り出さないタイプの倉庫”である。
そしてその一室を開けると、がらんとした小部屋の真ん中に無造作に机が置かれていた。そしてその上に、信じたくないほど大量の半透明の石が山を築いている。

それを見て、ナツメは大体察した。そして、隣の男を睨みつけた。

「はい、というわけで罰則でーす」

「……おい」

「この原石状態の魔晶石を!作動させるだけで爆発しちゃう代物に変えていただきたい!」

「おい、聞け」

「とりあえずお前のためにエーテルを大量に用意しておいたぜ!一万ギルも使っちまったぜー、予算やべぇ」

「聞けって言ってんだろこの野郎」

あまりにもそらっとぼけた様子なので、結局後ろから膝を斜めに蹴りぬいてやった。ナギは顔面から机にダイブしかけたところで、ようやく話を聞くべきだと理解し振り返った。

「お前さぁ、なんで俺相手だと暴力に直結なの?そろそろ泣くよ?」

「昔言ってたじゃない、“こんな簡単に治せんなら内務調査も拷問使ってくかー”って」

「えっそれこの話につながるの?ナギくんわからないよ?」

「つながるわよ。他人にしていいことは自分もされていいでしょうが?」

「えええええ……俺スパイとかじゃないもん……」

ナギはため息をつきながら顔面を覆い俯いた。ナニ年齢とキャラに似合わない仕草繰り返してやがる。ため息をつきたいのはこっちだと、ナツメは唸った。

「四課で罰則って言ったら処刑とか処分なのを、今回はなぜか懲罰房になった時点で茶番臭くて笑えるのに。それがしかも懲罰房ですら無いなんて」

「いやね、懲罰房って反省してもらうための場所だし?今回のお前の行動は基本的に間違ってないんで、反省されっと困るのよ。でも騒動の責任はとったことにしないといけないんで、こういうことに」

「だからどういうことかちゃんと説明しなさいよ。っていうか、こんな程度の罰でなんで済むのよ」

「あー……ほら、懲罰房に閉じ込めてもよ、四課的に良いことないから。それなら誰かさんが適性持ってる魔晶石加工でもしてもらおー、っつーか……罰なんて与えても無駄だし、無意味だし」

「完全に四課が得するだけじゃないの!?」

「んでもよ、これは一応仕事だから。内職だから。給料も出るから」

そう言ってごまかそうとしているだけなのは見え見えだが、ナツメはがくりと肩を落として結局椅子に腰掛けた。事実として罰則なのだから、はねつけるという選択肢はもとよりないので。そんなもの、一度もありえなかった。
と、ナギが、「しばらくこの区画からは出るなよ」と言った。

「表向き、四課でもお前は懲罰房にいることになってる。発見されたら言い訳も面倒だし、この区画なら生活できるし。0組の方にはしばらく副隊長不在で連絡いれておくから、誰かと連絡取るのも禁止な。COMMは引き続き没収」

敵地で捕縛される可能性を鑑み、COMMは任務のたび取り上げられるので、今ナツメのCOMMは四課にとられたままである。それを返却しないと、つまりはそういうことであった。

「にしても没収って……べつに、持ってても誰とも連絡なんか取らないわよ」

長期任務の多いナツメはいまいちCOMMの扱いに慣れていない。ので、どのみち与えられていてもナツメは自らCOMMのスイッチをいれない。
とはいえ、懲罰房にいるはずの人間が連絡手段を持っていてはまずいのだということは理解できるので、まぁいいかと頷いた。別段困らないし。

「ねぇ、そういえば。他に罰則を受ける人間って、いないよね?」

「ん?何がだよ」

「だから、……私が罰則を受ける以上、他の誰かが何か、罰を命じられることって、ないよね?」

それだけは聞いておきたかった。ナツメの最大の生命線、気がかり。
彼だけ無事なら、あとはどうだっていいから。どうだっていい、はずだから。
そう思った瞬間、胸の奥、なぜか深いところがどくりと痛んだ。気がした。そして同時に、耳の奥で声がした。

“あんたは……自分を大事にすべきだと思うよ”

あれは、優しい言葉だった。クラサメの手に触れて、少し落ち着いて、地下に至って今思う。
あんな言葉は誰にも言えない。彼女でなければ。たとえば、この男のような人間では。あるいは0組では?

“月並みだけどさ。じゃなきゃ、誰のことも守れやしねぇよ”

ならばナツメには何も守れないのか。守ることは、確かにできないのかもしれない。もしかしたら、盾にさえ。
……それでもできることはあると信じていないと、ただでさえ戦えない体が内側からぼろぼろ瓦解しそうだ。

「んじゃ、ひたすら爆破用の魔晶石作ってな。別にノルマとかはねーけど、作れば作っただけ給料アップすっから」

「ちなみに、単価は」

「……。……ま、そういうわけであと頼んだぞー」

「ちょっ、おいナギ待てコラ!こんなところでまでブラック貫かなくていいでしょうが!」

結局ナギは詳細を伝えず去っていった。あの様子では、おそらくびっくりするほど安いのだろうと思う。もしやエーテル代をすでに差し引いているのか。いや、別にいいのだ、だってお金なんてあっても使わないし、使う暇もないし……。うん……。

ナツメは自分を納得させると、ため息とともに魔晶石を拾い上げる。特殊な鉱石の一種で、鉱脈が魔導院の真下を通っており、そこから定期的に採掘しているのだという。魔力を吸収する鉱石で、作り手が流し込んだ魔力によって性質を変えるのが特徴だ。魔力の結晶へと変化した魔晶石は、魔法が使えなくとも武器として扱える。例えばケイトが銃弾にしているのも、この魔晶石の一種である。

少し低い机に腰掛けたナツメは、魔晶石に魔力を流し込み始めた。ファイア系魔法とサンダー系魔法を重ねあわせるように、中に押し込めていく。数分かけて、ようやくひとつ出来上がった。ナツメはそれを無造作に部屋の隅の籠に投げる。魔晶石を用いた爆弾は朱雀ではメジャーな武器だが、起爆には特別な技術を要するので、粗雑な扱いでも誤爆する心配がないのがいいところだ。白虎式の本式爆弾だとこうはいかない。そのぶん威力も変幻自在だが。

「……しかし、しんどいわねこれ」

明確に数値化できるものでもないが、魔晶石ひとつで魔力は半分程度吸われた気がする。クリスタルの近くにいるので、魔力の回復は早いけれども、精神的に疲れる仕事なのは間違いない。
ナツメはもう一度ため息をついた。繊細な作業は向いてこそいるが、いかんせん魔力の総量が少なすぎるのだ。そればっかりは、鍛錬でも限界があって。

魔晶石は手の中できらきら輝いている。炎の魔力を封じ込め、赤い色を帯びて。
放つだけで、人が死ぬ。難しくもなんともない代物だ。ただ面倒くさいだけで。

「あー……せっかくだから、使うとしばらく魔力が増大するのとか、近くの人間の意識奪っちゃうのとか作っちゃおうかなぁ」

なんてひとりごとを言いながら、命令に反することなどできないけれども。山からつまみあげた新たな魔晶石を宙に放り投げる。帰ってくる途中で、ランプの光を受けて一瞬強く煌めいた。

「バカバカしい罰則……」

落ちてきたそれを捕まえて、魔力を流し込んでいく。まぶたの裏が赤く燃えるような、錯覚を覚えた。
地下の端でクラサメが触れていた額に自分で触れる。冷たいのに、暖かくて、心を燃やしたあの瞬間を思い出す。
魔力が尽きていくのを感じながら、深く吐き出す息は虚空に溶けた。怨嗟も絶望も快楽も希望も、何もかもを混ぜたような息だった。

バカバカしい、けれど。
ここでこうしてさえいれば、彼が……“彼ら”が傷つかない。
それなら別になんだっていいや、とナツメは思い直した。己の常套句の微細な変化には、目を向けないままで。







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