Try to catch one's breath.
「えーっと、ユールも私もなんですけどね、エトロの瞳ってなかなか大変なんですよ」
できるだけマイルドな伝え方を考えつつルカは口火を切った。そもそもそこまで覚えてないので、委細を語れと言われたら困ってしまうのだが。
視界は下へ下へ落ちていき、代わりにルカたちは上へ登っていく。
「さっきカイアスが言ってた通り、ユールが瞳としての力を持って産まれて、力を行使して死ぬんなら、理由は私と同じ。瞳の力を使うと混沌が有り得ないほど多く流れ込むから、身体が耐えられないんだと思う」
「だから早く死ぬ……ということか」
「ん。でも私はエトロにヴァルハラ出禁くらってるから、たかが混沌溜め込んだくらいじゃ死ぬことができない。ので、エトロの瞳の力を使ったら流れ込んだ混沌が身体から抜けるまで眠らなきゃいけない……みたいな。それが、何百年と掛かることもあると」
「……じゃあ、あんたが二年寝てたのは……」
「それだな、多分。オーファンと戦った時……っていうか。コクーンに帰った時何度か未来を視たからね。その上で、いくつか変えてる。未来を視ること、そしてそれ以上に変えることは負担になるから」
「それなら。今回早く目覚めたのはどうして?何百年も掛かるんでしょう?」
ジルの声が静かに問う。あの事件の話になると、ジルとヤーグは明らかに顔が曇る。当然かもしれないと思う一方、そんな顔をさせているのが自分だとも思うから苦しい。
だからこんな話したくないんだ畜生。それでも、語らずにいることをジルもヤーグも許さないのだろう。ルカの未来に関わることだから、一緒に居る限りそれは二人の未来でもある。
「今回はそこまで長く眠らずに済んだと思うよ、そんなに何度も未来視てないし……でもまぁ、二年で済んだのは、多分ライトニングが起こしてくれたから。混沌をヴァルハラに吸いだしてくれたんじゃないかなぁ……そんなことできるのか知らないけど、できるのかも。ライトがいなかったら、私はまだ眠ってたと思う。それが何十年後か、何百年後にもなるのかはわからないけど」
その点については、ライトニングに感謝せねばならないだろう。厄介事に巻き込まれている自覚はあっても、コクーンであのまま眠り続けていた未来を想像するとぞっとする。目が覚めて、何百年と経っていて、もう誰もいない世界で一人……自分がどれほど絶望してしまうのか。
まぁ、寝起きざまにとんだ面倒に巻き込んで来れやがってという気持ちがあるのも確かなのだが。最初は大したことでもないと思っていたのに、セラは一向に見つからないしファルシだのユールだのカイアスだのなんだのと現れやがるしで、“ちょっとした面倒”がどんどん肥大化している気がした。
「あー、とりあえずこの話おしまいね。考えても意味ないし、今はもっと厄介な事態がすぐそこにあるんだし」
「……シド・レインズの死、ねぇ……正直言って、あの男は殺しても死なないと思っていたわ本気で。試してみてもよかったのかもしれないわね。刺すくらいしてみても……」
「そうだな、結局一度も殺してみたことがない。今度会ったらやってみるか」
「うおぉい!?私はどうしたらいいのその展開で!?」
「私の味方をすればいいんじゃないかしら?」
「おおう……さすがに次は殺される気がするんでやめようよぅ……今生きてるのも既に奇跡なんですってホント。……っていうかさぁ、今って何年なんだろう」
「……そうだな。この時代に来る前に居た場所では、“人工ファルシの始点でレインズが死んだ”と言っていたが……」
42階に着いて昇降機を降り、視線を巡らせる。と、何人もの人間が目に入った。タッチパネルらしきものを弄り仕事をしているとみえる者、ただ立っているだけの者と様々だったが、そのうちの一人がやたらと目を引く。
それというのも。
「……ホープくん?」
見慣れた銀の髪に深い緑の眼。ルカたちをぼうっと見つめている彼は間違いなく、AF10年のヤシャス山で出会ったホープ・エストハイム青年だった。少しまた大人びた気はするけれど、それだけ。
ルカは駆け寄ろうとした。かつての仲間の姿は、問答無用で警戒心を吹き飛ばす。けれど寸前、ヤーグがルカの腕を掴んで止めた。
「待て!」
「へ?」
「……様子がおかしい」
言われてみれば。
彼は完全なる無表情で、ルカを見ても表情を一切変えない。ただじっと、人形のように佇んでいる。
ルカはこわごわホープを見つめ、それからゆっくりと背中に背負った剣の柄に手をやりつつホープに近づき始めた。
「ホープくん、なの?」
「……はい、初めまして。ホープ・エストハイムです」
彼はいつもの柔らかい微笑みと共に、ルカにそう告げた。ルカは戸惑い、しかし彼が己の知るホープ・エストハイムではないということを理解する。
初めましてだなんてあんまりな冗談を言うほど、彼は趣味が悪くない。
「嘘。ホープくんじゃない」
「ああ……オリジナルのお知り合いですね。初めましては修正します。こんにちは。ホープ・エストハイムのデュプリケートです」
「で……でゅ、でゅぷり……?」
耳慣れない言葉に困惑していると、耳元でジルが「複製ってことよ」とつぶやく。
複製?……つまりホープの複製だと言うのか。やはり、よく似た贋物なのか。
「デュプリケート。人工生命体です。作られた生命。永遠に残る、ホープ・エストハイムという人物の記録です」
「ほ、ほう……?」
「187年前、ホープ・エストハイムが死んだ時代に遡って、デミ・ファルシによって作られました。何かご質問はございますか」
その声があまりにも抑揚がなくて、ホープらしくないからルカは戸惑う。もっと彼らしければよかったと思うわけではないのだが、ホープにしか見えない彼がホープらしからぬ仕草をしてみせるのがあまりにも奇妙で、喉が逆撫でられるような不快感が消えない。
それでも、質問はあるかと聞いてくれている。これを逃す手はあるまい。
「じゃあ……今は何年?187年前ってことは、もう250年とかそこら?」
「いいえ。現在はAF200年です」
「……え」
「ホープ・エストハイムは、AF13年、シド・レインズ及びアリサ・ザイデルと共に暗殺されました」
端的に言えば、ルカは更に混乱する羽目になった。
AF13年に何があったのか、ルカは何も知らない。知らなかったから、シド一人に何かがあったのだと思っていた。が、それは間違いだったのか。
「先輩と、ホープくんに……何があったの」
「デミ・ファルシによって殺害されました」
そう言いながらホープは緩慢な仕草で、ルカたちが乗ってきたのとは反対方向の昇降機を示した。パスコードは、と思った瞬間、その昇降機のパネルに勝手に文字が入力されていく。直後にパスコードが認証されたらしい軽い音がした。贋ホープの口ぶりからして、デミ・ファルシとやらがその先に居るのだろう、きっと。
が、便利だと感謝できるほど、さすがに脳天気でもないもので。
「罠……だよねぇ……」
「当然だ。デュプリケート?正気じゃない」
「できることならこのまま帰りたいわねぇ……あの男のことなんて放っておいて……」
「うう……ごめんね、付き合わせて」
先程の軽口がそこまで適当な冗談ではなく、事と次第によっては起こり得たと知っているからこそ、申し訳ないとルカは思う。それでも、怖くて仕方がなくて、それが表情や声にも多分出ていて、だからジルもヤーグも途中で投げないのだとわかるから仕方ない。
「でも待って……私の知る先輩はファルシも何も、だって一年で追いかけるって……ん?じゃあAF10年に会った先輩かなぁ……」
その発想は正しい気がした。ルカのよく知る彼はそんなことしないはずなのだ。だったら、ルカの理解の及ばない未来で始まった計画だと思う方が自然。というか、ルカにとって易しい。
「ねえ、なんでファルシなんて作ろうとしたんだっけ」
「コクーンが堕ちるという予言の書が発見されたからです。それがいつかは明確にはわからずとも、いずれコクーンを支える柱には限界が来る。その前にファルシを使って新たなコクーンを空に浮かべるという結論に達したためです」
「ああ……それは確か、あの電光掲示板に書いてあったね。その計画が始まったのがAF13年……?」
「正確には、デミ・ファルシの人格とも呼ぶべき意思決定のための機構、システムが成立したのが13年です。シド・レインズ、ホープ・エストハイムを殺害の後、両名の記憶を吸い出してファルシは完成しました。AF13年以降ならば、デミ・ファルシ=アダムは基本的に存在できることになります」
「……私、ここはAF13年なんだと思ってた。でも200年……。ホープく……じゃなかった。デュプリケート、200年って一体どんな年なの?一体……」
「少し考えればわかることでは?敵を呼び寄せるならば、自分がもっとも権力を振るえる時代に呼ぶ。当然ではありませんか」
彼の平坦な声が告げる。そうか……その通りだ。けれども。
「AF13年に先輩が殺されたっていうんなら!200年のファルシを倒したって意味ないかもしれないじゃん……!」
「ええ、その通りです。所詮仇討ちでしかありませんよ」
にっこりと、突然彼の口角が吊り上がる。それがおぞましくて、ルカの肩は跳ねた。ホープのデュプリケートはその歪な笑みのままでルカに一歩足を進めた。ルカが後ずさる度、彼はルカに近づいてくる。
「どうしますか?逃げ帰っても構わない。己の罪になど、もう向き合わずとも。ライトニング?エトロ?知った事か。あなたが剣を取った理由は実にくだらない。必要のない固執、あなたはAF2年の空の上にさっさと逃げ帰っても構わない」
「な、何、なんで知って、」
「時代のどこかに残った事実は全てファルシの中にある。逃げられるなんて思うな、AF13年までは干渉できるのだか、らっ……」
突然だった。
デュプリケートの額に何かがめり込んで黒い穴を開け、ゆっくりと彼の身体は地面に落ちていく。仰向けに。
隣で、ジルがライフルを構えている。
「こんな至近距離で撃ったらいくらなんでも危ないかと思ったけど、そうでもなかったわね。複製なんて言って、本物みたいな戦闘力は有してないというわけ」
「じ、ジル……」
「何よ。贋物なんでしょう、なら殺した方がホープ・エストハイムも喜ぶわよ」
「そ、それはどうだろう……いや、うん、でもありがとう」
ジルに助けられたことくらいはわかっているので素直に礼を言って、もう一度昇降機の方を見た。
己の罪になど向き合わずとも……か。
「つまり罪に向き合ってほしいと、そういうわけなんだね……」
それなら先輩をネタに釣るなんて真似、ちょっと汚いんじゃないの。ルカは睥睨しつつ口角を上げた。
いくらでも向き合ってやろうじゃないか。どのみち、デミ・ファルシだなんて知りもしない輩に責められる謂れはない。
ルカたちは昇降機に乗り込んだ。
そうして昇った先、50階。
誰も居ない最上階に辿り着き、ルカは一歩踏み出した。
「来たよ。呼ばれたから、来てあげた」
両手に一本ずつ剣を構えながら声を上げてみるも、誰の姿も見えない。ジルとヤーグを昇降機から降りてすぐの場所に留め置き、ルカはゆっくりと誰かしらの気配を探して歩く。
デミ・ファルシ=アダム。ルカを呼んだ人工ファルシが、ここにいるはずだった。
『待っていたよ待っていたんだよお前たちをずっとずっと長い間!』
それは、聞き覚えのある声。三つ重なった、女みたいなそれを聞いて喚起される……あの時受けた苦痛だって全身にまだこびりつくように残っている。全身を灼き尽くすみたいな痛みだった。
だから、それが誰の声かルカは理解していた。
「オーファン……?」
『……滅亡だけが救いをもたらし、絶望だけが奇跡を起こす』
ルカは足許が突然融けて、自分の身体が下へ落ちるような感覚を味わった。そんな馬鹿な、とは思えど、しかし事実として全身が沈み込む。
かと思ったら直後、強い力がルカの身体を丸ごと掴み上に押し上げた。それは、やはり見覚えのある……巨大な手で。目を凝らす先に、三つの顔。巨大な身体が、銀の湖に浮かんでいるかのような。
剣が遠くに転がるのだけはっきりわかった。しまったと思った。
「う、ぐ……!?」
『待っていたよ、待っていたんだよ……』
「お、オーファン……どうして……!」
全身に痛みが走る中でも、ルカは問う。問わねばならない。
あの時、絶対に死んだはずなのだから。オーファンが消えたからこそ、ファングとヴァニラはクリスタルにならなくてはいけなくて、人々は救われた。全ての終わりは、そして始まりは、オーファンの死だったはずだった。
しかしオーファンは答えることなく、ルカを掴む力を強め宙で振り回した。あの時はどうやってこの手から逃れたのか、激痛の中でルカは考える……そして、あの時はオーファンが己を投げ捨てたのだという結論に達した。自力で逃れる術など、思いつかない。
「ルカを離しなさいよ!!」
ジルの声がしていた。その遠く、ヤーグが何度も剣を翳しオーファンに切りつけているのが朦朧とする視界の隅に見える。
絞め落とされて意識を失う寸前を行ったり来たりしていた。苦痛が一瞬和らいで、そして次の瞬間には痛みに戻る。繰り返し、繰り返し。いっそ殺せと頼みたくなりそうなまでの激痛。
……罪か。
これが、自分の罪なのか。
『“……それに、一人で死ぬのは寂しいよね。仕方ないから一緒に行ってやるよ”』
突然鼓膜を打った声に、ルカはその瞬間だけ正気を取り戻した。それは紛れもなく、自分の声だったはずだった。
『うそつき」
目があった。三つのうちで一番幼いオーファンの顔がルカを見ていた。
ああ、もう、どうしたら。
向き合わなければならない罪。そうなのかもしれない。
ルカは一瞬だって、オーファンのことなど考えなかったのだから。一人で彼方に置き去りにした遺児を、ルカは一瞬だって思いやらなかったのだから。
憎まれていて当然だと、混濁する意識の水底で思った。
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