逃れ得ぬ転落人生






旅は長かった。
途中でヴァニラの召喚獣も現れたし、坑道ではファルシに乗ったりもした。明らかにだんごむ……いえ、なんでもありません。ルカは遠い目でマハーバラ坑道を思い返す。暗い場所はあまり好きではないので、なかなかに嫌な場所だった。

「まさか、郷までまる二日掛かるとは思わなかったね。いや、もう一日くらいは掛かると思ってた方がいいかな」

「ああ。シルシの進行がないのが唯一の救いだ」

今は夜を迎え、火を焚いて夜明けを待っている。寝ずの番は大抵ライトニングとファング、ルカの三人で回す。あとはスノウもたまに交代してくれるのだが、彼の場合知らない間に寝ていて「やっべ寝てた!」ということが一度あったので、今日も今日とてルカはぼんやり焚き火がゆらめくのを眺めていた。ショートスリーパーの気質は今でも旅には役立っていた。そして今は、自分とライトニングだけが起きている。

「にしても、怪我増えたねえ」

「いちいちケアルを掛ける時間もないからな。しかし、エデン中央士官学校なんてところに通っていて、よくもまあ怪我が少ないなお前は」

「いつもジルがすぐ回復魔法掛けてくれてたの。今はそういうわけにいかないだけで……上半身が傷だらけだよもう」

「前傾姿勢で切り込むからだ」

ライトニングが目を細めてそう苦笑した。ライトは随分表情が柔らかくなったなと思う。旅は大変だけれど、その分距離が縮まっているのだ。初対面ではあんなに、鋭い刃物のような眼光をしていたというのに。
そういえば、と思ってルカはライトニングの鞘を指さした。ずっと考えていたのだが、タイミングがなかったのだ。

「ブレイズエッジ。ちょっと見せてくれる?」

「なぜだ」

「もしかしたら、ちょっと修理が要るかもしんない。時間があるうちにメンテしたげるって言ってんの」

武器を他人に預けることに躊躇いがあるのは軍人ならば当然で、しかしライトニングはブレイズエッジを差し出した。それを受け取り、地面に下ろしてから、近くの端末に歩み寄りIDを使って工具セットとボルトやナットを購入した。ブレイズエッジは、ルカが発案した武器のうちの一つだ。剣重視の銃剣という、なかなか見ない武器のスタイルにルカが傾倒しているのは、自身の武器も銃剣だからである。武器学の最終課題で作ったものなのだが、高かった評価に反して教官は「本当に銃は必要かコレ?」と首を傾げており、それがルカは気に食わなかったのだ。
けれども、優秀な兵にだけこれを支給しその扱いやすさを知ってもらって、いつかカサブランカ大佐マジ天才という方向で銃剣を正式に軍で採用でもしてもらえたならその腹立たしさも晴れる気がしていた。

「……おお、ちゃんと手入れはしてんのね」

「当たり前だ。戦う前にできるのはそれだけだからな」

「あとは、簡単には手入れできないところだけメンテを……っと」

ボルトを外し、布でそこに入り込んだ血を拭う。放っておけば、錆びの原因になる。あとは強度の緩んできているネジを替え、グリップテープを貼り直した。言葉だけで語れば簡単な内容でしかないのだが、実際は結構重労働だ。武器ゆえ微かな緩みも許されない。全力でレンチを握りしめるルカに、ライトニングはそわそわと不安げな顔をしている。失敗なんぞしないぞ、と視線で伝えながらネジを点検して終わりだ。本当なら刃を研ぎ直したいところだが、さすがにそこまでする道具は手に入るまい。ライトニングに返すと、彼女自身も目視で点検をし始めた。何ら異常の無いことを確認し終えると、小声で「礼を言う」と呟く。これがヤーグなら「それは礼じゃなくて礼を言うという宣言でしかないわけでほらほらカモン言ってごらぁんありがとうって言ってごらぁん!?」と迫ってみるところなのだが、ヤーグではないのでやめた。ヤーグでないなら、面白くないからだ。

「武器の整備もできるんだな」

「学校で習ったからね」

「誰でもできるのか?」

「まあ、それなりに真面目に授業受けてればね。苦手なやつは苦手だけど、私達みたいなのは武器にも凝ってるから。メンテも大抵自分でやるの」

「下界での旅には、一人くらいPSICOMの高官が必要ということか」

ライトニングらしくない冗談に、ルカはふっと笑った。本当に、距離が近くなってきている。
そして、こんなに近くに居るのがジルでもヤーグでもないということに、少しずつ慣れてきたように思う。それでも心のどこかで、隣に居るのがジルだったらと考えたりする自分に辟易した。向こうは望んでいないというのに。そんなこと、もう知っているのに……ルカは内心で苦笑する。

顔を上げて、ルカはすぐ近くの塔を見上げた。コクーンとは違い下界の夜は暗い。ほとんど全貌がわからない。あれはテージンタワー。ファルシ=ダハーカの棲み家だと、眠る前にヴァニラが話していた。ここに辿り着いた夕暮れにはまだ塔も見えていて、真ん中からぽっきりと折れていたのを思い出す。

明日はこれに登り、もうすぐ近くのヲルバの郷を目指す。そこで何か、ルシたちの助けになるような事実が見つかるといいのだが。視界の端で、ファングが身体を起こした。交代の時間は確かに近い。ルカは眠れない気がしながら、しばし身体を休めるため寝袋に身体を滑りこませた。







翌朝、キャンプを片付けてルカたちはテージンタワーのふもとへと足を進めた。テージンタワーは切り立った崖に囲まれて、崖を越えるためには真ん中あたりで折れたテージンタワーのその折れた先の部分を通らなくてはならない。

「この塔を越えれば、ヲルバの郷だよ」

塔を見上げるルカ隣で、ヴァニラが楽しげな声で告げる。彼女にとっては、懐かしい故郷がすぐ近くにあるのだ。とたん、ルシのしるしの手がかりとしか考えていなかったことが申し訳なく思えてきて、彼女たちの里帰りが楽しいものであることを願った。ヲルバの郷にまだ人間が居たりとか、そういうことはあり得るだろうか?下界をここまで進んできて、誰にも遭遇していないことを思うと半信半疑といったところだが、それでも可能性はある。

「中に入ろうか。きっとまた魔物の巣窟だと思うけど」

「ファルシの棲み家なら案外、すっからかんかもしれねぇぞ」

「それなら簡単でいいんだがな」

石でできた両開きの扉は重く、スノウが押してようやっと開いた。その先は薄暗く、広い空間であるということしかわからない。警戒しつつ、ルカとライトニングは中に踏み込んだ。そしてその瞬間、目に入ったものに反射的にルカは悲鳴をあげかけて、寸でのところで思いとどまる。

「何あれ……」

複雑な意匠の巨像が、剣を携えこちらを睨みつけている。なんだただの像か、と思ったのだが、突如として唸り声のようなものが空間を引き裂いた。びくりと肩が跳ねたが、それとは反対に剣を構える。軍人根性というやつで、危険を察知したらすぐ武器を構える癖が身についているのだ。

「……待って、何か言ってる!えっと……ぼ、暴虐なるもの棲まう塔なり。早急に立ち去れ、だって……」

「暴虐?……あのファルシのことかな」

「私たち、それでもこの先に行かなきゃならないの。通してくれる?」

ヴァニラが懇願するように巨像を見上げる。と、巨像は唸り声を上げるのを止めて……ぎぎぎぎ、と歪な音をたてて首を回し、離れたところにいたルカを見下ろした。しばしそのまま硬直していたが、そのうちにまた唸り声を放った。

「……我らを助くものに道は開かれん……だとよ」

ファングがその声を解読したと同時、巨像はふっと掻き消えてしまう。物理法則無視してる……とは思いつつも、ルカは先ほどの視線が気になっていた。まさか己一人だけルシでないことが気になったとか、そういうことだろうか。ルシはなにか、違う波動を放っているとか……考えている内容の馬鹿馬鹿しさに呆れて思考を止めた。無意味だ。

奥の階段を昇り、階層をひとつ上がる。そこで気がついた。どうやらこの塔は、吹き抜けになっているらしい。そうなると上が気になるのは人情というもので、ルカは中央にぽっかり開いた穴の傍に進み出て身を乗り出し上を見上げた。どうやら、上に近付くにつれ少しずつ穴は狭くなっているようだ。ホールのような作りだ。しかし最後の方はほとんど見えない。当然か、と思いつつルカがルシたちの方へ戻ろうとした瞬間、上から何かが飛来して風圧を受け前に転がりそうになった。

「ファルシだ!」

サッズが声を荒らげ、ルカもまた振り返りつつそれを視認しようとする。そこにはあの、尾に大きな球体を数珠繋ぎに三つくっつけた巨大な虫のような風体のファルシが悠然と佇んでいた。まさか塔へ入って早々交戦することになるとは……そう思いつつルカは剣を構えたが、ファルシがルシたちに襲いかかることはなかった。突如として空中に現れた巨像が躊躇いなく振りぬいた剣先で、球の一つを切り落としたのだ。球はファルシの身体から離れただけで砕け散り、その先で更に霧散した。ファルシ=ダハーカは痛みに悶絶して筆舌に尽くし難い甲高い叫び声を上げ、逃れるように飛び上がり上階へ消えていく。巨像もまた、やるべきことは済んだと言いたげに剣を構え直し、先ほど同様に消えてしまう。

「あのおっきい像、私たちを助けてくれるみたいだね。ファルシとは敵対してんのかな」

「ああ……聞いたことあるぜ。グラン=パルスを守ってる石像たちの話は、子供の頃によく聞かされるんだ」

「でもまさか本当に居るなんて思わなかったね……」

ファングとヴァニラが顔を見合わせて苦笑する。伝説にすぎないと思われていたものが目の前に現れたら当然驚くだろう。ルシの存在を知った時聖府がてんやわんやになったように。
ルカはそれには注意を向けず、上階に昇る道を探して視線を彷徨わせた。昇降機があるのを見つけ、ライトニングに視線で伝える。上に逃げたことを考えてもファルシは上に住んでいるようだ。できれば戦わずに済んだら楽なのだが、でもまあファルシが相手だと思うと殺しておけるのは僥倖だ。シドの理想を思い出す。ファルシは恐ろしい存在であり、かつ敵だ。ルシの傍にいるうちに一体でも数を減らせるならそれは別に悪いことじゃない。わざわざ虎の穴に踏み込むこともないが、引きずり込まれたなら全力で応戦するのにやぶさかではなかった。

「急ごうか。暗くてここ、あんまり好きじゃない」

「おやぁールカちゃんは暗いところが怖いのかなぁー」

「ファングをここまで殴りたいと思ったことが未だかつてあっただろうか、いやない。……軍人は暗いところは嫌いなんだよ。視界がはっきりしてないとイライラする」

それと、警戒し続けなければならないので精神を消耗する。首の後ろにちりちりと焼けるような感覚が断続的に突き刺さるような気がしていた。
昇降機を使って上に昇る。そうしたら今度はいくつかあるうちの一つの階段を昇り、次は昇降機を……といった調子で、拍子抜けするほど簡単に上階へ登っていく。途中で階段が崩れていたり、また戻ってきたファルシが道を塞いでくれやがったりしつつ、しかしそのつど巨像が現れては新たな道を示した。何が待ち受けていると思っていたわけでもないけれど、さきほどサッズと話した通り魔物がうじゃうじゃいてもおかしくないと考えていたのだが。妨害のせいで時間はかなり掛かったものの、もうほとんど最上階に近い。

そうして何度か階層を昇るうちにほんの僅かに光が差し込み始め、壁に着色されているのに気付く。何かが描かれているのだろうか。

「これ何?」

「……ああ、パルスの伝説がいろいろ書いてあんな。あとは道の案内とかか」

ファングがファイアを唱え、壁に近づけて確かめる。そうして見ると、オレンジ色の光に照らされた壁は異跡とはまるで違う印象を受けた。手が込んでいる。

「えーと……これは、パドラの巫女の話だな。パドラはほら、最初にキャンプ張った近くにあったろ?あの都。あそこには昔パドラって都があって、未来を読むっつー巫女が居たらしいんだよ」

「その隣は女神エトロの御使の話だね。御使が居なくなって、パドラの巫女が生まれたんだっけ?」

「ああ、御使は未来を予言して変える力があって、それが巫女に受け継がれたっつー話だったな。まあ、巫女はともかく御使は眉唾だけど」

ふぅん、と特に興味もないルカは気のない返事をして、じっとその御使と巫女の絵を眺めた。御使は何やら表面が削れていてよくわからないからいいとして、その後ろに描かれている巫女というのはまったく同じ姿の人型が連続しており、何やら気味の悪さを想起させる。気持ち悪いな、とルカは正直に呟き絵から離れまた中央の穴に向かった。その後ろで同じことを思ったらしいスノウが、「なんでこれ、完全に同じ格好してんだ?」と問う。

「ああ、その話はもっと気持ち悪いぞ。御使が姿を消したとたん、同じ顔の子供が一定周期で都に生まれ始めたらしいんだ。一人目は御使同様未来を読み、十数年で死んじまうんだ。と思ったらその数年後、そいつと同じ顔をした子供が生まれやはり未来を読んで若くして死んだ。その後、パドラでは延々と同じことが繰り返されたんだとさ」

「……うへえ、気持ち悪いってかホラーじゃないですか」

「まあ巫女はともかくとして、御使は実在してなかったと思うよ。いわゆる神話だね」

下界こわ、という顔をしたコクーン出身の5人に苦笑して、ヴァニラがそう告げた瞬間だった。風がまた、強く吹いた。

「来やがったぞ!!」

轟音と共にファルシ=ダハーカが飛来する。その視線の先にはルカがいた。睨まれた気がした。

剣を抜こうと転移装置に手をやるが、殆ど同時にファルシの人間なんてひねりつぶせそうなくらい大きな手がルカを打つ。痛みの前に、身体が浮き上がったのを感じた。何かが身体を包み込む。
全身のどこにも確たるものが当たらない……空気だけに取り巻かれた感覚。落ちる、そう思うと同時にルカは激痛を覚え気を失った。全身を焼かれるような感覚にただ、身を任せるしかなかった。







「ルカ!!?」

弾き飛ばされたルカが空中に一瞬だけ浮き上がったかと思うと、次の瞬間には視界から消えていた。下に落ちたのだ……それを理解するより早く、またしても現れた巨像が剣を振り上げファルシ=ダハーカの尾を切り落とす。ついに一つだけになった球を揺らし、またしても悲鳴を上げてファルシは上へと逃げていった。
それを呆然と見送り、はたとライトニングは「ルカが落ちた」と呟いて下を覗きこむ。……暗くてよくわからなかった。

「探しに戻りましょう!」

「ああ、多分一番下まで落ちちまったはずだ。無事だといいんだが……」

そう言いながらファングは不安そうだった。ライトニングもまた、ひょっとしたら即死かもしれないという懸念を抱きながら階段に向かう。が、その瞬間、階段を塞ぐように巨像が立ちはだかった。

「おい、通してくれ!仲間が下に落ちたんだ!」

スノウが掴みかかるようにしてそう訴えるも、巨像は剣先をまっすぐ登り階段に向けた。上に行けと言いたいらしい。そして唸り声がまた、床を揺らすように響いてくる。

「……もう逃げることは能わず、って。ファルシを倒すまで降りることはできないみたい……」

ヴァニラは泣きそうに顔を歪めた。巨像はファルシが居る限り、下への道を通すことは許さないつもりのようだ。逃げるつもりなどないとしても、巨像とそこまで意思の疎通はできないらしい。

「仕方ないな。……とりあえずファルシを倒そう。そしたらすぐ戻って、ルカを探す。どうだ?」

「それしかなさそうですね……それなら急ぎましょう!」

ホープが睨みつけるように上階を見た。それに頷いて、ルシたちは走りだす。急がなければ、今は無事でも時間が経つごとに危険度は高まる。
ライトニングは、ルカが整備したばかりのブレイズエッジを鞘から抜き取り階段を駆け上がった。ファルシ=ダハーカは、果たしてそこに居るはずだった。








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