Act.12







――どうしてこんなことに。
マキナはボルトレイピアの先端で兵士の腹をえぐり突きながら舌打ちをする。血が顔に貼り付いて視界を一瞬覆うのを拳で乱暴に拭い、もう一度剣撃を放ち死体を増やしていく。

全てはあの瞬間に始まった。まだ十二時になる前、騒がしい足音の後に飛び込んできたアリアの小さな身体が銃弾に撃ちぬかれて倒れ伏すまで、何かが起きたということにさえ意識が向かなかった。アリアを助ける暇もなく全員逃げ出して、走り続け、たまたま見つけた地下道の入り口に飛び込んだ。地上に比べればまだ少ない兵士を殺して少しずつ外へ向かって進む。全員必死だった。逃げることだけに、必死になっていた。

アリアはまだ生きている。アリアが逃げろと言った事をマキナが覚えているからだ。そのことに微かな安堵を覚える反面、喉の奥に鈍重な痛みが刺さっていた。従卒を置いて自分たちはなぜ逃げているんだ?マキナは抗いえない虚無感が心を焼く感覚を味わっている。走らなければいけないという強迫観念がなければ、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

「マキナッ待って!!怪我してるからっ……」

「平気だ!!」

レムの制止を振りきって無理やり進む。彼女に銃を向ける敵を許さない。絶対に。
マキナの大切な人を傷つける人間を、マキナは一人として許せない。それが敵なら、殺してしまう以外に解決策などない。
が、今はそれに感謝している。

「死にたい奴からかかってこい!!」

だってどうしたらいいのかマキナにはわからない。

数時間前だ。軍令部長がマキナに告げた。

マキナの兄が死んだのは0組のせいなのだと。

「ちくしょう……っ!」

そんなのどうしたらいい。マキナは自分にひたすら問うている。俺はどうしたらいい。
敵の兵士なら簡単だ。探して痛めつけて最後には殺す。何も難しくない。ただそれだけなのだ。
でも彼らは仲間で、でも兄の仇なら敵で。なのに今となりで自分を守るために戦っている。後ろからトレイの放った矢が、マキナのレイピアが届かない敵の喉を貫いた。

彼らは仲間だ。
でも、ただ信じることが、できない。

「マキナってば!!待ってお願い、ケアルだけでいいからっ……」

レムの手から放たれた緑の光が、さっき撃ちぬかれた脇腹を埋め癒していく。そうなってようやく、自分の怪我を知った。
おかしいくらい、痛みが飛んでいる。何も感じない。撃たれているのに足が動く。それにどこかで冷静な自分が違和感を覚えている。が、動くから止まらない。
世界は異様な速度で過ぎていく。わけがわからない。ただ生ぬるい血が何度も頬を叩き、そしてすぐに殺したことさえ忘れていく。その繰り返しだった。

「マキナ!待てよマキナ、暴走するな!!」

誰かの声が耳を打つ。誰の?……エースの?
でもどこか遠い。言っている意味が、理解にまで到達しない。足元が崩れそうになるのを堪えている、そんな戦い方だった。

なのに突然足が止まる。どうしてそうなるのかわからない。ただ、足が動かない。

「私もエースに賛成ね」

その声もマキナは知っていた。
突然、雷撃が兵士たちを横からなぎ払い、更に直後銃声が何度も響いた。倒れ伏した兵士たちへのダメ押しの銃撃。血塗れの彼らに対して抱いていたいらだちと殺意が消えていく感覚から、彼らの絶命をマキナも知る。

彼女は白いロングコートの裾を翻し、銃を更にマキナたちの背後に向ける。
彼女が躊躇いなく引き金を引くと、マキナたちの後ろで人の死ぬ音がした。呻き声と、全身から力が抜け身体を庇うこともできず地面に全てを投げ出す音。振り返れば兵士たちが頭を撃ちぬかれて死んでいた。0組も気づかぬ間にこっそり潜んでいたらしい。

「ナツメ……?」

「副隊長、どうしてここに」

「うん、まぁ、いろいろとね……本当ならもう魔導院に帰ってたはずなんだけどね……」

彼女は疲れきった表情で、答えとも言えない答えをシンクたちの問いに返す。彼女が息をつくと、マキナは足が動くのに気がついた。マキナの足元を見てナツメが肩を竦めた。

「魔法に巻き込んじゃ悪いかなと思って、止めたのよ。一体どうしたのマキナ」

ナツメは近寄って、マキナの顔を見つめる。それはとても生徒に向ける顔ではなかった。殺気さえ感じさせる、訝しみの視線だった。彼女は何を見ている?己の何に、疑いを覚えているんだ?その視線がマキナの背筋を一瞬凍らせ、正気に戻す。とたんに痛みが足から全身を支配する。が、ナツメがマキナの方へ手を伸ばしケアル魔法を唱え、次の瞬間にはマキナの身体から痛みは消えていた。
彼女は呆れた顔で片眉を上げた。

「興奮しすぎると脳内麻薬で痛みが飛ぶけど、それ長くは続かないから。怪我があるのに痛くなかったら、その時点で疑いなさい」

「……は?なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないんだ」

「ちょっと、マキナ……」

「言わなかったっけ。私の専門は治癒魔法よ。少なくともあなたよりはずっと治癒の専門知識がある」

それだけ言って、あとはもう言うことはないと言わんばかりに彼女はマキナから視線をそらし0組の面々を見つめた。

「あなたたちを見つけられてよかった。……急いで脱出するわよ」

その目はなぜか虚空を睨み、彼女は髪を背中に流して暗い地下の先に向き直った。握られた銃は流れるような動作でバッグに仕舞い込まれる。その手慣れた手つきが、彼女の場数を感じさせていた。








「んね、んね、ナツメなんでそんなふつーに可愛い格好してるの?」

「かわっ……可愛いかな、これ?何も考えてなかったんだけど」

「だって武官服じゃないじゃん?あれ、わたし好きじゃない」

「……あんなの、好きなやつ一人もいないわよ。大丈夫」

じゃれるシンクにナツメは肩を竦めた。後ろから眺めるクイーン達を連れ、彼女は迷いのない足取りで地下を進んでいく。
道を知っているのかと訊ねると、「地図があるの」と返ってきた。

「何度も侵入を繰り返して、戻った人間が通った経路を記録する。そうやって四課は、オリエンス中のほぼ全ての街の地図を持ってるの」

「ですが、先程から地図など見ていないようですが」

「……この地下道はねぇ、昔スラムだったのよ」

ナツメは鬱々しい表情で溜息をついた。

「最初の計画は地下街だった。地下なら僅かだけど地熱があるから生活できると思われたんだけどね、開発がうまくいかなかったの。それで、次は物資を運搬するために使われた。でもまぁ、そうなると主要の道が何本かあればよくて。枝葉にあたる多くは放置されたのね。多くの子どもたちがここで寝起きしてたわ」

「……もしかして、あなたは」

「いいえ、私は別に。というか、ここであぶれたのね。縄張り争いはどこにでもあるみたい」

クイーンの問いにあっさりと言い放ち、ナツメは歩調を一瞬緩めた。振り返って微笑んで、そしてまた前へ進む。
ここが地下道でさえないのなら、いつもの彼女だ。何ら問題のない、いつも通り。そこがクイーンにとってはどうしてか釈然としない。だって、0組は全員“いつも通り”ではないからだ。

蒼龍女王が死んだ。それは先程、ナツメと合流する前に理解した。だって思い出せないから。会話したことは思い出せるが、言葉の意味はわからない。どうして言われた言葉なのかも。
それに加え、どうやら白虎側からは女王暗殺の嫌疑をかけられている。こんな状況で、いつも通りでいられるはずがない。皆少し気が立っているし、マキナに至ってはあの有り様だ。沸点を超えてしまっている。

それなのに彼女は何も変わらない。任務に疲れたと苦笑して、兵士を見かければ殺す。ただそれだけを繰り返している。はっきり言って、気味が悪い。こんな状況なのに、ある種の慣れを感じるのだ。
隣のエースを見やると、顔を顰めて同意するように頷いた。やはり同じ感情を抱いたらしい。

「あなたは、どのような任務で白虎へ?」

「あれ、教えなかった?作戦の内容を聞くときはコードが先よ?ファントマ関係の話で伝えたわよね」

「それでも、話してくださいませんか。このままですと、不本意ながらわたくしたちはあなたを疑わざるをえません」

こつりこつりと、彼女の高いヒールは変わらず一定の間隔で音をたてる。この距離でクイーンにそんな言葉を吐かれても動揺が見えないのか。クイーンは眉を顰めた。

「聞いていらっしゃいますか?あなたが蒼龍女王を暗殺したのでは、と訊いているんです」

「……そうね。まーそういう感想を抱かれてもしゃーないぐらいのことを三日に一度はしてるからしょうがないなぁとは思ってるわよ、うん」

「否定はなさるんですね」

「するわよ。色々と、理由はあるけど……それぐらいなら話してもいいのかしらね。権限がないのよね……ナギと違って」

「話せよ」

怒りに震えた声が、重々しく空気を揺らした。そのあまりの重苦しさにか、ナツメは一瞬目を瞠った。

「あんたのせいなのか。あんたのせいで、オレ達は逃げてるのか。こんな掃き溜めを走ってるのか?瀕死の従卒を放置して逃げてきたんだぞ!!」

「ま、マキナっ……」

「離せレム!」

「……そう。アリア、置いてきちゃったの。かわいそうにね」

彼女の言葉はどこまでも無感動だった。心底どうでもいいらしい。彼女は一度も歩調を緩めない。その冷たさを、クイーンは先程からずっと不気味に感じている。

「理由はいくつかあるわ。まず、私は対白虎専門スパイ。今までに殺した人間は全員白虎の連中。第二に、私は男専門。大抵ベッドの中か、手前で殺す。第三に、女王の暗殺は一大事。万が一にも失敗の無いよう、そんなの四課でも随一の腕利きに任せるでしょうね。私みたいな、魔法も銃も半端なスパイはまず使わない。私じゃ女王の警護を破ることもやり過ごすこともできやしない」

「……あ、え?」

「だから、私が蒼龍女王を殺すなんてあり得ないのよ。私にそんな役割を求めるバカはいない。……今回、私はね、ホテル・アルマダで何度か目撃されてるし兵士と銃撃まで行ってる。なのに蒼龍女王暗殺の罪は予定通り0組に被せられたんでしょう?それはつまり、私では不足ということよ。白虎から見てもね」

鼻で笑う彼女に、エースが問い返す。

「なんだよそれ……、待ってくれ、予定通りってなんだ?予定?」

「あっ口が滑った……まぁいいわそれは。ともかく、今は逃げることよ。白虎さえ出られれば後はどうとでもなる。……気にしないの、人間死ぬときは死ぬし誤解なんて解ける方が稀なんだから」

「あんたに関しちゃ、誤解を解くつもりも無いんじゃないかってもっぱらの噂だけど」

「……ん?ケイト、それどこの噂よ?」

不穏に思ったのかにっこり笑ってナツメが聞いてくる。ケイトは慌てて視線をそらし、助けを求めるようにこちらを見たが、クイーンは努めて無視をした。自業自得である。
深追いはしない主義なのか、ナツメはそんなケイトを見つめ片眉を上げると、前に向き直り前進を再開した。

「それで、どうしましょうか。この大人数だから、通れる道は限られるんだけど。出来る限り地下を通った方がいいわよね?……国境のどこを目指そうかな……」

「本当に……誤解を解く気がないんだなあんたは。それらしい理由ばっかり並べ立てるんじゃなくて、……一言、自分じゃない、信じてくれって言えばいいのに」

「……面白いこと言うのね、エース」

ナツメは柔らかに髪を揺らし、振り返った。止められた足には痣らしきもの。血の痕か痣か、クイーンにはわからない。あの四課の武官服は、彼女の身体をいつも覆い隠していた。

「泣いて縋る相手ぐらい選ばせてよ。死ぬ前日ぐらいにはまぁ、考えてみるから」

冷たい目をしていた。その目がどこか、あの男……自分たちの指揮隊長である彼に似ている気がして、クイーンは目を細める。
そうだ。彼らは似ているのだ……何かを諦めきっている、そんなところが、とても。







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