Though it's hard to know,and it's hard love.







ルカは何度も身動ぎしながら眠りやすい体勢を探し、結果シドの腕の中で崩れ、シドの左太ももを枕にして彼の足の間で丸くなって眠っていた。呼吸にあわせて微かに動くその背を撫でながら、シドは火が少しずつ小さくなるのを見ていた。枝はルカが纏めて足許に置いていたので、シドからは反対側の位置にあるのだ。ので手が届かないし、無理に取ろうとすればルカが起きてしまうだろう。心地よさげに体を弛緩させている彼女を起こすことよりは、後でもう一度火をおこす面倒の方が良い。どのみちこの距離に体温があれば、シドは凍えない。

不意に、白い光が空を裂いた気がした。夜明けであった。崖の向こうで朝が来た。シドは微かに落胆する……この分だと、ルカはやはり数時間しか寝かせておけない。あまり長居するとここに二泊することになる。
デミ・ファルシ=アダムのことを考えればそれでも構わないけれど、ルカがセラ・ファロンが危険だの時間がないだの言っていたことを思うとあまり望ましくはないのだろう。

最後、一陣吹いた風が火を消し去り、細くも白い煙が立ち昇る。ほとんどたなびくこともないそれを眺めながらルカに毛布を掛け直したとき、音もなくテントの片方が開いた。
中から、眠気でか目つきの悪いナバートがゆっくりと顔を出し、そしてシドに凭れて眠るルカを見つけた瞬間凄まじい勢いで顔を歪めた。整っているからこそ、こういうときの眼光は鋭い。

「……何してんのよ」

「見てわからないのか。ルカが寝てるんだ」

「うざったいわね……もうやめていっそ全部毛布で覆って」

「ルカが息苦しい方がいいと?」

不愉快そうに表情を歪めたナバートの、歯がカチリと鳴ったのが聞こえる。彼女は数十分前までルカが眠っていたところに腰を下ろし、枝を一本拾い上げその先端だけに炎を灯した。そうして少しだけ火を大きくしてから再度焚き火に放りこむ。昨日の一件で、焚き火の仕方はマスターしたらしい。それが今後どんな役に立つのかはわからないが、なんだか満足そうなので本人が嬉しいのならそれで十分だろう。とはいえ、火を付け終えた時点で、「おおおーさすがジル!焚き火できるようになったね!」と抱きついてくる誰かが今は就寝中であることに気付いたのか、火から目を逸らし軽く唇を噛んだ。ああ、おもしろい。シドはルカを起こさないために笑いを堪えた。笑って騒げばルカだって起きてしまうし、そうなればもう眠りに就くこともできないだろうからだ。
ナバートは目を逸らしたまま、話題を変えることにしたらしく口を開ける。

「……何で追いかけてきたわけ。理想とやらはもういいの」

「ん?ああ……そうだな、もうほとんど叶ったからね。次はそれが長期間に渡って継続しているかが気になって」

「ダウト」

「別に嘘ではない。それだけではないというだけだ」

シドはルカの背を撫でながらそう続ける。見れば、ナバートは細めた目でシドを睨んでいた。なんと言ってシドをやり込めるか考えているかのように見えた。
一体何秒そんな無駄な攻防があったのかわからないが、不意にもう一つのテントが開いた。そこからロッシュが顔を出した瞬間、彼はまずナバートを見、シドを見、そしてその腕の中で眠っているルカを見て……再度テントの中に戻っていった。

「……どうした一体」

「ショックなんでしょきっと。あいつのメンタルは不測の事態に弱いから」

「ああ……成る程。ルカが起きれば出てくるか」

「いいえ、布一枚挟んですぐ傍にいる現実に耐えられないでしょうから、多分そろそろ……」

ナバートが声を一瞬潜めた直後、もう一度テントが開きロッシュは中から出てきて、焚き火の反対側に転がっていた空のペットボトルを拾い上げた。そして、「水を汲んでくる」とだけ言って、昨日と同じ沢へ向かって歩きだしてしまう。
その背中が完全に見えなくなった瞬間、ナバートと同時にシドは噴き出した。

「あんなに真面目な顔で……!」

「一体何考えてるのかしらね今!ああもう面白い……!」

「ルカからは逃亡する癖があるんだろう、ロッシュには」

「ええ、もうずっと。……あれはメンタルが弱いというより、ただのチキンね」

ルカを起こさないように気を使いながらも、さんざん笑った。あのナバートと同じことを肴に笑っているというのが、少し不思議だった。

ひとしきり笑って、ナバートは落ち着くと肩口で短くなった髪を揺らし、また枝を火に放り込み始める。その顔は暗くはないものの一転して顰め面で、シドと歓談に興じたことを恥じているようにも思えた。彼女は、軍部での諍いを理由として、シドや警備軍を必要以上に敵視しているきらいがある。もちろんルカのことも理由にあるのだろう。
長い沈黙の末、不意にナバートは口を開いた。

「……ねえ。ルカのお腹の傷、知ってるでしょう」

「……ああ。知っているとも」

あの傷。シドの記憶の中でも、ルカの腹部には大きな傷痕がピンク色の皮膚になって肌の色から鮮烈に浮き上がっていた。
シドは、あれをつけた瞬間のことをはっきりと覚えている。ルシでいた間、その後……ルカが自分をルシという宿命から解放してくれるまでの短い期間の記憶がかなり曖昧なので、相対的にそれまでの記憶が鮮明なのだ。

「あれをつけたのは、あんたなのよね」

「だから?」

「許さないわ」

シドはつい苦笑した。なんと陳腐でありふれた言葉か。そして、なんと簡単に胸に刺さり、抉る言葉か。
ルカに言われたのなら、受け止める。その言葉はきっと重く響いたはずだった。けれど、ナバートがそんなことを言う真意は。

「……忘れはしないさ。私のしたことも、君のしたことも。ロッシュのしたことも」

ナバートは返事を返さなかった。それでも、彼女の言いたいことは理解できている。シドと彼女は似ているからだ。
自分のしたことの意味は十二分にわかっている。その上で、背負い続ける罪だ。ルカは自分たちを責めないから、自分たちで責め続けるしかない。

まぁでも、それはそれで悪くないとシドは思う。ナバートやロッシュからしたらとんでもないことかもしれないが。
少なくとも、シドの目的はこの上なく良好に叶ったし、生きている。そう……生きているのだ。ルシになって、もう無理だと諦めたもの……その全てではなくとも、多くが手に残された。ルカだけでなく、リグディや騎兵隊、多くの市民、ルシ……そしてこれは欲目かもしれないが、自分の知る限り最も優秀だったとある二人の士官の尽力もあって。カタストロフィの混乱では二人がPSICOMを動かしたことで相当数の市民を下界護送できたし、その後ルカの目覚めを待った二年間でもかなり役には立ってくれた。
シドはこの二人が嫌いではない。むしろ真っ直ぐで、横から力を掛けてみたらあっさり折れてしまいそうなこの二人を好ましく思ってさえいた。

つまり、あの一件……シドたち全員の共通事項である最悪のあの事件の中では文字通り横から力を掛けられたのだろう。シドは内心苦笑する。シドにとってはそれは、面白がれる範疇だった。

ナバートの手の中で、また枝が折れる。それはそれは軽快な音で。彼女は変わらない無表情で、残り少ない枝を何度も放り込んでいく。
ようやく諦めがついたらしいロッシュが戻ってくるまで、沈黙は続いた。







「おはようございます……」

「ああ……起きたのか」

起きた瞬間、シドの顔が見えたものだからついいつも通りの挨拶をする。それから彼の顔が下から見上げ仰ぎ見るものであること、なにやら全身が暑いぐらいに温いこと、身体が丸まっているせいで関節がきしきしと痛むこと……それらから推察するに、今の自分の格好を考える。

「ふおっ!?」

飛び起きようとして、しかし全身が凝り固まっていたせいで上手く起き上がることができずまた彼の足の間に落ちてしまった。その様が相当に無様だったらしく、シドが頭上で噴き出す。

「っく……驚いたのか?」

「……せんぱぁい……。起きたら先輩の顔があったらビビるに決まってるじゃないですか……正直血塗れの女が逆立ちしてる方がまだ怖くないわ」

「失敬だな君は」

眠り足りない気持ちだったが、関節の痛みで目が覚めたらしい。結局シドの手に頼って身体を起こすと、シドの反対側にジルとヤーグがつまらなそうな顔で座り込んでいた。ルカが目覚めたのに気付いた二人の間に空いた、丁度人一人分ぐらいの空間が、彼らの関係性を示しているように見える。そこに割り込んでしまいたい気持ちを必死に抑えながら、ルカはもぞもぞとシドの足の間から抜けだして隣の敷き布へ移る。
ジルが一言も言わず、水の詰まったペットボトルと携帯食を差し出してくる。それを受け取りながら窺い見る、彼らの表情は固い。笑いの欠片もないというか、談笑さえするつもりはないということか。
まぁでも、これだけ長時間顔を突き合わせていられるのだから、士官学校卒業後悪化の一途を辿った関係性は多少の改善を見たのだろう。たぶん、おそらくきっと。ルカが寝ている間に何があったのかまではわからないが。

陽は既に相当高く昇り、早朝とは言えない時間帯だった。もそもそと携帯食を齧り、ものの数分で食べ終えるとまた顔を上げる。食事は面白おかしいと尚良しと常々思っている自分なので、なんとも苦痛な数分間である。

「いや面白おかしい食事ってどういうことよ」

「こう……背後を数多の動物が飛び交うような……」

「無理やり面白いこと言おうとしなくていいんだぞお前は……」

呆れきったヤーグの目線に唇を噛みつつ、ルカは携帯食のゴミを傍らの薄いプラスチックバッグに差し入れた。それから一度大きく伸びをして、好き放題に撥ねている髪に言うことを聞かせるために両手で包みながらちらとジルを見る。シャワーなんて気の利いたものはないので、沢で軽く水浴びしただけなのはお互い同じなのに、ジルの髪はいつも通り柔らかく落ち微かなウェーブを形作っている。
……いいか、別に気にしなくても。ルカの髪がどこに向かって撥ねていようが、今気にする人間は居ないし自分が気にする必要もない。そりゃ綺麗に下に向かっているに越したことはないが。

「……んで。いろいろと話さなくてはならないのですが、特にあのデミ・ファルシ=アダムとやらについて」

「それについてはもう答えが出てるんじゃないかしら」

ジルがぐるりと目を動かした。その視線はヤーグからシドへ移り、ルカの元へ戻ってくる。

「まず、何でオーファンを簡単に倒せたのかっていうのは、レインズの記憶に立脚して作られているから……そうよね?」

「たぶんだけどねー。AF13年に先輩とホープくんを暗殺するっていうのはやっぱり、記憶を奪うためっていうんじゃないと納得できないし……っていうか待って殺して記憶奪うってどういうことなんだろうね」

「お前が自分でよく言っていたことだったろう。ファルシの力で説明可能、考える必要はないと」

「おう……そうですね、まぁそういうことなんでしょうね……。ともかく、先輩とホープくんが生きていたならあんな暴走は許さなかったでしょ?」

「だろうな。私の記憶からオーファン、彼の記憶からアダムを創る。その上で妨害されないよう関係者を消す……。そんなやり方だったから、過去から飛んでやってきた私には勝てなかったと。そういうことだな」

「そして、ホープ・エストハイムの記憶から作ったアダムにはレインズでも敵わなかったと」

「……ふん。だから、つまりホープ・エストハイムさえこちら側にいればそれだけで王手ということだろう」

あ、ジルが先輩をちょっとやり込めた。
珍しい光景に内心目を白黒させつつ、ルカは頷いた。そう、ホープさえ味方にできれば、それ以上のことは必要ない。あの人工ファルシは、製造者には敵わない。

「じゃあホープくんさえ見つければオッケーってことですかね」

「その程度のこと、あの場で気づいていれば良かったわ……」

「ま、まぁ連戦でしたし、休めて良かったじゃん。休息も必要だよ」

ルカは苦笑しつつ立ち上がる。テントを片付けなくてはならない。

「っていうかこれ、ゴミとかどうすんの。放置していくのはちょっと嫌だけど」

「持っていけるような軽い荷物でもないからな……」

ひとりごちたルカの言葉にヤーグがため息混じりに賛同したときだった。

「呼ばれてないけどちょんちょこりーん!」

「……」

「……」

沢へと向かう崖の曲がり角、赤い大振りの羽根がにょきっと生えた。
ルカは反応に困りすぎて結局微笑んだ。

「何してんのチョコリーナ……」

「実はずっと見てました!」

「おい待てこら何をだ」

「シドさんと話してたこととか、いちゃついてたとことか、ヤーグさんが沢で落ち込んでたとことか、」

「黙れおい!」

それまで黙っていたヤーグが突然声を上げるが、ヤーグが落ち込んでいたとの詳細はルカにはわからない。おそらく自分が寝ていた間の出来事なのだろう。

「……っていうかストーカーじゃね?ホント何してんのチョコリーナ」

「皆さんのウォッチングが趣味なのよねー」

「それには薄々気付いてたけど私らにはやんないでくださいよ、いろいろびみょーなんだから」

「だって面白いんだもんちょんちょこりーん!」

片目を瞑ってウインクするチョコリーナ。彼女のペースは自分のそれ以上に強引で、しかし隣でシドの機嫌が低下しているのを察してルカはチョコリーナに「んで、今回は何で出てきたの?」と聞いた。こいつらときたら、観察してことを有利に運ぶのは大好きなのに逆のことをされるのは大嫌いなのだ。

「いや?テントとか引き取ろうと思って。下取りサービスしちゃうわよ」

「おお……便利だなチョコリーナ商店……」

「そんなわけで、おまかせあれ?ルカおねーさん。代わりに何が欲しいかなー?情報でもいいわよん」

「えー……じゃあ、セラちゃん今どこにいる?」

「うふふふふー、“今”って聞き方は正確じゃないわね!どちらかっていうと、“ルカおねーさんが追いつける範囲でどこにいるか”でしょ?残念ながら、それは教えてあげられない。あたしにもわからないんだなー」

そう言いながら、楽しげに揺らぐ彼女の視線。なんだ役に立たないじゃねーか、とルカは唇を尖らせた。

「でもね、おねーさん。この旅は絶対、前の旅より意義があるよ。おねーさんにとっては、ね……ルカおねーさん。罪は、償う方が本人にとっても価値がある」

「一体何を知ってるの、あんたは……」

「何も知らないけど、全てわかってるの。……そんなわけで、テントはこのままでいーよ。後で元に戻すから。おねーさんたちは、もう旅に戻って」

何を知っているんだか、驚くべきほど深い場所を穿つ彼女にルカは背筋を震わせるのに、チョコリーナは妙に静かに微笑んだ。

そこまで言うなら、と顔を見合わせルカは門を開く。混沌が溢れ出る不可視への入り口、振り返るとチョコリーナは楽しげに手を振った。

「ホープを探せば、素敵な未来に辿り着けるわ。生きているホープが、最も先を往く未来を目指せば。希望はきっと見つかるよ」

「意味深ね」

「あたしは、物語の外にいるの。無力すぎてどうしようもなくて、こんな姿を得ても……それでも外にいる。だからおねーさんが羨ましいな」

チョコリーナはつぶやくようにそう言った。
ルカは、チョコリーナに手を振り返し、門に足を踏み入れた。愛しき彼らも、それに続いた。
そうして混沌に足を取られるのに溺れていく。ルカは希望を探して、旅に出る。





そのずっと背後、“外”に立つと自らを表現したチョコリーナは哀しい笑みで微笑んだ。

「ルカおねえさんには、無理だよ。セラを救うことはできない。セラを救いたいなら、あなたは一人で往くべきだった。少なくとも、彼らとではなく」

カイアスの言葉をチョコリーナは知っている。そして、ルカが最後にどんな選択をするのか考えてみる。
彼女が強さを抱いていれば、セラを救えるかもしれない。けれどそれは同時に、他の誰かを犠牲にする道である。
ルカが弱さを理解できれば、その誰かは救われる。ただの強さなんて残酷なだけで、簡単に何もかもを置き去りにしていく。ましてその強さは苦しみから生まれるから、他者の悲哀に向ける優しさを死滅させながら。
強さは傲慢に通じてしまう。傲慢な者を愛するのは難しい。知ってしまえば道は限られる。それでも……。

「いつかまた、会えるといいな。何百年先でも」

無邪鬼そのものの笑みで、チョコリーナは目を細めた。







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