Betya think that everything hope is gone.







浜を抜け、その先に立つ小屋を調べる。が、やはり何も見つからず、ルシたちと共にルカはまた浜へと降り立った。
と、すぐそばに立つ柱の上に道があり、それがまっすぐ海の先へ伸びていることに気付いた。

「ねえヴァニラ、あれって……」

「ああ……コクーンではなっていったっけ、ハイウェイ?ずっと向こうに続いてるんだ」

「へえー……!下界の技術もバカにできないねぇ」

「バカにしてたのかよ?」

「揚げ足を取るなっつの、バカファング」

その先にまだ何かあるかもしれないと、ルカたちはそのハイウェイに足を踏み入れる。が、ファングが舌打ちをして、「途中で切れてら」と呟いた。ルカは片目を薄く閉じ、測量する。おおよそ200メートル先で確かに寸断されていた。

「どうする?とりあえず進んでみようか」

「……あの先には、また違う集落があったんだ。でも今はないだろうな。うちらが郷を出る前にはもう、かなり寂れてた」

「でも、行く価値が無いとは限らない」

「じゃあ行くしかありませんね。召喚獣の力を借りれば、崩れた部分くらいは越えられますよ」

ライトニングの言葉にホープがそう笑い返し、ルシたちは歩き出す。ルカもその後について歩き続けた。海はどこまでも灰色だ。コクーンは遠くに浮かんでいる。

「……あ」

そうして遠くばかり見ていたので、気付かなかった。足を止めたすぐ先で、クリスタルの粒子が立ち上るように渦巻いている。ルカより前を歩いていたスノウとライトニングが足を止め、それでようやくルカも気付いた。その瞬間、そこに今まで空気中に霧散していた粒子が降り注いで……そこからふと、人間が飛び出してきた。

それは、紛うこと無くセラであった。

「ラグナロク、怒りの日、外界のルシ……宿命に従いて楽園を突き崩せ。死者の魂を光とし――永遠に眠る神を導く。哀れな迷い子、ラグナロク――神を導け」

とつとつと抑揚なく語られる声もまたセラのもの。一度言葉を聞いただけのルカには確証を持つことは出来なかったが、ライトニングとスノウがあまりにも狼狽えているからそれは間違いないと思われた。

「セラ……どうして……?」

「待ってたんだよ?目を覚ましてくれるのを」

セラは微笑み、軽やかな足取りでスノウに駆け寄り、躊躇いなく抱きついた。スノウの脇に彼女の白い腕がにゅっと伸びるのを、ルカはただ、見ていた。

「眠ってる間、ずっと感じてたの。一緒にコクーンを救う方法、考えたよ」

その声はだんだんと歪み、ルカは背筋に悪寒を覚える。それはスノウも同じだったらしく、セラを突き飛ばす。ライトニングもまたブレイズエッジを抜き、仲間たちを庇うように立った。
セラはその全てを笑い飛ばした。

「わかったでしょう、奇跡を起こしてくれる救いの神なんてどこにもいない。私達が呼ぶの。オーファンを倒して、コクーンを……世界を、救って?」

「やめろ!!」

そう怒鳴ったのはライトニングだった。彼女の妹が今、知らぬ誰かに穢されているのだ。その姿を仮初に、ライトニングとスノウをただ翻弄するためだけに。そんなことを、彼女が許すはずがなかった。
けれどもセラはライトニングを嘲笑うように口角を上げた。セラのことをよく知らないルカでさえも、それはセラの笑みなはずがないとわかるくらいに。

「できないよ。姉さんは優しいから。……そうでしょう、エクレール姉さん」

「よせ。セラは……俺達と一緒に前だけ見てるんだ」

「その結果がこれだ」

声が突然嗄れ声に変わったかと思うと、次の瞬間にはセラの姿はダイスリーのものへと変わっていた。ひっ、と息を呑んだのは誰だった?ルカにはわからない。けれど、己かもしれないと思った。

「てめぇ!!」

スノウは怒り心頭、ダイスリーに殴りかかる。当然だった。ライトニングが最愛の妹を穢されたように、スノウもまた最愛の婚約者を穢されたのだ。激昂は必至であった。
が、ダイスリーはお得意の瞬間移動であっさり避ける。卑怯すぎると、ルカは歯噛みした。意味もなくライトニングたちの怒りを煽り、あいつはそれを受ける気さえないのだ。ファルシは、そういう生き物だと……ルカももう、思い知ってはいるけれど。
けれど言いたいことはある。

「ふざっけんなハイティーンの女の子に化けるとかお前恥をしれよ!そんなん見る方にとってはどんな罰ゲームだよ!?転職神殿の二階に居るおじいちゃんかよ!!お前が楽しくてもそんなん見せつけられる方のこと考えろよ!!とんだ公害だよ!?」

それは侵してはいけない領域である。決してしてはいけないことである。それをルカはそれなりにいい年こいた女として知っていた。
18歳というのはひとつのボーダーラインであり、それを超えた瞬間特権は取り去られてしまうのだ。ちょっとふざけてコスプレしてみるだのちょっとふざけてハイスクールのミニ・スカートを履くだの、そういう行為は全て許されなくなってしまうのだ。許されるのは客引きだけである。いかがわしい店の。あとはそういう性癖の人間がこっそり室内で楽しむだけだ。それ以外は認めん。
少なくともダイスリーに侵していい境界ではないのだ。

何がしたいんだか、見当違いの怒りをぶつけるルカに、ダイスリーは片眉を顰め微かに細い息を吐いた。

「くだらん虚勢を張る癖は抜けないな。ナバート中佐もロッシュ中佐も、誰が生かしてやってるかわかっているだろうに」

ぞわり。
必死に笑いながら怒鳴ったルカの背筋を嫌なものが駆け上がった。その名を口にするなよ。お前が――その名を、呼ぶなよ。

「……二人になんかしたら、ぶっ殺すよ……!」

「ああ、今は人質は二人だけではないのだよ」

「……何よ。どういう意味」

「私に代わり、レインズを聖府代表に据えた」

「…………え……?」

落とされる言葉が、処理できない。理解できない。
今こいつは誰の名を呼んだ?今、誰を……今何と……。

「レインズは生きてるのか!?」

「適当に動く、道具として蘇らせただけだ。中身などとうに壊れている。だが騎兵隊は裏切りとみなすだろうな。あの集団にとってファルシは敵。ファルシ=オーファンが黒幕だと告げれば、やつらはどうなるだろうな?」

吹き飛ばされた思考はスノウの声に、呼び戻された。そして必死に追い付かせて、ダイスリーの言葉を頭のなかで再生し直した。
今何と言っていた。騎兵隊?先輩を餌に騎兵隊を動かして……ファルシと戦わせると?

「……リグディがバカ野郎だって話なら今は付き合わねーぞ。騎兵隊をファルシと戦わせるだって?そんなの、倒せるわけが……」

言っている最中で気がついた。その通りだ。倒せるわけがない。勝てるはずがない。
それじゃあ、どうして向かわせる。どうして戦わせようとする。そんなの、シ骸にされておしまいだ。リグディと騎兵隊の連中が脳裏に浮かぶ。……人質はジルやヤーグだけじゃない。ダイスリーの言葉が真実なら、シドもリグディも……ルカにとっての知己ばかりが、ダイスリーの手に握られているのだ……。

「ふざっけんな!そんなの……許さない……!」

「止められると思うのか?ああ……いや、ファルシにたどり着く前に自ら殺しあうかもしれんな?お前たちはどうする。宴を楽しむか」

そんな言葉、最後まで聞くはずがない。
ルカは怒りに震えながら、知らない間に走りだしていた。そして繰り出すハイペリオンを、ダイスリーの心臓目掛けて突き出す。が、当然のように空振ってダイスリーは数メートル先へ。
けれどそれはもう、“ダイスリー”ではなかった。

「何を怒っているの?身から出た錆でしょうに。あんたが最初っからもっと真剣に戦ってて、レインズをなんとかしてればこんなことにはならなかったわ。そうでしょう?全部あんたのせい。あんたが躊躇ったせい。誰のことも守れなかったせいよ」

「ジル……、」

嘘だ。わかっている。全てわかっている。嘘だ。こんなの嘘だ。ジルがこんなところに居るはずがない……。
それでも、動けない。何もできない。全身が一瞬で全ての命令を放棄するかのように指先さえ操れない。吐き気がした。

それなのに、まるで煙が湧き上がるみたいにジルの姿は一瞬で切り替わり、より近くに現れる。しかし、それはもうジルではなかった。

「ああ、そうだな。お前は相手が私達……いや、俺でも剣を向けられる奴だった。そんなことも知らなかった俺を嘲笑えばいい。やはり俺を殺すとしたら、お前なんだ。10年全部を切り捨てたのは、お前だった」

「……やめてよ……!」

それはヤーグの姿をしていた。恐怖する。ヤーグはどうあっても、ルカを傷つける言葉を吐かない人間だからだ。
身勝手な自分を呪いながらも、ルカは震える背筋を必死で押さえつけようとする。ジル、ヤーグとくれば、一体誰が次に己の精神を抉るのかなんとなく想像できてしまう。

嫌な予感がしていたのだ。
最後に形をとった、“彼”の顔を真っ直ぐ見つめることさえできない。なぜ?問うても答えは出ない。

「君を信用していたのだがな。……どこで釦を掛け違えた?PSICOMに入れた時か、君を得た時か。……ああ、あの時君を確実に殺しておけばよかったな」

ルカは己の足ががくがくと震えるのを感じた。違う、先輩じゃない。彼はこんなこと言わないのだから、先輩じゃない。こんなところにいるはずがないのだから。先輩じゃない。
違う。違う、違う、違う。

「君を、愛していたのに」

届いてはならない形で、反響しないクリアな言葉が。聞いたこともないくらい、誠実に届いたので。

頭の奥で、何かが割れる音がした。誰か嘘だって言ってくれ。

「ふざっけんな!!」

ファングとライトニングが、動けないルカの両脇を駆け抜けて武器を前に繰り出す。それが彼に届くことはやはりなかったが、それでもシドの幻影は振り払われ、そこにはダイスリーが姿を表す。

「何お前ついさっきのと同じ手にあっさり翻弄されてんだぁ!?バルトアンデルスだよ見りゃわかんだろ!」

「こんなところにあいつらが居るわけがあるか!見ろ、コクーンだ!みんなあそこに居るんだ!!」

何かが目から零れ落ちて、視界を澱ませる。ルカの膝は笑い、立っていられず崩れ落ちる。いつの間にか近くに来ていたホープが拭ってくれるまで、自分が泣いていることにも気づかなかった。
ルカの足元に、剣が転がった。それはヤーグがルカの墓標に捧げたものだ。ルカはハイペリオンを拾い上げる。顔を上げると、ダイスリーが意地の悪い笑い方で口角を上げ杖で地面を叩いた。

「ふん。頃合いか」

白い梟……あの、吉兆を示す鳥が真っ直ぐルカたちの目の前を横切る。そしてそれはダイスリーの後ろへ飛び込みながら、飛空艇へと姿を変えた。
何が吉兆だ……いつもいつも、悪夢の始まりはあの鳥を見るんだ。ルカはもうそれを知っている。

「招待状は残しておこう。救いのない彼らを救えるのは、ラグナロクだけだ。……コクーンを、痛みから解放してくれ」

ダイスリーはそう言って微笑んだ。それから消えていく。数秒で影も形も見えなくなった。
崩れ落ちたままのルカは立ち上がることもできず、剣を手元に引き寄せて呆然としていた。さきほどの、贋の言葉が突き刺さっている。それがうまく抜けなくて……体に力が入らなかった。ホープが拭った後も、壊れた水道管のように涙は止めどなく流れ続ける。ルカにはそれが理解できない。泣いている?そんなこと、今までにあったっけ。……ああ、一度だけ。もう戻れないと、自分だけじゃない、ルカの世界は変容し続けそしてもう戻らないのだと、絶望した真夜中だけ。

目の前に誰かが膝をついた。スノウだった。

「ねえ、スノウくん。……スノウくんは、セラちゃんを愛してる?」

「ああ。誰よりも」

「私は違うの。私と先輩は。先輩は私を×してない。今でもそう思ってる」

スノウはルカの顔を覗きこむ。気遣わしげな目を信じられるようになってきている自分に驚いた。シドたち以外の人間を手放しで信頼する日が来るとは思っていなかったのだ。それなのに。

「でもそんなの関係なくて、今すぐあの人の近くに行きたい。私は今でも、あの人のために剣を振るいたい……」

どうでもよかった。シドがルシであろうと、ジルが己を憎もうと、ヤーグが己を見捨てようと。
そんなことはまるきりどうでもいい。理由なんてない、ただ近くに行きたいだけ。

と、ライトニングが隣に片膝をついた。そしてスノウが窺うようにルカを覗きこむ。

「……お前はさ、×されてないって言うけど。でももしそうなら、レインズはお前を閉じ込めたりしたかな?お前こんなに強いのに。お前がいたから楽に乗り切れた局面だってあったんだぞ」

「レインズは私たちを結局は止めようとしたが、あの時だってお前を閉じ込めるより全部話して懐柔したほうが楽だったはずだ。でもお前を巻き込むまいとしたんだろう。レインズがお前を行かせないと言った時、私は状況が許せば自分だって同じことをすると思った。お前がルシじゃないならなおさらな」

ルカは目を細めた。そう言われても、まるきりそう信じてああなんだ私って×されてたんだ、と思い込めるほど前向きな人間ではない。ぼろぼろと涙が溢れている。それでも剣を握る力が増した気がした。それを全て信じることがたとえ難しくても。

ライトニングの手を借りて立ち上がると、その先……ハイウェイの最後に、紫色の碑文が立っているのがわかった。あれは?と問うと、今になって気づいたらしいヴァニラが恐恐とそれに近づいていく。

「これ、予言の冥碑だよ。聞いたことある。……えーっと……」

「悪魔の巣食うコクーンは、大いなる下界に抱かれし生命すべての敵である。われらのファルシはパルスの意志によりルシを選んで使命を授けた。ラグナロクはコクーンを打ち砕かんとした。しかし女神がルシを裏地り、ラグナロクを封ず。バルトアンデルスの手によって連れ去られたラグナロクはコクーンにて眠る……」

ファングが先を読み上げていく中で、ルカはその隣へと近付いた。そして俯瞰するようにその冥碑を眺める。
……あれ……なんだか、これって……。ざわざわと背筋をなめるような悪寒が、喉を震わせた。

「め……女神は予言する。ルシは蘇り、再び目覚め、コクーンを天より落とすであろう。女神の予言は……絶対である……」

それは間違いなく下界の文字だった。だから読めるはずがない。しかしルカにはそれが理解できていた。驚くほど、すんなりと。

仲間たちは驚いたように目を見開いてルカを見たが、しかしそれ以上に今はその碑文の内容を検証せねばならなかった。

「コクーンを落とす……って……」

「ルシが落とすってよ。不吉だな……落としに行くことになるってか」

ファングが歯噛みしコクーンを睨むようにそう言ったが、視線を前に戻せば飛空艇がある。それに乗れば、コクーンへ戻れる。あの場所へ戻れる……。

「……それで、どうすんだよ」

「行かないと、コクーンは戦争になる。でも行ったら……コクーンを落としてしまうかも」

「ルシには戦争を止められないかもしれないな……」

懸念がたくさんあった。
行かなければ騎兵隊とシドを贄に戦争がスタートする。しかし行ったところでルシにできることなんて少ないかもしれないし、予言に従ってコクーンを落としてしまうかもしれない。最悪の展望ばかりだ。足掻いても足掻いても、選びたい未来は見つからない。ライトニングと視線がかち合った。その目に宿るのは不安と恐怖。不屈の強さを秘めながらも、その炎は揺らめいている。
と、ホープが顔を上げた。

「ライトさん、前に言ってましたよね。できるできないの問題じゃない、やるしかなければやるだけだって。今がそのときなんだと思います」

それはもう、何度も宣言された言葉。最初は絶望を突きつけた言葉だった。死にたい自分への言い訳になったり、諦める寸前で引きずり上げられたりした言葉。そしてそのうち、足を動かす力になった。きっと今も。
ルカの腕を軽く叩いて、ヴァニラが微笑む。

「前にね、コクーンの花火にお祈りしたんだ。コクーンを傷つけないで済みますように、って。でもそれは間違いだった。……コクーンを守るって、今度は誓うよ」

その笑みに、みんなが頷いた。
守れるかはわからない。何もわからない。それでも心臓は止まらない。この足も、止めることはできない。彼らが飛空艇に乗り込み始めるのを、ルカは後ろから見つめていた。

ルカはそっと、自分の心臓に手を押し当てた。ひどく緩慢な鼓動が、手のひらから伝わってくる。

今一度問おう。

じゃあ私、先輩の理想のために まだ走れるの?

「無理。もう無理もう無理かんっぜんに破綻してるしもう無理。そんなん無理だし、……やりたくもない」

コクーンを見上げる。もう無理だ。あの容れ物のためには戦えないし、人々の手による政府を実現させるのももう目指したくない。でも。

「ルカはどうする?ここからは、かなり厳しい戦いになるぞ」

「……あいつさあ。先輩を蘇らせたって言ってたね。ジルとヤーグも、人質だって。……でもあいつわかってない……私は、もう二度と取り戻せないと思ってたものを目の前にちらつかせられて黙ってられるほど大人しくない。だから、先輩もジルもヤーグも、私が助ける。何があっても。……一緒にいく。連れて行って!!」

ライトニングは勝ち気に口角を上げると、伸ばされたルカの手を強く握り飛空艇へ引き上げた。ルカは一番前のシートにどかりと腰を下ろし、運転席のサッズに「スピードはマックスでよろしく!」と注文をつける。

小さな窓の下には、色素の薄い海がやはりどこまでも広がっていた。

最初にルシたちと飛空艇に乗ったときは、まだわけもわからず混乱していて、とにかく逃げなければとその一心だった。
次はそう、リンドブルムへ護送されたとき。あのとき自分は少しむくれ、リグディと無意味な口喧嘩をしていたっけ。
その次は、アークへ落ちたとき。あれは最悪だったなあ、スノウは混乱してるしライトニングは黙りこくり、本当に未来が見えなかった。ルカはひとつひとつ思い出す。

そして今度は胸に、希望と強い誓いだけを抱いて。
迷わない諦めない躊躇わない。

大事なものぜんぶ、助けるチャンスを見つけたのだ。
だから、ルカは笑った。どうしたって、あの世界を取り戻す。

それが、己の理想。最初で最後の、理想だった。







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