それは吐露されうる結末






足元に地面がない感覚は、ルカとしてもあまり歓迎できるものではなかった。そのうえどことなく息苦しい。必死にジルとヤーグの手を掴んではいるものの、確かなものはそれしかなかった。なんていうか、武人としてというか、すぐさま反撃できない状態は精神的にも圧迫される。隣のヤーグも同じなようで、眉が思い切り顰められていた。
と、ふいに、視界の端で何かが煌めいた。
出口だ。そう思った瞬間、全身がそこに引きつけられる。悲鳴を上げる前に、もう身体は外に追い出されていた。



「……うぶぅ……」

「どいてくれ……」

「え?ああ、悪いわね」

お約束すぎて笑いも出ないが、ルカはヤーグの上に縺れ込んでいた。さらにその上にジルが。ジルは軽いのでルカは平気だが、更にルカの分まで加算されているヤーグには重いだろう。
ジルがどいたのでルカもヤーグの上から離れる。ヤーグも起き上がったところで、ルカは周囲に視線をやった。原生林のように木が多く湿気が纏わりつくのに、地面は剥き出しの砂岩だ。

「ここはどこなのかしら」

「わかんない。っていうか不可視世界通っちゃったから、同じ時代かもわからん」

「何だそれは……」

「せ、説明しよーう……不可視世界とはいわゆるナンデモアリのトンデモビックリ世界なのだー……ってかそれが怖いから私ほとんどあそこ近寄らないんだよねぇ……」

「そういうことは通る前に言え、今度からでいいから!」

ヤーグが怒鳴るのでルカは耳を塞ぎ目を瞑った。だって時間なかったじゃないかなんて言っても無駄だろうとわかっているので口も噤む。と、ジルがルカの肩を叩く。

「ルカ、ちょっと……!」

目を開ければ、そこには異臭と気配があった。紛れも無く、モンスターの臭いだ。

「やっべ武器持ってる人ぉ……!」

「拳銃くらいしかない!」

「あああそれじゃ無理だな!せめてRPGが欲しいぜ……!」

と言っても降って湧いては来ないので、ルカは腰の果物ナイフを引き抜いた。刃が短いので、どんなモンスター相手であれこんなものでは致命傷は不可能だ。それでも戦わないわけには。
花みたいなモンスターが、水が湧いて出るみたいに地の割れ目から抜け出てきた。あれは知っている、たしかファングはトリフィドと呼んでいた。毒を有するモンスターで、そして飛ぶ。ルカはさーっと己の顔が青ざめるのを感じた。飛ぶ相手に対してナイフ一本じゃどうしようもない。
それでも二人を守らなくては……。ルカが焦燥に歯ぎしりをした、そのときであった。

風を纏ったブーメランが、トリフィドの頭を一瞬で刈り取っていく。驚くほど美しい弧を描いて、ブーメランはルカたちの頭上を摺り抜けた。その黄色いブーメランを、ルカはよく知っている。

「大丈夫ですか!?……って、ルカさん!?」

「……ホープくん?」

岩棚を飛び降りて駆け寄ってきた青年は、明らかにルカの記憶の中の少年とは姿形が違うものの、少しだけ低くなった声にも、銀にも金にも映る髪にも面影を感じる。顔も青年らしい顔つきになってはいたが、よく知るものであった。
ルカは反射的に飛びついた。

「いやぁぁぁぁホープくんだ!ホープくんが大人になってる!!いくつ!?今いくつ!!お姉さんよりお兄さん!?いやぁぁぁああああ!!」

「う、ぐ、ちょ、離して……離し……離せって言ってるでしょうが!!」

しばらくゆっくり押し返されるだけだったのが、結局思い切り押しのけられてしまった。ルカは残念だと言いたげに唇を尖らせる。そのかつての仲間、ホープは深いため息を吐いた。感動の再会から10秒でこうなのだから、全く自分は変わらないなとルカは内心だけで苦笑した。ヤーグが渋い顔をしてルカをホープから引き剥がす。どうやら出会って早々迷惑をかける友人を苦々しく思っているようだ。

「まさかルカさんがこんな時代に現れるなんて……セラさんたちと同じですね」

「セラちゃんがここに来たの?」

「はい、数日前に。もう旅立たれましたが。ところで……やはりこの二人と一緒に行動してたんですね」

ホープの目がすっと鋭くなった。そして後ろの二人を眺めるように見る。ホープがパージで母親を亡くしていることを思い出してルカは言葉を失ったが、ルカはすぐに顔を上げた。ホープはルカに危害を加えたりなどしないとわかっていたからだ。それなら今ここで、二人に何かをすることもない。

「とりあえずあちらへ。ここは魔物が居ますから」

ホープが手で示した先、遠くに施設の屋根らしきものが見えた。彼に誘われ、ルカたちは進んでいく。道すがら、この場所のこともいくつか聞くことが出来た。

「ここはヤシャス山。AF10年……あの事件から、十年が経ちました。あなたが消えてから八年ですね」

「ってことはパドラの都なの?」

「ええ。見つかったものがありまして、研究をしています。ルカさんは何を?」

「えーと、セラちゃんに会いたくて。ライトに頼まれてさ」

ルカがそう言うと、ホープの足が止まった。

「……ライトさん?ライトさんに会ったんですか!?」

「ああー……うん、会ったけど、でもあれ会ったっていうんかな……微妙なところだねー」

「詳しく教えて下さい!」

ホープはルカに詰め寄った。ルカは思いの外激しい反応に目を瞬かせる。

「ほ、ホープくん?」

「……急いでください。見せたいものがあります」

ホープはルカの腕を掴み、歩く速度を一気に早めた。ジルとヤーグもまた困惑しつつ着いてくる中で、ルカは訪れたこともある亡都パドラの中を進んでいく。崩れかけの神殿を下から眺めつつ急ごしらえの木製の階段を登り、ベースキャンプだという場所に辿り着いた。

「あ、せんぱい!」

そこには金髪ショートカットの女性が、目を丸くして立っていた。彼女はホープを指さし先輩と呼ぶ。それからずいずい歩いてきてホープの腕を取り、「またあの人から連絡がありましたよ、大変なのはわかりますけど先輩関係ないじゃないですかねー!」と頬を膨らませる。ホープは苦笑してその腕をやんわり外したが、ルカはそれを見て眦を吊り上げた。

「ホープくん……浮気か……!」

「え、は、はい!?なんです突然!?」

「だってホープくんはライトのでしょ!?」

「!?」

「ライトにあぁんなことやこぉんなことしといて居なくなったら新しい女ですか!君がそんな子だったとはお姉さん知らなんだ!騙されたわ!!」

「色々と誤解招く言い方止めてもらえますか!?なんですかあんなことって!」

「え、そんなことをここで大声で言えと?やだ破廉恥」

「何でちょっと小憎たらしくなってるんですか……あなたそんな人でしたっけ」

「心の距離が前より近いんだよ」

「ああ……ロッシュさん扱いみたいな……」

ホープもからかいがいがあるなぁ、とルカは満足気にうなだれているホープを見つめた。しかしホープの頭がかなり高い位置にあることに今更違和感を覚え、首を傾げる。
と、視界の端の金髪女性と目があった。彼女は頭を抱えるホープに呆気にとられていたが、ルカと目が合うと軽く顔を顰めジルとヤーグに視線を向けた。

「あたし、その人たちのこと知ってる気がするんですけど……」

「ああ、でもそれは今はいいから。……ルカさん、こっちです。ふざけてないで、ほら来て」

ホープは女性の言葉を受け流し、ルカを様々な装置の並べられたテーブルの前に立たせる。そして、後輩らしいその女性に何やら指示を飛ばし始める。
それから球体のようなものを、テーブルの上、ルカのすぐ斜め前に置いた。ホープは手袋に包まれた手を、その上に重ねた。そしてその瞬間、青い光が刺すように煌めいてルカは一瞬目を瞑る。
光はルカの前を通りすぎて空に映り込んだ。その行く先を目で追って見上げると、少し粗いながらもスクリーンのように映像が映っている。

そこにはライトニングがいた。あの、これまで見たこともない鎧姿で。オーディンに乗り、彼女は灰色の世界を駆けていく。
ああ……ああ。ルカはぽかんと口を開けたまま硬直した。どうしてこんな映像が……。

「これ、ライトニングさんですよね。こんな姿は僕も見たことがありません。だからきっと、これは未来を映したものじゃないかと思うんです」

「……あー……」

「ここはパドラの都です。パドラには未来を視る巫女がいたって話でしたよね、ファングさんが話してた。だからパドラの巫女が視た未来が、これには記録されているんだと思います。事実、これはこの異跡で見つかりました」

「ほおー……」

「ルカさん?」

ルカは返答に困り視線を彷徨わせた。と、ホープが訝しむように目を細める。

「……ルカさんやっぱり何か知ってますね?」

「……いやっ?」

「嘘吐かないでくださいよ目が三方向に泳いでますよ」

「そんなことない、違う、そんなことない」

「わかりやすいんですよあなたは自覚してください。っていうかあのとき言ってたじゃないですかエトロの瞳なんでしょつまり巫女と本質は一緒でしょう何か知ってますよね」

「え、エトロの瞳はただいま休業中で……」

「職業じゃないんだからそんなわけにいかないでしょう!知ってることを話してくださいよ!!」

「いーやーだぁー!だってそんなんあれだからね、あんまべらべら話すとリンゼとかパルスとかに目ぇつけられんだからね!ホープくんにもいい結果にならないです!!」

ホープは勢い良くルカに詰め寄ったが、ルカが神の名前を出すと微かにたじろいだ。エトロの瞳という存在の得体が知れない以上、ルカが危険だと言うなら危険かもしれないと、そう考えるくらいにはホープもルカの為人を知っている。

「……じゃあ、せめて、ライトニングさんがどうなったのかだけ……教えてください……」

それでもホープは諦められないらしい。危険だからといって、ライトニングを諦めることなどできない。ホープは彼女を守りたかったのに、守ることができなかった。それは苦すぎる後悔となって、彼の心にしがみついているのだろう。
ルカはホープの双眸を見つめ返し、なんとなく彼の葛藤を理解した。深い悲しみも、苦しみも。やっと見つけた僅かな希望を諦められないと、そんなの当然だってルカには解っていた。
けれど。

「……それは、私にもわからないんだ」

「そう……ですか……」

何がどうなってライトニングがヴァルハラなんてところにいるのか。それはどうしてもわからない。眠りについたあの日になにが起きたのか。窺い知れない世界の外でおそらく大きな異変があったのだろうが、その内実が知れない。

「でも、生きてるよ。死んでたらああは映らない。ライトは生きて、まだ戦ってるんだよ」

「それは……じゃあ、まだ希望はあると?」

「ホープ、でしょ。君が生きているんだもん、ライトにとっての希望はあるさ」

ホープの目が瞬かれ、彼は少し悲しそうに微笑んだ。ルカは悲しみを覚えつつ、それでも何も言わなかった。
ヴァルハラからライトニングを連れ戻す方法などわからないし、連れ戻していいかもわからない。ルカはあそこに迎えられないのだ。入り込んでしまうのと居着くのとではまるで違う。そもそも入り込んでいるのかさえ明らかではない。おそらくは意識のみヴァルハラで動き回れるだけなのではないか。それは、目覚める直前ヴァルハラの海で溺れていたのに、目が覚めたルカに何ら異常がなかったことからも知れる。

ルカがホープに力になれずすまないと軽く頭を下げると、ホープは苦笑して首を横に振った。

「いいえ。それでも、希望は与えてもらいました。ルカさんは、どうして旅を?」

「ライトにセラちゃんを頼まれたんだ。命の危険があるからって。それで、セラちゃんを探してる」

「命の危険?それは……大事ですね。しかもライトさんが言ったのなら冗談の類でもなさそうですし。……で、お二人と旅に出たのですか」

「ん?んんー……そうね、なんかそういうことになって……」

「しかもレインズさんには黙って、ですか」

「え、あ、うん、まぁ……そうだけど」

何やら呆れ顔のホープにたじろぎ、ルカは何度も頷き首肯した。っていうか何で知ってるんだと思ったが、問う隙はなかった。
ホープは「はぁぁー……」と深い、あまりにも深いため息を吐き出した。

「自分が何してるか本当にわかってます?ああもう、あの旅の間もこの人自分のしてること理解してるんだろうかとずっと疑ってましたけど、今度はちょっと冗談じゃないですよ」

「え、なに、それは十四歳の少年に人格を疑われていたということ?え?」

ホープはゆっくりと顔を上げ、ルカを見下ろした。視線が多少の冷たさを孕む。

「第一、あの時も……何をしたんです、あなたは。あのまま僕らとコクーンを出れば済んだのに、あそこに残って……」

ルカはそれに答えるわけにはいかなかった。というか、純粋に分別として死のうとしただのと年下にぶちまける気にはならなかった。今のホープは青年だけれども、あの頃の少年としての姿が頭の中に焼き付いているし。
まして冷静になれば、シドにもジルにもヤーグにもそんなこと言うべきでないとわかっている。だから黙りこくった。と、ホープはその責めるような目をルカの隣のジルに向けた。ジルは一瞬躊躇うようにヤーグと視線を合わせたが、切り揃えられた柔らかい髪を揺らして無表情にホープを見つめ返した。

「身を投げた。死のうとした。そう言ってたわ」

「ジルッ……!」

「それが事実なら情報を共有しルカの考えていることを推察すべきよ」

「その点だけは賛同します。あなたが言うと酷い皮肉ですけど」

ホープは眉根を顰めてジルにそう言い放つ。ルカはたらりと、背を嫌な汗が滑り落ちるのを感じた。ジルが怒りに掴みかかって、ホープと戦闘にでも発展したら無傷で止める自信がない。しかしジルはまるで動かず、またホープに言い返すこともなかった。ただ薄く微笑んだだけで。

「しっかし……なんていうか、あの時は明らかに様子がおかしかったし、絶対何かあるとは思ってましたが……」

「な、何よ!ホープくんにそんな呆れ顔される覚えはないやい!」

「本当にあなたは、最低ですね。スノウ並みです。スノウ並みに……身勝手で、バカです」

何だとてめぇと掴みかかりたかった。ルカは怒りたかった。けれどできなかった。ホープの顔がいかにも哀しげで、昔を懐かしんでいることが明らかだったからだ。きっと母親のことを思い出している。それは、ルカが水を差していい思い出じゃないのだ。

「あなたは身勝手です。本当に身勝手です。誰かを傷付けることを躊躇わないんです。生きてさえいればいいと思っているんです。それ以外全てどうでもいいんです、あなたは」

「ちょ、ホープくん、それはさ……」

「あの時感じていた違和感は多分それでした。方向性が絶対にずれているんです。誰かを守るために発揮されるその自分勝手は、あなたの行動によって傷付くことからは守らないんです。守れないからか、自分も守られないからかは知らないけれど、そういうことなんだと思います」

その言葉はルカの心臓を一瞬、嫌な意味で高鳴らせた。なぜだか、吐き気がするほど嫌な言葉だと思ったのだ。
でも、とホープは言葉を続けた。この説教はまだ続くのかと、ルカはびくりと肩を跳ねさせた。

「でも……僕はその身勝手に救われました。スノウの身勝手にも、あなたの身勝手にも。あなたにはさんざん苛々しましたけど、でもあなたは僕らのためにも命を張った。それに救われた僕にできるのは、あなたのために道を作ることだけだと思ってます」

「……ホープくん」

「どうしようか迷っていましたが、決めました。ここまで連れてきて申し訳ないのですが、今すぐ逃げてください」

感動した直後、ホープが突然深刻そうな顔をしたのでルカは面食らった。今彼はなんと言ったのだ?逃げろ?なんとも穏便ではない。そもそも、一体何から逃げればいいというのか。
ルカは困惑した。と、壁に身を預けていたジルがふいに顔を上げた。ほらねと言いたげな顔だった。ホープはルカの戸惑いを理解し、さらに詳しく伝えようと身を乗り出した。

「僕らには秘密裏に通達が降りてきています。ルカさんたちは追われている。でも、あなたが本気で旅をするんならあなたを邪魔したくありません。ライトさんに頼まれたというのなら、なおさら。だから急いで逃げてほしいんです」

「え、ええ?話が見えないよ、だから一体誰が私を追って……」

「……心当たりもないのか?」

ガシャンと、ルカのよく知る音がした。安全装置を外して、撃鉄を起こすあの音。重ねるように声もした。それは同時に響いた金属音と同じく、ルカにとっては身近なものだった。十年を共に生きた人のもの。たとえ顔が見えずとも、それが誰のものなのか分かる程度には。
けれどルカ振り返らなかった。理由はたったひとつ。自分の肩に沿うように伸びた銃口のせい。それは真っ直ぐ、ジルとヤーグの方を向いている。二人は目を見開いて、ルカの後ろに立つ人間を見つめていた。

「……やめてください先輩」

「外には行くなと言っても聞かなかったのに、自分の願いは聞き入れられるとでも?」

「先輩はそんな言い方する人じゃない。……いや、必要ならするかもしれないけど、二人に銃を向けないで」

ルカは一瞬深く息を吐き、即座に全身で振り向いてその銃口を掴んで上向けた。思ったより簡単に動いて拍子抜けする。それもそのはずで、持ち主は逸らされた銃にはもう大して力を込めていなかったのだ。代わりに、もう片方の手に持った銃の銃口がジルとヤーグの方向を捉え直している。回ったルカの動きを利用して、彼女を抱き込むように回された腕のその先に銃はある。こんな位置では、ルカはもう銃を奪うこともできない。やられた!相手が格上だということを、ルカはもっと考えるべきだった。

「先輩やめて……!」

「どうして自分のお願いは聞いてもらえると思うんだ?なぁ?」

「聞いてほしいからに決まってるでしょ!?」

見上げた先のシドに少し驚いた。八年……シドはやはり年を取り、渋みを滲ませる。ああ、もう完全に釣り合いが取れなくなってしまったなとルカは思った。そんなこと今はどうでもいいのに。でもそれは、もちろん嬉しいことじゃなかったから。ただでさえ恋人には見えないとさんざん言われていたのだ。

「何が望みですか……」

「何だと思う」

「少なくとも二人に銃を向けることじゃないでしょ。快楽殺人鬼じゃないんだから」

「……くくっ、それは確かにな」

シドは笑い、しかし銃はぴくりとも動かない。やめてくれと言ってもやめてくれないから、ルカはあんな強行手段で旅に出た。ルカにとっては、まだ数時間前のことでしかない。

「ねえ何が望みなの」

「強いて言えば君が無抵抗でいることかな。別に抵抗しても構わんが」

「バカにしないで……ねえ、無抵抗でいるから、二人に銃向けるのやめて」

「……そうだな、ただし一切抵抗するなよ。すればあのどちらかを撃つ」

シドが目だけ真っ直ぐ見下ろしたままで口角を上げる。背筋を嫌なものが駆け上がるようにそれは冷たい笑みで、ルカは腕を強く掴まれてもされるがままだった。
従えば確かに、ジルとヤーグに危害を加える気はないらしい。あからさまにジルとヤーグを警戒しているものの、銃はもう向けられていなかった。
しかしシドの後ろから数名の兵が駆けつけ、いきなりジルの腕を掴んだ。ジルが痛みでか顔を顰めたので、ルカはさぁっと顔色を変えた。ジルに痣でもついたらぶっ殺すぞてめぇ!!
だからルカは諦めた。諦めて、頼んだ。この手段は取りたくなかったし今この時も取りたくないが、それでもこれが最高の方法だ。今ルカを抱え込むこの男は、ことがジルとヤーグに関することなら信用できないから。

「ホープくん!ちょっとの間、二人の身柄はホープくんに預ける!!」

「ルカさん……!?」

ホープは驚いて眉を顰めたが、すぐに仕方ないとでも言いたげに頷いた。

「はい。わかりました。でも早く戻ってきてくださいね」

「おうよ。……先輩、行こう」

シドの唇がすぐ近くで弧を描くのを、ルカは確かに見た。こんなにも意地の悪い笑い方をする男だっただろうかと、ルカは逡巡し、そういえば気配にも気づかなかったよなと思う。ルカはシドの気配にだけはとても敏感なのだ。いつも、彼が声を掛ける前に存在を認識している。それなのに、さっきはそれができなかった。なぜだろうか?
疑問に思いはすれども、今は答えが出せそうになかった。握りこまれる腕に掛かる力が存外に強く、痛みのせいで集中できなかったからだった。







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