模倣のアルファ






人が多い。ホープを探して降り立った先、ルカは驚いて目を瞠った。

「……近代的、と言えばいいのかしら」

「近未来的でもいいかもしれないな……ここはコクーン内部か?」

路地裏に開いたらしい門から外に這い出て、表の道へ足を踏み入れる。道端に多くある端末や、空中に張り巡らされたパイプ群。そして、コクーン式の衣服に身を包む多くの人々……そこはかつてのエデンの面影を感じさせ、ジルとシドが驚嘆の溜息を漏らした。ヤーグも何も言わないまでも、驚いているのは微かに変容する表情でわかった。
ルカはなんとなく、その場所を知っているような気がしていた。作り物めいて、高低差の激しい街。空に地平が見えるから、シドの言うようにコクーン内部だ。

「ねえ、ここってあの場所じゃない?ほら、塔に行く前にファルシに接触された場所だよ」

「ああ……、あのときは夜中だったが……似てるな」

「でもこんなにコクーンみたいな街だったなんてね……」

ジルが目を見開いて周囲を見回す。その目がいつもよりきらきらしていて、ルカは内心で喜ぶ。アルカキルティやらヤシャス山やらもルカは嫌いでこそないが、面倒が多い場所でもある。そして、野営なんて楽しむことができる人間は限られてくる。顔には出さずとも、おそらく全員辟易としていたはずだった。特にジルは、女性だからこその不便も多い。とまるで他人事のように言うのは少し虚しいのだけれども。
時間があって可能なら、滞在してみるのもいいかもしれない。

「ホープくん探さなきゃ。ホープくんの気配を追ってきたから、ここにいるはずなんだけど」

「見つけたぞ」

「は?……ええええ!?」

シドが近くの売店の入り口傍で広げているそれは、かつてのコクーンにも存在したいわゆる新聞であった。

「せんぱ、あれ、え、ホープくん、先輩」

「落ち着け」

「だだだだってホープくんがこんな一面に!すいませんこれ一部ください!いくら!?この通貨使えます!?」

今が何年だかわからないため不安になりながら売店のお姉さんに小銭を渡してみると、驚くべきことにまだ使えた。代わりに新聞を受け取り新聞を再度開き直す。一面に大きく写っているのは、よく知る明るい銀の髪をした青年。彼はいつもの少しだけ照れた苦笑で手を振っている。隣にはあの、アリサという女性。見出しには“過去からやってきたアカデミー新責任者”とある。

「わー……ホープ・エストハイム氏は遥か過去AF13年より当時の技術を駆使して、ここアカデミアAF400年へ時を超えてやってきた……わーホープくんイケメンに写ってるー……これ切り抜きして持っていこう、ライトニングに見せてやろうあの子喜ぶ」

「いいから本人に会いに行くぞ。さっさとしまえ」

「だってかっこいいんだもんホープくん……はあー見惚れるー。あれっ今いくつだっけホープくん。AF0年で十四歳だったからー……二十七歳?わぁお、お姉さん射程圏内だやったあ」

「殴るぞ」

シドがそう言いながら、ルカの額を指先で弾く。見た目には痛くもなんともない攻撃だが、拳闘士がやればクリティカルヒットするわけで。

「あっだだだ……!ほんの冗談じゃないですか!」

「たちが悪い」

あまりの痛みに涙目になっていると、ジルが珍しく声をたてて笑った。何でそんな楽しそうなの、と聞けば、「レインズが振り回されてるのはいつだって楽しいわよ」と言い放つ。流石鉄血のサディストである。言うと二撃目をジルからいただくことになるので黙っているが。

「誰も振り回されてなんかない。大体考えてもみろ、今の年齢がどんなに近かろうと出会った時十年以上差があったのは埋まらないだろうが」

「過去より今を見ようよ先輩」

「次は拳で殴るからな」

「大体さぁ、そんなこと言ったらライトだってあのとき二十一とかだったわけだけどホープくん絶対ライトに憧れだかなんだか抱いて……あれ?でもライト年取ってないよな、ヴァルハラにいるし……そうなると……おおおホープくんが追い越したってことになるね!これは燃える展開」

「お前はかつての仲間を何だと思ってるんだ?」

「えー……そんな、しらふじゃ言えない」

ヤーグの呆れた声に背中で適当な言葉を返しつつ、ルカは街を見上げた。ここは段階分けすると中層程度に当たるらしい。嫌な思い出のある、近くの電光掲示板を眺めて上を指差した。

「ねえねえジル、アカデミーってあれかな」

「ええ……かなり大きい建物ね。それにしても、さっきなんて言ったかしら?」

「へ?」

「ここはAF400年、そう言ったわよね?ホープ・エストハイムがいくら見目麗しくなっていようが、それは私には関係ないわね。どちらかというとそっちの方が大事。ここは、本来アダムが干渉できる時代よ」

「あ、そうだね……!うわちょっと警戒しとこう、ホープくんに会う前に襲われたら大変」

これだけ多くの人間がいるのだ。ファルシマジックでシ骸にされたりなんかしたら、危険なことこの上ない。
ルカたちは警戒を切らさないままで、階段をいくつも登りアカデミーへと向かっていく。町並みは綺麗で、地面もよく掃除されている。いちいちエデンを彷彿とさせる街だ。

階段は多かったが、直線距離にすればそう長い距離ではない。一応兵士でもある四人は息を切らすことなくアカデミーへとたどり着いた。中に入ると、広いエントランスに受付。初対面限定で最も人当たりの良いジルが前に進み出て、受付の女性に話しかけた。美人というものは男性にばかり効果のある特性だと思われがちだが、実際は女性の方が美人にはたじろぐ。ジルと何度かショッピングにでも行けばよくわかる、女性であればこそ美人にどう思われるかを気にするし、ジルみたいな知的な美人には理路整然とした魅力を覚えてしまう。在庫がなければ総出で裏の倉庫を漁ってくれたりする。近隣の店に取りに行ってくれたことさえあった。
今回の受付嬢も例外ではなく、顔を上げてジルを見るや否や顔色が変わった。

「は、はい、何でございましょう?」

「ホープ・エストハイムさんにお会いしたいの。通していただける?」

「あの、えっと、お約束などは……」

「あるわ。390年前にね。ねえルカ?また会おうって言ってたわよね?」

「うん。ホープくんに、ルカお姉さんが来てるよーって伝えてくれる?多分飛んで来るから」

ジルの隣に立って一緒に頼むと、受付の彼女はジルとルカの顔を交互に見てから内線電話を手に取った。「ルカさまというお客様がお見えです」、そう言っただけで電話を切り、手でエントランスホールの端にある応対用らしきベンチを手で示した。受付前で待てば迷惑になるからだろう。ルカたちは頷いてそちらへ歩いて行く。ルカが物珍しさから周囲をきょろきょろ見回していると、すぐに奥の自動ドアが開き懐かしい人物が現れる。

「ルカさん!?」

「ホープくん!」

こちらへ駆け寄ってくるホープに、ルカはタイミングをあわせて飛びついた。さすがに二回目ともなるとホープも理解していたらしく、上手いこと勢いを殺しルカを受け止める。

「おうおうホープくん、行動まで男前になっちゃってー」

「あはは、あとはルカさんの行動がもう少し大人になってくれると助かるんですけどねぇ」

「そして言動は辛辣になっちゃってー……いやそれは前からだな、私限定で」

ホープがルカを床に下ろし、ルカ後方の三人に視線をやる。そして呆れたような顔をした。

「何やってるんですかシドさん……AF3年に突然消えたと思ったら」

「君こそ、AF400年でまた会うことになるとは思わなかったさ」

「僕もですよ。ルカさんと会うのだってきっかり400年ぶりですし……あっ、そうですよルカさん!目を覚ましたのに僕にもサッズさんにも会わずに旅に出たでしょう!?」

「あ、ああそれはごめん……でもAF10年に会ったじゃない?」

「え?会ってませんよ、AF10年に会ったのはセラさんとノエルだけです」

「おお……た、タイムパラドックスの臭いがする……そうか、先輩がAF3年に旅に出た結果ホープくんの未来も若干変更されたわけだ……」

大きな矛盾に当惑し額を押さえる。ホープは「パラドクス。それ、セラさんたちも言ってました」と苦笑した。ああ、じゃあさっきホープが己を受け止めてくれたのは単純に年の功だろうか。
ルカは、額を押さえる手を離し彼に向き直る。

「ところで、どうしてこの時代に?ホープくんも時空超えたの?」

「いいえ?僕達もルカさんと同じですよ。ヴァルハラから拒絶されたんです」

「は、はぁぁ!?何それ、どういうこと!?」

突然の事態にルカは慌ててホープにまた掴み掛かる。それが真実なのだとしたら、最悪の出来事……その一言に尽きる。
ルカが激しく動揺する後ろで、不意にシドが噴き出した。

「何が面白いんですかっもおおお!!」

「君はさっきの新聞を完全に忘れたようだな……鳥頭め」

「はぁ?新聞……新聞って……ああ、そういえば当時の技術を駆使して、とかなんとか……。え?つまりどういうこと?」

「っくくく……思ったより面白い反応をしてくれてなにより。たまには僕もからかってみようかと、それだけです。予言の書の未来にやってくるため、人体の劣化の一切を防ぐ装置で、400年近い年月を超えました」

つまり嘘。ルカは全身から脱力するのを感じた。

「き、君ねぇ……!」

「いやルカさんはそろそろやり返されるべきですよ。あの旅のこともいろいろと。嘘ばっかつくし、最後には意味のわからないどんでん返しするし」

「そっ、それは大変申し訳ないけれども!大人げないなホープくん……!」

「あれ?僕より10歳以上年上じゃなかったでしたっけ?」

うぐ、と逃げられない空気を感じルカは歯噛みする。ホープにさんざん迷惑を掛けたのは事実だし、何よりホープ青年は成長して若干シドに似てきている。つまり、誰かを手玉に取るのがうまくなっている。と、後ろからシドがルカの腰に手を回し庇った。

「……すまないが、そこらへんにしてやってくれ。悪気があってしたことじゃない、多分」

「ええ、もちろん。……別に、ルカさんを虐めたかったわけじゃないんです。すみません」

「いや……悪いのは、私ですし」

彼は苦笑しつつ謝った。けれどそれが、むしろルカには苦しかった。
ホープはまだ少年だった。あの旅でさんざん翻弄されて、挙句仲間の半分が消えた。行く末は様々でも、ホープの前からは消えてしまった。
そのことが、ホープにとって重荷でなかったはずがない。負担であり、負荷だっただろう。同じだけ背負って生きた、あの最悪の旅路の果てがあんな終わりを迎えて。

ルカは今更後悔する。ライトニングやスノウに何を負わせたことより、ホープに与えたものが一番苦しかった。
それでもルカはひとつ息を吐いて、それからホープを再度見返した。話すべきことがあって、ルカは彼に会いに来たのだから。

「ねえホープくん。人工ファルシ計画について話があるんだけど」

デミ=ファルシ・アダムについて、ルカは語りだした。「AF13年、ホープくんはファルシを作り始めたでしょう?」そう切り出せば、ホープは目を白黒させる。

「いいえ?……ああ、そうかその件ですか……!それなら大丈夫です、ファルシは作らなかった」

「へ?でも、私達ファルシと戦って……私なんか執拗にストーキングされて殺されかけたんですけど」

「それなんですけど。実は、AF13年、人工ファルシ計画の採択の真っ最中、セラさんの声が聞こえたんですよ。ファルシなんて面倒なもの作らないで!!って」

「セラちゃんの?」

その後セラがここアカデミアに来て、ホープが聞いた話によると。
セラがアダムに向けて怒鳴った結果、その声がホープの元に届き、人工ファルシ計画は中止されたのだとか。なんだそれ、とルカはぐったり脱力する。あんな面倒の結果が、セラの叱り声?

「代わり……と言ってはなんですが、人工コクーン計画が誕生しました。今も外で造っている最中なんですよ。AF500年完成予定です。ちなみに、現在コクーンを支えている柱ですが、AF500年頃崩壊する可能性が高い。僕らの計画は、その前に人工コクーンへ移住し、柱からヴァニラさんとファングさんを助け出すこと」

「人工コクーンって……下界で生活すればいいのに」

「僕やあなた方ならなんとかなりますが、全ての人となるとあのモンスターの巣窟では生活が難しいですし……なによりファルシに近いので、いつルシにされるかわかりませんからね。妥協策ですが、ファルシ討伐隊を組むよりはずっと生存の可能性が高いです」

「ふぅん……。ま、ホープくんの考えたことなら文句はないけどさっ」

それが人間のやることならば、ルカには偉そうに口を出す権利はない。ファルシの創ったコクーンは沈む。人間を守るためのものではなかったから。
でも、人間の造ったコクーンは、人間を守るための繭。

「そっか、それならセラちゃんまた追いかけないと。……しかし追いつけないなぁ」

「セラさんを追ってるんですか?それなら、AF500年に向かったはずですよ。僕らもまたAF500年に向かう予定なんです」

「へ?そうなの?なんで?」

まさか、そんな時空の超え方が体に良いとは思えないので、なぜそんな危険を侵すのか気になった。と、ホープは一瞬押し黙ったあとで、「言うべきか迷っていたんですけど」と重たげに口を開いた。

「実は、このコクーンですが……試算の結果、あと百年ほどしか耐えられないようなんです。それというのも、支えている柱が……」

「えっ……じゃあファングとヴァニラは……!」

「はい。コクーンが崩れれば、その下敷きになってしまう。だから、百年後に。二人を救い、そして人々を新たなコクーンへ移すために、僕はもう一度未来に行きたいんです」

「……ホープくん」

逆境がどれほど、人を大人にしてしまうか。どれほど強くしてしまうのか。
子供だった彼は、あの旅の中で一番大人になった。得なくてもいいものを得てしまって、ならなくていい速度で大人になってしまった。その強さが、変わらず仲間を救っている。ホープならきっと大丈夫だと、ルカは確信している。

「じゃあまた百年後に行くかぁ」

「そうですね。百年後に会いましょう。ライトさんを見つけたい」

「ん。私達も行くよ」

ルカは胸の高さで二つの握りこぶしを作り、頷いた。
ホープはそれを見て微笑み、手を軽く振る。それではまた今度、と。それから踵を返す直前、「そういえば」と口を開いた。

「街は見ました?人間がイチから作った街です。僕が誇ることじゃないかもしれませんが、どうか見ていってください」

「そっか……そうだね。ちょうど、そうしてみたかったところ」

異議はないかと友人たちの顔を見回す。特に問題ないようで、ジルに至っては少し嬉しそうだった。文明からかけ離れた旅が、彼女にとって結構な負担であったことは想像に難くない。
ホープと別れ、アカデミアに戻ることにする。宿でも取ろうか、それとも先に食事でもしようか。少し滞在するくらいなら金もある。どっちにしようか、ルカは迷いながら振り返って聞こうとした……けれどそれは叶わなかった。

足がぐにゃりと、骨がなくなってしまったみたいに崩れ、世界は傾いていく。なんだこれ。なんだこれ?
突然の混乱の最中、最愛の彼らの驚く顔だけが見えていた。








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