Act.13






暗く冷たい空気が重苦しさを伝播させる、地下道の先。ナツメの足取りは淀みなく、的確に兵士の待機場所を避ける。
どうということはなく、ただ単純な行動の繰り返しだ。兵士は確実に複数人で移動するし、それなら狭くて散弾銃を使いにくい道に待機しない。銃火器に比べ汎用性の高い魔法と彼らの使う散弾銃では、どう転んでもこちらに軍配が上がるから、ナツメは狭い道を選ぶだけでよかった。時折全員着いてきているか振り返って確認しながらも、ナツメは足を動かし前へ進む。

急がなければ。
状況はひたすら、悪転している。エースの声が後ろから呼ぶ。

「副隊長!これ、どこに向かってるんだ?」

「今はイングラムの出口を目指してるわ。とにかく街から出てしまえば、森と山が近い。兵士の少なそうなルートで、白虎の外に出ましょう。旧玄武領なら白虎の兵士はいないはずだから」

「ん?でも今はあそこ白虎の領地だろう?何で兵がいないんだ?」

「熱中症で死者続出しちゃったからよ」

「……白虎って、もしかしてちょっと頭悪いの?」

「ん?今更気づいたの?」

この人数でなければ、脱出はいくらでもやりようがあった。複数でも二、三人程度ならばもっと簡単だ。けれど、自分を含めて十五人。ナギの言う不必要な人数をひいたって、十二人。
戦うつもりなら人数は多くて正解だ。しかし、無事に脱出するためにはこの人数がどうしてもネックになる。発見されやすく、機動力に欠けるためだ。敵と遭遇した際、取りうる選択肢は確実に少なくなる……。

ナギの言葉が示す通り、帰還するのは十二人でいいのだろう。確かにナツメだってそう思う。でも。

こんなに多くなってしまえば十二人も十四人も大して変わらないと、ナツメは自分に言い聞かせた。だから、全員まとめて外に出すのだ。明らかに手に余る、ナツメなんかには難しい仕事だとわかっているから、本当は少し怖いけれど。重なってしまうから、見捨てることができそうにない。
喉奥で裏返った呼吸を鎮めてナツメが歩き続ける、その背後で連なる足音が不意に乱れた。

「あ……、」

息が掻き消えるような微かな声音がナツメの意識を絡めとった。ナツメが足を止め振り返ったことで0組もまたその視線の先を探り、そして、数メートル遅れた位置で膝をついたレムに気づく。最初に駆け寄ったのは、すぐ近くにいたマキナだった。

「レム!おい、どうしたレム!?」

「だ、大丈夫だよ。ちょっと立ちくらみしただけ」

「でも顔色が……!そうだ、少し休もう。急ぎすぎたんだ」

「いけません」

休憩を提案するマキナに、鋭く切り返したのはクイーンだった。分厚い眼鏡が地下を照らす僅かな光を反射させる。

「一人のために、全員を犠牲にすることはできません。今は進むしか」

「何だと……!」

声を荒げた彼らのことは放ったまま、ナツメはひとまずレムに寄る。体調を見るために手を取り、乱れる脈を感じながら彼女の目を除きこみ両の手の親指で彼女の口を開かせた。
精錬するのはアボイド魔法だった。反射して情報を伝える即反射魔法によって、レムの身体に何が起きているのか、ざっとでも調べるつもりだった。が。
それが呼吸器を通り過ぎたところで、生じる違和感。異常があまりにも少ない。……喘息気味だと聞いているが、これは。これでは、呼吸器の異常というより、もっと……大元の……。

ナツメがその根っこを探ろうと、薄く引き伸ばした魔法を喉の上方へと伸ばした時だった。

「だめっ!!」

「あっ、……」

レムが不意にナツメを振り払った。彼女らしくないくらいに焦った、不自然なその腕の動き。叩かれて微かに痛む腕をナツメは無意識に押さえる。なぜ今拒絶されたのか、一瞬わからない。
レムはすぐに我に返り、青い顔で唇を震わせた。そして慌てて「すみません副隊長!」とナツメの腕に触れた。その様子から、本当に反射でナツメを振り払ったのだと知れる。
でも一体どうして。わからなくてわずかに目を細めたナツメのすぐ近くで、マキナが激昂する。

「あんた、レムに何しようとした!!」

「……」

「おい、答えろよ!!あんた、一体なんなんだ!?」

その声は、しかし意味を解釈できないくらい遠い。集中する意識は必死に脳内で医学書を捲っていた。
呼吸器に異常をきたす病で、原因はどうやら喉より上にあるらしいとすると……ナツメに思いつくのは難病ばかりだ。それも、まともな治療法がまだ存在しないものばかり。原因も何も明らかになっていないものばかり。
そういう病でわかっていることは、共通してひとつきりだ。つまり、長くは生きられないということ。

「……そう。そっか、そういうことなのね」

ナツメは深くため息をつき、ようやくマキナを振り返る余裕が生まれた。顔を歪めて怒るマキナ。ナツメの知る限り、明らかに朱雀を出る前より様子がおかしい。
ので、更に気づきたくないことにまで気づいてしまった。

また軍令部長が引っ掻き回したのだ。
ナツメが頼まれて調べた結果、確かにマキナの兄の経歴には奇妙なことが起きていた。ナギに詳しく探ってもらった結果、0組の……おそらくエースが深く関わっていたのだろうことも知った。この任務がなければ、時期を見てナツメから話すつもりでいた。こういうトラブルで、しかも記憶がないのだから、話し方ひとつでいくらでも印象が変わるとわかっていたからだ。それが、任務のごたごたで時間がとれない期間が続き、結局マキナに話せなかった。こればかりは仕方ないと、帰ったら話そうと思っていたのにコレである。つくづく自分の邪魔をしてくれる男だな、とナツメは内心軍令部長の顔を思い出しつつ悪態をついた。
マキナが可哀想だった。この異国の端で、マキナは誰にも頼れない。マキナの内側のことだから、ナツメやレムには何もできない。今更何を言い繕っても、おそらく逆効果だろうから。
そして、今はレムの方が重要だ。

「……まぁ、なんていうか。一応医者みたいなのの端くれだから。もう少し信用してくれないかな。義務ぐらいは理解してるから」

生命の危機に関しては、この戦時においてはさすがに義務の適用外だろうが。もっと平和な世界なら、秘密にするのも簡単だっただろうが。
ともかくナツメは、この場限りのつもりで嘘をついた。レムは逡巡するような仕草をしてみせたが、「大丈夫。楽になる方法を探ってみるから」とナツメがダメ押ししたことでようやく頷いた。

ナツメはマキナの突き刺さる視線から逃れるように一歩前へ進み、もう一度レムに触れる。次はもう迷わず、脳に向けて魔力を伸ばす。
正体をしっかり確かめてから、魔法の先端を引き戻し、今度は呼吸器へ。呼吸が苦しくなるのなら、無理やり気道を確保しておくしかない。根本解決は不可能だった。

「この感覚。わかる?喉に異物がある感覚」

「う……はい。わかります」

「これを覚えて。同じイメージを、自分でしてみるの。うまくやれば、自分で自分の呼吸を管理できるようになる」

こんな病を抱えて候補生になる人間はいなかった。ナツメの知る限りでは。
それでもレムは、0組に所属している。もう泣き言なんて誰も聞いてくれない状況だ。それなら彼女が一秒でも長く生き延びる道を探す以外、ナツメには何もできない。

元7組だけあって、回復魔法に関してならレムは0組にいてさえ首席を走るだろう。思ったより簡単にレムはコツを掴み、平常の呼吸を取り戻した。
ナツメはついでとばかりに、痛むらしい頭痛を消してやった。

「痛覚まで弄れるんですか、副隊長?」

「ええ、まぁ。これのやり方は教えないでおくね、あなたは多用して癖になりそうだから」

というか0組全員癖になりたそうだが。痛覚の麻痺という4組の必殺技を知った0組全員が興味深そうにこちらを見ている。0組にそんなもの教えたなんて知れたらナツメが消されるので、その視線はスルーしてもう一度先に進むことにする。
まだマキナの怒りの視線は背中に突き刺さっていたけれども、レムが少し元気を取り戻したことと、図らずも結果少し休憩できたことで多少の落ち着きをみたらしい。さすがに掴みかかってはこなさそうだった。
それに実は結構ほっとしながら、ナツメは0組を連れて細い地下道をずんずん進んでいった。そうして数分無言だった0組一行であったが、とうとう沈黙に耐えられずか後ろからまたもエースがナツメを呼んだ。

「なぁ、副隊長」

「ん?」

「何があったか聞かないんだな。僕達をそこまで信じている……というわけじゃないんだろう?」

なんとも卑屈な聞き方だった。それについ笑ってしまいそうになりながら、「聞いて欲しいんなら聞いてもいいけど」と答える。

「私は聞かれても答えられないし?それなのにあなたたちには聞くって、少しフェアじゃない気がしたから」

「ふーん……って言っても、僕達の作戦はナギが協力してくれたものだし、あんただって実はほとんど知ってるはずだよな」

「……、え?」

足が勝手に止まった。ナギ?どうして今、彼の名が。
こわごわ振り返ると、エースは可愛らしい童顔を微かに傾け、「もしかして聞いてないのか?」と問うた。

「魔導アーマー破壊指令のことは知ってたわ。でも、……ナギが手引したの?それを?」

「ん?ああ、そうだけど?一緒に潜入して、ナギはそのまま皇国軍の軍服を着てどこかに行っちゃったけど」

「……そう。ナギが……」

それ自体はなんらおかしなことではないのだが、一つひっかかることがある。ナギはついさっき、大使館近くで遭遇したとき「院長にくっついてきた」と言った。でも、0組の作戦開始時に白虎にいたなら、脱出できていたはずがない。白虎の国境から考えても、朱雀へ戻るのに丸一日はかかる。朱雀にとんぼ返りしてそのまま院長に同伴したというのなら、計算が合わない。移動用魔晶石を持っていたとしても、やはり無理がある。ナギがそこまでの無理を押す理由もわからない。四課が院長の護衛でついてくるのは違和感がないとしても、ナギである必要はないのだから。他にも武官はいるというのに。

なら、ナギが嘘をついた可能性が出てくる。そして、それなら理由もある。

「……とうとう私も切られちゃうかな」

「何を?」

「こっちの話」

ナギが嘘をついて、0組の作戦に関わっていないという顔をするのなら、それはつまり四課にふりかかる火の粉をナギが払おうとした結果だ。今回のごたごたの余波を減らすための行動である。
そしてそれなら、今ここにいるナツメは。

「ま、捨て駒根性だからなぁ……」

少し頭が痛くなった。今最重要なのは0組だ。逆説的に、ナツメは不要だ。
もう一度ため息をついた。バカバカしい話だった。まだ何の論拠もないのに、ひどく平然と受け入れられる話だった。

「もうすぐ、さっき話した主要通路に出るわ。そこから先は短いけど戦闘が避けられない。……頼んだわよ」

「あんたは戦わないのか?」

「戦わないんじゃない、戦えないの。誰もがあなたたちみたいに国の希望しょってるわけじゃない」

「へぇ……クラサメ隊長はアホみたいに強いけど、あんたは弱いんだな」

キングが意外そうに言った。少し腹立たしかったが事実なので仕方ない。

「ともかくその先で、物資用の貨物列車を奪いましょう。一気に街の外郭まで行けるわ」

「目立つんじゃないか、それ……」

「もう十分目立ってるし、敵の前に姿を表さず逃げるのは正直不可能だよ。こんな人数だしね。だから、いっそ振り切る方向にするわ」

細い道の終着点、ナツメは壁の影に隠れてT字路の先を見つめる。兵士の姿がちらほらと見え、そしてその先には大きな両開きドアも。あそこで間違いない、とナツメは頷き、後方の0組に指示を出した。
朱き魔人の名をほしいままにする彼らに奇襲を受けた皇国軍の一小隊が、数分で記憶から抹消されたのは言うまでもなかった。








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