Close enough to start the fight.
飛空艇というか、エアバイクがあったのでそちらにした。小型飛空艇は一番安いもので値段が億を数えるのだ。対してエアバイクは数十万で済む。強奪するんでも、エアバイクの方が良心が咎めない。
「ヤーグがんばれー速度落とすなー!」
「そもそもこれ一人乗りなんだぞわかってるのか……!!」
「安全に降り立てればそれでいいわよ」
「それが一番難しいわ!!」
そう怒鳴るヤーグの、今は足の間にいる。ちなみにヤーグの後ろからジルが指示を飛ばしている。一人乗りのエアバイク故、三人も乗ればどうしてもがたがたとした運転になるのは仕方がない。まあ積載限度っていうのは絶対少なめに見積もっているから、限界を超えているとしてもちょっとだよきっと。多分。
「ネオ・ボーダムって近い?」
「幸い遠くはない。この速度でなら、二十分程度で着くだろう」
「そっか。それはよかった……、って、ん?」
ヤーグの持つハンドルの下、小さなライトが点滅しだした。なんだろうこれ。私は身を屈め、そこに手を伸ばす。えーと……位置情報検索対応……。
「追われとる!!」
「はぁぁっ!?もう!?やだちょっとヤーグなんとかしなさいよ!」
「私にどうしろと……!」
いやマジでどうしよう。視線を巡らせた。さすがにもうリンドブルムは見えないし、高度も低いが、平原が遠くまで広がっていた。視認するのも不可能じゃないし、レーダーだったら一発で捕捉されてしまう。……でも、セラちゃんの名前を出しまくったから、本当に追われているとすればGPSなんて関係なく追いつかれてしまうだろう。だとしても、とにかくセラちゃんに出会えるのが一番。だったら、こうするしかない。
「急いでヤーグ、ハリーハリー!」
「……っておい!?」
私はアクセルブレーキに置かれたヤーグの左足に爪先を重ね、強く押し込めた。瞬間全身に掛かる圧力が増し、過ぎ去る風景が速くなる。二十分と言わず、十分で行こう。
ヤーグが慌ててハンドル操作に忙しくなるのについ笑い声を立てながら、後ろから覗き込むジルと目を合わせた。彼女も目が愉しげだ。こうして三人、また一緒にバカっぽいことしてるなんて……。嬉しくて仕方ない。
景色からはだんだん緑が減ってきた。微かに潮の香りもするような。風が強いのだろう。
「見えてきたぞ」
「ネオ・ボーダム?」
顔を上げると、平たい家が横に広がっているのが少し遠くに見えた。木が剥き出しの、色味の統一された街。村と呼んだ方が正しいか?
セラちゃんとスノウくんが作った場所か……どうしようすでに子供とか居たら。御祝儀とか持ってないよ。それに、そんなことになってたらライトがキレそうだ。子供をデレデレ可愛がりながらスノウくんボコボコにしそう。今ヴァルハラだけど。さすがにそのためだけにヴァルハラから出てこれんよな……っていうか、ヴァルハラからどうやって出てくるんだろう?なんであんなところに居るのかも、まだよくわからない。文字通り、夢で会えたらまた話が聞けるのに。
あのときどんな会話をしたんだか、正直あまりはっきり覚えていないのだ。またいろいろ忘れてる。だめなやつだなぁ私……。
「どこに駐めればいい?」
「んー……隠しとこうか、あのへんの岩場なら隠せるんじゃない?」
「ああ、じゃあ駐める」
「ルカ、落ちないように気をつけなさいよ」
岩の影にヤーグがエアバイクを駐め、私はジルの忠告に従って飛び降りる。靴が室内履きの、低いヒールのパンプスなのに今更気づいて少しだけ嫌気が差した。せめてもっと動きやすい靴で来ればよかった。服も、シャツに膝丈のパンツという軽装だ。旅を続けるためには、どこかで装備を整えなくてはいけない。武器だって先のねじ曲がった果物ナイフだけだ。
ヤーグが降りた後で、降りるジルに手を貸す。彼女は素直に手を取って地面に足を下ろした。思えば珍しく、彼女もパンツスタイルだ。ヒールもそう高くないし、動きやすさ重視な気がする。
そう告げてみると、彼女はついと目を逸らした。
「下界をスカートにヒールで全力疾走してみればわかるわよ……」
「は?ジルが全力疾走したの?」
「ヤーグと一緒にね。あいつはホント最低よ、こっちの体力考えず一人で突っ走って」
「それは平然と着いてくるから……!」
ジルの、人差し指の第二関節だけ尖らせた拳がヤーグの肩にぐりぐりとめり込んでいく。ヤーグが逃れようと身を捩るけれど、ジルの手は真っ直ぐ伸びて追随する。もうやめたげ……ああー痛そう……ああー……。うん、いいやほっとこう。
ジルが満足するまで二十秒ほどそれが続いた後で、私たちはネオ・ボーダムの方へ向き直る。
「セラちゃんはー、元気かなっと」
「セラ・ファロンねぇ……なんであんたが彼女に会いたいのかは知らないけど、大事な用なんでしょうね?」
「ん。命の危険があるって……だから、何が何でも助けなきゃ」
ライトが私に頼み事をするなんて異常な気がする。あの短く長い旅路の中で、ライトが私に頼んだのは「ホープを頼む」だけだった。たぶん、私が忘れてなければ。自信はない。いつものことである、悲しいことに。
「近くで見ると結構大きなところだね。やっぱりボーダム市民が作ってるのかな」
「ああ。そう聞いている」
足を踏み入れた村は、華やかさはないものの必要なものはひと通り揃っているみたいだ。畑も道すがら見えた。下界で育つ食物はおそらく味が濃いだろうが、さてそれが改良されるのが先かみんなの味覚が変わるのが先か……。
人々が楽しげに談笑していたり、魚釣りしていたり。元から苦労を好んだボーダムの人間だけあって、コクーンにいた頃とあまり変わらないような気がする。おそらく苦労は多いけれど、生活できないほどではないだろう。
「ふうん……がんばったんだね。二年だもんね」
「人間はファルシがいなきゃ何もできないものだと思ってたわ」
ジルがそう、ぼそりと呟く。私は一瞬言葉を失った。
そうだ。ファルシという存在は、人間が生まれて間もなく現れ、支配したり育てたりしてきた。その間中、人間はただひたすら翻弄され続けてきた。恩恵を受けるときも、突風に足元を浚われるときも。
これは随分、久々の自由だ。私も思い出せないほど懐かしい自由だ。
「でも、これからはもう違うの。みんな自由に生きれるよ」
「……そうね。もう考えないことにするわ」
ジルがそう言って、ふっと笑ったときだった。けたたましい音がして、驚いてそちらを向くと、少し離れたところから金髪の少年が私たちを見つめている。足元には、大量の工具が転がっていた。
「おいマーキー、どうしたん……だ……、」
「ユージュさん、あれって……!!」
後ろから顔を出した青い髪の青年と二人、少年は唇を震わせ私たちを見ていた。なんなのだろう……っていうか誰だ。そう思った瞬間だった。青年の口が、「ナバート」と動いた。
「え……?」
「マーキー、走れ!!」
青年は突然少年の首根っこを引っ掴むと、踵を返し走りだす。私たちはといえば、突然のことに開いた口が塞がらない。何だ今の?ジルの顔を見ると、彼女は驚くほど無表情にひたすら過ぎ去った彼らの背中を見つめていた。ヤーグもまた、眉を顰め私には目もくれない。
「ねえ、何あれ……」
「……用事が終わったら、急いでここを離れた方がいいかもしれないわね」
「え?」
ジルがそう呟き、彼女はすぐさま歩き出す。私とヤーグは追って、ジルを先行させまいと前に出た。何かあった時、ジルよりヤーグや私の方が対処しやすいからだ。ジルももう慣れたもので、おとなしく後ろから着いてくる。……そういえば、ヤーグがやたらと私より更に前に出たがるな。珍しいこともあるもんだ。
三人、一応警戒しつつ村の中を通って行く。……ジルとヤーグの様子がおかしかった理由は、意外とすぐ知れた。
「……何の用なんだ……!!」
赤髪の、筋骨たくましい男が、銃を構えて待っていたのだ。顔は微かに青ざめ鬼気迫り、見るからに強い敵意を抱いていた。誰だ?その後ろから、あの青髪の青年も銃を抱えて現れた。……戦うつもり、か?
「……用っていうか、セラちゃんに会いたいの。いるならスノウくんにも。それだけだよ」
「セラ?お前らが何で……何にしても会わせるわけにはいかねえ!死にたくなきゃ帰れ!!」
「はぁぁ?とりあえずスノウくん出してよ、あんたよりはあの子のが話通じそうだし」
いみわからん。何でこの男はこんなに怒っているんだ?
「俺らのリーダーを気安く呼ぶんじゃねえよ!」
「スノウくんとは一応一緒に旅までした間柄なのに、あんたなんかに気安いだのと言われる覚えはないよ」
「……は?」
今度は赤髪の男が呆気にとられる番だった。旅をしたのは本当だし、おそらく周知の事実でもある。それなのにどうしてこんな顔をされなきゃならないの?私は自分の眉が片方だけ勝手に歪められるのを感じた。
「じゃ、じゃああんた……もしかしてルカ・カサブランカか?どうして……そいつらと一緒に……」
「そんなことあんたに聞く権利ある?私はスノウくんに会いたいの、はよあの大男連れてきな」
と、彼らの後ろからまた二人、人が駆けてくる。片方は先程のあの少年で、もう一人は露出度の高めな女性だった。増えた……。
「聖府のやつらが来たって!?」
「来んなつったろマーキー!!レブロまで連れてきやがって……!」
「あたしを除け者にしようなんてそうはいかないよ。戦うときは一緒だ」
「……なーんか、ルシ扱いされてた頃を思い出すんですけど」
私やルシたちの背景に、勝手に悪意を見ていた頃のように。今度も、何もしていないのに。……でも、困って視線をやる、両隣の二人の表情がどうしようもなく硬い。
「とにかく、ライトニングに頼まれて……セラちゃんが危険らしいの。だから助けたいの。スノウくんにも力が借りられるかもしれないし、二人に会わせて」
「ライトニング?……いや、そんなことよりあんたわかってんのか」
「何が」
「そいつらのせいで、人が大勢死んだってことだ……!!」
……ああ。
ああ……それは、つまり……“そういう”ことか。私はすっと、頭の奥が冷めていくのを感じた。だからこその敵意か。なるほど……なるほどねぇ……。
どうしたものか?とにかく無傷で切り抜けるしか、頭にはないけれど。……私が無傷っていうんじゃなくて、二人が無傷でね。ダメだから。二人が傷つくの、ダメ。
そんな景色を見たくないから、私は旅を続けたのに。
「それで?二人に何か言いたいことでも?言わせないけどね」
「おい、ルカ……」
「何よヤーグ」
「ファルシに踊らされたのは事実で、コクーンを落としそうになったのも事実なんだ。お前たちが防いでくれたとしても、事実は変わらない」
「そんなことどうでもいい。私には関係ない」
たじろぐヤーグは置いておいて、私はひとり前に出た。赤髪の男は銃を構えたまま動かない。けれど、眉間の皺は深くなった。
「……パージを生き残った人間として、そいつらには責任を取ってもらう。ずっと探してた……見つからなかったけどな……!」
「近寄らないで!……手ぇ出したらぶっ殺すよ」
男は明らかにジルに銃を向けて足を進めてきた。ジルも動かず、じっと足元の一点に目を遣っている。私は苛立ち、それが背筋を伸ばさせた。どうしたって負けられない。二人に危害を加えるものを、私は何一つ許さないから。
「何でそいつらを庇う!?大罪人だって、わかってんだろ!!」
「あんたが、スノウくんに会わせられないって言うのと同じだよ。スノウくんを守りたいんでしょう?」
「……そんなこと、許さねえよ。人殺し……なんだから」
ああ、たぶんきっと、パージは想像できないくらいに悲惨だったんだろうなぁ。私はぼんやり考えた。だってそんなこと、私にとっては本当にどうでもいいの。私は知っているから。あの日自分が死んでいたとしても、私は彼らの怒りを理解できなかっただろうから。彼らの痛みを理由に、その怒りを許すわけにはいかない。知りもしない人間のために流す涙なんて私の中にはない。私を最低だと罵るのは構わない。
だけど今、隣に二人がいるんだって、その幸せにヒビを入れるのはダメ。絶対にダメ。許さない。
彼らは、ルシである仲間たちはそれを許してくれた。だから一緒に戦って、各々結果を掴み取った。それを今更、誰にも否定させはしない。
「……二人になんかしたら、スノウくんを殺すよ」
じっと視線を上げる。絡み取れ、念じるように全員を睨めつけた。視線を合わせて、揺らぐな私。ハッタリだと思われたら、実行するしかなくなってしまう。
「スノウくんは、強いけど。一旦ガード下ろした相手にはあんなに甘々だから。簡単だよ、5秒で終わる……セラちゃんのことを助けろとは言われてるけど、スノウくんは勘定に入ってないからね。首を引き摺って凱旋してやってもいいのよ」
「あ、あんた、仲間だったってさっき……!ルシ一味にいたじゃねえか!!」
「ん、でもスノウくんもわかってくれると思うよ?私はそういう人間だって、もうみんな知ってるもの。あの短い時間でも、お互いのことはよく知ってる。……ねーえ、スノウくんの、血抜きされて青くなった顔が見たい?見たいなら止めないよ。でも……曲がりなりにもファルシの王を倒した人間に、武力で挑もうっていうのは……頂けないなぁ……」
殺気というものは、実際にあるのだ。ぞわりと背筋を舐められるような、下腹部を強く蹴りつけられたような圧迫感。本気で命を掛ければ、確実に味わう不快な感覚。
私は躊躇いなくそれをぶつけた。一歩でも動いたら殺すわよ、と知らしめるみたいに。
事実、銃なんてこの距離じゃ相手にならないのだ。腰に括りつけた、曲がった果物ナイフでも勝てる。わかっているから更に殺気は圧を持つ。
「セラちゃんはどこ。行かせてくれれば何もしない。そこをどいて、彼女に会わせて」
「……いねぇよ」
赤髪の男は、躊躇った後鼻を鳴らしそう言った。……いない?いない、って。
「旅に出た。……ライトニングを探すって言ってた」
「……はぁぁぁあ!?」
私は思い切り目を剥いた。セラちゃんはライトを探しに、旅に出た?でも、だって、ライトはヴァルハラで……、会えないのに?
ライトに会う方法はひとつ。死ぬか、混沌の力を強く宿すか。前者もともかくとして、後者は……思い出したくない過去は私にだってあんの。
「だってそのライトに頼まれたのに……!セラちゃんが危険だからって……!」
「ねぇ、セラもあんたも……どうして死んだ人間の話ばっかするのよ?会話しただのって……セラのことは一応信用してるけどさぁ……」
女性が呆れ顔でそう呟いた。死んだ?……ああ、そうだ……先輩もそう言った、それに……ライトはなんと言っていたっけ……?
頭痛で視界が揺れる。ライトはそう、確か。
「……時がはじかれた?」
そう言った。
時がはじく……つまり、はじいた時間に起きた出来事を変えるということ。それは女神の力だとも言っていたから、エトロにできる数少ない“神様っぽいこと”なんだろう。そして……ああ、今やっと気づいた。私が生きている、その理由に。
あの瞬間の時間がはじかれたのだ。私が身を投げた瞬間が。ライトが下界で歩き始めたはずの瞬間が。きっとそれらは重なっていて、だから私が身を投げたこと自体、この世界では“起きなかった”のだ。
「スノウもだ。もう一年前になる。ライトニングは生きてるってセラが言ったから、探しに行ったんだ。あいつだけは信じた」
「……見つからないよ。見つけても連れ戻すことは、セラちゃんにはできない」
今気付いた。
あの世界で姿を保つなんて、ただの死者にはできない。ライトがそう言っていたように、意識だけ囚われた私もあそこから出られないはずだった。だけどライトが私を押し出した。覚えてる。それはつまり、ライトは……。
「まるで女神そのものじゃない……」
有り得ないのに。でも……この妙な怖気に、他にどんな理由があるのだろうか。
「……とにかく、もうどっか行ってくれよ。ここにはパージの生き残りも多いんだ……二度と関わらないでくれ」
「言われずとも。もう用はないさ」
「……セラさんならあっちの、隕石のクレーターのところから旅に出たっす。ゲートとかいうのを開けて」
少年が指差す方を見る。水辺の先に、そのクレーターはあるのだろう。私はヤーグの肩を叩き、ジルの手を引いて歩き出す。警戒は怠らない。パージの生き残りがいるんなら、相打ち覚悟、なんて奴がいないとも限らない。
ジルの手に汗を感じた。彼女もいろいろなことを感じてる。自分の罪に向き合う瞬間の痛みを知っているから、私はそれが苦しい。やっぱり、自分が直截苦しいより彼らが苦しいことがとてもつらい。
他人の痛みというものは、際限がない。
村を出て、苔むす地面を進む。クレーターは確かにその先に見えていた。
「隕石って?」
「……ああ、ついこの間隕石が落ちたのよ。一緒にモンスターまで落ちてきたって聞いたけれど……」
「ふぅん……?」
何か、私たちにも関係あるのだろうか。……そこまで勘ぐるのはやり過ぎか。何より、そんなこと考えるだけじゃわからないのだし。
ふいに、やはり彼らの口数が減っていることに気がついて、私はヤーグの腕とジルの肩に手を回し抱き寄せた。ヤーグが驚いて身じろいだ。
「おい、」
「着いてきてくれてありがとね。おねーさんうれし」
「……ふふ」
ジルが柔らかく微笑んだ。そんな顔はなかなか、いつも見られるものではないので嬉しい。今日は嬉しいことがたくさんだ。
ヤーグの表情がずっと硬いことには気付いている。ジルよりヤーグの方が、あれは堪えたはずだ。
「……結局全部、どうしようもなかった。ファルシが相手じゃ、ただの人間には為す術がないの。先輩もだめだった。みんなだって、ルシじゃなかったら無理だったよ」
クレーターの淵に立つ。ふいに、頬を懐かしい気配が舐った。……これは……、もしかして。私は滑り降り、クレーターの中心に近づいていく。ジルたちもそれに続いた。
「でも、あんたはただの人間だったでしょう?」
ジルが問う。私はその中心に立ち、顔を上げた。視線の向かう先、空が一瞬だけ淀んだ。
不可視世界の臭いがする。
「……うーん。少しだけ違うかなぁ」
エトロの気配は、依然しない。でもこれは、知っている感じだ。眼の奥が酷く熱い。両手を閉じた瞼に押し当てた。世界は白く、その奥で混沌が“瞳”を開いていく。視えるだけじゃない。エトロの瞳は鍵でもあるのかもしれなかった。エトロの瞳は、強い混沌を呼び寄せるから。足元に不可視世界の穴が開いて、私はようやく目を開いた。私を中央において、開ききった瞳孔が真下にあった。
「これは……!」
不可視世界への入り口がここにあるということは、これを通ってセラちゃんは旅に出たのだろう。……でもなー、これなー、セラちゃんと同じ場所に出るのって可能なのかな……ちょっとやったことないのでわからない。私は首を捻った。
「ルカ、これって一体なんなの?」
「うーん……夢への扉ってところかな」
まさしく言い得て妙。夢って混沌みたいなものでしょ。夢を見る度ヴァルハラに意識だけ引き摺り込まれたりしてる私が言うと説得力ありそう。
「……ここから先は、危険だから。もう着いて来ないでいいよ」
不可視世界を通ることが、人体に有益なはずがない。あまりに繰り返せば、二人を危険にさらすとわかっていた。だからここでもういいよと、二人に笑いかける。しかし。
「もうそういうことじゃないんだ。とにかく、お前を守りたい」
ヤーグが近くでそう言った。何、あんたそんな声出せたのっていうくらい優しげだ。ジルもまた、私の肩に手を載せる。
「行くんでしょ?ほら、急がないと」
ジルが反対の手で指さす先、リンドブルムが見えた。……げえっ!?
「え、ううううそぉ、母艦ごと来た!?」
「だから言ったのに、着いてくるわよって」
「でも母艦だよ!?普通母艦ごと来ないよ!!しかもすごい速さなんですけど!!うわああちょっと急ごうマジで、やばい爆撃されそうな気がする……!」
二人をここに残していくほうが危険かもしれない。
私は二人の腕を掴み、足元に広がった混沌の中に身を投げる。よく知った臭いが鼻を突き、世界がまた切り替わる。
この先に何が待っているかはわからないけれど、それでも大事な体温は両手で抱えている。それだけで、何より安心できる気がした。
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