類推されては没個性






痛いと言っても手は離されない。長い歩幅を十分に活かして、シドはルカを引き摺るようにして歩いていた。彼は少しばかり速く歩いているだけのつもりでも、ルカは着いて行くので精一杯だ。少しでも歩みを止めようとすれば掴まれた腕が、そして肩が痛い。その痛みから逃れるためには必死に彼に着いて行くしかなかった。
昇降機の中ではさすがに止まるから、なんとかその間に腕を振りほどこうとした。が、暴れるたびに拘束はきつくなっていく。痛みを訴えれば微かに緩めてくれたが、シドは振り返らない。振り返らないから表情もわからない。そのことが、ルカを陰鬱な気持ちにさせた。何で怒っているのかはなんとなくわかっている。目の前で身を投げるというのは確かに少々ショッキングだったろう。心配もさせたと思う。でも、こんなに怒るほどだろうか?ルカは未だかつて、ここまで怒っている彼を見たことがなかった。

「先輩……!」

「……」

やだ本格的に無視してるこの人。ひどい。
ルカは頬を膨らませ不満をアピールするも、周囲には誰も居ない。昇降機から降りた先にはリグディがいたが、彼はシドの顔を見るやいなやぎょっとして後退りルカの方は見なかった。
シドはといえば、彼や周りに居た他の兵士、それから青い顔をしているレイダたちにも構うことなく、やはりルカの腕を引いたまま進み続ける。次第にルカの足が追いつかなくなってきて、微かに走る肩の痛みに息が荒くなってきた頃、ようやく彼の部屋にたどり着いた。
執務室を抜けて、私室のドアが乱暴に開かれる。そして部屋に入って、やっと腕は解放された。ルカは足が縺れて座り込む。と、シドが躊躇いなく両の二の腕を掴んで引っ張りあげた。もう不平を鳴らす元気もない。

「……何であんなことをした」

彼の声が、吐息を孕み。それが怒りの色を示す。びくりと震えてしまった肩にシドの視線が一瞬落ちた。そのことに、ルカの方が罪悪感を覚える。

「言ったでしょ。落ちなきゃいけないと……思ったの」

「説明になってない……!それに、死んだはずだったというのはどういうことだ!?死ななきゃいけなかった、なんて……」

「そうじゃなきゃダメだった!」

ルカは暴れて腕を振り払う。怒られる謂れはない。何も悪いことなんてしていないのだ。自分は消えるべきだと思っていたし、今でも意見は変わっていない。

「わかってるでしょ?さすがにもう、わかってるんでしょう……?私はただの人間じゃない。スノウくんとかから聞かなかった?ファルシと共謀して、たくさん殺そうとしたんだよ……!!」

「結果的にはそうならなかっただろう!?」

「そういう問題じゃない!」

「……ならナバートは。ロッシュは?」

不意に降ってきた言葉にルカは反射的に目を逸らした。そう言われれば、彼らだって同じなのかもしれない。でも彼らは騙されていて、それが間違いなく最善だと思っていた。バルトアンデルスを謀るなんて方法で保険を掛けていた自分とは違う……ルカは歯噛みした。それでもこれは、わかってもらえそうにない。シドの考えを変えることなんてルカには到底できないことだ。それでももう一つ、問いたいことはあった。ねえ、どうして。

「……どうして私、生きてるの?ライトが死んでるってどうして?まるで入れ替わったみたい……死んだはずの私が生きてて、生きてるはずのライトが死んでるんだもん……」

「……やめろ」

シドがルカを抱き寄せて、もう黙れと告げた。でもルカは止まれない。だって思い出してしまった。ヴァルハラの水底に沈んだ自分を叩き起こしたのはライトニングだと。異常すぎるのだ。なぜライトニングはあんなところにいたのか?なぜ己を起こせたのか?わからないことばかり。

「おかしいよ、おかしい……!ライトに何があったの?セラちゃんはどうしてる?みんなは?みんなは無事なの?……そうだ、ファングとヴァニラ……!二人はクリスタルになったはずだよね!?死ぬ直前に、ヴィジョンで視たもん……!」

「やめろ……」

「ああ、私、私セラちゃんを探さなきゃ……!ライトは私にそれを頼んだんだもん、急がないと……急いで会いに行かないと、セラちゃんはどこに、」

「やめろと言っているだろう!!」

ルカの鼓膜を痛いくらいに声が打った。驚いて、硬直する。シドに怒鳴られたことなんて、未だかつて多分一度もなかった。それが突然どうして――しかも、ルカには、今悪いことをした自覚さえないのに。

「……どうしたの?」

ルカは戸惑ってシドの背に手を回す。そうする以外、どうしていいかわからなかった。シドはルカを抱きしめて動かない。一番よく知るはずの体温に抱かれているのに、ルカは妙な居心地の悪さを味わった。数分後、シドが不意にルカをすぐ後ろのベッドに投げ落とした。ルカは背中に受けた痛みに困惑する。

「先輩……?」

ねえ何を怒っているの。そう問いたくて口を開くのに、そう聞くことはできなかった。まだ真昼の、音の無い部屋で、彼は別人のように見えた。







目が覚めた時にはもう夜中だった。……なんだか、目覚めてからよく眠るようになってしまった気がする。とはいえまだ眠りについたのは二度目なのだが。寝返りを打つと、彼がすぐ傍で眠りについていた。本当に珍しいことだ……彼の寝顔なんて。もう連続して見ているけど。

「……こうして見ると、先輩も童顔だなぁ……そこまででもないか?」

とりあえずヤーグより童顔なのは確か。
手を伸ばして、頬に触れてみる。思ったよりも冷たい。彼は微かに身動ぎし、けれど起きなかった。ルカは、なぜかそれに安堵した。

「何でなんだろう……」

疑問がたくさん、己の胸を占めている。それらは増える一方で、一つも減る兆しさえ無い。ライトニングの死、ジルが魔法を使ったこと……それから、目の前で眠る彼の態度が、本当におかしい。おかしすぎて怖くなる。
ルカの記憶の中では、彼はこんな風に触れる人じゃなかった。それがどうしてこんなことになったのか……。ルカはもう一度シドの頬に手を触れた。冷たい。でも、確かに体温はあった。
疑問に答えを出すことを、彼は嫌がっているような気がしていた。でもライトニングの声がルカの耳には焼き付いているのだ。あれはただの夢ではないはずだ……だってあそこは、ヴァルハラだった。ヴァルハラに入るには、死ぬか女神に招かれるしかないが……前者ならばはっきりとした姿を取ることは出来ない。向い合って会話したのだから、死んでいたということは有り得ないだろう。
ということは、ライトは何か理由があってヴァルハラに入ったということになるのだろう。その理由が、ルカにはわからない。

「何が起きたんだか、まるでわっかんないんだよね……」

わからないことが多すぎて、何がわからないのかさえわからない。いわゆる、テスト前に陥ると詰む状態である。
あのときライトニングは水底の自分を掴み、引き上げた。ライトニングがわざわざ自分を起こしたのだとすれば、そこにもきっと理由はあり、それがおそらく“セラを助けてほしい”ということ。死なないように、とまで言っていた……。ルカにはできることがあるのだろう。そしてそれをしないと、セラが死にかねない。
ああ、まとまってきた。

つまりルカは、急いでここを出てセラに会わねばならない。全ての疑問の答えも、おそらくそこにある。セラの傍にスノウが居るのなら、元ルシたちの動向もつかみやすい。ファングとヴァニラはクリスタルとなっているとしても、他の仲間達は生きて各々の目的のために生きているはずだ。上手いこと進めばライトニングをヴァルハラから連れ戻すことだって不可能じゃないかもしれない。ただ、それにはエトロにせよなんにせよ神の意向が必要になるだろうけど。

「…………でもなぁ」

なんていうか、この怒りよう。何が琴線に触れているのかもわからないのだ、どうしようもない。降ろしてと頼んだところで、素直に降ろしてくれるかルカにはわからない。それに、シドは本当のことを教えてもくれない。
……それなら、まだジルとヤーグの方が可能性があるだろうか。ルカは考える。

それから暖かな体温に潜り込んで、鼻頭を押し付けた。もう慣れきった体温はすぐ近くにあって、容赦なく己を安堵させる。混ざりたくないところまで混ざって甘やかす。でも、安心してはいけない気がしていた。それはあのとき、パラメキアへ乗り込む前夜の痛みに似て。
でもルカは気付いてしまった。違和感の正体に、気付いてしまったから。

「ふぁぁ……」

これが最後と誓うように目を閉じて、ルカはまた眠ることにする。どちらにせよ今は動けないのだ。動くのなら昼間でないと、夜ではジルとヤーグがどこにいるかさえわからないから。

翌朝になって、しかしルカは己の展望の甘さを呪うはめになった。

執務室より外に出してもらうことができなくなってしまったのである。







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