葛藤解決ストラテジ







「えええ……?何でアカデミアに戻ってきちゃうの、ライトニングはここで何をしてほしいわけ?」

「……いや、待て。少し様子がおかしくないか。先程までいたアカデミアではないぞ」

ヤーグが怪訝な顔でそう言うので、ルカも眉をひそめながら周囲を見渡す。言われてみれば確かに、ついさっきまで見ていたAF400年の町並みと雰囲気が異なる。
おそらく、地点は同じ。が、周囲を見渡す限り、アカデミー以外に見覚えのあるものがほとんどない。

「アカデミーと……あの看板ぐらい?AF400年にあったのって」

「ああ。古びているから、つまり……」

「今は未来ってことね」

ジルが頷き、ルカは再度必死に周囲を窺い始めた。ここが未来だとして、一体何年だ。そしてそれ以上に、ここでは何が起こる?

「AF500年……だそうだ」

「先輩、何でわかっ……ああ、なるほどね」

100年前にもあったあの売店の壁掛けのポスターに、“アカデミー創設500周年”とでかでかと印字されていたのである。店は大分寂れていたが、ポスターそのものは真新しいように見えるので、つい最近のものだろう。

「ここで何をしてほしいんだろう。……とりあえず、アカデミーにでも向かうべきかな……」

「そうだな。私も賛成だ」

不意に背中から掛けられた声は、ルカの背筋を逆撫でた。知っている声だった。というか、さっきも出会った。ユールのせいで、殺せなかったけれど。
ルカたちは振り返る。黒衣の男のその姿は、明るいアカデミアの町並みの中で浮かび上がるようにはっきりと見えた。

「カイアス……薄暗いところでばっか遭遇するから光が怖いヒッキーさんかなと思ってたわ。光に当たると溶けるのかと」

「ふん、そうであればよかったのだがな。女神の戯れのせいで、簡単には死ねん」

「誰も死ぬとは言ってない、溶けると言ったんだよ。いいじゃないか液体人生。ビーカーで集めてやるよ、そんで飽きたら海に帰してやるよ」

「ならば君の遺体にも同じことをしてやる」

カイアスがそう言い放ったとほぼ同時、シドの手によってルカは後ろに庇われた。いつもルカの前に立とうとするあの背中だった。

「先輩、こいつちょっとアレだからアレしてコレして私がアレしますよ、庇わないでいいです」

「君のダメなところは語彙の足りなさだ。それから……なんとなく、察した」

ルカは己を押しのけた手のひらが、そのまま一瞬腕を握りこんだのを感じて一瞬鼓動が鳴るのを感じた。いや心臓はいつも鳴っているけれど、いつもより少しだけ高く鳴ったのだ。
と、シドの声が、一段低くなる。

「お前が何をしようとしているのかには私も興味があるぞ……ルカに関係することなら尚更な」

「……興味がある?」

シドの言葉にカイアスは怪訝そうに眉を顰め、シドの影に隠れたルカを一瞬だけちらりと見て、そして喉を鳴らして笑い出した。本当に楽しそうな笑い声だった。それが不愉快で、ルカは背負ったままだった剣をゆっくり繰り出した。シドが隙を見せればその瞬間にも飛び出して、カイアスを狙うつもりだった。
それがまだ叶わないから、どっちつかずの至らなさで足元が覚束ない気さえする。苛立つ。

「なぁに笑ってんだよ……」

「いや……とことん成長しない女だと思ってな」

「みっ、見事500年以上同じ髪同じ服を貫いている誰かにだけは言われたくないんだけど!」

混乱している時ほど無意味に挑発してしまうあの癖が、歳末大感謝祭ばりの大安売りで発揮されていた。……なんで自分に対しても無意味に強がっているんだか……。ルカは内心でだけ、自分に舌打ちを与える。表層ではもちろん笑った。強がりだ。
カイアスはルカの挑発はもう無視することに決めたらしく、視線をルカの隣に立つジルとヤーグに向けた。

「まだ話していなかったのか。が、そこの二人はもうそろそろ気付く頃ではないのか?」

「……気付く、とは?」

「旅に混じったばかりではわからんか。私の目的は、時の概念を壊すことだ」

シドの問いにカイアスが答える。順当な答えにはなっていないが、それでもその先に答えがあることは知れる。ルカは武器の柄を握り直した。言われたくないことがある。友人たちに、伝えられては困ることが。
そしておそらく、それはこの黒衣の男に見透かされているのだろう。カイアスは再度、ルカに視線を合わせる。目が笑っていた。

「また裏切る気か?そんなことで、よくもまぁ大切だの愛しているだのと言えたものだ」

「……あんたにはわからないかもしれないけど、それとこれとは……!」

「違う?なぜ?女神の死は私だけでなく、彼らにとっても光明となるだろうに」

「……聞いてやってるうちに、説明なさいな」

不意に、ジルが一歩前に進み出た。ルカがカイアスの言葉を振り払うために握りしめた剣の柄の、上の方をヤーグが押さえつけた。その力は決して強くないのに、斜めの持ち手に対して真っ直ぐ下へ圧力をかけられるとルカでは振り払えない。ヤーグの力が相手では、ルカには重すぎて。
カイアスの目の奥に、嘲りが見える。

「女神が完全に死ねば、時の理は完全に崩れる。そうなればユールが新しく生まれることがないだけでなく……全ての人間がルカと同じになる」

「それは、つまり……」

「彼女はもう、取り残されない」

誰かが息を飲んだのを、ルカは聞いた。そして同時に、沸騰するみたいな熱を感じる。
怒りのせいか、恐怖のせいか、それともあってはならない喜びのせいかはわからなかった。カイアスは順繰りに、ルカの友人を恋人を見つめる。ルカには今窺えない、彼らの目を見ている。

「お前たちは、置いて行かないで済む。これから先、必ずルカが味わうことになる絶望から彼女を守れる」

「……でもそんなことのために、女神が死んだら。世界は腐っていくじゃない。緩慢な死を全ての人が味わうことになるんだよ。放り出されるのは世界だから。人間じゃない、世界なんだから。寿命を失って、死んでも楽になれない世界になるんだよ……!!」

「けれどそんなことを気にする人間かな、君たちは」

君たち、とカイアスは呼ぶ。指し示された複数形に己が含まれているのかどうか、ルカには測りかねた。今でもそんなことを許してはならないと思っている。ルカの生に、最愛の彼らを巻き込むなんてぞっとするけれども。
それでも、世界を代償にしてさえ無茶を働くカイアスに全く共感できないわけではなかったから。ユールのために世界を作り替えてもいいって言う、その願いが理解できてしまう己に彼を非難する資格があるのだろうか?今更そんなことを思った。
結局、カイアスを批判する理由は、彼の行動に巻き込まれたくないからというその一点に尽きるのである。カイアスが自害して心臓を潰せば、エトロも死ぬ。その結果ユールが救われる、ただそれだけならばルカは彼を邪魔などしない。むしろ、ユールのために協力することさえやぶさかではなかったはずだ。

でも、カイアスはそれ以外のすべての人々を犠牲にすると言うから。

「時間はないが、その僅かな時間に考えろ。所詮二択だ。生きるか、死ぬか。この世の命題は結局そこに終始するのだから」

さあ、全てを始めよう。
カイアスはそう言って、踵を返した。

最後は呟くような、自分に言い聞かせるかのような声音だった。その言葉に滲む覚悟に恐怖して、今しかないとルカは知る。

ルカは奥歯がガチりと鳴って、噛み合わないその音が脳に響くのを聞いた。それが自分への合図になって、ルカは無理やりヤーグを振り払いシドを押しのけ、そして全力で地面を蹴った。脚力によって身体が浮き上がり、一瞬の無重力を味わう。
繰り出す刃は腕の延長のようで、刃の限界が思う通りの位置を掻く。それは熟達した己の能力が、遺憾無く全て発揮されたことを示す指標である。間違いなく一突き、抉る寸前掠めるのはカイアス。その首の、後ろの皮膚。

ルカの視界で、それは届いた。だって、届くはずだった。
それなのに、コンマ一秒で引き戻された。剣が手から抜けて跳ねるようにして落ちるのを呆然と見送って、それからようやく何が起きたのか理解する。

「っあ……」

届かなかった。血が舞いさえしない。そしてそこに、カイアスはいない。
門は開き、彼は消え、後には膝をつくルカがあった。剣は数歩先に転がっている。どういうことだと、確実に捉えたはずだと、ルカは狼狽える。狼狽えて、困惑して、でも結局“寸前で自分を掴んで”、“今も腕を後ろから掴む”彼を振り返った。
そこには、困惑しきった表情のシドがいた。それを、珍しいなと評する余裕さえなかった。

「先輩……何で、邪魔するの……」

「……それは、」

シドの目がついとそらされた。言葉に詰まっているようだった。シドの手からは力が抜け、そうなるとルカの腕も捕まえてきられずだらりと垂れた。
それを睨むように見ていたジルが隣に立ち、ルカに両手を差し伸べる。それに掴まって立って、そして、立ち上がると同時にルカは凄まじい勢いで頭部への攻撃を受けた。

紛うことなき頭突きであった。

「あだっ!?」

「……ルカ……あんた、いつになったら懲りるの……?」

「ジルちょっと待って目がマジだよ突然なんなんです」

「カイアスの言葉のことよ」

自分から仕掛けただけあって、どう転んでも痛み分けの攻撃から直ぐ様復活したジルはただでさえ大きい目を見開きルカを見つめた。明らかに本気で怒っている。

「ルカ。あの男の言葉は、真実なの?」

背筋がぴしりと、凍る気がした。唇がうまく動かない。なんとか誤魔化さなければと頭が命じるそばで、心がそれを拒絶していた。

「ジル……」

「……そう。わかったわ」

どう答えればいいか窮すると、ジルはそれを返答に解釈し頷いた。否定できない以上、確かに真実であると知れる。
ルカは唇を噛んだ。今殺しておけば、全て済んだのに。心臓さえ奪ってしまえば。永遠に脈打つ心臓……ルカはそれを抱えて、守りながらまた生きる。それでよかった。それが正解だった。誰にとっての正解かは、わからないけれど。

ルカは再度、カイアスの去った地点を見つめる。それから目を閉じ、顔を上げた。

「ねえ。カイアスはどこに行ったんだろう」

「……そんなこと、私達が知るか」

「なら考えないと。急がないと、あいつ何をする気か……」

何をする気か。……そんなの決まっている。ルカは考える。カイアスの言葉を考える。
カイアスの心臓には、エトロの力の大部分がある。それはエトロの生命力も同義で、失えばそれだけエトロは弱体化する。カイアスの目的はエトロを殺すことだから、結局最後にはその心臓を潰さねばならない。
では今何をやっている?さっさと潰してしまえばいいのだ、それでエトロが殺せるのなら。
カイアスが何やら意味深長で物騒なことばかり言いながらそれでも今まだ生きながらえているのは、つまりそれだけではエトロを殺せないからではないのか。

「……ならなんで、私を見逃すの」

専有部分が減っている、とカイアスは言った。でもルカとユール以外にエトロの力を与えられた存在なんてない。ならば、ユールもルカも殺さないでどうやってその力を断つ?

「ライト……なのかな……」

あと他に、エトロの関係者といえば彼女しかもう思いつかなかった。
カイアス曰く、ライトニングは混沌の流入によってヴァルハラに押し流されたという。それなら、彼女がエトロの力を所有していてもおかしくない。むしろ自然だ。

「ライトを助けないと。……カイアスは、ライトを殺す気なのかも……!ヴァルハラに行かなきゃだ……」

「また、助けに行くのか」

ヤーグが不意に強い声音で言った。また行くのかと、その声は責めている。なぜ突然そんなことを言うのかと、ルカは眉を顰めた。
そもそもヤーグがなぜこの旅についてきたのかさえルカは知らない。旅に出る、言った瞬間ついていくと彼は告げた。その彼が、なぜ今になって苦言を呈するのか。ルカには見当さえつかない。

彼は、何も言い返さないルカに、正確な意思の疎通ができていないことを悟ったらしい。一つため息をついてから、「いい加減にしろ」と言った。

「あのファロン軍曹が殺される可能性があるというほどなら、もう関わらない方がいい。仲間を見殺しにするのは気が引けるだろうが、それでもわざわざ危険に首を突っ込む必要はない。これ以上は危険だし、何より、わけのわからないことに振り回されるのもうんざりだ」

「……ライトを、放っておく?なにそれ」

ルカは唇を震わせた。ヤーグの目がついと逸らされる。
優柔不断ながら意思の強い彼だから、本当に何かを主張するときには絶対に目を逸らさない。でも今は違った。つまり、彼は自信のない言葉を放っている。あるいは、本心ではないもの……彼らしからぬ欺瞞を。
彼の本心がどこにあるのかはわからなかったが、それがなんであれ、ルカはそれを受容できない。ライトニングのことも、今は大切に思っているからだ。

「言っておくけど、世界があの時救われたのは……みんなが危険を顧みず戦ったからだよ。みんなが大切な人のために戦ったからだよ。……私も諦めなかったよ。あなたたちがその後も生きてくれるなら、他にはなにもいらないって何度も願ったのよ」

その続きを言うつもりはなかった。本当だ。
でも無理だった。それぐらい追い詰められている。

「貧血でくらくらして、何で孤独になったのかわからなくて動けなかったとき、近くにいてくれたのはライトだった。信用できるかすら怪しい私に、一緒に来るか聞いてくれたのは彼女だった」

アークの終わりに、ライトは鉄拳制裁までも交えながらルカを再度立ち上がらせてくれた。ルカは忘れない。
ヤーグと袂を分かちジルには武器を向けられシドには腹に穴まで開けられ、見事に全部失ったルカの呼吸が続いたのは、全部彼女のおかげだった。だから今は、彼女のためにだって生命を使う。
でも、彼らにそれに付き合ってほしいとは到底思っていなかった。ので。

「……もう、着いてきてくれなくていい。ここから先は私の戦いだし。先輩もヤーグもジルも、もう関係ない」

「放っておけるか、馬鹿」

唇を噛んで俯いたルカに、あくまでそっけなくシドが言った。ジルも、ヤーグも、それを否定しなかった。見上げれば、不安げに、それでも心配そうにルカを覗きこむ二人と目があった。
誰も、ヴァルハラまでは連れていかないけれど。ルカは絶対にその道を選択しないけれど。それでも、彼らが近くにいることが原動力になってしまうのは仕方ない。

「ルカさん!!」

と、不意に突然、風上から声が降ってきた。顔を上げると、そこにはホープが焦った顔色で立っていた。彼が立っているのは大きな飛空艇の甲板部分であり、その部分がやたら広くとられていることから飛空艇というより飛空戦車であることが見て取れる。
ホープは接岸するように寄せた飛空戦車から飛び降り、ルカたちの元へ駆け寄ってきた。彼は息を切らしながら、「急いでください」と懸命に伝えた。

「コクーンはもうすぐ沈みます。新しいコクーンへの移住が進んでいて、だからここにいてはだめです。それから……セラさんたちは、もう向かいました」

「なんっ……、何それ、どこに!?」

「カイアスを止めると言って、ヴァルハラに向かいました。ここからじゃアカデミーが邪魔で見えませんが、向こうです。空に穴が空いて、そこからモンスターが……!」

空からモンスターが降ってくると聞いて、最初に思い出すのは500年前のことだった。カタストロフィ、あの日コクーンにはファルシが招いたモンスターが降った。ルカたちは顔を見合わせ、そしてすぐさま駆け出そうとした。知った声が後ろから掛からなければ、多分そうなっていただろう。

「地べた走って一体何に追いつくんだよ。それでも文明人か、こら」

「……はぁっ!?」

耳慣れた、微かに馬鹿にするような声だった。
軽快で躊躇いなく、その声音は耳朶を打つ。それは、かつてルカを空へと初めて連れていったあの男であった。

「リグディっ!?」

「なんっ……何で、お前が」

ジルとヤーグまでもが一瞬声を失い、それから慌ててリグディに詰め寄る。リグディは珍しくも血相を変えた二人に驚いて、二歩後ろに後ずさった。リグディがたじろいでいるというところまで含めて、珍しい光景だった。
困惑しつつもリグディを問い詰めようと思った、その瞬間だった。ふと気付いた。隣に立つ彼が、いつもの表情を一切崩していないことに。微動だにしないばかりか、彼はただ沈黙を保っている。

「……先輩、なぜ隠してた」

「誰も、隠してたとか、言ってない、だろう?」

「読点多いんだよ多すぎるんだよ!!笑うなら!いっそ普通に!笑えば!いいじゃない!」

「本当に、隠しては……くくっ……。多分そういうことになるだろうなぁと思っていた程度だぞ、……くくく」

戸惑っているジルとヤーグが面白すぎるらしい。そういう人間である。ああもういい、と諦めてルカは手を伸ばしリグディのシャツの襟首を掴んだ。

「うぉらァ吐けコラ、どうやって追ってきた」

「吐くもへったくれも別に悪いことしてねぇよ離せコラ。……閣下が消えた後、しばらくしてネオ・ボーダムの近くで妙な石英の彫像が発見されてな。一緒に見つかった同色の石英を調べてたら、俺だけなんか飛ばされたの。この時代にホープがいなけりゃ、相当困ったことになったろうな」

「……リグディってさ、不幸体質って呼ばれない?前から思ってたけど」

「思ってたのかよちくしょう」

「思うよ、何でそんなにいつも窮地に陥ってるの?いつでも助けてあげられるわけじゃないんだからね?」

「ウワァむかつく!そもそもお前別に助けてくれようとかしてるわけじゃねーだろ、適当に一人で暴れていつの間にか解決してるだけじゃねーか!」

「それは先輩の計算です私のせいじゃない!」

「こらこらそういうことを言わない」

後ろからあくまで優しく、大きな手のひらが頭を押さえつける。あくまで、優しくだ。痛みはない。が、ルカは全く動けなくなった。

「ぐぬぬぬぬ……!」

「……まぁそういうわけで、俺も時空超えちゃったんで、せっかくだから助けに来てみた」

「ああ……それで飛空艇か……」

ヤーグがようやく会話に追いついて、リグディの後ろに停められた戦闘用飛空艇に視線を向ける。リグディは、これに乗ってきたらしい。そして“助けに来てみた”と言うのなら、これでどこぞへ運んでくれたりするのだろうか。問えば、「たりめーだろ。そもそも、セラ・ファロンたちが消えたのは上空数百メートルのところだ。歩いて到達できる場所じゃねえ」と彼は言い放つ。と、シドたちはなんとも言えない表情で黙りこくった。セラを追いたいのはルカ一人なので当然だったが、リグディはなにか変なことを言ったろうかと問うみたいに顔を顰めた。

「……うん、とりあえずリグディ、急いでそこに連れていってくれる?」

「おう。じゃ、早く乗り込め」

そう言って、リグディはさっさと操縦席に続くハッチを開けて身体を滑りこませる。それを見送ってから、ルカは一度三人を振り返った。
彼らは思い思いに、けれどよく似た表情をしていた。

ルカは知っている。うぬぼれでなく、彼らは確かに自分を大事に思ってくれているのだと。無二で、互いに最愛だと、あるいは矛盾しうるほど強く互いを想っていると。
決してうぬぼれではない。知っている。本来簡単ではない愛の証明とやらを、もう何度も繰り返しているのだ。いっそ笑えてくるほど、何度も。

だから、その表情の意味にだってもう気付いている。カイアスの先程の言葉だ。考えないようにしていた七面倒なあれやこれやを、とりあえず全て解決できる道がある。ルカは、カイアスの選択を否定できない。ずっとそうだ。今まで一度たりとも、そんな結末は嫌だと、心の底から望まないと……カイアスを否定することが、ルカにはできていない。

永遠、か。大切な人と永遠に一緒に生きていける世界か。どんなに呪われていたって、その世界を望まずになんていられない。当たり前だ、人間なんだから。永遠に彼らと生きていく。それはかつて、ルカがしがみついていた学生時代にどこか似て……どうしたって、焦がれる。
でもそれは、あの時、カイアスのせいで落とされた過去の世界で拒絶したことだ。永遠に幸せで、閉じられた世界で生きていく。ライトニングの永遠の孤独と引き換えに、永遠の幸福を得る。あの時否定した、その気持ちは変わっていない。ライトニングの不幸と引き換えに幸福になるなんて、嫌だ。

ルカは、何も言えなかった。ので、無言で踵を返し、リグディの後を追う。
今は迷わない以外に、できることが思いつかなかった。







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