ニヒリストは泥に沈め






「……」

地べたに戻ってきた。そして、この集落に民宿はひとつしかないとのことなので確実に二人が泊まったのはここである。ロビーで連れがいることを話し、部屋番号を聞き出した。二階の二部屋を借りているらしい。階段を登ると、話し声が耳に届いた。

「……ってくるかしら……ねえちょっと聞いてるの」

「お前昨日からそれしか言ってないだろう……」

「そしてあんたもわからないわからないってそればっかり。ちょっとは建設的なこと言えないの?」

「帰ってくるかどうかなんて私にわかるわけないだろう。気になるならあの男に連絡してみたらどうだ」

「虎児を得る可能性が薄いんじゃ危険に足を踏み入れるだけだわ」

あ、すごく私のこと話してる。見れば、片方の部屋のドアが僅かに開いていて、そこから声が漏れているようだ。
ルカは盗み聞きしているという微かな背徳感と、同時に友人たちが自分について話しているシーンに出くわした高揚感でつい足を止めた。階段を登り切る直前で、耳を澄ませて次の言葉を待つ。少しだけどきどきする。

「何も自分から捕まりに行くことないのに……」

「だがあの男が本気で探し始めた後だったらちょっと捕まるだけじゃ済まないぞ。八年後もそうだったが」

「あー……本気で撃つつもりだったわよねあの男」

「相手が私とジルではな……何もなくても撃ちたいだろうよ。八年後では、ルカはよくその日のうちに帰ってきたものだ」

「あら?そう思えば、あの時より若いレインズ相手ならもっと早く帰ってこられるんじゃないかしら?何時間経ったかしら」

「だいたい……十六時間ってところか。……今回は早く帰ってこられないだろう、八年後のレインズは完全にキレていた分、対話が必要なかった」

「あんた最近レインズと同調してるわよね?なんなの?」

あ、それ私も思ってました。ルカは階段に腰を下ろし、何度も頷いた。

「同調……というほどでもないがな。多分同じ事を考えているから」

「えっ監禁したいの?」

「お前な……お前な、ほんっとうにアウトだぞお前」

ヤーグは深い溜息を吐いた。監禁ってなんだ。ルカはなぜか背筋を嫌な汗が伝ったのを感じた。あれ、これ私の話か?

「……あいつが目覚めなくなって、あの男が二年間がどれほど辛苦を味わったか考えればな。私たちはまんまと一緒に旅に出たが、あの男にはできないことだった。狡いやり方だと、わかってはいたんだ」

「それでも今回は説得できると思うの?妙に矛盾してない?」

「……あとはルカが決めることだ。あいつが本気で説得しようと思ったなら、レインズが折れるしかない」

ヤーグは不思議なくらい、確実に断言した。いい意味でも悪い意味でも優柔不断なヤーグらしくないなとルカは思う。

「ああ……成る程ね。妙にシンクロしてると思ったら……やっと今わかったわ。そうよね、共通点があるのよね」

「……黙れ」

「あれよね、考えることが一緒なのよね?同じことを考えてるっていうより、考えてることが同じなのよね?」

「黙れ」

「ふふふふ、ヤーグを泣かせるまで追い詰めるネタを見つけたわ……」

「やめろ、黙れ……頼むから黙れ」

ふふふふふと楽しげな笑い声が、というかジル一人だけ楽しげな笑い声が響いてぞぞぞと背筋に悪寒が走った。あ、だめだ、今行かないとヤーグが虐められる。ジルの気分転換にされちゃう。
ルカは立ち上がる。

「よ、呼ばれてないけどやってきまし略!ルカちゃんで略!」

エアークラッシャーとしての本領を発揮してやるつもりでルカは部屋に飛び込んだ。きょとんとした二人が一瞬硬直し、その後驚きでか二人とも目を瞠った。

「ルカ!?」

「ほ、本当に帰ってきたのか……」

「ヤーグの言い方にちょっと傷付いたわ……約束は守るルカちゃんじゃないですかやだー」

「いい年こいて一人称がふざけてる女の発言は信頼性に欠ける」

「ごめんなさーい……」

年甲斐がないと言われ慣れてはいるが、ヤーグに言われると感傷も一入だ。いつも思っても言わない男なので。

「と、とにかく、また旅に出るぞこらー!」

「……そうね。よかったわ、戻ってきて。でもどうやって説得したの?」

「……へっ?」

声が裏返った。
何もかも伝えたら、ジルがヒステリーを起こす気がする。ルカは躊躇った。今思えば、いずれシドが合流したりしたら殺し合いに発展しかねない気がする。……いやでもどうだろ、なんか昔より三人が仲良くなってる気がするしな。大丈夫かなもしかして。……自信ないな。ルカは結局甘い幻想を打ち捨てた。

「とにかく、あの、ほら、行こうぜ。あ、武器ほしいなー!お金ある?」

「ああ、レインズがやたら大金を寄越したからな。だがこんな集落に武器商人なんているか?」

「いるでしょー、モンスターまみれの地域だもの。とにかく急がないと」

「……ねえ、そもそも時間を超えて旅してるのに、時間がないっていうのはどういうこと?」

ジルの問いに、うう、とルカは息を詰まらせた。少々面倒な質問だ。

「あのね、過去に影響することはできないのね。自分の過去にも、触れることはできないのね。で、時間の主観ってのは自分なのね」

「……はぁ?」

「いずれかの時間でセラちゃんが死んでしまったらおしまいなんだ。セラちゃんの主観の中でそういう未来ができてしまったら、それを変えるには過去を変えるしかなくなっちゃう。でもセラちゃんの過去には触れられない。セラちゃんが旅に出てしまったから、セラちゃんの主観で時間が動いてる」

「えーと……つまり、セラ・ファロンの時間軸の中に世界の時間軸があるってこと?セラ・ファロンは神様か何かなの」

「ああ、そういう理解だといいと思います、矛盾がなくて。神ではないけどね」

民宿は前払いだったらしいので、ロビーは素通りでろくに荷物もないままルカたちは宿を出た。武器商人もだが、他にも色々揃えたほうがいいものはある。旅の必需品をルカはよく知っている。こういうことは経験がモノを言うので。

「アーミーナイフでしょ、アスピリンでしょ、ポーションでしょ……昨日寄った商店、雑貨屋だったよね。それくらいなら手に入るかなー」

「なんでレインズから奪ってこなかったのよ」

「……あ、思いつかなかった」

「バカ」

昨日の商店目指して三人連れ立って歩く。陽はすでに高く昇り、遠くにリンドブルムが浮かんでいるのが見えた。武器商人からいくらか武器を購入できたら、急いでまた旅に出よう。瞳はどこでも開く。エトロが開かないから未来を視ることはできなくても、不可視世界は超えられる。一瞬だけリンドブルムに視線を傾けた。またいずれと呼ぶ、その日を待つ。

そして正面に、視線を戻した。その瞬間だった。

「ちょんッ」

「……え」

「ちょっこりぃぃぃんんん!!!」

凄まじい衝撃がルカに真正面から激突した。視界に散ったのは赤と肌色。押し倒されていると気付いて数秒、そこからどうやって復旧すればいいかわからない。
なんだこれは。

「いやぁぁんお久しぶりー!!元気ー!?ルカお姉さんったらもうねぼすけさんなんだからぁー!」

「え、あの、すいません退いてもらっていいですか」

「やだ何でそんなに他人行儀なのー!そこそこ長い間一緒に旅したじゃないっ楽しかったじゃない!」

なんだこれは。そして誰だこれは。
身体を僅かに起こしてみると、それは凄まじい露出度の女性だった。長い茶色がかった髪を振り乱し、下着とも水着ともとれぬ不思議な衣装……ダンサーのような印象を与える衣服を身につけている。挙句手にはコスプレめいた翼っぽい装飾品。服の僅かな布面積はほとんど真っ赤で、無意味なまでに刺激的。ルカの狭い交友関係を三度総ざらいしても、こんな知り合いはいない。あるいは過去の、もうほとんど覚えていない、コクーンができるまでの友人か何かなのだろうか。……いや生きてるわけないだろう、600年前だぞ。

視線を上に巡らすと、ヤーグとジルが目だけで会話しているのに気がついた。挙句じりじりと少しずつ、二人揃って後退している。
逃げる?逃げちゃう?逃げちゃおっか?そういう意味を孕む視線だと気付いて、ルカは肉感的な肢体に押しつぶされながらも叫ぶ。

「う、う、裏切り者ぉぉぉ!!助けてちょっと、ジルぅぅぅ!!」

「いやだってどうしようもないし……」

「っていうか誰だそれは」

「私も知らないぃぃ!」

「えええっルカおねーさん薄情!!そりゃあ数週間ぽっちだったしっあたしとはほとんど遊んでもくれなかったけどさっ、でもあたしだってルシのみんなと一緒に旅したのよー!」

「……え、ちょっと待ってよ……え……?」

ルシのみんな、数週間。そうなるともう、心当たりは限られてくる。

「……ヴァニラが将来こういうタイプの美人さんになるとは思いたくないなぁお姉さん」

「さすがルカおねーさん、思考ぶっ飛んでるわねえ」

「そうね、とりあえず退いてくれる……」

「んー、あたしの名前を思い出してくれたら考えるかなー」

ふんふんふーんと鼻歌を鳴らしながら、ルカの上でその女性は足をばたつかせた。楽しげだ。じゃれているのだとふいに思う。……じゃれる?じゃれるような人間は、ルシたちにはいなかった。年齢的な意味でも。
じゃあ誰も居ないということになるではないか。背後霊だとでも言うつもりか。

「……じゃ、チョコリーナ」

それでも思いつく最後、黄色い羽が脳裏に掠める。ふわふわとした羽毛。何度か触らせてとサッズに頼みこみ、いざ触ってみるとあまりにもやわらかすぎて指先に少し早い鼓動が伝わるのが妙に怖くてすぐサッズに返却していた、あのひなチョコボ。そういえばサッズは元気にしているだろうか?ドッジ少年が戻ってきて、一緒に生活しているはずだ。
と、閑話休題。目の前にいる女性がひなチョコボなはずはないので、むしろ背後霊の線で推理するしかない。……いや無理だろ何を言っているんだ。

しかし女性は満足気ににんまり笑って、身体を起こした。立ち上がって、手を差し伸べてくる。

「ルカおねーさん、ライトニングさまのために戦ってくれてありがとう」

「……はいいい?」

いよいよもって、ルカは混乱した。







「……だからねっ、ライトニングさまの力でふんふふふーん!なのよ!」

「お前説明する気ないだろ」

「ちょんちょこりーん!」

「ああ、はい、説明する気がないのはもう確定なんですねわかった」

ひなチョコボのチョコリーナ。彼女は自分のことをそう呼んだ。
当然ながら信用できるはずもなく、疑いの眼でルカは睨めつけていたのだが、彼女がルシ一味しか知るはずのない秘密をほいほいばらしてくれたので結局信じるしかなかった。

「えーっと、ファングおねーさんがヤーグって人とルカおねーさんの仲疑ってたわよね?そうそう、シドって人よりそっちのが面白いって言ってた!」

「ぶふぅっ」

「ぷふ……ふふふふ……くくっ……」

「ファングぅぅぅ!あのバカぁぁぁ!ジル笑うなぁぁ!」

ヤーグが咽る横で、ジルが顔を両手で覆い肩を震わせて爆笑していた。動転するルカをよそに、チョコリーナはどんどん秘密を暴露していく。

「あとはー……ルカおねーさんはお酒が好きでしょー、よくスノウをバカにしてたでしょー、そこのジルって人を助けるためにバルトアンデルスの魔法の前に身を投げ出したでしょー……それからお腹のすごくおっきい傷をつけたのはシド・レインズって人」

「……え、その傷……あの男がつけたものなの」

チョコリーナがジルのことを言ったせいで笑うのを止め沈黙したジルは、傷の話を聞いてルカの腕をとった。が、その話を続けると結果としてシドの悪口だけになってしまう可能性があるので、とりあえずルカは「その話は後で」と躱し、チョコリーナを見つめる。

「……本当にチョコリーナなの?」

「そうよーん。だからなんでも知ってるわよ、だって一緒に居たんだもん。ルカお姉さんがコクーンに残ったときは寂しかった……眠っちゃったって聞いたときもね。ま、ルカお姉さんのことだから、起きたらきっとそこの彼らと旅に出るんだろうなって思ってたわ。ライトニングさまに頼まれても、一人じゃね。寂しいでしょう、あなたには」

これ以上睨み続けると更に変なことを暴露されてしまう気がして、ルカはつい額を押さえた。寂しい?余計なお世話である。
しかし、ひなチョコボが人型になるなんて……混沌の力怖い。それから、ライトニング“さま”というのが気になった。

「なんでライトだけお姉さんじゃないの?」

「それはー、ルカおねーさんが自分で辿り着かなきゃいけないことじゃないかしら?ズルはだめよー」

「随分一方的だね……ズルなんか、それも……」

それでも、なんとなく。ライトニングは“ただヴァルハラにいる”のではないのだろうということをルカは感じ取った。ライトニングがひなチョコボを人型にしたというのなら、女神の力を行使したと考えるのが自然だろう。だとしたら……事態は、より深刻なのでは。

「でもね、手助けならしてあげる。っていうか、そのために来たのよちょんちょこりーん!」

「……はい?」

「実はセラのことも助けてあげてるの。ま、地獄の沙汰もギル次第だけどねー!」

どうだ!と言わんばかりに、どこに隠していたのか彼女はどこからともなく大風呂敷を取り出して地面に広げた。いや本当にどこに隠していたんだ。隠すスペースがかけらもない格好のくせに。

「さーて、ご覧あれーい!」

「……。……えええ嘘でしょ……ええええ!?」

転がり出たのはよく知る武器。見慣れたというか、さんざん酷使させていただいたあの銃剣であった。ルカは風呂敷の上に転がった、血塗れで錆びついた赤黒いそれにかじりつくように膝をついた。

「なんでハイペリオンがここにあんの!?」

「時空超えちゃったから?」

「適当なこと言わないでって……だってこれ、オーファンに突き刺してそのまんまだったのに!」

「取り戻してきましたー血塗れだけど!メンテはご自分で!」

「そうだねほんと血塗れだね、でもすごいこれ……どうやったの……?」

企業秘密!
にこやかにチョコリーナは微笑んだ。夏の花を感じさせるような爽やかさで。ので、なぜか突っ込んではいけない気がした。突っ込んだらまた面倒が増えそうだ。

「お……おいくらですか……!」

「いやん、あたしとおねーさんの仲じゃなーい。お代なんてー、二万ぐらいでいいよ!」

「え、そこはいらないよって言うところじゃないですかね?しかもこのままじゃ使い物にならないのに結構お高めじゃないですかね?」

「甘ったれるんじゃなーい!ま、友情価格でマケてあげてもいーよ。代わりに武器いっぱい買ってねー」

チョコリーナは両手に装着された翼をはためかせた。そう言われてしまっては、とルカは隣の二人と視線を絡める。二人も、肩をすくめてすぐ近くに膝をつき、並べられた武器を見比べ始めた。

「銃があれば私は多分それが一番いいわよね。どのみち近接戦闘は向いてないもの。ヤーグは剣でしょう?」

「そうだな。刀身七十センチくらいで」

「ヤーグには短くない?私はもうちょいほしい」

「剣は長ければいいってものじゃない」

「その議論長くなるからまた今度受けて立つ。あー、でもハイペリオンは買いだとしても荷物になるし、それにすぐは使えないからなー。手入れしないと」

「とりあえず俺はこれでいい」

「私もー、ハイペリオンとこの剣が欲しいです」

「じゃあ私はこの銃で。ライフルでいいわ」

ヤーグは細身で片刃の剣を、ジルは銃身の長いライフルを、そしてルカは両刃の剣を選んだ。もちろんハイペリオンもつけて。
きっかり四万ギルといったところだった。ポーションやら何やらつけても四万五千。宿代としてシドが投げて寄越した金を確認してみる。

「……お釣りがくるな。盛大に」

「先輩は本当に、何を思ってこんなに……」

もしかして、この事態までも予測していたんじゃなかろうな。ルカはどこか空恐ろしいものを感じてリンドブルムを再度探す。雲がかかった空の彼方、もうあの特徴的な形の母艦は見当たらなかった。



「ところでぇー、ジルさんにはこんな武器もあるけどー」

会計するために金を数えていると、チョコリーナがこそこそと寄ってきてルカに耳打ちした。手に装着した翼の下からそっと取り出したのは、刑罰杖。つまり、鞭。そういえば軍人だったころジルが常に伸縮する刑罰杖を携帯していたことを思い返しつつ、ルカはそれを無理やりチョコリーナの翼の下に押し戻した。

「チョコリーナおま、……調教されたいのかっ……」

「うひゃいっ……四万五千と九百ギルになりまぁす」

「九百ギルどっから出てきた!?」

チョコリーナが突然氷風呂に叩きこまれて凍えるみたいに全身を戦慄かせた後、なぜか会計が増えていた。どういうことだおい。

「消費税兼今の想像の慰謝料?っていうかお小遣い?お姉さんおねがーい!」

「……調子いいなまったくもー」

まぁ、ろくに餌をあげたこともないのだし。
支払って、武器を受け取る。転送装置はファルシ技術なのでもう使用できないらしく、しかたがないのでルカは布に包まれたハイペリオンと新しく買った剣を背負う。これからしばらくしたらまた似たような技術を作る時代も出てくるよ、なんて調子のいいことを言うチョコリーナを尻目に見つつ。
初めて背負うハイペリオンは、思ったよりずっと重かった。ヤーグにそう溢すと、彼は苦笑する。

「背負うことを考えて武器を作らないからだ」

「転送装置が使えないなんて予測してなかったもの。ま、だいじょーぶ、これくらいなら歩けるよ」

「……ライフル重いわ……ああもう、ヤーグ持ってて」

「お前がライフルを選んだ時点でそんなことになると思っていた」

じゃあねと両の翼を振って見送るチョコリーナに手を振り返して、ルカは二人と集落の外れを目指す。目立たないところで門を開くのだ。
とりあえず旅の準備は整った。シドが辿り着くのを楽しみにしながら、ルカはまた旅に出る。







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