Act.14






貨物列車は勢い良く線路上を走りだした。今頃は石炭を燃やすために、ナインとジャックあたりが肉体労働を強いられている頃だろう。トンネルの中、暗闇を裂いて貨物列車は先へと進む。

蒸気機関車特有のもうもうとした黒煙を避け、ナツメはレムを連れ列車先頭付近に座り込んでいた。身を隠しつつ、一応は見張りの役割もある。そして、肺に異物が入ると一番大事になりそうなレムを守るためでもある。実のところこちらが本題で、最悪の場合でも、ナツメが傍にいればある程度は生命の安全を保証できた。とはいえ相手が病なので、確実なことは何も言えないのだが。
座り込んで胸の痛みに耐えていたレムは、ふたりきりで周りに誰も居ないことを顔を上げて確認すると、「さっきは本当にごめんなさい」と頭を下げた。

「びっくりしちゃったんです。まさか、……気づかれると思わなくて」

「これでも元4組だからね。……でも隠し通せることじゃないでしょう?どうするつもりなの」

「どのみち長くないのなら私、戦場で死にたいんです。だから、どうするつもりもないんです」

「……このこと、知ってるのは」

「ドクター・アレシアです。あと四席と……クラサメ隊長も知ってるはずです」

「そう。……だーれも私には伝えてくれないわけ。やんなっちゃうわね、もう」

一応は副隊長だ。誰にも認められていないとしても。
少なくとも、己に手には余るとわかっている救出任務に身命なげうって参加するぐらいには、0組のために動いているのに。……いや、こういう考え方が信用されないのだろうな。ナツメは察してため息をついたが、こればかりは根が深いので改善する余地がなさそうだった。

「それで、あの……これについては誰にも言わないでくれると、ありがたいです」

「……そうね。まぁ言う相手がいるわけでもなし、大丈夫よ」

「あ、……でもナギとか、四課のひとたちとか」

「……あのね、四席にまで知られてて四課の誰も知らないなんてことがあるわけないでしょう。少なくともナギは知ってるはずよ。私に言わなかっただけで。……あああいつ一回殴りたい、会うチャンスまだあるかな……」

ナツメは腹立たしかった。言葉一つでどうにでもなることばかりなのに、誰も彼もその一つを省くから、結局何もかもが面倒くさくなっている。
最もナツメ自身口を噤んでいる側なので、強く出られないのが痛いところなのだが。

「……たまんないわね、この状況」

馬鹿らしくて反吐が出る。
白虎の馬鹿みたいな愚策にも。それに乗っかって君主を殺した蒼龍にも。そしてこれから翻弄される朱雀にも。
未来が半ば閉じている己には、まるで関係のないことだと思う一方で、とても歯がゆい。勢力図はいつだって上から見れば簡単だ。だからこそ、知れば知るほど苦痛は大きくなる。

「そういえば副隊長、さっき頭痛がなくなったのって、あれどうやったんですか?」

「ああ、4組の最終奥義ね。教えないって言ったでしょ?」

「でもほら、……私先がないんですよ?癖になったって問題ないじゃないですか」

努めて明るく、レムが言う。この年齢でそんなことを言わなければならないなんて、ナツメの心が少しだけ痛む。本当なら安静にすれば、対症療法で少しは生きながらえることもできるはずだ。でもレムはそれを選ばなかった。
自分はどうしただろうかと考えてみる。もし同じ立場なら。……自分なら、もっと早い死を選ぶ。病の記録をすべて消して、存在した証拠を必死に奪って、抱えて海に身を投げただろう。死ぬのも殺すのも、きっともっと怖がった。レムほど強くは、なれない。

「……じゃあ、生きて帰れたら特訓してあげる」

「約束ですよ?」

「ええ。あなたが望むなら」

そしてそういう彼女なら、ナツメみたいに癖になって、痛みを痛みと感じられなくなる日がすぐに来てしまうだろう。そしてそれでも彼女は生きることを選ぶだろう。
彼女はナツメとは違う。もっとまっとうで、とても綺麗だ。綺麗な意志だった。微かに、ほんの微かに妬ましいほどに。心の隅がぐじぐじと膿む。

不意に、かっと燃えるような光がトンネルの先にきらめいた。白い光は、トンネルの終わりを意味している。それを確認するやいなやナツメは立ち上がり振り返って、目的地への到着を叫んだ。彼らはすぐさま互いに伝言しあって前方へと集結してくる。

「降りたらすぐ、南東へ向かうからね。なんとなく方向だけでも掴んでおいてね、地上でははぐれる可能性もあるから」

「ああ」

「分かりました」

彼らが頷くのを確認し、ナツメはウォール魔法を展開させ到着と同時に襲い来るだろう襲撃に備える。一瞬、ほんの一瞬耐えられればいい。後のことは、その瞬間決める。
そして光の中へ吐出され、けたたましい銃声と共に戦闘の開始を知った。0組はナツメを庇うように飛び出していった。一方で直後には、それは戦闘から虐殺になる。0組は驚くほど、綺麗に殺す。人型を刺し、引き抜くだけの簡単な行程を見ても、まるで動きにブレがないので血がほとんど舞わない。彼らの攻撃を受けた兵士はなぜ己が死んだのかもわからないまま崩れ落ち、白い地面を赤く染めていく。白を、朱が染める。綺麗だ。

「取りこぼさないでよね!」

「誰に言ってるのさふくたいちょー?」

ジャックの長い刀の先端が美しい弧を描き、兵士たちの悲鳴までもを刈り取っていく。セブンの鞭剣が唸りサイスの鎌が突き立てられナインの槍が串刺しにする。そしてその光景を、デュースの楽しげな笛の音がまるで喜劇のように彩っていく。
全くもって、四課が0組を大切にするはずである。

「さ、片付きましたよ!」

クイーンの声が告げる通り、真っ赤に血塗れた大通りには0組とナツメ以外生存していなかった。それに苦笑を返し、ナツメは頭の中に地図を描きながら早足に歩き始めた。
あと数分で、街を抜けられる。急がなければ。交戦を減らすことが、何より彼らを守ることに繋がるだろう。どんなに強くとも、彼らはナツメというお荷物を抱えている。ナツメがいなければ道がわからないとしても、ナツメを庇って戦うには限度がある。ただ守られるつもりはないけれども、この戦力差ではやはり甘えることになるだろう。
部隊は全滅したらしく、兵士の姿は影も形もない。今が好機だ。

「それじゃあ、急いで」

走って、東へ。南へ。

「外に向かって、」

一番近い国境から玄武へ抜け、更に南へ。

「帰ろ、……」

白くて冷たい白虎を出て、朱雀へと。

ナツメは言葉を最後まで紡げない。風向きが変わるのを肌で感じて、迫り来る殺気に気付いたからだった。
何かが降ってくる。重い何かが、ナツメの背後に。爆発音にも似た音が一瞬で全ての聴覚を掻っ攫い、地響きがナツメを揺さぶった。
振り向くより前に、女のものらしき甲高い声が響く。

『見つけた……見ぃぃぃつけたァァァァァ!!』

とっさに、背後にウォール魔法を展開。それが一瞬、降り注がんとした攻撃を弾いたことだけ、辛うじて理解した。
慌ててナツメの腕をとったエイトに引きずられるようにして、0組と共に路地へと駆け込んでいく。先頭を走って指示を飛ばしていたのはキングで、おそらく敵が大型兵器だからという理由での判断だろう。悪くない判断だった。
けれど、通用しない。

『逃げるなァァァ!!逃げるなら死んでからにしろ!!』

わけのわからないことを叫びながら、兵器はその大きな機体をねじ込むようにして路地に入ってきた。それを振り返ってようやく、ナツメはその兵器の全貌を知る。
蜘蛛に似ていた。複数の足で地面や壁に貼り付いて移動するらしい、多関節型で機動力重視の兵器だった。細い道だろうとあまり関係なさそうだ。

慌てて0組が交戦を開始する。相性の悪い超近距離型のジャックやシンク、エイトがナツメとレムを庇うようにして立ち、ウォール魔法を使う。そしてその間に、遠距離で攻撃できるキングやトレイ、ケイトが攻撃を始めた。他の0組も魔法で応戦し始める。
がしかし、敵の装甲は機動力に反してかなり厚いらしく、攻撃がまるで通らない。魔法に関しては簡単に避けられ掠めもしなかった。発動に時間がかかる分、武器より魔法の方が命中精度が低いのだ。
結局接近を許してしまったので、ナツメは彼らに建物に入るよう促した。とりあえず体勢を立て直す必要がある。すぐ近くの建物のドアをマキナが吹き飛ばし、全員そこに雪崩れ込む。

街の住民は非難済みなのか、それとも元々人の少ない倉庫街だからか、無人だった。広いエントランスから、それなりに立派な建物であることがわかる。奥に逃げようとした瞬間、頭上の大窓が大破、爆発音と共に機銃が差し込まれエントランスに砲弾が降り注ぐ。

『どこだ!!どこ行った朱の魔人どもがぁぁぁッ!!?クンミ様の仇!!絶対に殺してやる!!』

「……嘘でしょ」

あれだけ機動力に長けた機体から放たれているとは信じられないほどに激しい砲弾が絶え間ないので、全員壁際から動けない。このままでは壁がいつ崩れるかもわからず、いうなればジリ貧だった。攻勢に転じようにも、はっきり言って相性が悪い。少なくとも敵を一箇所にとどめおかなければならない。が、現状では難しい。
ナツメが顔を歪めて上方を睨んでいると、不意に砲撃が止まった。同時に、あの甲高い声も止んでいる。

「止まっ……た?」

「みたいね。何かあったのかしら……」

それでも外に出るのは憚られ、切らした息の回復がてら外を覗い見ていると、すぐにあの声は戻ってきた。

『どこだ朱の魔人!殺してやる殺してやる殺してやるッ、出てこい!!』

「戻ってきたッ!?」

「外覗いてる奴戻れ!巻き込まれるぞ!!」

ナツメは目を細め、壁に預けていた身体を起こす。音が止んで、戻ってくるまでに六十秒といったところか。あれだけ殺気を垂れ流しに大騒ぎしておいて、意味もなく撤退したり戻ったりするはずがないので、一瞬でも撤退の必要があったのだろう。あれだけ装甲が厚く、機動力に優れ、攻撃力までもが高い。それが撤退するのだから、理由は明白だ。燃料補給と、放熱。……燃料切れがそこまで早いはずもないので、おそらく最重要なのは放熱だろう。

あの兵器から逃げることは、この人数では困難を極める。ここにはもう地下もない、地上を走るしかないのだから尚更。あれだけ騒いでいればすぐに援軍だって到着されてしまうだろう。ならば早急に倒すしかない。弱点は?考えろ。敵は兵器だ、人間に比べれば強大だとしても、弱点がいくらでもあるはず。

0組に過剰反応を示す敵を一瞬とどめおく。それぐらいならば、誰にでもできることだ。しかしながら、適任がいることもわかっている。だからナツメは砲弾の降り注ぐ中0組の面々の顔を順繰りに見、体格を見比べた。

「……そうね。エースにしましょう」

「は?……うわぁちょっとなにをす」

「マントと上着ちょうだい。貸してなんて言わないわよ、あとで四課予算から買い直すから」

「いや意味がわからない!」

「これからぼろぼろにしちゃう予定なの、ごめんね。あ、代わりにコート着ておいていいよ」

「明らかに女物のコートを押し付けるなって、あ、ちょ、」

「うっわぁエースぅ、似合うねぇ〜。ナツメより似合ってるかもぉー」

「さすが。そういう道でも生きていけるな」

無理やり押し付けられたコートを着せられたエースは大変迷惑そうに、からかったシンクとキングにカードを向けて威嚇した。それを横目に、ナツメは上着を羽織り前を留めるとマントを羽織って首の下に結んで整えた。浅く息を吐く。
候補生に見えるかなぁ、私。妙に気恥ずかしい気もするけれど、自分より年上の候補生もいるんだからと自分に言い訳をした。

「何で上着なんか交換するんだ……!っていうか何で僕なんだ?」

「うん?だって女の子は普通この服の下って直に下着だし、女の子脱がせるわけにいかないでしょう。理由もなく」

「なぜそっちの質問にだけ答える!?そっちより交換の理由答えてくれよ!」

ナツメはにこやかに聞こえない振りをすると、砲撃の最中手招きして、キング、トレイ、ケイトを呼ぶ。

「あれを倒すにはあなたたちの力が不可欠よね。どう?倒せる?」

「一瞬でも動きが止まれば或いは……、関節に攻撃を叩き込めれば、動きを奪うことができます」

「続けて魔法を打てば、爆発だってさせられるよ。ただ、あの素早さじゃね……」

「残念なことに、俺たちの攻撃は下手な鉄砲なんとやらとはいかない。俺はまだしも、特にケイトやトレイは一点突破だ。いかに連射速度が早くても、あれには対応できんな」

「……よね。じゃあ、動きさえ止まればどう?数秒、あれが操作不能に陥って……例えば空中に投げ飛ばされたりしたらどうかな」

「それなら余裕だよ!でも、そもそもそんな状態に追い込めるの?あの速さじゃ魔法が当たらないし……」

ケイトが苦々しく舌打ちをしたのを見つめながら、ナツメは立ち上がる。そろそろ砲撃が止むはずだ。

「ねぇ、何でエースの服奪ったの?」

ジャックが眉根を下げて問うのに微笑みを返し、ナツメは出入口の方へ視線を走らせる。がなりたてる女の声が止まり、降り注ぐ攻撃も消え去った。
おおよそ六十秒。彼らならできると信じるしかない。

「私がアレを止める。その間にあなたたちは三組に別れて上に登って狙撃ポイントを三つ用意して。その三つそれぞれから、トレイ、シンク、キングがアレを狙えるように。この先の大通りに捕らえるわ。狙撃できたら、全員で一気に魔法で叩くわよ」

「え、ちょっと何言ってんの!?アンタ一人で勝てるわけないよ!!アタシらだって真正面からじゃ無理そうなのにッ……!」

「そうです副隊長!危険ですし不可能です、ここはわたくしたちが!」

慌てて止めるケイトとクイーン。ナツメは肩を竦めた。不可能なんて重苦しい言葉は、この程度の場面には似合わない。相手は機械で、使うのは人間だ。それならどうとでもできる。
それに。

「誰も勝つなんて言ってないでしょ?勝てないなんて、そんなこと知ってるわよ」

「じゃあ……!」

「でも殺すことはできる」

殺せない相手など、この世にいないのだから。ナツメは手の中で炎がくすぶるのを確認した。使わずに済めば、精神衛生上良いのだが、無理だろうとも知っている。そこそこの強敵相手に生きて帰るには仕方のないことだ。
いつも救ってくれるのは炎だった。トゴレスにて、ゴーレムの巨体を吹き飛ばしたあの瞬間を思い出して肌が一瞬粟立った。あれを、意図的に行う。

誰にでもできることだ。でも同時に、自分の身体を使って死なないギリギリを探し、そして激痛や失血でショック死しないぐらい怪我に慣れた人間でないと絶対に生きて戻れない。その点をクリアできるのは、ある意味ではナツメだけ。ならば適任は、ナツメだけ。
手持ちのエーテルを確かめる。数本は残っているようだ。ならばこの程度、まだ危機ではない。

「レム。あなただけは魔法を使わないで温存しておいて。保険のために」

「は、はいっ!」

彼らが戸惑い、己の背中を凝視しているのがわかる。それでも多くは語らない。言葉を尽くしたって彼らを安心させることはできないし、そんな時間もない。だから視線を振り切るように、ナツメは外へと飛び出した。
音がしない。何も聞こえないし、存在を感じられない。それでも必ず、近くにいる。補給地がどこかまではわからないが、戻ってくるのに六十秒だ。すぐ近くに補給地があるはずだった。

走りだし、大通りに身を躍らせる。ヒールが甲高く地面を叩いた。靴を脱ぐことも考えたが、地面に散らばる瓦礫を見るかぎりやめておいた方がよさそうだ。
さてどこで待ち伏せようか。そう思った瞬間、白い世界に音が戻ってくる。これまでにない苛烈さを伴って。

『やっと出てきたなぁぁぁ朱の魔人んんん!!』

「……あはっ」

朱のマント以外で見分けもつかないくせに、殺してやるなんてのたまう馬鹿な女を笑い飛ばして、ナツメはウォール魔法を開く。

――言葉に一体、何の意味がある?
そうだ、あなたはいつだって正しい。ナツメの行く末はもう決まっているけれど、だから語るつもりはない。言葉なんて、何の意味もないから。

「あなたがあの子達のために尽くすなら、私だって……」

さあ、できることをしよう。
ナツメは静かに、決めた。







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