例えば、甘いだけの毒の飴でも








「……それで?どこよここは」

「あー……アルカキルティじゃないかなー……?」

「適当だな……」

「いや待って、ここ知ってる!やっぱりアルカキルティだよ」

地面に足が着いて、全員いることを確認してから、ルカは視線を彷徨わせた。最初は浅い沢と原生の植物が存在していることしかわからなかったが、少し周囲を窺ってみれば、そこは見覚えのある場所だった。

あの旅路の途中、ルシたちとともにベースキャンプを張った場所だ。下界に降りてすぐ、探索のためのベースキャンプだったので、数日間滞在したからよく覚えている。

「とりあえずAF13年以前のはずだし、攻撃は受けないんじゃないかな……しばらく隠れてみる?」

「それでも構わんが……あのファルシへの有効打を見つけないとな。延々戦い続ける羽目になる」

「あれは反則だよねぇ……」

ヤーグの言葉に溜息を返し、ルカはベースキャンプのあった方へ足を進めた。まず焚き木を見つけるところから始めなければ。ここは夜になればそれなりに冷えるし、弱いながら魔物が群れでうろついている。モンスター避けのためにも明るいうちから炎を焚いた方が良い。
空を見上げ、光の差す角度から大体の時間帯を測る。もう間もなく夕刻か。

「テントがないから最悪雑魚寝だなぁ……」

「ちょんっ」

そうして、ベースキャンプへ続く曲がり角を曲がった時だった。
また、明るい声が横から。

聞こえたなんてものではなく、ものの見事に追突された。

「ちょっこりぃぃぃん!!」

「うわああまたお前かああああ!離せこら、ちょっと痛いっつの!!ケアルで治せるからって怪我してもいいってわけじゃないんだぞ!?」

「ルカおねーさん元気ぃぃぃ!?ちょんっちょっこりーん!!」

あの、少なすぎる布面積の女……チョコリーナが、ルカの腰を掴んで押し倒し足に絡みつく。起き上がることもできず、彼女にもみくちゃにされるしかない。
誰だあれはとジルたちとともに遠巻きにしていたものの、見かねたらしいシドがルカの伸ばされた手を掴んで引っ張ると、チョコリーナはようやく圧し掛かるのをやめてくれた。それでも両腕で抱きつき離れない。

「あのねぇチョコリーナ……なぜ私にそんなに懐いているのかだけ教えてくれますかね……」

「ええーっと、そぉねー、ルカお姉さんはあたしにすごく丁寧に触ってたからかなぁー。初めて赤ちゃんを見た人みたいで可愛かったから?」

「な、なんだそりゃ……。ともかく、突然襲いかかるのやめてくれないですか……痛いよう……」

半泣きになりながら擦りむいた腕を押さえると、ジルが気付いてケアルを掛けてくれた。痛みがふわっと軽くなり、すぐに傷も消える。チョコリーナはにんまりと満面の笑みを浮かべた。

「お姉さんが元気そうで何よりよ!シドさんとも再会できたのね?あたしが知ってるシドさんはもっと凶悪な顔してたけど」

「あ、その話やめよう。その話はだめだ」

チョコリーナが、というかサッズがシドに出会ったのは一度きり、アークでだけだ。つまり彼女が知るのは、ルシとして猛威を振るった彼だけ。そんなこと、ジルとヤーグの前で話されては困る。
ルカが口元に人差し指を当てて「しー」っと言うと、チョコリーナは嬉しそうに何度も頷き笑みを深める。こういうところだけは子供っぽい。身体は成熟しきった女性のそれだというのに。これがギャップ萌えかとルカは内心感心した。

「っていうか、何でこんなところに?私たちが来るってわかってたの?」

「うーん、っていうかお姉さんがあたしに会いたいかなーって」

「はい?」

「今、お姉さんが言ったでしょ?テントがないから最悪雑魚寝だなぁ……って」

チョコリーナはようやく身体を離すと、またもどこからともなく大風呂敷を取り出した。だからどこに隠しているんだそれは。

「そんなお姉さんに友情価格でテントの大安売りしちゃう!」

「れ、レンタルとかでもいいんですけどダメか?」

「ダメだ!大安売り、一万ギルでキャンプセット!携帯食もつけちゃう!」

「……お金持ってる人ー」

シドが前に寄越した金はジルが管理していた。数万ギルくらいはまだあるらしく、ジルがさっと中から一万ギル取り出してチョコリーナにつきつける。顔があからさまに不機嫌で、何やら怒っていることが知れた。
ルカが「ねぇ何でジル怒ってんの」とヤーグに小声で問うと、「わからんが多分またお前のせいだぞ」と返事が返ってくる。「やっぱ?」と聞き返すルカの後ろでシドが噴き出した。やだもうこの人ジルがキレるとすぐ笑う。
やめて耐えてと小突きつつ、ルカはチョコリーナから折りたたまれたテントを受け取った。と、それが予想外に重く、身体ごとよろめくのをシドが後ろから支えて結局テントを取り上げた。

「これでお話は終わりねっちょんちょこりーん!それじゃあお姉さん、良い旅をー!」

その様を笑いながら見ていたチョコリーナは一歩後ろに退いて、不意に強い風が吹いた。そのあまりの激しさに眼を覆う、一瞬の後には、もうチョコリーナの眼に痛い赤はどこにも見えなくなっていた。

「ちょっと、チョコリーナ!?……行っちゃったわけ?」

「……あれは一体誰なんだ?」

シドが後ろで呟いた。ルカはそれに、「……そうねー、仲間以上友達未満って感じかなぁ」と嘯いた。嘘だ。

ともかくこれでキャンプを張れる。どの程度ここに隠れているべきかはわからないが、三人寄れば文殊の知恵というし、丁度三人集まったからどうとでもなるとルカは思う。四人ではない、ルカは自分を知恵者に含まない。

「よし、じゃあジルと私は薪集め。ヤーグは向こうの上流で水汲んできて、んで先輩はテント設営!」

「……何で私がテント係なんだ」

「旅してたときはスノウくんの仕事だったので。体格近いからいいかなぁと」

シドは割り当てられた面倒な仕事に多少なりとも不服そうな顔をしてみせたが、結局誰かがやらねばならない仕事だということは理解しているのだろう。不承不承頷いた。
ヤーグにキャンプセットの中から取り出したペットボトルをいくつか渡し、ルカはジルを振り返る。ジルの表情はまだ怒っていたけれど、いくらか和らいでもいた。







森は静かで、モンスターの気配もしなかった。ルカは安心して、かつてチョコリーナから買った剣を背に背負って歩く。

「正直、いずれ合流するんだろうなとは思ってたけれど。早すぎない?」

「あーははは……そうですねー。私も早いなぁとは思ったけど、まぁ助かったし」

焚き木に使えそうな、乾燥した木を選んで拾い上げながらルカは苦笑する。ジルは表情では拗ねたような顔をしているけれど、本当に怖いのはジルが無表情か社交的で穏やかな笑みを浮かべているときで、ルカやヤーグといった身内の前で怒ってみせるのはそこまで本気ではない。

「ありがとね。ジルがずっと私のこと呼んでくれてたの聞こえてたよ、オーファンに掴まれてたとき」

「……それは、まぁ、心配だったもの。名前くらい呼ぶわよ」

ジルが顔を逸らして言う。こちらを見ていないことを慎重に窺いながらルカはつい口元を綻ばせた。
ああもう可愛いなぁジルは可愛いなぁ!なんなんだジルは可愛いなぁ!こんな感想を口に出せば蹴り飛ばされかねないので、心の中だけで身悶えておく。

「これからは一緒に旅するの?」

「そりゃあ……まぁ、そうなるねえ」

「ふうん……わかったわ。良い方に考えましょう」

「良い方?」

「だってつまりいつでも試せるってことよね?暗殺方法くらい三十パターンは思い浮かぶわ」

「うおぉぉい!?」

ジルらしくないほど早い切り替えに驚きながら聞き返すと、ジルは穏やかな笑顔を浮かべて殺人予告をした。だから笑っているジルは怖いとあれほど。

「いやね、冗談よ。一人ではやらないし、ルカの見えないところで試すから」

「何が冗談なのかさえわからない!?だからダメだってば、ヤーグを巻き込むのも禁止!」

「ヤーグも乗り気だったじゃない?」

「で、でもヤーグは自分からはやらないでしょ?」

「まぁ……追い込まれなければね。窮鼠猫を噛む、と」

「おっきい黒猫をですか」

「ええ。二足歩行のグレーのねずみが」

思いの外真に迫った喩えに噴き出しそうになりながら、ジルが焚き木を拾い上げてはルカに投げて寄越す。それを腕の中に積み上げ、ルカは本数を数えた。

「もういいかな、これぐらいあれば一晩は保つよ」

「ふぅん……そうよね、あんたは旅の経験があるんだものね」

「うん。大変だったなぁ……まず地理がねぇ、未開の地だからねぇ……」

ルカは下界を放浪した日々について思い出し、語り始める。サッズの飛空艇でエネルギー切れまでひたすら飛んで、辿り着いたのがこのベースキャンプのすぐ近くだったのだ。

「ファングとヴァニラの郷はここからじゃ結構遠くだから、二人は地形についてもそこまで詳しくなかったし。そりゃ地図を書くことはできたけど、どんな植物がいてどこに水辺があって、っていうのは探索しないとわからなかった。水辺を見つけても、強いモンスターがいたら面倒の方が大きいしね」

ルカはふと、それ以上の面倒を思い出して遠い目をした。

「あと大変だったのは、食事。当番制にしたはいいけど、ライトはご飯作るの苦手だし。ホープくんは子供だし、スノウくんは大雑把だし、ファングとヴァニラの下界舌は濃い味付けが好みで……私は言わずもがなだし。サッズくらいだったなぁ、まともに料理なんかできたの。しかもその腕も、多分平均以下のレベルだった。戦闘はどうとでもなるのに、ことが食事となると鬼門だったよ。定期的に食べられるわけでもないから、せめてまともなものが食べたかったけど……まー地獄でしたわ」

「……そんな調子で、よく無事にコクーンまで戻ってこれたわね」

「まぁ……色々ありましたよ……。セット間違っただけでガスボンベ爆発しちゃったこともあるし、それが間違って植物に擬態してた魔物に突き刺さって怒らせて食事どころじゃなくなったこともあるし、そのモンスターを倒してようやくご飯だと思ったらその魔物の体液が撒き散らされてて食材が溶けてたってこともある」

「大変だったのはよくわかるけどそもそもルカのせいだし想像したらとても面白いわ」

未曾有の惨事を思い出す隣でジルが真顔で頷く。いや面白くないってばとルカは唇を尖らせた。
二人で焚き木を抱えてキャンプに戻ると、テントの設営はまだ終わっていなかった。完璧主義者が妙に拘っていたせいである。

「先輩、いいから、ちょっとくらい狭くなってもいいから!どうせ大人数では寝ないから!そのテントどうせお一人様用だから!」

「この角度が甘いと危険なんだぞ?」

「それは強風の場合だってば……!地形のせいで風はあんまり吹かないから大丈夫だよ」

そう言って、拘り始めると止まらないシドをなんとか押しとどめた。ジルが怪訝な顔で己を見ているのに気がついて、「ああ成る程こいつら何でも完璧にできるからな」と納得して項垂れた。何でも完璧にできるんだから妥協する必要もないのである。面倒くせぇ……。ルカにはもう何がなんだかわからない。
また、あまりきっちり作りすぎると撤収が面倒になるというのも一応理由としてある。今のところ突然の撤収はほとんど有り得ないとは思うが、旅というものは何が起こるかわからないので油断できない。

ルカは追いやったシドをかつてスノウがよく座っていた大岩に座らせ、テントの設営の最終段階に取り掛かった。四方に楔を打つのである。とりあえずテントが二つもあれば、眠るのには困らない。

「ちなみに男女で分けるために二つなのではなく、一人一つで使用し残り二人は外で寝ます。断じて見張りのためです。決してこいつらをどんな組み合わせであれ同じテントに突っ込むことに抵抗があるわけではありませんし先程のジルの言葉を本気にしているわけでもありません。いいか、本当だぞ」

「誰に話してる?」

「先輩じゃない誰かです!」

怪訝な顔をしてみせた彼には沈黙を守っていてもらうことにして、ルカは携帯用ハンマーを握った。その隣でジルが問う。

「ねぇ、火を焚くのって魔法でやっていいわよね?」

「ああ、いいけどファイアだと燃えすぎるから、最初に葉を集めて燃やしてから木をっ……」

振り返った瞬間、ぶわっと熱気がルカの眼前を通り過ぎた。煙が凄まじい勢いで立ち昇る。

「……木、燃えちゃったわ」

「燃えちゃったんじゃない、燃やしたんだよジル」

「おい何で火が立ってるんだ!?」

戻ってきたヤーグが、慌ててボトルの水を火に掛ける。消火されて白い煙がどんどん昇っていくのを眺め、ルカはなんとか口角だけ上げて笑った。

「仕方ない……古今東西、好きなものは好きだからしょうがないという言葉があってだな……惚れた方の負けとも言う……」

「あんたがガスボンベ爆発させたって事件よりはマシでしょ」

「……」

「……」

それはその通りなので閉口するほかない。ルカは微笑んで、空になったペットボトルを再びヤーグの胸元に押し付けた。

「よーしヤーグもう一回水汲んでこーい。ジルー焚き木取りに行くぞー。先輩はそこに座っててください」

はい解散。ルカは両手を叩いて、もう一度木々の連なりに足を踏み入れることにした。







そうしてまた色々あって、深夜遅く。
ぱちぱちと火の粉を上げる火に、ジルと拾ってきた小枝を折って放り入れる。火を挟んで反対側の、あの大岩のすぐ下でシドが眠っていた。キャンプセットに入っていた毛布に包まり、腕を枕にして。静かな寝顔。
ルカは寝ずの番だ。かつての旅とまるきり一緒の仕事である。今回は携帯食が手に入ったので、食事を作るという無駄な悪事に手を染める必要はなかった。

「私が作るとテロだからなぁ……バイオテロ。ぷくく」

自分で言っていて虚しくなってきたが、動かしようのない事実なので諦めた。そういえば、かつてあの逃亡劇で最初に口にしたものも同じような携帯食だった。あの時思った通り、シドやジルはこの携帯食を見て顔を顰めていた。ルカが隠れてこういうもので食事を済ませるとこの二人は怒るのだが、自分たちも食すしかないとなればルカを叱るわけにもいかない。

「携帯食関連では初勝利。うへへ……えい」

暗闇の中、にたにた怪しく笑いながらまた枝を放り込んだ。毛布で足だけを包んで、先程からルカはこの作業をずっと続けている。言ってしまえば、暇だった。
ルシ一味と旅をしていた時はこうではなかったのだが、ジルとヤーグはさんざん戦闘に付き合わせてしまってかなり疲労していたようだったし、ルカの暇つぶしのためだけに起きていてもらうというわけにもいかない。シドに徹夜してもらうのも面白いかもしれないが、そこまでの恨みはないし何より彼と一晩話し続けるだなんて御免こうむる。自分の精神が保たないと知っている。

「ふぁ……」

欠伸をして空を見上げ、背筋を伸ばした。背中の関節がコキリと鳴った。こうして火の妙に規則的な移ろいを眺めてもう数時間。きっとあと一時間もしないうちに、空の向こうから陽が登るのだろう。眠気が無いわけではないが、眠りに就くことはできない。いつものこと。ただ、きちんとこうして動かずに身体を休めさえすれば、戦うことに支障はない。
と、反対側でシドが動き、ゆっくりと身体を起こした。起き抜けに首を何度か捻って凝り固まった筋を伸ばし、眠気でか据わっている目でルカを見つめる。

「体調に変化は」

「へ?ありませんけど?大丈夫、私には何も起きてないよ。ジルにちょっとね……」

彼女の魔力が増しているのが気になる。
そう言って肩をすくめると、シドは興味なさげに頷いた。再会してからまだ喧嘩していないところを見ると、以前ほど互いを嫌い合ってはいないようだが、当然のように好ましく思ってもいないのだろう。それは仕方のないことだ……彼らは士官学校時代から既にかなり相性が悪かったし、警備軍とPSICOMの対立もあって表向きも内実も互いを出し抜くことを考えなければならなかった。
まぁ、単純にお互い嫌いだとか、多分性格が似ているからうざったいんだろうとか色々理由はあるんだが、そういうことにしておく。ルカの中では。毛布を抱きしめつつ苦笑した。

「先輩さぁ。ちょっと色々説明してくれません?」

「何を」

「どうやって追いかけてきたのかとかー、一年で追いつくって言って何やってたのかとかー……。あと人工ファルシ計画についても」

「人工ファルシ計画は私にとっては未来のことだから、何も知らないぞ」

「んー、でも色々条件みたいなことはわかるから。その状況下なら先輩がどうするのか、それを聞くだけでも納得できるかも。あとは、いつか未来のホープくんに出会えたら完璧。誰にチョークスリーパー掛ければいいかわかる」

「成る程、それなら矛先をどうやってロッシュに逸らすか考えることにする」

「可哀想だからやめてあげてください」

大体どこからヤーグが出てくるのだ、この会話の中で。ルカはそう言って笑い、毛布を引っ張りあげながら問いを整理し始めた。シドは大岩を背に、凭れて座った。これで視線は一直線にかち合う。

「じゃあ、まず……うん、時系列順に聞こう。一年で追いつくって言って何やってたの?」

「まぁ色々だな。まずアカデミー議会に名を連ねている状況をなんとかしないと突然消えるわけにもいかないから、コクーン崩壊直後の混乱の中で議会が適当な著名人を召集しただけのものであることを理由に再度議員を選出し直す必要があるといって一度解散させた」

「はぁっ?……え、いや先輩が一人辞めれば済んだ話では」

「公平性に欠けるかと思ってね。それに、事実として議会を選出するシステムは弱かった。新たな規律を作ることは意義のあることだった」

「……ええ、あなたがやることですから間違っちゃいないんでしょうが……議会の皆さんゴメン四分の一くらいは私のせいです」

「五分の四君のせいだ。……そして同時に、騎兵隊の組み直しも必要だった。まぁ、これはリグディがいたし、元々カタストロフィの時点で私は退く予定だったんでね。君のお陰で予定は狂ったが、移行のための手順は粗方済んでいたから。先程の議会の再編成と同時進行で済んだよ」

シドは枕元にあったペットボトルの蓋を開け、中身を少し呑んだ。ちなみにヤーグとジルの冗談にならない冗談を鑑みルカによる毒味済みである。

「そういえば、突然の身辺整理にリグディが面白いくらい戸惑っていたな。病気とかじゃないのかと何度かうるさいくらい聞かれたよ」

「あいつは女房か何かか。ことごとく人の立場を奪うなあいつは」

「言ってやるな、それが仕事だし、だからあいつを近くに置いていた。残念ながら、君はPSICOMを選んだし」

「でも、私が騎兵隊に居たってリグディの方が重用視されたはずでしょ」

「ああ。君はどんな時だって、敵側に居る時の方がいい働きをするからな。君は全体を俯瞰したがる人間だ。そういう者を手元に置くメリットは、自分にその能力が備わっていない場合に限る」

「先輩のそういう、歯に必要な衣さえ着せぬところダイスキー」

「知っている」

ルカは鼻を鳴らして毛布を被り直す。これだからこの人と、夜を徹して話し合ってみたいとは思わないのだ。必ず言い負けるから。
一緒に居たいと思うことと、会話を楽しめる相手かというのは全くの別問題なのである。

「それで?どうやって時空超えたん」

「君が方法をまるで言い置かなかったので、いちから調べた。まずセラ・ファロンの足取り。スノウ・ヴィリアースのことも。それから、ホープ・エストハイムにも話を聞いたところ、かつてのルシがほぼ全員姿を消していることに気が付いた。ファングたちとホープ・エストハイム自身を除いてな」

「へ?……サッズのおっさんも?」

「サッズ・カッツロイは、息子共々ある日突然消えていた。そういったことから、ある種元ルシという部分に理由があるのではないかと思ってね。それなら私は喜ぶべきことに及第点だから、あとは方法を探るだけだった。セラ・ファロンの消えたという場所……隕石のクレーターだな。あそこに、何やら……魔力のような、奇妙な歪があることに気がついてからは早かった。門を開く道具は、意外と何でも良いようだ。その時代の強い思いさえ篭っていれば、何でも使えた」

「ふうん……私は鍵を使わないからなぁ。オーパーツ……だっけ。スノウくんが言ってたけど」

「正式にはそう呼ぶらしいな。私には関係のないことだ。私が探したのは君だけだから、鍵など一つあれば事足りた」

「そんで、AF200年のあの塔へ?」

「ああ。君のことを考えて適当に飛んだのだが、意外と簡単に君に辿りつけて良かったよ」

どことなく殺し文句めいていて、ルカは照れ隠しに唇を尖らせ、「そんな簡単にコツ掴まれちゃうと立つ瀬がない」とだけ言った。シドと甘ったるい問答をするのに慣れていない。もちろんルカのことを考えていたという詳細を聞いてみたい気はするが、なんだか死んでしまいそうだった。
だから、質問を続ける。

「えー、人工ファルシ計画だけど、じゃあ……そうだね、えっと……まずコクーン落ちるって話になって、それを理由に新しいコクーン作るって話しになって、そんでそのためにファルシが必要だって話になった」

「ふぅむ……そうだな、それだけなら確かに、私が賛同するのは少しおかしいな。考えられる理由は……そうだな、やはり議会くらいだろうか」

「議会?」

「ああ。どんなことであれ、多数決で決まったことには全員で従うという暗黙がないのなら議会など存在する意味がない。言ってしまえば数の暴力が必ず最善を選ぶシステムだからな。だから、賛成多数で決まってしまったなら私にもホープ・エストハイムにも変えようがない……そしてそれこそ、我々の目指した形だった。誰か一人が権力を握ることのない社会。だから、その結果我々が排斥されたとしても……仕方のないことなのかもしれないな」

「……いや意味わかんない何それ。つまり、数の暴力が最善を選ばなかったということでしょ」

「多くが選んだ道が、後に知る最善だ」

「ちがう。それはちがうって、あの事件でわかったはず。みんなが望んだパージは正しくなんてなかったし、それに……先輩とホープくんが殺されるのが正解なら、多数派なんて全員海に沈めてやる。私、そんなの……認めない」

ルカが後半だけ憎々しげに言うと、シドは不意に笑った。喉を鳴らして。
彼がこういう風に笑うのはもう、あの事件よりしばらく以前の記憶しかないので、非常に懐かしい。懐古に目を細めていると、シドが手招きした。

「おいで。寒いんだろう」

「……そんなことないっす」

「さっきから、どう毛布を使えば寒くないか探してる」

バレてた。
ルカはやはり照れ隠しに唇を尖らせ、毛布を抱えて立ち上がった。ブーツは置いたままで、地面の敷き布の上を選んで移動する。
そうしてシドの前に立つと、彼がルカの手を掴んで引き寄せた。バランスを損ない、彼の腕の中へ落ちていく。

「暖かい?」

「……むしろ暑いです、悪夢見そう」

シドが笑うたび、目の前で喉が動く。それを眺めながら、先程感じた眠気が全身に広がり始めるのを感じた。ああ、眠い。寝てしまいそう。

「もうじき夜が明ける。しばらく眠りなさい。私が火は見ておくから」

「あのとき……あんま意識なかったんですけど……」

愛しい体温に全身を包まれ、呂律が回らなくなってきた……眠りに落ちる直前のこと。
ルカはなんとか手を伸ばし、指先で彼の頬を掻いてキスをねだった。

「……なーんか……私の女だとか、かっこいいこと言ってませんでした……?もっかい言ってくんね?」

「いいから黙って寝ろ」

彼はとぼけた顔をしてみせ、望んだ通りルカの唇を塞いだ。ほんの僅かな時間、呼吸し辛くなって後、ルカはふっと眠りに就いた。彼が頬を撫でてくる感覚だけが、妙に鮮やかだった。







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