looking for the truth, but found the devil in me.
ルカはリンドブルム内を走っていた。
身を低くして、いっそあからさまなまでに他人の目を避けて狭い通路を選びながら。
「(階層が上になると監視カメラがある……かといって下の階層は人が多い。さてどうするか)」
もちろん、サバイバルゲームもどきを一人プレイしているとか、そういう類の馬鹿げた話ではない。
リグディに会ってちょっと問い質したいことがあるのだが、それを若干妨害されそうなので掻い潜りたいという類の馬鹿げた話である。
「(全く、意味わかんないんですけど……)」
ついさっきのことを思い出す。起きて、シドの私室を出て、そのまま彼の執務室をも出ようとしたときのこと。まず、どこに行くつもりかと問われた。彼が自分の行き先を気にするなんて珍しいな、と思いつつ、ジルとヤーグに会いたい旨を伝えた。と、二人は今は仕事中だからあとで連れて行ってやると言われた。
連れて行ってやる。これがもうおかしい。だって、二人に会いに行くのに随伴してシドにどんな利点があるというのだ?
目を既に白黒させていたルカに、シドは畳み掛けるようにして「これで外に行く用事はなくなったな」と言い放った。その声音にどこか空恐ろしいものを感じ、とっさに武器庫に行きたいとルカは言ってしまった。が、シドはそれにもいい顔をしなかった。目が微かに細められ、口端が不愉快そうに歪んだ。
それどころか、もう武器を持つこともないのだから武器庫には近寄るなとまで言われてしまう。
いよいよもっておかしい……ルカは戸惑いを覚えつつも、部屋に居ると暇なの、と苦し紛れに言って部屋を飛び出していた。
「(先輩が行動を制限しようとした)」
まさしく青天の霹靂。今まで一度だって、あんな言い方をされたことはなかった。何かあるのだ。ルカが部屋を出てはまずいことが。
それだけなら、別にいい。納得すれば自分だって、彼の言うとおり部屋に閉じこもったっていい。納得さえできれば。でも今回はそうじゃないから、せめて答えだけでも得ようと走る。
だって、昨日からずっと引っかかっていることがあるのだ。
思い出せないことがある。混乱していて、自分が何者か以外の全てが煩雑としていて、ひどい頭痛がするのだ。それなのに。
ジルとシド、両方がルカに“思い出させることを否定した”。ジルはルカに何も気にしないでいいと言い、シドは何度も思い出さなくていいという意味の言葉を告げた。その意味がわからない。
「……私は、どれだけの間……眠ってたんだろう……?」
ライトニングの死。
ジルたちとの和解。
聖府の解体。
重たい体。
シドの態度。
どちらにせよ、いつか全ての疑問に答えを出さなくてはならないのだ。
シドがどんなに、それを望んでいないとしても。
そのためにまずは、ルカのことをある程度どうでもいいと思っている人間が必要。そのうえで信頼できる相手となるとかなり限られる。思い至るのはもうリグディだけだった。
問題があるとするならば、おそらくシドとジル、ヤーグの間で張られている共同戦線に、リグディだって一枚噛んでる可能性はあるということ。リグディも口を割らないのなら、また別の相手を当たらなければならない。
そしてシドが本当に、ルカに真実を知らせないつもりでいるのなら……急がなければ、最悪の場合何もかもを秘匿される。
ルカは走り、リグディを探した。途中で今日が非番だとか、そういうこともあり得ると気づいて、司令室の一つに顔を出しリグディについて訊ねた。
そこには知り合い、というほどでもないのだが、かつてルカが叱り飛ばした男が居た。当時は少佐だったはずだが今はどうなのだろう。ルカを見ると苦虫を口に突っ込まれたような顔で眉を顰めたので、若干心が挫けそうになりながらもリグディのことを問うことにした。
「リグディがどこにいるか知らない?」
「……あいつなら、下のオペレーティング室だ。何か用なのか」
「ちょっとね。……先輩には内緒にしといてよ、いいね?」
それだけ言って、ルカは司令室を飛び出した。オペレーティング室はそんなに遠くない。
……リグディでなく、少佐に聞いてもよかったか。そう思ったけれど、ルカはすぐに思い直した。
あんな態度の男に聞きたいことなんてそんなにないし、何より彼はシドにもジルにもヤーグにも近くない。それならレイダとかの方が遥かにマシだ。
ああ、そういえばレイダはどこにいるのだろう?生きているだろうか。今更思い出して、ルカは己の薄情さに苦笑する。まあでも、あれでしぶとい奴であるからきっと生きているに違いない。
オペレーティング室に着いた。部屋のドアはガラスでできており、外からでも十分中が窺えた。
すぐにリグディと目が合う。リグディは驚いて目を見開き、急いで外に出てきた。
「何やってんだ!?」
「え、そんな驚かれるようなことはしてないつもり……」
「お前としちゃそのつもりでも、結果的にとんでもねーことになるかもしんねーだろが……」
「何をそんなにビビってんの?」
リグディはがっくりと肩を落としている。そんなにひどい行動か?ルカは口をすぼめて膨れた。
「俺に何の用だ?」
「え……あ、あのね、私の……寝てた間のこと?について聞きたくってさ」
「お前、それは……」
リグディは痛がるみたいな顔をした。目を細め、視線を逸らし、歯は強く噛み締められている。……己のしていることはそんなにひどい行動なのか?ルカは自信がなくなってきた。
「なによー、自分のことについて調べるのってそんなに悪いこと?だってさあ、なんかすごく混乱してるんだもの私……先輩たちも様子がおかしいしさあ……」
「おかしいったってなぁ……気のせいじゃねえの」
「気のせいじゃないよ!だっておかしいんだよ、すごい優しいんだもんみんな!!特に先輩は一番おかしい、私の行動制限しようとしたりするんだよ!?あんなの先輩じゃないわ!!」
言ってから、ルカはひとつの可能性に思い至る。
「実はファルシが先輩に入れ替わってる可能性とかどうよ!?あり得るよね?だから距離感がわからなくてあんな、束縛しようとしてくるんだよ……!え、待ってじゃあ私はファルシと寝たってことになる……?」
「おおいやめろ寝たとか言うのほんとやめろ」
「うわぁぁどうしようもしそうだったら……!うわぁぁ……!!」
「閣下が別人だったらさすがにお前も気づくだろ!?」
「いや自信ない」
「ないのかよ……」
脱力しきったリグディの肩を掴み、がくがくと揺さぶってみる。反応はいいものの、欲しい答えは得られなくてルカは不満に思った。それが顔に出たらしく、リグディは顔を軽く顰め、疲れたような顔をする。
「お前が寝てた間のことは……言えない。言うなって言われてんだ。だからどうしても知りたきゃ、本人に直接聞け。あとはナバートとかロッシュとか」
「……でも、二人に会いに行くのにも、先輩の監視があるっぽい」
「マジか……あの人本気だな……」
「だからせめて、ジルとヤーグの居場所だけでも教えてくんないかな……」
それだけで今日はもう部屋に戻るから。
そう言うと、リグディは数秒迷うような仕草を見せた後で、深く深くため息を吐いた。その様子に、きっと教えてもらえないのだろうと考えたルカは落胆し肩を落としたが、しばらく後、リグディはぼそりと「最下層」と呟いた。
「最下層にいるはずだ」
「……リグディ、」
「俺が教えたって言うんじゃねえぞ。たまたま辿り着いたって顔してろ。ほら、じゃあもう帰れ。送ってく」
「え、いらないよ別に」
「お前がこのまま最下層に直行してみろ、怒られんの俺だ。……いや、今は怒られるだけじゃ済まねえだろうな。それだけあの人は本気なんだ……だから確実にあの人に届けなきゃなんねえんだよ」
リグディがじっと、睨むように廊下の先を見つめ、ルカの腕を引いて歩き出す。本気でシドのところに送り届けるつもりらしい。
その顔が真剣すぎて、ルカはいっそ抗う気も起きなかった。とにかくこれで解ったことは二つ、ジルとヤーグは最下層にいるということ。そして、リグディもやはり様子がおかしいということだ。
昇降機で階層を一気に上がっていく。特に上の階層へ行くにはまた違う昇降機に乗る必要があるので、その昇降機で行けるところまで行って外に出た。前から思っていたが、パラメキアに比べるとだいぶ機械的な印象を与えるよなとルカは考える。パラメキアがスマートさに重点を置いているのに対し、リンドブルムは機能性を重視する。だから、不必要なまでに基板やコードを隠さないし、昇降機だっていろいろ剥き出しだ。もちろん誰かが不用意に傷付けることの無いよう、最低限のカバーはあるけれども。
どうでもいいことを考えながら、やはり腕を引かれルカが昇降機を降りた瞬間だった。誰かが割り込むように、ルカの前に立った。
「……ほんとうに起きたんだ」
髪が長くなっていて一瞬わからなかったが、レイダだった。彼女のすぐ後ろには、騎兵隊で昔出会ったベティたちといった女性下士官の姿もある。どうやら多少の交流でもあるのか、会話に興じていたようだ。
「何、その幽霊でも見たような顔は」
「幽霊みたいなもんでしょうよ。正直死んだんじゃないかと思ってたもん」
「レイダ!」
後ろから顔を出したベティが強い声色でレイダを戒めた。が、それは決して怒りを孕んだ声色ではなく、友人らしいもののように思えた。
レイダに友達ができてる……!あのコミュニケーションの苦手なレイダに友達が……!本人に悟られたら間違いなくドロップキックくらいはされるだろうことを考えながら、ルカは内心ほろりと涙をこぼした。お姉さん嬉しいわ。
「レイダと仲良くしてくれてるのね?」
「その母親みたいな口ぶりやめてほんと」
「レイダは大佐の元で働いていたと聞きました。……なので、レイダは騎兵隊に迎えられたのです」
それを聞いたルカが、先輩ってたまに心広いなあ、と無礼なことを考えた瞬間、リグディに小突かれた。何すんのよと怒りの目を向けるとしれっとした顔で「お前の考えてることなんかお見通しだバーカ」と言い放つ。エスパーか。
「しっかしレイダ、あんた髪伸びたね……?」
「そりゃ伸びるわよ。こんなところで営業してるような美容院で髪切りたくないんだもん。飛空艇から降りられなくなってからずっと伸ばしてたんだから」
「……でも、良かったです。大佐の目がお覚めになって……お目覚めにならない時間が長くなるにつれ、閣下の様子といったら……見ているだけでこちらの方が辛くなったこともありましたし……」
「……うそぉ」
想像できなくて、ルカは眉根を寄せた。自分が目の前で死んだって、あの人は大して取り乱しすらしなさそうだ。そしてそれでいいと思っているので、ルカはベティの言葉を方向性のズレた世辞として受け取った。その様子が顔に出ていたようで、上司を信奉しているベティはむっと頬を僅かに膨らませると、ルカに現実を教えようと躍起になった。
「本当なんですってば!大佐のために新しい医師だって雇ってますし、日に何度も様子を見に行ってたし、PSICOMの元将校だってわざわざ市民の暴動から庇ってたし……それが、もう二年ですよ!?」
「ベティ!!」
突然、レイダが怒鳴った。それは先ほどの、ベティがレイダを戒めたあれとはまるで違う、強い牽制を孕んだものだった。しかしルカはそれに注意を向けることさえできない。だって今、どうしようもなく気になることを……ベティが言った。
「二年……って……」
医師もそう言った。二年。二年間ルカを診続けてきたと、言っていた。
そして今ベティも二年間、シドはルカのために行動してきたと、言った。
その符号が胸を焼く。
そんなことあるはずがないのに。だってどうして?理由がないじゃないか。自分はもうPSICOMの将校じゃないのに、前より大切にされるなんておかしいじゃないか……。
「っあ……?」
「カサブランカ……?おい、カサブランカ!」
ひどい頭痛がしていた。それでも必死に鍵を探すみたいに、ルカは記憶を辿り続けた。
何があったのか、自分はいくらなんでも混乱しすぎている。ジルとヤーグがこんなところにいる理由も、コクーンの外に出ていることも。きっと何も忘れてはいない。それなのに、そのたくさんの記憶がぐちゃぐちゃ煩雑に散らばって、時系列順に並んでいないのだ。挙句関連も分からない。だからこんなに、吐き気がするのだ。
でも思いだせ。腹の傷はシドが付けたものだ、そうだシドはルシだった。自分はそれに立ち向かって死に掛けた。その後ルシの呪いを解いた。そう、エトロの力を借りて。
エトロ?……そういえば、エトロの気配がどこにもない。人間がこんなにたくさんいるのに?人の心はエトロの賜物、だったら人がいればそこにエトロの魂は宿るのに、それなのにエトロが、どこにもいない!!
「ルカ!!」
がしりと、腕を掴まれて立ち止まる。見れば景色は少しばかり変化していて、息が完全に上がっていて、自分が全力で走り続けていたことを知る。
見ればそこは、全階層を繋ぐ吹き抜けだった。物資搬入のための吹き抜けで、決して広くない、それでもコンテナくらいならば平気で通してしまう穴。ルカは柵のすぐそばに立っていて、腕を掴んでいたのはシドだった。
「先輩……」
「どうしたんだ一体……?顔色が悪いぞ」
シドは不安げな顔をしていた。それすらよくあることではないから、ルカは驚いてしまう。けれども、腕を振り払った。
「……先輩、本当に変。でもその理由は、二年間にあるんだね」
「どこで……誰が、そんなことを言った」
「誰でもいいよ。……私、本当のこと知りたい。それ以前のことも、ちゃんと思い出したい」
そう言うと、シドは顔を顰めて嫌がった。
「話したくない。……それに、思い出そうとすると頭痛がするんだろう?」
「でも思い出したいの。……それにね、一つだけ、面白いこと思い出したんだ」
何度も落ちた。何度も何度も何度も落ちた。飛空艇から落ちること二回、超高所から落ちることニ回、そこそこの高所から落ちること一回、そして……。
最後にやはり、己は落ちたのだ。後ずさり、シドと距離をとる。
「ルカ!やめろ……!」
「あのときも、落ちたくはなかった。でも落ちなきゃいけないと思った……今も、そう思うんだよ」
柵の間、搬入口に立ったルカは、泣きそうに目元を歪ませた。頭でも思い切り殴られないと、混乱が収まらない気がするのだ。
……ぐちゃぐちゃなの、もう嫌なんだよ。それに私きっと、忘れちゃいけないこと忘れてる。
ぐらりと体を傾けた。
一瞬の浮遊感。何もかもから解放される感覚。既視感が全身を駆け巡り、ルカは制約の外に存在していた。風が全身を包んでいた。切り替わる景色、世界、最後に見たのはシドの慌てた表情だった。
永遠にも近い気のする落下の中で、ルカは多くのものを見た。そして最下層に叩きつけられる直前、己を一陣の風が包み込むのを感じる。エトロの瞳は開かなかった。でも、落ちる感覚がルカにあの、遥かなる旅路を一瞬だけ疑似体験させた。
『セラを、助けてほしいんだ。あの子が死なないように』
「……ライト!!」
聞こえた。今ようやく聞こえた……そうだよ、ライトが私に頼んだはずだったんだ。こんなにも大事なことを、私はどうして忘れていたんだろう?
体は優しく地面に横たえられた。ルカはといえば、右手を上空に伸ばしたままの格好で止まっている。そこに、ジルとヤーグが駆け寄ってきた。
「あんた何してんのよ……!!」
「ジルが魔法を使えなかったら死んでたぞ!?」
二人は駆け寄り、ルカに手を伸ばす。ルカはそれを愛おしいと思った。最愛の友人たちだから。
それなのに、反射的に、ルカは自分でもわからない間に後退っていた。何をしているんだか、ルカは自分で自分がわからなかった。慌てて立ち上がり、ごめんと、言おうとした。
「っあ……、」
その瞬間、ぴしりぴしりと、頭の奥底が微かにひび割れるような痛みを感じ始めた。何だ……?呼吸まで不規則に、そして苦しくなってきた。これじゃあまるで溺れかけているみたい……、でも思い出さないといけない。自分は……眠る前、何をしていた?
「……あ……あ……?」
眠る前……私は溺れていた。息はできなかった。肺までも水に沈んでいた。
次々に脳に突き刺さる出来事は、やはり時系列がばらばらでよくわからない。でもそこに出てくる、人の顔はよく知っている。
ジルが私に憎しみの篭った表情を浮かべた。ヤーグは自分を殺すために剣を手にした。先輩はこの横腹に穴を開けた。
ライトはどこだ。ファングはスノウくんはサッズはヴァニラはホープくんは!?私は、私は何をした?私はあの瞬間、死んだんじゃなかったのか!?脳内を駆け巡る記憶の渦の中に、ルカはひたすら翻弄された。最後、私は落ちていく。どこに繋がるでもない、ただ無となるための墓穴に落ちていったのだ。なのに。
……私、何で生きてるの?
混乱し、ふらふらと片足が後ろに下がる。そしてもう片方が更に後ろへ。目の前のジルとヤーグの表情がみるみる強張っていく。それが悲しくて、でも足が止まらない……壁に背中が当たってようやく止まるまで、ルカは後退った。
ヤーグがそっと、ルカに手を伸ばす。その手が肩に触れる瞬間、反射的にルカの肩は高く跳ねた。恐れている?ヤーグを?まさか。
でもヤーグは、誤解する。
「……すまない」
「あ……、違う、違うのヤーグ、ごめん、違うから……!」
追いすがるみたいにしてヤーグの右手を掴んだ。そして額に寄せて、祈るみたいにひたすら“違う”を繰り返す。ヤーグはされるがままになっていたけれど、でも、己はなんてことを。
「……気にするな。思い出したのか?」
「うん。いろいろ思い出した。コクーンがどうして落ちたのかも、全部。……いや忘れてたわけじゃないんだよ?なんか記憶の繋がりが弱くてさ……順番が壊れてたっていうか……うん」
「それも記憶喪失の一種としてあるわよ。やっぱり精神的なものでしょうね。頭打ったりしてないし」
ルカは顔を上げた。それでも気になることはあった。
「今、ジルは魔法を使ったよね」
「え、ええ……そうね。あの、コクーン落下の一件以降、魔法の使える人間は結構多くいるのよ」
「そんなの有り得ない……どうして……?」
未だかつて、一度としてただの人間が魔法を使用できたことはない。それは神の特権だからだ。
ブーニベルゼ、パルス、リンゼ、そしてエトロの特権だから。
「あり得るとしたら混沌の流入……でも女神が許さないだろうしなぁ……。だとしたら……どうしようもないだけ?」
「ルカ!!」
と、先輩の声が鼓膜を打った。驚いて振り返る、と同時に強い力がルカを襲う。両腕を強く握りこまれ、あまりの痛みに小さく悲鳴を上げてしまった。
「何をしてる……!!」
「やだちょっとホントに痛、」
「自分が何をしているかわかってるのか!?死のうと……するなんて……!!」
その声がぴしりと、己の中の何かを割った。気がしていた。
死のうとするなんて?……そんなの、もう今更じゃないか。
「……だって、私は死んだはずだったんですよ……?」
ルカの言葉に、シドは硬直した。握る手の力は緩み、その隙にルカは逃れる。見れば、ジルとヤーグもまた、目を見開いてルカを凝視していた。
ルカはその目を見返さない。見たら何も言えなくなるとわかっていたからだった。
「私はあの時死んだはずだった……覚えてる、私身を投げたもの……!なのにどうしてここで生きてるの!?ライトが死んでるって何で!?ライトはみんなと一緒にコクーンを出たの、彼女の方こそ生き残ってたはずなのに!!」
「……身を、投げた?」
ヤーグの声が呆然としているように聞こえて、ようやく顔を上げる。彼は少し青ざめているように見えた。ルカはまた、後ずさる。
「だって、落ちなきゃいけなかったから」
落ちたくなんてなかったけれど、でも。
「私は落ちなきゃいけなかった。もう死ななきゃいけなかった!」
私、人間じゃなかった。
最初から。全部嘘だった。だから。
なのに。
「ルカ!!」
シドが逃げるルカを捕まえた。ルカはその目の奥に、怒りが燃え上がるのを見た。その色を見た瞬間、己の中で渦巻いていた混乱が鎮まりだすのを感じる。
……何よ。何を怒ってるのよ。あなたに怒られるようなこと、何もしてないのに。
いくつも浮かぶのに、反論は一つも許されなかった。シドがすぐさまルカを引き摺るようにして歩きだしたからだ。その背中にも怒気が宿り、ルカは声を発すことができなかった。旅に出、殺し合い、その後二年も眠っていたと知っても、怒る彼は少し怖かったのである。
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