霧晴れる朝、地平にて







モンスターを時折蹴散らしながら、ヤーグたちは西進していた。ジルの魔法の威力が増していることをヤーグもまた感じ取る。そしてそれをルカが気にしていることも解っていた。
先程からちらちらと、ルカはしきりにジルに視線をやっている。ヤーグは内心で舌打ちをした。気になるのは別に構わないが、問題はそれが戦闘中であろうと変わらないということだ。模擬戦闘でもないのだから、常に命がけなのに。そしてそれは、今も。

と、モンスターが高く跳ね、爪はルカの身体を狙って動いた。

「ルカ!!」

ヤーグは直前に身体を割り込ませ、剣でそれを弾き、地面に着地したモンスターの頭蓋を横殴りにする。刃が骨の手前の柔らかい肉に食い込み、そして獣の悲鳴と共に骨が砕ける音が手の中に伝わる。獣は地面に転がって、ビクビクと動くしかなくなった。
とりあえず、もうモンスターはいない。

「や、ヤーグ……あーありがとうございます……」

「っんの、バカ!!何を!呆然として!!」

「うわぁすいませんってマジで、やだ怒らないでってば」

「……ヤーグ、落ち着きなさい」

ジルが溜息を吐く。落ち着けも何も、責任の一端はジルにあるのだが。……ジルがその程度を解っていないはずがないので、その上でヤーグを諌めているに違いない。
再び西に向かってさっさと歩き出したジルを追って、ルカが足を急がせる。仕方ないのでヤーグもそれを追った。立場の強さが順番になって透けて見える気がした。

「あのさ……ジル。もう一回過去に戻ろうか。このままなの良くないよ、このままだと……ジルの身体によくないと思う……あの門、もう潜らない方がいい」

「それはつまりどういうこと?私を置いていくということ?」

「それは……うん……だってもう、そうするしかないと思うよ……」

「そんなこと、あんたが勝手に決めないで」

ジルはぴしゃりと言い放ち、振り返りもしなかった。彼女の背中に怒りは見えないから、別に怒っているわけではないようだ。ルカも少し肩を落としてはいたが、返答は予測できていたらしくそこまで落ち込んでもいない。

しばらく無言のまま進む。さんざん斬り伏せたので、モンスターは死骸の方へ流れたらしい。本能的に、臭いが強い方を選ぶのだろう。西方が風上で、ヤーグたちに付着した血の臭いが来た方へ流れるのも理由か。

「……あー……」

大きな段差ができている。断層と呼んだ方が正しいけれど、おそらく出来たのは相当に昔だ。荒く削れ、登ることもできそうにない。ヤーグが背伸びしようと、手が届かないほど高さがある。小さな崖と呼んでもいいかもしれない。

「これは……登れませんな」

ヤーグが持ち上げて、ルカたちを上に押し上げることはできる。が、そうなるとヤーグ自身が登れない。

「あ、でも私とジルでヤーグ引っ張ったらどうかね?」

「それは……単純に面白い絵が撮れるだけだわね」

ジルの言葉にルカが噴き出したので軽く殴る。

「……御免被る」

「でしょうねぇ」

ジルはヤーグに背負わせていたバックパックに手を伸ばす。そういえば、郷を出る前にジルはミトと話して何か譲り受けたり譲り渡したりしていた。珍しく他人と打ち解けたらしいとは思っていたが、どうやらジルにはこれを乗り越える手立てがあるらしい。

「あんたたち本当に元軍人?進軍の際はまず地形を調べる、当然でしょうに。……で、チョコボを借りるのは申し訳ないから、代わりにこれをもらったわ」

彼女が取り出したのは、少しばかり古びた縄梯子だった。ルカがわっと歓声を上げる。

「これで登れるね!」

「じゃ、まずヤーグがルカを登らせて。ほら早く」

ヤーグは断層に背を向けて膝を着き、両手を組み合わせ前に出した。と、ルカが唇をすぼめて片眉を上げた。

「どうした。早くしろ」

「んー、旅してた時は私がそっち側だったなぁと思って」

「は?」

「同じことをしたことがあんの。ま、いいやそれは。よーし行くぞー」

ルカは少し距離を取り、助走をつけてヤーグの手に足を掛け飛び跳ねた。手に走った痛みを払うように何度も手を振りながら振り返ると、ルカは着地したところだった。もちろん小さな崖の上に。

「……ジルー、縄梯子投げてー」

「はい」

ジルが縄梯子を投げ、ルカが受け取る。留めるところが無いのか少々逡巡の仕草を見せた後、剣とあの果物ナイフを取り出した。

「おい」

「何さ。登れなきゃダメじゃん」

「だからって剣をそんなことに……ああもういい」

剣とナイフを杭にして、ルカは梯子を固定する。と、まずジルが登り、ヤーグも続いて登った。梯子と剣を回収したところで、獣の咆哮が短く劈いた。

「……うわぁ……」

ルカの口角が吊り上がるのが視界の端で奇妙に映った。彼女らしくないほど歪な笑みだったからだ。それもまあ、当然で。

「キングベヒーモスさんチーッス……」

「挨拶しても容赦してくれないわよ」

「言ってる場合かッ!」

キングベヒーモスが、こちらに向かって駆けてくる。ヤーグはガード魔法を展開させ、二人の前に立ちはだかった。

「ヤーグ!?」

「くっ……」

獣の牙が眼前に迫り、涎が垂れて地面を焼く音がした。ガード魔法ごと押し込められるように、足が後ろにズレる。後ろは崖だ。大した高さでないとはいえ、戦闘向きの場所ではない。
こういう敵と相対するには、よくない地形だった。開けていて、一方的に不利。

「ルカ、早くこっちに!」

「プロテスをお願い!」

「わかってるわ!」

ジルの魔法が同時にルカとヤーグを包む。ヤーグはガード魔法が強化されたのを感じた。プロテスとガードを重ねがけしていれば、壁が破られることはない。
けれどこのままではジリ貧。そう思ったとき、ルカが視界の端で高く跳ねた。

「このやろぉぉぉ!」

ハイペリオンの黒い刃が光を受けつつ、キングベヒーモスの眉間を刺し貫いた。キングベヒーモスは突然の横からの急襲に咆哮を上げ首を振り回して怯える。それほど強く刺さっていなかったらしいハイペリオンごと、ルカは思い切り遠くへ吹き飛ばされてしまう。しまった!
ヤーグは歯を噛み締めて、剣を握る力を無意識に強めた。そして眼前のモンスターを睥睨し、意識を切り替える。ルカの行方を視線だけで追っても、何にもならない。
――ルカを案ずるなら、今できることはただひとつ。

「がぁぁあぁああッ!!」

自分でも意味など知れない怒鳴り声と共に、キングベヒーモスの爪先を弾き返す。そして二歩で距離を寸前へ、一拍置いて深く切り込む。
その瞬間黒い血が、視界を覆った。

「(しまった!!)」

血が目に飛び込んでくるのを避けるため、ヤーグは腕でそれを遮った。完全に反射的な行動、しかし最悪に命取り。視線を戻せる頃には、再び爪が迫り来るところだった。ただし今度は何度も切りつけられた末で、錯乱している。つまり攻撃がめちゃくちゃで、一切の躊躇がない。
ガード魔法が間に合うか。無理だ、もう間に合わない。絶対に間に合わない。
それをヤーグは悟ってしまった。

もう無理だ。閉じる視界、その寸前、ルカに全て託す。ただ終わるわけにはいかない、ヤーグは辛うじて剣先を真っ直ぐ目前の獣に向けた。

その瞬間だった。

「らぁあぁああああ!!」

獣が突如、横から吹き飛ばされた。
ヤーグは戸惑う。目の前で起きたことが理解できなくて。しかし目の前にいるその男は、ヤーグ自身知っている人物だった。
なぜこんなところに?いや、その疑問はおかしい。だって彼を追ってここまで来たのだから。

「ぼーっとしてる暇はねえぞロッシュ!おいルカ、お前もだ!」

「……でぇえええ!?スノウくん!?何、え、おま、何だ今の!!」

「説明してる暇も……ねえよ!!」

スノウ・ヴィリアースの握りしめた拳がもう一度、凄まじい勢いでキングベヒーモスの横っ面をもう一度殴り飛ばす。キングベヒーモスはもう一度遠くまで転がされながらも、目に憎悪を湛えて起き上がり、前足を上げ更に吠える。
そして角でもある、自身の額に埋め込まれた大振りで歪な剣を掴み地面に振り下ろした。

「スノウくん、私が死角を突くから正面任せた!」

「言わなくてもわかってるさ!」

「ジル、狙撃で狙って!絶対ジルには近づけさせないから!」

「ええ、ええわかってるわよ」

ルカは二人に指示を飛ばしてから、ヤーグを見た。心配そうな目線。しかし目が合うと、すぐに強気ないつもの顔になる。

「まだまだやれるよねぇ相棒!」

「誰が相棒だ誰が!」

ルカは円を描くように動き、四人がキングベヒーモスを囲むように配置を組む。そして全員、一瞬のズレもなく猛攻に出た。そのシンクロニシティの理由がルカだというのは、言うまでもないことだった。








キングベヒーモスの死骸は放置して、とりあえず更なる敵が現れないよう近くの水辺に場所を移した。そしてジルがまだあまり得意でないという回復魔法をヤーグに掛けてくれている中で、ルカは満面の笑みでスノウ・ヴィリアースを見下ろしている。その笑みにどこか空恐ろしいものを感じジルに目をやると、彼女は目を閉じて首を横に振る。さすがに長い付き合いの中でジルの言いたいことはなんとなくわかる。これは、「今は黙ってろ」のサインだ。

「スノウくん、聞きたいんだけどさー」

「お、おう、」

「さっきのさー力ってさー、魔法で底上げとかしてないじゃんー?」

「あーそれは、」

「それってさーつまりさー……。てめぇルシになってんだろ!どういうことだコルァ!!」

あっ殴った。蹴って、やめ、お前鬼だなおいやめろ足を踏むのはやめてやれ。
ジルと二人、ヤーグまでもがそわそわしてしまう。否、ジルは少し楽しそうだ。

「違うんだってルシになったのはほら義姉さん探さなきゃいけないからでさ!別に何かを破壊したりするのが使命じゃないんだ、だから、」

「それでもいずれシ骸になったりクリスタルになったりしなきゃいけないんだよわかってる!?」

「わかってる!わかってるけど、義姉さんを見つけなきゃならないんだ!」

スノウがそう告げると、ルカはぐったりと肩を落とした。ルシになったがためにあれだけのことを経験しておきながら、またルシに、しかも今度は自ら身を堕としたと聞けばルカが脱力するのも当然だと言えた。

「それにしたって……別にルシにならなくったって……」

「……でもそれに関しては、ルカに責められる謂れはないぞ。お前だってよくわかってるはずだろ。誰かにそこまでしなくていいと言われたって、自分がやらなきゃいけないと思うならやらなきゃいけないんだ。お前が、そしてヴァニラとファングがあの時コクーンに残ったのと同じだろ」

彼の言葉にルカは傷ついたような顔をして、すぐさまローキックを彼に叩き込んだ。なんて身勝手なやつだ。知っていたが本当に身勝手なのである、ルカという女は、
スノウの言葉からも、ヤーグはあの出来事の中身をまた少し思い知った。スノウから見てもしなくていいことのために、ルカはあの場に残ろうとしたのだと。結果、二年もの間眠りについていたのだと。

「それでも。ルシになんてなる必要ない。ライトニングは確かに、実は生きてるんだと思う。私もそれを探してる。だけど、ルシになるかどうかなんて彼女を見つける上では関係ないし……それなら君は、セラちゃんを守っていたほうがよかったよ」

「それはお前から見た側面でしかない。結果的にどうなるかはまだわからないけど、俺はこれが最善だと思った。ライトニングをもう一度義姉と呼ぶために、そしてかつての仲間のために俺はできることをしたかったんだ」

「それがルシになることだっての!?」

ルカがこんなにも怒っていることなんてあまりない。ヤーグにとっては珍しい光景だった。しかも対象は、ジルでもヤーグでもない。レインズさえ関係ない、一歩外にいる人間のためにルカはこんなに怒っている。こんなの、ヤーグには初めてだ。ふとジルが目を細めたのがわかった。この光景には、彼女の方がずっと傷付くはずだ。

ヤーグはといえば、それほど心は痛んでいない。相手がスノウ・ヴィリアースであるというのも理由だろうか。追うにも心苦しいと思う程、彼は“善い奴”だから。
それでも、まるで苦痛がないわけではない。だって彼は、ヤーグの罪の象徴だ。

「……傷は大したことないわ。すぐ治る」

「ああ。礼を言う」

「いらない」

ジルの冷たい口ぶりはしかし、友人ゆえの気安さが滲む。それを感じて内心だけで苦笑しつつ、ヤーグはルカと険しい顔で話し込んでいるスノウ・ヴィリアースをまた見つめた。
あの時、彼を撃っていなくてよかったと、ヤーグは思う。いや何一つ良くはないが、それでも、撃っていたらきっともっと最悪だった。
昨夜の手記。ヤーグたちが追い詰めてしまった、更なる誰か。

「……」

あれはどうしようもない災厄だったと誰もが知っている。レインズもリグディももちろんルカも、ほとんどの人間はヤーグたちを責めなかった。もちろん憎しみをぶつけられたことが無いでもないし、PSICOMの残党狩りなんて事件が巷で起こったことも一度や二度じゃない。ボーダムで銃を向けられたのもそう。けれどみんなどこかで、仕方なかったってわかっているみたいだった。もちろん憎しみはあるとしても、それをぶつけることに意義を感じていない人間が多かった。カタストロフィ、あの事件から二年……AF2年の世界では。
しかし、それは本当に真実だろうか?

ヤーグは当事者だった。ジルももちろんそうだったけれど、ルシ追跡の責任者でもあったヤーグはPSICOMの中で誰より当事者だったのだ。
それなのにどうしようもなかったなどと思えるか。自分にはもう少し何か、遣り様があったはずなのだ。あれが最善だったなんていつまで経っても思えやしない、これからもずっとそうなのだろうと思う。自分は永遠に後悔をして、意味もない痛みを繰り返してそうやって自分を慰めて、償いにもならない苦痛で贖っているつもりになって。
なんてくだらない。ばかばかしい。身勝手なのはルカだけじゃない、ヤーグもだ。

「戦うために力が必要なんだ。それなら俺は何も迷うことない!」

「だから迷えよ少しはぁ!それスノウくんのほんっとうによくないところだと思う!迷えよ!よく考えた結論なら何も言わないけどっ……」

「違うだろう。お前は、ルシになるなんてことが気に入らないんだ。お前はファルシを強く憎んでるからだ」

「それはっ……そうだけど、でも……!」

「戦うために力が必要だからだ!!」

スノウの声は鋭く通り、ヤーグの鼓膜をも揺らした。そしてその言葉は、ヤーグにとっても意味を持つものに思えた。
戦うために、力を求める。ヤーグにもそれは、理解できる気がした。その手段が、ルシになることだとしても。

ヤーグにとっての二年の昔を思い出す。あの事件の、始まりを。
例えば。
例えばヤーグがあの時ジルの誘いを振り切って、ルカを守ろうと思っていたら。
いくつかの疑念に目を瞑ることなく、市民の期待なんて耳善い言葉に行方を委ねたりせず、ルシたちの真実をもっと必死に探っていたら。
力を求めていたのは自分もだった。できないと思ったから希望なんて探さなかった。叶える力がないから、ハッピーエンドを期待しなかった。

スノウ・ヴィリアースは真剣な目で、怒りや絶望で双眸を揺らすルカに言い聞かせるように告げる。

「俺は未来を待つだけじゃない。こんな方法でも、先に行ければそれでいいんだ。セラのためにも絶対に義姉さんを連れて帰る!」

「……あれで最高のハッピーエンドになると思ってたんだよ、私は……」

「それがお前のだめなところだと思うぞ、ルカ。ファングもヴァニラも、多分ライトニングも同じことばっか考えてんだ。お前らが一人欠けるだけで、もう最悪のバッドエンドだって、お前らはわかってねーんだ」

「……ふふっ」

ルカを見つめていたジルが突然、噴き出した。どうしたんだと視線を向けると、彼女は酷く悲しい微笑みを見せた。

「だって、私やヤーグや、あの男が伝えたって多分わかってくれないのに。ホープ・エストハイムやスノウ・ヴィリアースが言うと、ルカはたった一言で理解してしまうんだわ」

「ジル……」

ルカがどこか怯えたみたいに、縋るような視線をジルとヤーグに向けた。と、スノウがルカの腕を掴み、ジルに駆け寄ろうとするのを制止した。
そして、まっすぐにジルとヤーグを見る。

「それは俺が、ルカを裏切らないからだ。俺たちはそこまで深い関係でもない、ただの行きずりの仲間に過ぎないけど、だからこそ俺たちは互いを裏切らない。だからルカは、俺を信じてるんだ」

「……わかっている、そんなこと」

スノウくん、と責めるような声でルカが騒いだが、それをスノウ・ヴィリアースは首を横に振って押しとどめる。そして真っ直ぐにルカを見下ろした。

「ルカ。お前はちゃんとこいつらを責めた方がいい。じゃないとお前はずっとこいつらを信用できないまんまだぞ。たった数週間程度しか一緒にいなかった俺でもわかる。お前はひたすら、こいつらとの“過去”に縋ってた」

ルカは聞きたくないとでも言いたげに、目を強く閉じた。

「事件も含めて、もう“過去”なんじゃないのか」

「……」

「俺はロッシュを責めない。ナバートのこともな。俺は許すつもりなんかないからだ。あの事件で責められるべきなのはこいつらじゃないし、許すことができるのは俺じゃない。お前なんだ。お前が許すしかない。わかってるだろ」

ルカはふるふると首を横に振った。彼女は何があっても、ヤーグたちを責めたくなんてないのだろう。わかっている。
けれど、責めてもいないのに許すなんて不可能だってことも理解できた。
ルカが最後、ヤーグに告げた言葉がある。“ヤーグのことなら何だって全部許してるよ”。そんな言葉は、例えルカにとってどんなに絶大な真実でも、ヤーグにとってはただ安堵する理由にはならない。そんな甘えをヤーグが自分で許せるはずがない。

「……スノウくん……」

「ってこともな、セラに教えてもらったことだけど。セラはずっと自分を責めてたから……自分のせいで、コクーンがあんなことになったって」

俺はよくわかってなくて、あれはセラのせいじゃないし例えセラのせいで何が起きたって俺はセラの味方だーって、そればっかり言ってたんだけど。
その言葉はルカにも共感できるものだったのだろう。ルカはそういう女なのだ。内側に囲い込んだ相手に、必要以上に甘い。

「でもセラと色々話しててわかったんだ。責められた方がいいこともある。その上で一緒に乗り越えていければいいって」

「……このお人好し」

ルカの声は泣きそうで、でも泣かないとわかっていた。ルカは泣かない。何があっても、泣いたりしない。
はーっと深く吐き出された溜息。そののち、ルカはゆっくり顔を上げる。それから微笑んで、「納得はしてないけどお礼は言っとくね」と言った。そして。

「うぉらァッ!!」

「おぐふっ!?」

「生意気だクソガキが!!何様だてめぇ!!っていうか似たようなことをこないだホープくんに言われたばっかりだバカ!スノウと同レベルだって説教されたばっかだよちくしょうめ!!」

「おい、おいルカ……」

突然凄まじい勢いでローキックをかましたルカに驚いてヤーグは慌てるが、どうやら直前でスノウ・ヴィリアースのガード魔法が間に合っていたらしい。ほとんどダメージはなかったようだ。

「こういうことが言いたかったんでしょ、スノウくんは」

「いや全然違う」

考えてみれば、いくらルカだって本気で他人を突然蹴りつけるはずがない。今のはスノウがガード魔法を展開するとわかっていたからの攻撃だ。そしてそこまで読むことを見越して、スノウ・ヴィリアースは魔法を使った。ああ、これは……。ヤーグはその光景には、どうしてか胸が痛んだ。先程は大して重くなかった一言一言が、とても痛かった。
その理由を冷静に分析しようとして、すぐ諦めた。多分知っても意味が無いことだと思ったからだ。



「……そんで?スノウくんはこの旅続けるの?」

「ん?まあ、そりゃそうだろ。まだ何も見つけてねぇ……ルカはどうしてまた旅に?」

「……あ、やべ、それ先に言うべきだったわ。あのね、ライトニングに頼まれたの。セラちゃんを守ってほしいって。何か危険が迫ってるみたい」

「はぁ!?いや、ほんと、なんでそれ最初に言わな……ああ畜生」

スノウは顔を僅かに青ざめさせ視線を巡らせた。それを見てルカが片眉を上げる。

「おいおいヒーロー、あんた向いてないんだから頭使うのやめな。何か思うことがあるんならさっさと吐き出す!」

「そうよ。考えることが専門の人間が一応三人いるんだもの」

「ナバートにまで協力してもらうってのがホントぴんとこねぇけど……まぁいいか。実は、サンレス水郷でセラたちに会ったんだ。ああ、その前にルカに会えてれば……!」

「サンレス水郷?……まだそこにいるかな」

「いや、俺より先にあそこを出た。だからもう違う場所にいると思う……」

スノウとルカの二人は「ああー」と一斉に項垂れた。ヤーグもジルと顔を見合わせる。かなり近付いたと思ったのに、ぬか喜びだった。

「……とにかく、セラちゃん見っけたら捕まえといてよ?スノウくんに女の子を捕まえておくだけの甲斐性があるかは置いといて」

「置いとくな、やめろそんなことないからマジで、これでも結婚考えてたんだよ!」

「でも結婚してないじゃーん」

「そういえばお前は?婚約はどうなったんだ」

「あ、その話は勘弁してください」


また違う時代を巡るというスノウ・ヴィリアースと軽口を叩いて、ルカが別れを告げる。もしかしたら共に旅をすることになるのではという危惧―といっては無礼かもしれないが―は現実にはならなかった。スノウ・ヴィリアース曰く、“オーパーツ”という物質を使うことで時空を超える門を開くことができるらしい。よくわからない。ともかく、その門を使う際は、同じ門をくぐって来た人間でないと次の門も共にくぐれないらしい。
とはいえルカが言うには、ルカたちは瞳の力で時空を移動しているためルカならその問題も解決できるというのだが、結局二手に別れたほうが効率がいいからということで一緒には行かないことになった。途中「またスノウくんと旅してスノウくんがじたばた暴れまわるのに巻き込まれるのはごめんだチクショー」とかなんとか言っていたが、冗談だと思う。その方が誰の心も痛まない。

「じゃあ、私たちは次の時代に行くね。また会えたら会おう」

「どうせ会えるさ、そんで一緒にライトニングを叱りに行こうぜ」

「いいねぇ、それならスノウくん一人が逆ギレされるだけで済む」

彼が顔を顰めて、ルカは声を立てて笑った。気安い仲間らしい態度に苦笑するヤーグとジルの腕をルカがまた掴む。
世界が暗転する直前まで、スノウ・ヴィリアースが見送っているのが見えていた。







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