I realized right answer in a dead end.







側近らしい人物が駆け込んできて、椅子に座る男に退避を求める。きっと目障りなことになるのでリグディは容赦なく撃ち殺した。知りもしない相手を簡単に殺せることに違和感を覚えなくなってきている自分に少し辟易するが……それさえも意識的な嫌悪に過ぎない。
すぐそこに、あの人は座っている。いなくなって……拉致でもされたのか、もしや殺されたのではと散々翻弄されたと思ったらコレだ。自分の理想を自分で裏切るなんて、まさかそんな男だなんて思ってもいなかった。本当に。心酔していたのだ。騎兵隊の誰もが。

その証拠に、今の騎兵隊は大荒れだ。まだ彼を信じる者、裏切られたと激昂する者、訳もわからず混乱する者……。リグディは必死に自分だけは立ち向かわなければと思った。己も確かに彼の理想に身を投じ、しかし他の騎兵隊とは徹底的に違う。気づけたはずだったのだ。何もかも。逸る部下を抑えながら、リグディは一歩前に出た。座ったままの彼は驚いてすらいなかった。まるでリグディたちが銃を抱えて飛び込んでくるのを予見していたかのようだ。

「これが、あんたの望みだったのか?」

「もはや私はファルシの奴隷だ。……撃て」

躊躇った。彼を殺すのだけは。
それはリグディの、己の忠心の否定でもあるのだから。けれど……もう退くことなどできないのだ。

「理想ってやつは……!」

血がなければ育たないのか。誰かが死ななければ絶対に叶わないというのか。あのとき、この男についていくと決めたときにそれを知っていたなら……理想なんかに追従したりしなかったのに……!

いっそ誰か助けてくれよ。ナバートでもロッシュでもいいさ。……カサブランカ、お前はこういうときいつも俺の傍に居たのに、今日は追いつかないんだな。
彼女は自分が一番苦しいとき確実に傍にいるのに。それは、彼女が察知してとかそういうことでなく、単純に運の悪い巡り合わせとして。そうして一人で暴れまわって、結果としてリグディの窮地を救って去っていく。そういう女なのだ。

なのに今日は居ない。一番居てほしいときなのに、今日はいないから。だから今日は、リグディが戦うしかない……。

リグディがそっと、銃を彼に……シド・レインズに向けたときだった。


しかし福音は鳴り響き、部屋を揺らす。具体的にはドンドンと、壁を叩くような音になって。

視線を音の方に向ける。それは、レースを見下ろせる正面の、壁一面を占める窓。
そこに彼女は居た。窓の下の、数十センチの桟の上に立っていた。

「リィィィグディィィ……お前ら動くなよ!!いいか、動くなよぉぉぉ!!」

まさしく鬼の形相で。








窓の真下へ辿り着き、本当なら横の階段を登り裏へ抜け長い廊下を通らなくてはならないのだが、そうすると彼の側近だとかに出くわす可能性が高いことに気づいた。だから、座席から飛び跳ねて窓の桟に掴まりよじ登る。これなら防弾ガラスさえ破ってしまえばすぐ彼に会える……。

そして腕を使って登り、顔を出した瞬間に見えたのは、長椅子に腰掛ける先輩のうつろな目と、彼に銃を向けるリグディ。……ああもう、お前ってやつは私の言うことを本気で無視してやがるな。あるいは耐えた上での、迷った挙句の反逆だろうか?どちらにせよ許さないけど、そんなの。

「リィィィグディィィ!!」

私は何度も防弾ガラスを叩く。そしてチップを親指で擦る。炎魔法は、今なら最高出力で。私を焼いてもいいから、この敷居を粉々にして。
熱される指先をガラスに押し当て円を描く。熱線で加熱されたみたいに一瞬その軌跡は赤く光り、そしてすぐひびが放射線状に広がっていく。

「うらぁ!!」

蹴りを叩き込めば、粉々に割れていく。でも割れ方が小規模で、あ、もうめんどくさい……剣を取り出してガンガン叩き、さっさと人一人通れる穴をこしらえた。ああもう、こういうときくらい映画みたいにスマートにいかないもんかね。無理か、私だし。
中に入り込むと、リグディの目と口が間抜けにも大きく見開かれているのがわかる。そんな顔はなかなかに見られるものではないので、つい笑ってしまいそうになった。

「お前……ここまで追いついたのか……」

「そりゃ追いつくわ。追いつかないなら戻ってきた意味ないもん。こんな自動爆破装置の真ん中にさ」

コクーンはまもなく落ちるのだ。女神の予言は絶対なのだから。あの予言は、誰がしたんだろうね?女神じゃないよ、あいつバカだから。見たものを文章化することなんてあいつにはできない。ねえ、誰があんな文章にしたんだっけね?よく覚えてないからもう、自信もないけど。

なんとか中に入り込んだ私は、まだ驚いているリグディに詰め寄る。

「リグディ、あんたに頼みがあんの。……ファルシ撃破のために差し向けた兵を戻してほしい」

「……はぁ?待てよ、なんでお前がんなこと知って……」

「そういう話をしてる間に彼らはシ骸にされてルシたちの体力削るだけのおもちゃに早変わりすんだよ急げバカ。シ骸を元に戻すなんて至難の業なんだぞ。女神はどうでも良い相手を憐れまない。かわいそうだし面倒だからさっさと呼び戻して。それから……」

と、話の途中、リグディの無線を通じて私にも声が聞こえてくる。外界の軍勢が街で暴れているというものだ。リグディは困惑した顔で私を見た。かわいそうだから解答をあげよう。かわいそうだから人間を救おうとする私はエトロ以上のバカ女だが構うものか。所詮女神だって判断基準はかわいそうか否か、だ。
私はベルトに挟んだ地図を差し出した。リグディの怪訝な顔は無視する。

「広域即応旅団の出番でしょうが。今はゲートが解かれてるから、はいこれ。外界の地図ね、書いたのファングだけど正確だから。このアルカキルティ大平原なんか、広いし生息してるモンスターも弱いからおすすめ」

「何の話をしてんだお前は」

「外界に降りろっつってんだよ」

一瞬、空気が冷えたのを感じた。ああ、コクーンでは外界は忌むべきものなんだっけ。まあねえ、せっかくこんなに増やしたのに外界に移住とか言い出されたら困るもんねえ。バルトアンデルスは、外界は悪魔の棲み家だとか、多分そういうことを流布していたはずだ。もうよく思い出せないんだけど。
ルカの記憶が混濁し、その歪みに昔のことが流れ込んだみたいだ。あとはキャパオーバーで、それ以上は何も入らない。

「外界には、そりゃモンスターはいるけど、アルカキルティの中心部だったらそんなにいないから。ていうか危険度で言ったらせいぜいガプラ樹林程度だからなんとかなるはず。で、市民を囲って守って。時間はかかるかもしれないけど……人間ってほら、しぶといからさ。大丈夫よ」

「荒唐無稽にもほどがあんだろ……!そんなん市民が嫌がるに決まって、」

「でも生きなきゃいけないでしょ」

もうめんどくさくなってきた。なんで慈善事業でこんなめんどくさい思いをせにゃならんの。

「とにかく、大丈夫だから。私のことも信じられないんなら、市民にはこの装置の中でみんなで死んでもらうことになる。全員ね」

「……お前を信用していいのかよ。俺たちは……裏切られたばっかりなんだよ」

ああ、本当に話聞いてなかったんだなぁ。私は怒りがぐらぐらと沸騰するのを感じた。
私が最後に残した言葉は。私が、まだ単なる“私”だったころに残した言葉は、この男にはまるで届いていなかったのだ。……でも失望するのもばかばかしい。だって誰に失望するの?リグディは何も悪くないって、私は知っているのに。

「誰もあんたを裏切ってなんかない」

私は足を進める。そして先輩の真正面に立った。彼は意識の中でまだバルトアンデルスと戦っているらしい。視線がまっすぐ宙に固定されて動かない。私は屈んで手を伸ばし、彼の右手をとった。手袋を抜き取ると、そこにはやはりまだあの黒い烙印が……。

「ルシ……ッ!?」

私の後ろで、リグディが驚き声を上げた。やはり気づいていなかったか。

「しかもリンゼ……じゃなかった、コクーンのルシ。先輩はリグディたちを裏切ったんじゃない、そうせざるを得なかったの。でもそれにも抗おうとして……私とちょっと殺し合いになったんですけどその話は今は要らないね」

振り返るとリグディは血の気の下がった顔をしていた。暗いからわかりにくいけれど。
そりゃショックでしょうね。だけど、そこから生まれるのが更なる怒りかそれとも悔恨か、そんなもの検証してる暇は私にはない。

ゆっくりと、その小さな烙印に目を寄せる。かなり進行している……なりふり構わず抗っているように見えた。総じて、リンゼのファルシは束縛が強い。パルスが放任主義なのに対してリンゼは教育ママだからなぁ……。次はアレしろコレしろが多いんだよなぁ。
先輩はきっといま、そのすべてと抗っている。だから動けなくなっている。見ている間にも、烙印は微かに変化をしていた。

「ばかなひと」

あなたがもう少し賢しかったなら、こんなことにはならなかったでしょうね。そしてきっと全員が死んでいたわ。でもあなたはこんなにも、苦しまずに済んだのに。
使命に抗う苦しさを知っている。息ができなくなるのだ。指先が腐敗する感覚からも逃れられない。それなのにあなたはまだ、戦うって言うの。いつもそうだった。あなたって人はいつもそうなの。
だから私はあなたのために戦うの。

「女神エトロ……」

私は乞う。救いを乞う。許しを乞う。終わりを乞う。

女神の目が開かれるのを私は視た。女神が私を視てくれた。私の願いを、今一つだけ叶えてください。

「おはよう、エトロ」

エトロの手がそっと、彼の手の上に重ねられるみたいに降りてきた気がした。そして烙印を掬い上げ、空中で握りつぶし霧散させる。パキンと、眼の奥で嫌な音がした。
所詮人間にすぎない私がリンゼ神に逆らう代償は重い。たとえエトロの手の中からでも。

「……ルカ?」

顔を上げると、先輩の深い青の目が私を覗きこんでいた。烙印は消えている。瞳孔も閉じ、どうやら解放には成功したらしい。……よかった。エトロはまだ私の声を聞いてくれている。あんなにも最低な方法で裏切ったのに……本当にバカな神様だ。だから私のように不義の女を、信用したのだろう。理由なんて知らない。

「先輩にもおはよう。もうルシじゃない……もう、先輩は大丈夫」

振り返ると、リグディが口をぽかんと開けて私を見ていた。そりゃ驚くよね。私も今ちょっと驚いてるし全く関係ない第三者だったら手品としか思わんわ。

「お前はルシじゃないんじゃなかったのかよ……いや、ルシでも、他人をルシじゃなくするなんて……」

「ルシではないけどやればできる子としてご近所では有名だった」

「いやそんなふざけてる場合かよ!?説明しろどういうことだ!?」

「時間がないって言ってんでしょうよ。あんたの仲間がシ骸になるのが厭だったらさっさと呼び戻しなさい。で、急いで飛空艇かき集めて下界に向かう、ダッシュ!……あと、先輩とお話があるので二人にしてくんない」

最後は頼むようにそう言う。リグディはじっと睨むように考えこんでいたが、数秒の逡巡の末「後できっちり説明してもらかんな!!」と怒鳴り部下と共に引き上げた。外から怒りに任せて激を飛ばす声が聞こえてきて苦笑した。後で、なんて無いんですけどねぇ。

視線を落とせば、先輩がまだ信じられないというような顔で私を見ていた。嫌われたろうか?そのことに恐怖を覚えることが少し可笑しい。

「一体何をやった……!」

「やぁだ話聞いててくださいよぅ。やればでき、」

「そういうことを言っているんじゃない!!」

立ち上がった彼に腕を掴まれる。そしてそのまま検分するみたいに両手を改められた。が、そこに秘密なんてない。頭一つ分高い位置から、彼はじっと私を見つめた。いやぁね、照れちゃう。
何をやったか……か。言えやしない。私は片目を細めて笑った。だって何をやったかなんて教えたら、本当に嫌われてしまうでしょ。何もかも、無価値になってしまうでしょ。
どうせもうすぐ終わるのに……それまでの間だけ、私はまだルカでいたい。ルカ……誰が付けた名かも知れないのに、この人達が呼ぶからどんどん大切になる。そして手放したくなくなる……けれど、そういうわけにはいかないようだ。

先輩を押すと、彼は私を引き寄せながらも長椅子に再度腰掛けた。足が縺れて倒れこむ先で、危なげなく抱きとめてくれる。それさえ既に懐かしいのが悲しいところだ。

「先輩。もう私のことはいいから、よく聞いて。ルシたちと一緒に私がファルシはなんとかする!危険なファルシはバルトアンデルスとオーファンぐらいだし、なんとかなるはず……コクーンは落ちるけど、人間は生き延びられる。そしたら下界で自由政府を作ればいい!ね?もう何もかも片付くの」

「そういう話は君がすることじゃない、それにそう簡単にはいかない!バルトアンデルスはともかくオーファンはファルシのエネルギータンクだ、いくらルシたちでも倒せる相手じゃないだろう!?」

「大丈夫だよ。いくらでも奇跡は起こるんだから」

先輩の腕の中で身を起こす。怪訝そうに彼の目元は歪んだ。

「君が行く……必要は無いだろう?君はルシじゃないんだ。もう力にもなれないだろう」

「そうだね、確かにルシじゃないけど……でももうそういうわけにもいかないかな。もうみんな仲間だから、私だけ抜けるってのはフェアじゃないし」

「そんなこと理由になるか……!死にに行くようなものだぞ!?」

「じゃあそれを理由にするよ。私は、死にに行くの」

まああながち間違いでも……うん。
私は先輩の首に縋り付いてからゆっくり手を彼の左手に重ねる。掴んで持ち上げ、手袋の指先を噛んだ。そのまま手首を下向きに引いて、手袋を抜き取る。そこには当然のようにまだ指輪があって、泣きそうになった。……泣いてどうなる。泣いたところで一体、何ができるというのか。
しかも、私なんかの手で。

「先輩。×してました。……ずっと」

一瞬怪訝に歪む目元。それも当然だ。
“聞こえない”のだから。記憶を取り戻してようやく察する。

女神は、私が女神以外に心を……不可視の混沌を捧げることを喜ばない。一度だって聞こえなかったはず。ジルにもヤーグにも、聞こえなかったはず。だから伝わらない。どこかくぐもって、真実を失って、音として響かない。
女神に愛されるとはそういうことだ。……彼を×すことは、女神が拒絶する。

私は指輪に手をやり、一気に引き抜いた。その指輪を手の中に持ったままで、自分の左手の薬指にも触れる。旅路の中で何度も血にまみれた指輪。

「だから何も言わず、別れてあげますよ」

「……本気か?」

「ちょっと無能なPSICOM大佐は警備軍准将には似合っても、もう階級もないただの身元不詳な女は暫定政権の立役者には似合わないと思いません?」

手を伸ばし、指輪を落とす。丁度そこにあったグラスの底へ、金属のリングは連なり沈んでいった。それが溺れていく様を、私はただ見送る。

「何を言っているのかわかってるのか?死ににいくだのなんだの……、それがどういうことだか、君は本当にわかってるのか!?」

「……だからね、あなたが哀れでしょ。私はもう役に立てないから、ここで捨てていっていいって言ってるの」

私は体を起こし、振り返る。割れた窓の向こうではもう戦闘も落ち着いて、きっとそろそろルシたちも先に進む道を見つけた頃合いだろう。

「おい待て、話が飛び過ぎだ。まるで説明になってないし、私は……!」

「先輩の意見はもう必要ないの。私の行く先はもう決まってる、それだけ。だから説明なんてしない。時間もないし」

「ルカ……!」

歩き出しても肩を掴んで止められる。まるで本当に心配されているみたいで、心が痛い。人の心は混沌か……、その通りだ。言われるがままここに残りたい気持ちは確かにあるのだ。それでもそれが良いことだとは思えない。私にとっても、先輩にとっても、世界にとっても。それならおしまいにするしかない。

「ジルとヤーグのことをお願いします。……私のことはもう忘れてね」

もう戻れない。未来を変えるには代償がある。全てが終わったらどのみちその代償を払わせられる。いずれにせよ戻れないのだ。

先輩を振り払う。そんなの初めてで、振り返った先の彼も驚いていた。でも、……でも……。
もう離さなくてはならないの。私はそれを知っている。


私はそのまま一息に駆け、窓の穴から飛び出した。空を一瞬飛んで、グラビティ・ギアを発動させる。先程から変わらない、残数はイチ。そのまま跳んで客席の一番前の手すりにピタリと足を載せて、かなり先にあるレースコースを見下ろした。と、右から宙を舞うようにオーディンに乗ったライトニングが滑空し敵兵器を追い詰める。

「うわぁ、さすがヴァルハラの騎士……」

その速さと言ったら、飛空艇の初速並みだった。いや伝わんないなこの喩え……。
振り返ると、窓から外を覗く先輩と目があった。彼は一瞬の逡巡の後踵を返し、見えなくなる。そのことに一抹の寂しさを覚えつつ、私も先へ進むことにした。

「やっほー皆さん怪我はないかしらー?さっさとバルトアンデルスの大馬鹿野郎をシメに行くぞー」

風が止んで、ファルシ=フェニックスが光を自動調整していく。それが少しだけ眩しくて、私は目を細めた。私にとってのみ、その先行きは明るかった。








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