Act.15







『たったひとりでどうしたぁ?置いてかれたのかぁ!?』

「あああ頭上で叫ばれると本当うるさいわねぇ……!!」

ナツメはウォール魔法で足止めしながらも、敵に無様に背を向け走りだす。0組は兵器から響く女の声がある限りは副隊長が無事だと信じ、ひたすら階段を駆け登っていく。どちらも立ち止まれない。一秒でも長く時間を稼がなければならない。ナツメは三組にわかれた彼らが狙撃ポイントに辿り着くまでは、少なくとも生きていなければならない。死体に足止めは荷が重い。

0組は何を言うでもなくすぐさま三組に別れ、各々階段を登った。ケイトとトレイはそのまま居た建物の屋上か、準ずる高さの窓を使う予定で、一方でキングは仲間とともに少し離れた建物に飛び込んだ。ナツメを信じて戦うのなら万全を期す以外彼らにできることはない。狙撃ポイントは偏らないことが何より重要だ。

息が切れないよう体力にも気を配り、ナツメは背後に魔法を打ち付けた。これだけの近距離なので、否が応でも命中はしていたが、ほとんど損害を与えていないようだった。ナツメの魔法では、装甲を破ることができない。使わないようにしているファイガを連発しているのに、一瞬動きを押し留めはするものの決定打には到底届かない。彼女自身わかっていたことだが、一時期は四天王にも届くのではなんて愉快な噂を立てられていた程に得意な魔法で歯が立たないと流石に少し悔しかった。
それでもこれなら、いい具合にナツメの思い通りだった。ナツメの今の目的は彼女を引きつけることで、倒すことでも逃げることでもない。綺麗に逃げ切ってしまっては目的が果たせないのだ。

「くっ……!」

炎は何度も敵を穿ち、しかし一瞬後にはその蜘蛛のような足で兵器は爆炎を抜けだしてしまう。
本当は、機械相手ならサンダー系魔法の方が誤作動を狙えて相性がいいのだが、それにはナツメは今頼らない。彼女の雷魔力ではそんな一般常識に頼れないのもあるし、賭けも少しだけあった。ナツメの推測通り熱が貯まるのが問題なら、この兵器にとって一番の鬼門は今彼女の手の中で燻る炎のはずだった。

『畜生、死ね死ね死ねッ!!何なんだよ死ねよ畜生!!』

予想は当たったのか、甲高い女の声には焦りが滲みだす。もうそろそろ放熱しないと危険なのだろう。熱が溜まり過ぎると機械は誤作動を起こし、最悪の場合ショートする。ナツメは一人、口角を上げた。
無様にも半ば逃走状態のナツメ一人取り逃すなんて、殺気が駄々漏れの彼女にはできない失態であろうとナツメは考える。あえて無様に逃げ惑うのは、その焦燥を生むためだ。いつでも捕らえられるという余裕と、それなのに殺せないことへのストレスを内在させる。
ナツメは背後の地面を叩き割って突き刺さる蜘蛛の足の先端を躱し、縺れるように倒れこむ。背中を狙う攻撃はウォール魔法で間一髪防いだ。さて次はどうする、振り返るナツメの視線の先に朱が一瞬ちらついた。
ケイトだった。肩で息をするケイトが、屋上からナツメに合図している。目を動かして探せば、彼らは頼まれた通り狙撃ポイントを築いていた。
だから、ナツメは破壊されたウォール魔法をそのままに、足を止めて振り返った。手はエーテルの小瓶を掴み、目には逆転への確信が滲んでいた。






ケイトは兵器の影に隠れたナツメの姿を必死に見ようとして、身を乗り出した。その腕をエイトがつかみ引き戻す。

「何すんのさ!」

「いいから狙撃だろ!」

「でも!今やったらナツメの上で崩れたりとかするかもしれないんだよ!?そしたら潰されちゃう!!」

その恐怖が、ケイトに引き金を引かせてくれなかった。それを理解したエイトもまた、彼女に無理やり銃を握らせることができない。
見れば、少し低い高さで窓から銃を向けるキングも、そしてすぐ隣りの建物の屋上へ飛び移ったトレイも同様らしく、苦々しい表情のまま武器を向けて硬直している。
珍しくも絶句したシンクが、ケイトの隣でわなわなと唇を震わせた。

撃たなければならない。急いで撃ちぬいて、あの兵器を黙らせなければ。そうして、この国を出なければ。
でも、今撃ったら、その下にいる彼女が……。

『捕まえたぁぁぁぁ!!』

「ナツメッ!!?」

ケイトは慌てて屋上の柵にかじりついた。捕まえた、その言葉の真意を知りたくて。
ナツメの記憶は消えていない、だからこんなに焦る。けれども、その視線の先で兵器はなにかを押しつぶすかのように、上下運動を始めた。

『あはははははっ!!ほらほらぁ他の魔人どもはどうしたぁ?出てきてくれないとこの女ミンチだぞっあはははは!!ほらほらほらぁッ最期にいい感じの悲鳴を聞かせてくれないの!?最期だぞ!?泣けよ喚けよ恐怖しろよッ、』

一瞬。一瞬、辛うじて見えた。蜘蛛のような形をしたその兵器の伸ばした一本の腕が、ナツメを貫き地面に縫い止めているのだ。まるで蝶の標本にでもするかのようだった。
ナツメの顔までは窺えなかった。が、彼女の身体が一度だけびくりと大きく跳ねたのはわかった。ひっと息を呑む隣で、エイトが強くケイトの手を握る。

『喘げよ叫べよ血反吐をもっと!!クンミ様の仇!!もっともっとぐちゃぐちゃになって……!』

「急げ!!」

エイトはそのままケイトに銃を握らせる。ケイトは必死に頷き、銃口を向ける。それに気づいたキングもまた、銃を構え直した。トレイは「立ち止まる暇はありません」と、自分に言い聞かせるように呟いた。
やらなければ、確実に殺されてしまう。たとえこのまま巻き込んでしまったとしても、何もしないより撃ちぬいた方がずっと生存の可能性は上がる。

『死ねぇぇえぇぇえぇえええ!!!』

だから。
この手で仲間の命を奪うとしても。
やらなければ。
戦わなければ。

たかだか十六の子供がするには、とても残酷すぎる覚悟を彼らは必死に己に課した。
守るために賭けに出ようと、全員目を凝らし兵器の関節の隙間を狙う。
失敗すれば終わり。すべて終わり。
そういう極限状態は、しかし唐突に終わりを告げた。

『あぁ あ ッ! !!?』

突如凄まじいまでに膨れ上がった巨大な炎球に弾かれ宙に浮く、兵器。空中に巨体は打ち上げられ、重力から一瞬解き放たれて完全なる隙を作った。それがどんな兵器でも、自力で地面から飛び立つのでなければ、空中からでは体勢を元には戻せない。
その一瞬に彼らはすべてを理解した。ナツメが言ったのは、これだったのだと。この瞬間のことを、彼女は伝えていたのだと。そして。

「今だ!!」

エースが叫び、それが引き金を引かせた。ケイトの魔法銃からは白く残像を残す弾が放たれ、キングの銃弾やトレイの矢とほとんど同時に着弾した。
0組にとっては当然のこととして、それらはすべて吸い込まれるように兵器の関節を破壊。腕をもがれ、配線を露わにしながら、それはひっくり返りつつ地面にたたきつけられる。その隙を見逃さない他のクラスメイトが、連続でサンダー・ライフルのシャワーを浴びせた。兵器は痙攣するように跳ね、数拍置いてぶつんと嫌な音をたてて動かなくなった。それを確認してから、0組はすぐさま階段を駆け下りナツメを探しに行く。








ナツメはといえば、生きていた。
内蔵をほとんどすり潰されても、まだ。

「が、……ぁ……」

息ができない苦しさも、この状況では痛みに届かない。喉の奥から溢れる血の味など放っておいて、まず治療だ。微かに動く指先から、緑の光が全身を包み込む。
刺し貫かれる直前、エーテルを使ったことが功を奏し、どうやら治療はできそうだった。これならレムの助けもいらないだろう。ナツメを0組への囮にするため拷問めいたことをするだろうというとっさの判断は大正解で、おかげで即死を免れた。いかな元4組といえど、頭や心臓を一瞬で潰されてしまったらさすがに間に合わない。けれども腹部ならば、神経も少ないから尚痛みが少なく、重要な臓器もまた少なく済み、あれだけ大型の兵器が人間を甚振ろうとすれば狙うのは順当だ。間違っていない。

「……んー……そろそろ……」

治癒がほとんど完了したことを確認しながら身体を起こす。一度貫通してしまっているので、さすがに肉や内蔵、骨のすべてを元通りにするとなれば一筋縄ではいかないらしい。
ケアル魔法では異例なことに数十秒の時間をかけ、ようやくナツメの身体は元に戻る。肌蹴たエースの制服の内側、血まみれのドレスが裂けた穴から、まっさらな白い腹が覗いていた。
幸運にも服は裂けずに済んだので、弁償はするとしてもとりあえずエースに返却できそうだ。いくら似合うと言ったって、女物のコートで過ごすには抵抗があるだろう。というかナツメも候補生の格好でいるのは憚られる、年齢的に。

「……さて」

仕上げを済ませて、ようやく仕事は終わるのだ。ナツメは服の内側に隠し持っていた銃を取り出し、ひっくり返った兵器にゆっくり歩を進める。あれだけ酷使したヒールはしかし、まだちゃんとナツメを支えてくれていた。しかしそろそろ限界だろうなとも思う。早く済ませよう。まだ甲高い叫び声が耳に残って気持ち悪い。
兵器のハッチが下向きに開いて、中から身体を半分外に出し女は潰れかけていた。爆発したせいで機体がひしゃげ、何かに下半身を挟まれたらしい。ぐったりと片手を外にぶらさげ、全身を速い心拍にあわせて痙攣させながら虫の息。それを見下ろし、ナツメは一瞬躊躇った。放っておいても死ぬ。

「でもまぁ、万が一助かっちゃっても困るしね……」

例えば自分なら助けてしまえるし。たかだが数ギルを惜しんで憂いを残すこともないか。ナツメはそう結論付け銃口を向けた。

「クンミ、クンミって騒がしかったし、ルシの縁者かな?まぁ、どうでもいいことか」

無意識に吊り上がる口角を意識せぬまま、引き金を引く。貧血でふらつくのを必死に堪えていた。

「最期にいい感じの悲鳴はいらないよ。うるさいし、あなた」

一発。女の甲高い声が耳から消えた。
二発。全身に僅かに残る痛みが遠ざかった。
三発。何も消えなかった。
四発。何も消えなかった。
五発。弾がなくなった。

そこでようやく、弾の無駄遣いに気づく。ああ、ただでさえ金銭的に苦しいのに……とナツメは己の愚かさに舌打ちしたが、やってしまったことは仕方ない。

「ナツメ!!」

「副隊長ッ!!」

「ああ……うまくやったわね。成功してよかった」

と、ばたばたと足音を響かせて、0組がナツメの元に駆け寄ってくる。彼らは一様に青い顔をしていたが、ナツメが無事だと知るとほっと表情を緩めた。
ただし、レムを除いて。

レムだけは青白い顔で唇を噛み、ゆっくりとナツメに歩み寄った。細い肩が震えていた。

「何考えてるんですか副隊長っ……!」

「……レム?」

「私っ、……私、見えてました……副隊長がどうなってるか……」

魔力の温存を頼まれたレムは、安全な階にマキナと共に隠れ、何かあったらナツメの方へ飛び出せるよう待機していたらしい。そのため、高い位置にいてほとんどナツメを視認できなかった他の生徒たちとは違いナツメがよく見えていたのかもしれなかった。
ナツメが何度も血を吐いたのも、何度も何度も地面にたたきつけられたのも、風穴を広げられるにつれ血飛沫が大量に舞ったのも。だとしたら悪いことをした、とナツメは思う。楽しい見世物ではなかっただろう、ナギじゃあるまいし。

「何度も魔法を使いそうになりました、飛び出したくなりました!あんなの、……あんなのおかしいです!あんな目に遭う必要はあったんですか!?最初から炎で打ち上げることだってできたかもしれないのにっ、それなのに……!」

「……だって、あれだけの大型魔法だと詠唱時間が長いから。刺されながら詠唱するんだから、尚更うまくいかなくて長くもなるでしょう。治療したんだからいいじゃない?」

「そういう問題じゃないです!!……副隊長、4組だったんですよね?治癒専門のクラスに……防御魔法の、精鋭のクラスにいたんですよね……?」

なんとなく、言われる言葉を察して目を細める。ああ、たぶん、これまで散々4組に言われたのと同じ言葉を今、レムにも言わせてしまうのだ。

「治せるからって怪我をしていいわけじゃない!そんな簡単に、自分の身体をまるで道具みたいに扱うなんて……!」

「お、落ち着きなよレム……」

「治癒魔法はっ、人が苦しむのを許容するためにあるわけじゃないのに!!」

レムの息が上がって、おそらく肺に痛みを覚えているだろうに、彼女は必死で叫んでいた。可哀想だった。苦しみながら伝えるその言葉は、ナツメに届かないから。
いつもそうだった。わからなくて、少し辛い。わからない自分がおかしいのだということはなんとなくわかっている。

「元4組、だからね。今は四課なの。四課のモットーは捨て駒根性よ?この場で一番にそういう役回りになるのは私が正解なの」

そう言って肩をすくめてみせても、意味はない。レムは真っ赤な顔で、泣きそうにナツメを見つめている。本人もどうしていいかわからないのだろうと思った。0組が揃いも揃って戸惑っているところを見るに、レムがこんなに怒るのは初めてなのだろう。
でも、何も届かない。ナツメはレムの言葉の正誤を考えることさえできないからだ。そういった意味で、ナツメは4組に向いていなかった。結局、綺麗な水が似合わない。

「でも、……そうね。やっぱり、あなたにあれを教えるのはやめておく。レムまでこんな考えに浸ることないわ。あなたは0組なんだから」

4組にいた頃、痛覚麻痺の魔法はほとんど使用したことがなかった。ショック死を防ぐための緊急回避手段と教わってこそいたが、実際使う場面には当然遭遇しない。
だから、ナツメの痛覚が鈍ったのは四課に異動してからだ。四課ではあれは便利な魔法でしかない。残酷な魔法は他にもいくらでもあって、痛覚麻痺が禁じ手だなんて誰も思わなかった。だからナツメは安易に多用することに躊躇いを感じなくなって、結果痛覚が鈍った。近道を常に選んだ、ただそれだけの話だった。なんのことはない、それだけの。しかしナツメは、自分はできなかったことを、できなかったくせにレムには言う。

「勝つために戦えばいい。……私と違ってあなたたちは、戦うことができるでしょ。だから、私のことなんて気にしないでいいんだよ」

感傷を裏返し、ナツメは微笑む。ナツメの心には、触れないでほしい場所がある。
どんな人間だろうと、普通は自分の身体を挽き肉にさせたりはしないものだ。理由次第でそれを受け入れてしまえるのは、もっと苦しんだことがあるから。

不意にナツメはサイスと目があって、じとりと睨まれたのを感じた。その嫌悪はわかりやすく、純粋だ。懐かしい気がしていた。
と、ナツメは嘶きを聞いて、はっと周囲を見回す。それと同時、またも何かが降ってくる。しかし今度は機械ではなかった。

「女王様の仇!!」

澄んだ女性の声が響くと同時、雷鳴が鳴り響く。ただでさえ貧血でとっさに動けないのに、雷撃を避けることができそうにない。
ウォール魔法で防げるか?一瞬の戸惑い、その隙を縫ってナツメに襲いかかる紫電を一つの身体が遮った。

――あなたこそ、自分の身体を盾にするなんて。

彼女の傾ぐ身体を抱きとめながら、そんなことを思った。







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