Act.5-b:Jealous.







「……ヘェ、それでしょぼくれて帰ってきたって?」

サイスが鎌を磨く手を始めて休め、口にしたのはそんな厭味だった。
彼女の視線の先には文字通りしょぼくれるケイトとシンクがいた。エイトも一緒に戻っては来たが、変な様子ではなかったのでサイスの嘲笑は免れたらしい。

「ナツメが白虎出身、ねえ」

「びっくりしちゃったんだよぉ……それだけなんだけど、絶対ナツメ傷ついたよぉ……っていうか、なんとなくわかってたのにぃ」

へにゃりと背筋から体を折って、シンクが項垂れる。ジャックが明るい声で「大丈夫だよぉー」と慰めている。何がどう大丈夫なのかは誰にもわからない。

「そういえば副隊長明らかに白虎系の顔してるし、色してるし……なんとなーくそんな気はしてたな」

「白虎系ってなんだよコルァ!!」

「はいトレイ説明ー」

「即ち人種の違いによる外見の差異です!玄武人は大きく浅黒い体格が特徴ですし、蒼龍人は真逆ですね!白虎の人間は大半が白い肌と白髪、あるいは金髪です!稀に濃い色の髪の者もいるようですが、南部の人間に多いようです!また、」

「はいトレイ終了ー」

エースによるトレイを利用した説明を聞いてもナインは首をかしげていたが、つまりはそういうことだ。ナツメが白虎系の人間であることは正直一瞥すれば知れること。

と、談話室の端で、レムとマキナがそっと視線を合わせ、ほぼ同時に俯く。そんな様子に先ほどから仲間たちは「まーたイチャつきやがって」ぐらいの感慨しか抱いていないわけだが、実際はもう少し深刻であった。マキナがそっとレムの肩に手を置いてから立ち上がり、じっと他の面々を見つめる。その異様な様子に、みんなはそろそろと顔を上げた。何だ一体、というふうに。

「みんなに、黙ってたことがあるんだ。……実は俺たちの村も、白虎領だった」

「だから、副隊長と本当はあんまり状況は変わらないの。副隊長がどのあたり出身かまではわからないけど、でも……」

ぎゅっと胸元で両手を握りしめ、懸命な様子でみんなに語りかけようとするレム。それを見て、ああいや、とセブンが手を上げて制した。

「ていうかたかがその程度のことで、私たちは軽蔑なんてしないぞ?」

「へ?」

「そもそも、白虎出身くらいなら居るんだよここにも。なあサイス」

「うっせぇな。どこに生まれたかなんてそれほど重要な話じゃねえだろ。あたしらはマザーに育てられたんだから」

0組の面々はサイスの生い立ちを知っていたが、レムとマキナは全く知らなかったため「えええ」と瞠目することとなった。わざわざ話すことでもないうえに、サイスの性格上まだレムたちと打ち解けていないのである。
と、エイトが窺い見るようにレムとマキナに尋ねた。

「魔導院では迫害というか、距離というか……そういったことは多いのか?」

「うーん……そうだね、多少変な目で見られるかなあ。白虎との関係が悪化して戦争になってからは、白虎関係の人はそれだけでちょっと風当たり強いのかも」

「現実問題として、白虎の兵器に親兄弟を殺された者は非常に多いですからね。白虎を想起させるものに対して警戒心を抱くのは、やはりある程度致し方ないのかもしれません。本人もきな臭い仕事に片足を突っ込んでいるわけですし」

クイーンの一言に、部屋は一瞬遣る瀬無い空気に満ちる。それをフォローするかのように、マキナが口を開いた。

「でも魔法が使える時点で多少なりとも朱雀の血は入ってるのわかってるから、そうでもないはずだけど」

「朱雀のクリスタルに忠誠を誓っているんですもんね。サイスさんも副隊長もおんなじです」

デュースがそこに加勢して、場を和ませる。
と、キングがまだソファで項垂れるケイトとシンクに向き直って、聞いた。

「別に生まれ云々はどうだっていいが、何で後を追わなかったんだ?」

「……へ」

「ああ、クラサメとナツメが一緒に消えたところなんて見たことがありませんね。ついていって盗み聞きでもすれば、何か新しい情報が得られたやも」

キングの純粋な疑問にトレイがそういえばと補足したのを聞いて、ケイトとシンクは顔を見合わせる。

「しまったあああ!」

「ぐぉー!」

放課後探偵0組の迷探偵ぶりやばいなあ、なんて、ジャックはデュースが淹れてくれた紅茶を飲みながら一人頷いたのだった。









四課の仕事があるので急遽闘技場へ、という慌てた声音の連絡を受け取ったときから嫌な予感はしていたのである。
それでも急いで闘技場に来ると、先程ここに呼びつけた当人のナギがいて、ナツメの姿を認めるや否や笑みをつくり「よっ」と片手を上げた。
ので、くるりと回れ右して闘技場のドアに手を掛ける。

「待って待って、待ってくれって!用はあんだよちゃんと!!」

「呼びだす時に用件偽るのやめなさいよ本当!何がしたいんだバカ!」

「だってお前来ないじゃん!俺が組手しよーとか連絡しても絶対来ないじゃん!!」

「そんなん9組全員来ないわぁ!!」

大体、何で貴重な休日を潰してナギと闘技場で遊ばなければならないのか。何がどうしてそんな哀しい目に遭わなければならないのか。
ナギはわざとらしく深い溜息を吐いた。

「だってお前、長期専門だけあってあれじゃん、短期専門の連中とあんまり会わないだろ?そのせいで“白虎に長期で潜れるすごい人”みたいな幻想抱かれちゃってるじゃん?」

「え、そうなの?そんなの初めて知ったんだけど。照れ」

「だからな、その幻想が少しでも打ち砕かれないように俺としてはナツメが戦闘もそこそこ得意なかっこいい諜報員っていう風に繕ってやりたいわけ。どうよ、俺のこの優しさ。惚れる?」

「アリかナシかで言えば“しね”って感じだった」

「そんなに!?っていうかお前直球過ぎだよ、もうちょっとオブラート的なあれをだな」

「オブラート顔面に貼り付けてしね」

「そういうことじゃねぇよ!?……なんでこう、俺に優しくできねぇかなぁ……!」

多分休日をそうやって叩き潰そうとするからではなかろうか、とは言わずにおく。一応、ナギとしては自分を思いやっているつもりなのだろうから。ナツメはそっと溜息をつく。気の使い方がおせっかいな学級委員長のようで面白くないが、そこまで言うのはわがままだろう。自分の思う通りにだけ友情発揮してほしいだなんて、そこまで言うならそれは命令だ。支配だ。

「……で?何で組手なの?」

「マクタイ行った時に、お前の格闘見てたらなんか……隙が大きい感じがしたんで。インビジなかったら兵士とタメ張れねぇだろ」

「ああ、まぁそりゃ……戦闘は得意じゃないからねぇ」

そもそも訓練生から最初の配属が4組で、その後9組で四課。まともに格闘なんぞ習っていたのは正直訓練生までで、4組ではウォール魔法を極める事のほうが重要だとされていた。そして9組に入ってからは、格闘という展開にしない方向で仕事をしていた。格闘など上手くなる道理がないのである。
ナギはそこを考慮したということか。これからは諜報員としての仕事は確実に減ってくるから、その後もナツメが生き延びられるように。なるほど、おせっかいな学級委員長のようで以下略。

「そんなわけで、拳を握れーい」

「ええー……やぁだなぁ」

「大丈夫俺ナイフ持たねぇから」

「そういう理由でも……いや、うん、そういう理由だわ。ナギがナイフ持つと怖い」

ナイフ所持のうえで血を見ると豹変するタイプなのだ、ナギは。
ナツメは面倒くさがりながらも、結局訓練生時代を思い返しながら腰を深く落とた。対人格闘が得意な人間とずっと近くにいたのだから、多少は身についているはずと期待して。
ナギはほとんど前触れ無く、右足を軸に左足を突き刺すように放ってきた。受け止めるには威力が大きいと判断し、ナツメは後ろに跳んで避ける。そしてそのまま目の前の男をじっと睨む。体格差がこれほどあるから、きちんと隙を窺うのが大事だ。がむしゃらな一撃など、何の意味ももたないだろう。それよりは、確実に少しずつ当てていくべき。

「……とか考えてんだろ?」

「ナギをぶん殴れる機会なんてそうそうないからね」

「やだ俺恨み買ってる?あんなに貢献してるのに?」

「私の部屋割り決めたのあんただって院生局局長が言ってたんだけど」

「あのおばさん何をばらしてくれてんだ!?」

「はいぶっ殺!!」

カマをかけたらこのザマである。ナツメは左の拳をナギの喉元に叩き込んだ。そうして一瞬呼吸を奪う。
むせてナギが立ち止まった瞬間、9組の酸化した血のような色のマントの首元を掴み、ねじり上げる。

「やっぱりてめぇの仕業かコラ……!」

「カマかけるなんてきたないさすが9組きたない!」

「きたないのはお前だこの野郎!何してくれてんの!?今朝なんて部屋出た瞬間かち合っちゃったわよッ!!」

「よかったじゃん!俺のお陰じゃん!!」

「きっさまぁぁぁ……!」

ぎちぎちぎちぎちとマントの布地が悲鳴を上げるのを聞きつつナギの喉を締めていく。彼はぷるぷる震えながらなんとか抗おうとするものの、ナツメが同時に喉仏に指を押し当てているので動けない。この距離からならば喉を砕けるのだ。

「はい、私の勝ち。これでどうよ」

「いや……おかしいって……こんなん格闘じゃない……」

「殺すのと格闘はノットイコール」

「よくわかったうえでふざけた真似しやがってお前は」

「はいはいごめーんね」

手を放すと、ナギはまだ軽くむせながらマントの襟首を整える。今回はナギにも負い目があるから、過剰な報復は受けなくて済みそうだ。
ナギはおそらく親切心と悪戯心とナツメの精神衛生のためにあの部屋割りにしたのだろう。

「で?私のストレス解消に付き合ってくれるって?」

「たまにガス抜きしないと、お前が爆発すると俺真っ先に殺されそうじゃん」

「一番苦しまない方法でね」

ナギは一瞬立ち止まり、視線を揺らがせた。そして次の瞬間には目の前に迫っている。右から迫り来る拳は目では追えない。ナツメは初速のうちに見るのを諦めた。避けるのも不可能で、というか一打を避けても次の攻撃を受ける隙を作るだけなのでそれもしない。
ナツメが得意なのは回復で、攻撃ではない。だから攻撃は諦める。右腕で勢いを殺すようにナギの裏拳を受け止め、膝蹴りの勢いを左足で絡めて殺す。
体重が違えば威力も当然違う。骨が軋む嫌な音が断続的に響いて嫌になるが、ヒビくらいならば治すのは簡単だ。そこにかかずらっていては、サンドバッグにされかねない。相手はそれくらい面倒な相手だ。
興奮させるのも嫌だし、血を見せるのも危ない。相手はこれでも四課のリーサルウェポンである。あんな有り様で、9組がまともに機能しているのはほとんどナギが理由なのだ。蔓延する、どこか漠然とした恐怖。“ナギを怒らせたら魔導院に居場所はない”、それが四課の不文律だ。しかもそれは、ナギが内務調査の責任者というのが理由ではない。文字通り彼は仲間を殺す権限を持っているが、それ以上に、ナギに勝てる人間が9組には存在しない。
けれど。

「死ねぇ!!」

「うぐおっ!?」

簡単に殺されてはやらない。ナツメは全力でナギの脛を蹴りぬいた。あまりの痛みに悶絶し膝を抱え硬直したナギにナツメはそろそろと近づき、ナギに背中を向けて手を後ろに伸ばしその首を掴んだ。そして無理矢理に立ち上がらせる。

「やめ、ちょ、話し合いの余地は!救いはないのですか!?」

「お前にはなァ!!」

「世界が残酷すぎびぶるっ!?」

そして思い切り後ろに倒れこみ、ナツメはナギの意識を刈り取った。倒れ伏し動かないナギを見下ろし、良い汗かいたなぁと額を拭い立ち上がる。
ここまでさせておいて、アフターケアまで自分任せなんだから勝手だ……ナツメは手を伸ばし、ケアル魔法を唱え始める。

こんなところに突然呼びつける、あの焦ったような声。嫌な予感はしていたのだ。本気の焦燥。COMMで連絡を寄越した時、ナギは間違いなく本気で焦っていた。
自分を押さえつけてくれる相手を欲していたのだろう。そういう時最初に呼ばれるのはいつも自分だ。これで死んだらどうしてくれる。

「あー……やっぱマクタイとか、拷問とか……ちょっとハードすぎたかな」

血を見せすぎるのが良くない。ナギには、とてもよくない。
まるで頭痛薬の過剰摂取みたいに。ナギはケアル魔法にすぐに順応し、ゆっくりと目を開く。彼らしく、すぐに正気を取り戻したようだった。彼は横たわったまま目をぐるりと回し溜息をついた。

「えーっと……アリガトウゴザイマス」

「思うんだけど。どうせそういうの全部わかっちゃうんだから、最初っからちゃんと言いなさいよ」

「お前は男心がわかってないよ。そんなんだから年中修羅場なんだよお前は「三角絞めぇ!」ッあだだだだ締まってる締まってる死ぬ!!」

デフォルトで失礼なナギの首を足で締め上げる。武官服の革が擦れてぎちぎち音をたてるなか、不意に耳慣れたブーツの靴音が地面を叩いた。ぴしりと、己の頬が硬直するのを感じた。

「……四課はよほど暇なのか?」

「あ、やべ」

呆然と呟いたのはナギだった。力が緩んだ隙に抜け出し、「いやーはははただの訓練ですよ?」と取り繕う。とっさに立ち上がれないナツメを見下ろしていたのは、マスクで顔半分を隠したクラサメであった。

「ほらナツメさっさと立つ。帰ろうぜ」

ナギが耳元に口を寄せ提案し、ナツメはそれになんとか頷いて手を借り立ち上がった。クラサメの後ろには0組が数名いたので、おそらくこれから格闘訓練なのだろうと思う。
腕を引き歩くナギに連れられるようにして、ナツメは訓練場を出て行く。つい振り返るも、クラサメはナツメの方を見さえしなかった。

外に出るや否や、ナギは青い顔を両手で覆って天を仰ぐ。

「……あー焦った焦った、視線で殺されるかと思った……」

「大げさ」

「いやマジで、三角絞めはダメだって。あれは怒るって」

「たかがストレス解消ついでの訓練で怒ったりしないわよ。っていうか、あの人を怒らせてたらもう今頃大変なことになってるって」

ナギが慌てふためくのを、そう笑い飛ばした直後であった。ドアの向こうから、ナインのものらしき悲鳴が上がった。

「……」

「……」

「……なってるっぽいけど」

「えー何で怒ってるのー……?意味わかんない」

「それがお前のダメなところだと思うんだ俺」

だって今日は特に怒らせるようなことしてないもの。唇を尖らせ、ナツメは不満気な顔をしてみせた。
それにまた深い溜息を漏らしたナギとともに、魔導院へ戻っていく。クラサメのいる場所に、己の居場所はないのである。かつて自分が望んだとおりに。








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