Act.8-b





魔導院で最も美しかった候補生は、魔導院で最も美しい武官になった。抜群に成長したスタイルを伴い魔導院内を歩くエミナに、すれ違う人々は感嘆の溜息を吐く。それには気づかない振りで、エミナは目的のクリスタリウムへ続くドアを開ける。
気は進まないけれど、カヅサと、今後のことを一度話し合ったほうがいい。ナツメとクラサメのことに0組が首を突っ込んでいるから、その対応について。
この間ケイトに口を滑らせたのは自分だし、「そのほうがいいかも」なんて浮かれたことを考えたのも自分だけど、あれでよかったのかなんだか不安になってきてしまったから。それに、ケイトたちは自分以外のどこかから情報を手に入れている様子だった。誰かがべらべらしゃべっているのなら、止めるためにもそれが誰か調べないと。

クリスタリウムに入り、奥の本棚。柱の真横のそれを調べる。本を退かせばスイッチがあって、それを押すと全自動で本棚が横に捌けた。
こんなよくわからない仕掛けを作れるカヅサが、あんな変態だなんていろいろと勿体なさすぎるんじゃないのかナ、なんていつも思うことをぽそりと呟きつつ、彼の薄暗い研究室に足を踏み入れた。そこで。

「……というわけで、クラサメくんは1組に、ナツメちゃんは4組に配属になったんだよ」

「ほうほう、最初は3組で……、うーん、これだとナツメとの接点があんまりないねえ」

「そうだな、同期でもないし」

「……」

そこには、先日エミナから見事に情報を手に入れたケイトと、みつあみを揺らすシンク、熱心に手元のノートに書き込んでいるエースが。
そしてうれしそうにナツメとクラサメのことを語るカヅサがいた。

「……何やってんのよ」

「あっエミナだ」

「ああ丁度良かった!もうあんまり昔のことも思い出せなくてさー。エミナ君、何か覚えていることはないかい?ナツメちゃんがやたら初々しかった頃のこととか。今じゃかけらもないよね、むしろふてぶてしいよね」

「うわーもう……ワタシが言えたことじゃないけれど……謎が解けたわ」

コイツかーという思いで額に手を当てる。筒抜けすぎると思った、カヅサが何もかも喋りまくっていたのだ。この男はクラサメの親友を自負していたんじゃなかったっけか?クラサメくんかわいそ、とエミナはため息をつく。哀れにも、友人に思いっきり売り飛ばされている。
しかしカヅサの楽しそうなこと。普段やたらと難解で気味の悪いことばかりしゃべるから、みんなあまりちゃんと彼の話を聞いていないのだが、これがクラサメの話題だと0組が勢いよく釣れてうれしいらしい。そんなんなら11組に物理の講義をしてやればいいし、4組の手術の実習にも付き合ってやればいいのに。
院の要請のほとんどをあっさり断り、こんなところで一人研究に勤しんでいる変わり者。それがこの愉快犯、カヅサという男だった。

「いいの?そんなにベラベラ喋っちゃって。クラサメくんとナツメをダブルで怒らせようだなんて、いくらなんでもオッズが跳ね上がるんじゃないのかナ」

「あーそれなら大丈夫。前にちょっと弄くったときとか、いろいろ写真に収めてあるから」

「……えっ」

「それ保険にすれば多分呪われるくらいで済むよ。多分ね」

「もしかしてとは思うけれど……ワタシも写真取られたりしてないでしょうね」

「してるよ、ほら」

そう言って彼が指差したのは、棚に飾られた写真。カヅサ、クラサメ、それにエミナの三人が写っている。クラサメが1組に移動したときのそれを懐かしい思いで見つめながら、エミナは左手を手刀にしてカヅサの額に落とした。そういうことを言ってるんじゃない。
エミナは溜息混じりに、流し目で0組を見やる。

「……キミ達、どれくらい調べたの?」

「まだぜんぜん。五年前の事件でナツメが4組から9組に落ちたっていうのと、その前は仲が良かったことと、今は出来る限り互いに近寄ろうとしてないことぐらいだ」

「そう……」

至極まじめな顔でエースが答える。ほとんど調べ終わってるじゃないか。
カヅサを見下ろすと、確信犯の顔で彼は微笑んでいる。どういうことよと聞けば、表情に少し悲しい色が混じった。

「ボクらはクラサメ君にも、ナツメちゃんにも近すぎる。彼らが理由あってしている決断だと知っているし、彼らを出来る限り傷つけたくないとも思う。だから、ボクらには明らかにすることができない。謎を解いて、彼らにいい加減にしろって詰め寄ることができない」

「それは……そうだけれど……」

「君もそう思ってるんじゃないかい?クラサメくんもナツメちゃんも、もう楽になっていい頃だよ。ボクが決めることじゃないのかもしれないけど。……この子たちはそのためにがんばってるんだしね」

「はあ?勘違いしないでよねー!」

「ああ。僕らは隊長の弱味を掴みたいだけだ」

平然と結構最低なことを言い放ち、エースはノートを閉じる。うーん、良い子なんだか悪い子なんだか。
と、カヅサがにやつきながら引き出しをごそごそと引っ掻き回し、「それなら」と一枚の写真を取り出した。
そしてそれを、エースに差し出す。

「ん?何だこれ」

「写真だよ。6年前かな、ナツメちゃんが4組に入ってすぐの頃撮ったやつ」

その写真はエミナも持っているのでわかる。そこには、もう思い出せない候補生が3人と、カヅサと自分、そしてクラサメとナツメが写っているはずだった。

「うまく使えば、それは良い武器になるはずだよ。たぶんクラサメくんよりナツメちゃんのほうが口割るの早いだろうから、彼女が弱ってるときを狙って突きつけてごらん」

「ほうほう!んじゃこれはアタシが保管しとこかねー!んでもナツメが弱ってるときっていうと、クラサメと居るときが多いから難しそう」

「カヅサ……いくらなんでも応援できなくなってきたんだけど……大丈夫?この悪意丸出しな感じで。クラサメくんは謝りたおせば腕の一、二本で許してくれるかもしれないけど、ナツメを怒らせるのは本当ギャンブルよ?」

「さて、どうなるかな。上手く転ぶように、とにかくボクらは祈ろうか」

カヅサはやけににこにことしながら、エミナにもイスを勧める。エミナは溜息を吐いて、そこに腰掛けた。
こういうこととなると苦労する。正解なんてどこにもないからだ。もしかしたらクラサメとナツメはこのままのほうがいいのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。話したってうまくいかないのかもしれないし、そうじゃないのかも。
だから普通は、きっと誰もが沈黙するけれど。破るべき沈黙が、時にはあるのかもしれない。

「……そうね、それじゃあワタシからは、あの事件の概要を」

「えっ……エミナ、知ってるの!?みーんなその話だけはしてくんなかったんだよぉ」

「そっか、エミナ君がそれ話すならボクも話しちゃおうかな。あの時何があったのか、メインディッシュのつもりだったけど」

「カヅサ、キミ面白がってるね?」

なんて、多分ワタシたちも真相になど辿りつけていない。外から見ただけの言葉通りの概要を、それでも誰より飾らず真実だけを話そう。

「あれは、ある初冬の出来事よ」

肌寒い夕暮れ。秋の終わり、ナツメの嫌う季節のはじまりの頃。
クラサメは一人、ナツメを背負って任務から帰還した。血塗れの姿で。
既に息も絶え絶えで、ナツメのクラスメイトである4組候補生たちの懸命の治療を受けた彼らは、回復し始めた頃から示し合わせたように口を噤んだ。そのことが数多の憶測を呼ぶことになると、半ばわかっていただろうに。

その任務は、白虎との国境での小競り合いの鎮圧を目的とした、大したことのない内容だった。新人武官と、4組候補生の帯同の訓練の延長みたいなもの。
けれど、そのなんてことないはずの任務で候補生はナツメを除き全滅。朱雀四天王はクラサメ一人を残し壊滅した。朱雀最強を誇る四天王のうち3人が行方知れずとなったのだ。新人武官の雷神××××、4組の治癒師××、そして9組の×××。
帰ってこない彼らに関してはクラサメが一言「救われた」と呟いたきりで、黙秘を貫く二人への聞き取りは難航する。そして調査のために現地へ向かった武官たちは、異様なものを眼にした。
真っ黒に黒こげた大地。きっと人間だっただろう“黒い人型のなにか”。地面はところどころ抉れ、森が一つ姿を消していた。そこで大規模な、彼らにはまるで想像もつかないような戦闘が行われたことは、誰の眼にも明らかだった。

こんなことができるのは、本当に四天王くらいなもので。
誰もが、もしかしたらと疑った。
生き残ったのはクラサメと、彼と懇意にしていたナツメだけ。
もしかしたら、彼らは共謀して……四天王を屠ったのではないか?

「いやな話だよ。クラサメ君だって火傷を負っているし。何より彼は炎魔法はそこまで得意じゃないし」

「その顔だけは治療されてない。彼が頑なに、治療を拒んだから」

そしてその傷も癒えぬ間に、次の事件は起きる。ナツメがある日、突然に姿を消したのだ。
魔導院には9組への辞令の掲示。そして事情を知らない友人やクラスメイト、唯一事情を知ると見られたクラサメだけが残された。
クラサメは、告示を見るやいなや軍令部と四課に猛抗議したが、まったく取り合ってもらえず。友人の目から見ても大変に荒れていて……それでも一人沈黙を貫いた。

その様子から、彼らをよく知る……或いはある程度知っている者たちの間で、またある疑念が浮上する。

あの事件の犯人は、ナツメなのではないか。ナツメは4組に入ったのが意外なくらいに炎魔法が得意だったじゃないか。
もしやナツメが四天王を隙をついて殺し、クラサメはそれを庇っているのではないか――と。

「いやー、ここにきてナツメちゃんの生まれが仇になったんだよね。白虎兵と戦いたくなかったからじゃないかとかなんとか」

「じゃあ今させられてる仕事はなんなのよ!って話よネー」

エミナは深々溜息を吐く。こういうときに限って、総意というものは扱いづらい。一角では意味を成さず、それでも世界を作り出す。簡単に崩れだし風向きを変えるのに、外から手を加えるのは難しいのだ。ふと、手元の写真に目を落としたケイトが、「それじゃあ」と口を開いた。

「ここに写ってるのって、その四天王?」

「ええ。公式記録によると……背が高いのが××××。その隣のかっこいい子が×××。ナツメの横にいるのが××だそうよ」

「へえ……これが」

××××は真面目な顔でこちらを見つめ返し、×××はカヅサと一緒になってクラサメにちょっかいをかけている。そして××は、4組のマントに照れたような顔のナツメと、困ったように笑うエミナの肩に手を回していた。
それはそれは幸せそうで。みんなの性格とか関係とかがよく出ていて。このあとわずか1一経たずで事件に巻き込まれるなんて、誰も思わなかったに違いない。

「……ぃよっしゃあー。じゃあ今度は、その事件のことを調べよーう!」

「え、シンク?ちょっと、引っ張らな、あだだだ」

「あ、おい置いてくなよ」

唐突に立ち上がったシンクがケイトを引っ張り、外に飛び出して行ってしまう。それを反射的にエースが追いかけ、途中一度だけ立ち止まった。

「その、ありがとう。話しやすいことじゃなかっただろう」

「気にしないで。でもその代わり、がんばってよね」

カヅサがひらりと手を振ると、エースは今度こそ出て行った。
それを見送って、カヅサは「さてと」と立ち上がる。

「ねえ、これで良い方に転ぶかナー」

「どうだろうね。でも、どうなってもいいのさ」

カヅサはビーカーに注いだコーヒーを差し出してくる。
ここマグカップとかないの、と思ったらこの男、マグは自分で使っていた。

「どうなってもいい、って……」

「大丈夫。どうなったって、今より悪くはならない」

少なくとも、二人して全部を溜め込んでいる今よりは。
そう言って微笑んだカヅサは、なんだか頼もしくて、いつもの変態っぷりはどこへやら。ワタシは内心で、自分が勝手に安心してしまうのを感じた。ああ、上手くいきますように。


「……っていうかね、クラサメくんとかナツメちゃん相手に荒療治なんて0組じゃなきゃ死んじゃうよ。できないよ、死んじゃうもん。ボクむり」

「体よく押し付けただけじゃないの!?」

――前言撤回。微塵も頼もしくなんてない。








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