膠着の転換点







「別に久しぶりでもなくない?」

「私にとっては久しぶりだ。前に会ったのを、もうほとんど覚えていないくらいにはな」

「タイムトラベルしてるとほんと会話かみ合わなくなるよね、誰だこんな奇天烈なこと始めたのは。お前だ」

「やかましい。始めたわけじゃない、結果的にそうなったんだ」

ライトニングは呆れた様子で溜息を吐きながら腕を組み替えた。あの、眠っている間に出会ったヴァルハラのライトニング同様、露出度が高いんだか低いんだかいや高い格好をしている。本当に何をしているんだか、とルカはルカで呆れ返った。

「ここ、どこ?文字通り世界の終わり的な様相ですが」

「ああ、正解だ。ここはAF700年、世界が終わる寸前の場所だよ」

「……はぁぁー……?」

「何だその気の抜けたような顔は」

「コメントのしようがないの、こんなん。世界が終わるって……カイアスのせい?」

「当たらずといえども遠からずだな。もちろんあの男のせいでもある。が、それだけではない」

遠回りな言い方に眉を顰めたルカを一瞥すると、ライトニングはルカに背中を向け海の向こうを見つめた。地平線は灰色の空と入り混じり、不鮮明でその位置さえ知れない。
世界の終わりか。ルカは目を細める。カイアスを止めることができなければこうなると、見せつけられているのだろう。

「……しかし、まさか全員着いてくるとはな。レインズまで」

「ん?ああ……ジルたちの話?」

「ああ。不思議なまでに人望のない女だなと思っていたんだが、違ったようだ」

「この旅を始めてから皆さんがあの旅の最中私に対して思っていた大変失礼なお言葉の数々を知れて嬉しい限りだちくしょーめ」

「いや、本当に不思議だったんだ。どうしてこんな必死なやつを誰しもが裏切るのかと思えば、ファルシの目論見があって。結局は自業自得だったわけだが」

「うぐっ……、で、でも逆に良かったんだよ」

ルカは自分が悪い方が安心する。それでも彼らが共に生きてくれると、知っているからこその甘えだが。

「みんなが自分を責めるのが、私は一番いや。それは私にはどうしようもできないことだから。悲しまれるくらいなら、私が責めを負いたい」

「お前は本当に救いようのないバカだな」

「否定はしないがスノウくんほどではない。あいつ!またルシに!なってるんですけど!!どういうこと君んとこの義弟!」

「……まだ弟じゃない」

「まだ認めない気か、頑固だなライトも……」

とたん苦々しい顔になって否定する彼女に、ルカは溜息をついた。が、ライトニングの表情からスノウを認めていないわけではなく、彼らの結婚を承認していないだけなのだろうなとなんとなく気付いた。

「……認めんさ。これからどうなるかわからないんだ。そんな状態で、あのバカにまた何か背負わせれば、暴走するに決まってる」

「してるよ既に」

「わかってる……」

隣に並んで見つめる先、ライトニングは疲れきった表情で項垂れた。セラの未来がまだ判然としない以上、それをそのままスノウの人生に被せるわけにはいかないと彼女は思っているのだろう。スノウだって、もう気に入らないだけの男ではなく、彼女にとっても大事な仲間なのだから。

まぁ、そんな彼女にとって誤算だったのはスノウが想定より少々バカだったところか。ルカは酷いことを考えた。ライトがどうしたところで、スノウは自分の意思でセラのためライトのため旅に出たし、それを追うようにセラだって旅に出た。人が誰かのために願う力の強さというものは、こと対象が自分だと過小に評価してしまいがちだが、気付いた時には取り返しがつかないぐらいそれに救われてしまっているものだ。実体験から、ルカはよく知っている。

そしてルカもまた、ライトのために願う。

「ねえライト。そこから戻っては来られないの?」

「ヴァルハラから?無理だ。ここに今存在するのだって、半分嘘なんだ。相手がお前だから会話できているだけで」

「あの時、混沌がライトに流れ込んだって、カイアスは言ってた。何が起きたの?どうしてライトがそんなところに囚われなきゃなんないの」

「……お前は、オーファンとの戦いを覚えているか?」

忘れるはずがない。その上最近強制的に思い出させられた。ルカは口の端を歪め頷いた。

「私達は一度シ骸になった。それが元に戻された。オーファンを倒した後もそうだ。クリスタルとなって、そして元に戻された。なんとか数は抑えたとしてもかなりの死者を出して門が大きく開いていた状況で、女神は必死に私達を守った」

「……」

「その結果、女神は弱りすぎて……自分の身さえ守れなくなったんだ。そのために、誰かが必要だった。ヴァルハラで女神の盾となり剣となる誰かが必要だった」

「それなら……私でもいいじゃん。ユールはちょっとむずかしいかもしんないけど、私でもよかったじゃん……!」

やっぱり、ライトニングが背負う必要なんてなかったのではないか。なんでライトニングがこんなことに巻き込まれてしまったのか不思議だったけれど、やはり不自然な事態だったのだ。ルカは歯噛みする。
どんな事情があったって、自分の仲間が奪い去られていい理由にはならない。

「……まぁ、なぜ私が、とは思ったがな。まぁ、スノウはセラと一緒にいてやってほしかったし、サッズにも息子が戻ったし、ホープを巻き込む方が嫌だし、どのみち暇なのは私ぐらいなものだったからな」

「だからっ、それなら私でいいじゃん!何でライトが人身御供みたいになってんの、借金まみれか漁船か強制労働か、返済なんて終わらんぞ!いくらヴァルハラに入れないっつっても、そんなの女神なら何とかできるだろうし!それで私が死んで、ヴァルハラに行けば……!」

「ルカじゃだめだったんだ」

一人で空回り大騒ぎするルカの言葉に的確に返事を返しながらライトは顔を上げ、曇った空を見上げ呟くように続ける。

「女神はお前を哀れんだんだろう。死のうとまでしたお前に、また重荷を背負わせたくなかったんだろう。だから代わりに、私が選ばれた」

「そんなことって……!哀れだからって、何よそれ……!」

女神は慈悲深いが、同時に慈悲という言葉の意味をわかっていない節がある。羊を救うためならば、食事のためにそれを追う狼を殺すことを躊躇わないような……偏った主観だけで、絶大な力を行使してしまう。
ルカを哀れむ反面で、彼女はライトニングを哀れまなかった。その結果、彼女たちは道を違えてしまった。その償いは誰が負う。誰が元に戻してくれる。

「方法を考えようよライト。戻ってこれる方法。このままじゃダメだよ……!」

「無理だ、そんなの。私がヴァルハラを守らないと。それだけが最後の希望なんだ」

「守るって……カイアスから?やっぱりあいつのせいなんでしょ!?」

「……ああ。あいつから、守らなきゃならない。でもそれだけじゃないんだ。カイアスが何もしなくても、女神の弱体化によって結局この未来には辿り着く。下界では人間は生き延びられない。どうにかそれも防いで……戦わないと」

ライトニングやっと再びルカと視線をあわせてくれた。そして、諦めたような笑顔で頷く。
ルカはカッと眼の奥が赤く燃え上がるような感覚を味わった。そんなこと……許せるものか。ライトニングだけあんな灰色の世界に閉じ込められて、それがきっとほとんど永久に続く。続いてしまう。

ルカは“自分でもよかったではないか”と言ったが、実際自分が背負わされていたらおそらく自分の現状を理解しただけで気が狂っていたと思う。生きるでも死ぬでもなく、戦いをひたすら続ける。そんなことを理解した瞬間、自分だったならきっとまた……。

「(死にたいって、何度も思った)」

もうほとんど思い出せない、過去のこと。自分がルカ・カサブランカになる前だ。その頃のことで覚えているのは強烈な感情だけだった。なけなしの意識を燃やし尽くして掻き消してほしいと、ただそれだけ願っていた。怠惰に投げ出した指先は、己の胸を裂くためにさえ動かなくなって。

「でも。私だってまだ、生きるんだよ……ずっとライトニングのことを考えながら、ヴァルハラのことを考えながら、何もできずに」

長く続いた生の果ては、それでもまだ終わりではない。
カイアスの言葉が非常に気になるけれど、ルカはやはりこれからまた何十年……いや、何百年と生きるのだと思う。その全ての瞬間、ルカはライトニングを忘れない。ヴァルハラに飲み込まれてずっと戦い続ける彼女を忘れない。

カイアスの手によって過去に迷い込み、士官学校時代のシドに出会った。彼は永遠にあの幸せな空間で、ルカを守ってくれると言った。
ルカはその手の中から、それでも立ち上がった。偽りだったとしても永遠に続く幸福を、ライトニングの孤独と引き換えてはいけないとわかっていたからだ。それ以上に、そんなことはしたくないと思ったからだ。

ライトニングはまた、視線を海へと動かした。それはヴァルハラの暗く濁ったあの水面に似ている。ルカが底を見た、あの水面だ。

「お前が仲間で良かったよ。バカだし無鉄砲だし常識とか吹き飛んでるけど、でもちゃんと動いてくれた」

「そりゃあ……仲間の頼みだから」

「だから、セラを守ってくれ。私は自分でなんとかできるけど、セラに託したものは……重すぎる」

「……セラちゃんに託したのって、何なの?」

「未来だよ」

ライトニングはそれだけ言って、踵を返す。抽象的すぎて窺えない真意を知るために反射的に彼女を追った、その先だった。
つい先程までは見えなかった、明らかに存在しなかったものがライトニングの肩越しに見えた。ルカは一瞬全ての思考を忘れ、駈け出した。

「先輩!ジル、ヤーグ!!」

灰色の砂浜に打ち上げられている三人の姿があまりにも寒々しかったので、ルカの背筋が一気に冷えた。傍らに膝をついて脈をとり呼吸を確かめ、彼らが無事だとわかるまでその肝が冷える感覚は続く。ああ、ああ大丈夫だ……無事だ、よかった。

「お前も守ってくれ」

安堵の中で胸を撫で下ろす背後、ライトニングがそう言った。“未来を守る”なんて具体性に欠けすぎるだろうと文句を言おうとルカが振り返る、その先にライトニングはもう存在しなかった。
代わりに不可視の混沌が、大きく口を開けていた。

「ライトニング……?」

「……う」

彼女を探すために立ち上がろうとした、その足元でシドがうめいた。ルカは慌てて彼に目線を合わせる。と、顔を顰めながら見上げる彼と目があった。

「ルカ?これは……一体」

「先輩大丈夫?頭いたい?」

「……どこよここ。寒いわ」

「私の記憶が正しければつい数秒前までアカデミアに居たはずだが……」

彼を助け起こす傍らで、ジルとヤーグも続けざまに目を覚ました。ルカは無意識にいからせていた肩がふっと降りるのを感じつつ、額を押さえた。ああもう、心臓に悪い。
とりあえず、起き抜けのジルの質問に答えることにした。現状把握は問題解決の第一歩である。

「ここは、AF700年。世界が終わる寸前の世界だって、ライトニングは言ってた」

「ライトニング……?ファロン軍曹か?……会ったのか?」

いぶかるような目で問うシドに首肯を返し、ルカは立ち上がった。膝についた砂を払う。

「ライトが言うには、やっぱりカイアスのせいみたい。でも、下界で生きようとすればどのみち世界は滅んでしまうって。それを防ぐのは……私達には難しそうだね」

「ホープ・エストハイムの仕事だな、それは。我々のすべきことは……」

「カイアスをぶっ殺すことね」

ジルが口の端を歪めて言うので、ルカは軽く身震いしながら「お、おう、それそれ」と何度も頷いた。

「セラちゃんも未来を守るために戦ってるんだって。それで、私達の頼まれごとはセラちゃんを助けることだから……」

「そうと決まったらほら、殺しに行きましょう。さくさく殺しましょう」

「ねぇジルどうしたの何でそんな怒ってんの」

声に混じるあまりに強い色に困惑しつつ、ルカがそう問うと、彼女は呆れたように溜息をついた。

「はぁ……むしろあんたがまるで怒っていないことに驚くわ」

「そのきれやすさをなんとかしないと早く老けるぞ」

「うるっさいわねレインズあんたが先に死ねば多少は心穏やかに生きられるわよ!っていうかあんただってあいつに一度でも会えば殺したくなるわよ絶対!」

「しかし冷えたな、何で海なんかに半分浸かっていたのだか……」

「大丈夫ヤーグ?風邪ひかないでよ」

シドにあわや殴りかからんといった様子でつっかかるジルを横目に見つつ、ルカはヤーグを気遣った。可能なら服を乾かすとか、いっそ買い換えるとか着替えるとかしたいところだが、ここでは店どころか生き物さえ微生物以上のサイズでは見つからなさそうだ。なんせ羽虫すらいない。

ので、おそらくライトニングが遺していったのだろう不可視の門へと向かうことにする。深い闇が渦巻くような、混沌の穴。

「問題はこれがどこにつながってるかだよねぇ……」

「お前が門を開けばいいんじゃないか?」

「ヤーグさん鋭いー。いやーやってもいいんだけどさ、ライトニングがわざわざ遺したんだから、何か理由があると思うんだよね」

「それならリスク承知で飛び込むしかないだろう」

まさしくその通りだ。どのみち、ここにとどまっても得るものはないのだから。
ルカは頷き、闇の先を見ようと目を凝らして歩き始めた。隣を歩く人間がいてくれることに少し感謝する。赤信号もみんなで渡れば……というやつかもしれないが、恐怖がない。
ライトニングには、今そんな人間が一人もいない。一人で戦い続けることの難しさは知っているつもりだ。だから、今度はルカがその隣を目指す。
目を閉じて、落ちて、開ける。息をするみたいに簡単な動作と一瞬の浮遊感ののち、足裏が地面の感触を確かめた。世界の末路のあの場所より、ずっと硬い。
そこは、つい先程発ったはずの、あのアカデミアだった。









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