その糸を断ち切る






それは例えるなら爆発の寸前に似ていた。それが音だとか、炎だとか、そういうことを理解する前に耳を破壊され何も聞こえなくなるあの感じに。
一瞬、どこからやってきたのかもわからない圧に身体を打ち上げられたかと思うと、今度は床に叩きつけられ上から思い切り押さえつけられるような。
血が沸騰しきっている気がした。ぶくぶくと、吹き零れるみたいに。……あああ、“気がした”なんてものじゃない。実際に頭がカチ割れてやがった。夥しい血が、辛うじて開く右目を覆う。
指先の一つさえ動かせない。何もわからない。何も聞こえない。自分の居場所さえわからなかった。

でもライトは。ファングはヴァニラはスノウくんはサッズはホープくんは?彼らは無事、なのか?

彼らの顔を思い浮かべれば、指が動いた。手も動かせた。足も……片方はまた折れてしまったみたいだけど、左足は動く。そして同時に、エトロの瞳が瞼の重い左目の裏で瞬いた。

(可哀想なオーファンの弱点は……)

視つめるヴィジョンを必死に探った。辿れたかもしれない未来の中を彷徨いながら。

「……目だ…………」

オーファンは、目を焼かれると動けなくなる。今の魔法は明らかにオーファンにとっても必殺の技。つまり諸刃の剣のはず。そんなものを放ったのは、私とファングが目を刺したからだ。右目を必死に動かして視線を上げると、やはり刺された目は開いていなかった。

「う……ぐ……!」

でもこんな身体では、もう目なんて狙えない。それどころか攻撃さえ……。そう思ったその瞬間、よく知る緑色の魔法が全身を包み込んだ。

「っぐ……、大丈夫ですって……言いましたからね……!」

「私も、回復する……!」

自分たちもぼろぼろなのに、仲間の回復を優先するホープとヴァニラの手によって私たちは治療されていく。と、それに気付いたオーファンがホープくんに手を伸ばした。それに気づくやいなや、私は治りかけの足を引きずり駆け出した。途中でハイペリオンを拾い上げ、ホープくんの前に立ちはだかる。振り下ろされる掌はしかし、さきほど筋が切れたこともあり決して強い力ではない。ただし重い……それでも両手で握った剣で耐える。膝に痛みが走った。ハイペリオンもさすがに刃が毀れてきたけど、大丈夫。まだきっと頑張ってくれる。まだ頑張れる。

『……なぜ、庇うのだ。お前は一度は賛同したんじゃないのか……人間が全て消えても構わないと思ったんじゃ……ないのか……』

「そういう問答に答えてる余裕ないね今は!後でコーヒー奢ってくれたらたっぷり話してあげるよぉ?」

『人間を庇って……また取り残されるのに……滅びを待つだけなのはお前も、なのに……』

……まあ、それは確かにそうかもね。滅びしか私を迎えてくれない。でもその滅びさえ訪れなくて、仕方ないからそれを急かした。でも、その愚かさの始末は自分でつけるよ。

「だからね、消えるのは人間じゃなくて……私たちでいいんだよ」

私の言葉に一層重くなるオーファンの手。そのせいで痛みが走り苦しい。と、己を回復させて立ち上がったホープくんが私の手に両手を添えた。

「僕も守ります!」

「ホープくん……」

その体温が暖かさを伝える。近くに居たヴァニラもまた、駆け寄って反対側から私を支えてくれた。それだけで力が増した気がする。ゲンキン?……まあ否定はしない。

「ライト、ファング!弱点は目!!」

私が叫ぶと同時、スノウくんが振りかぶり、私たちを苦しめる手に一撃を叩き込んだ。お陰で圧迫感は消し飛び、私は直ぐ様駆け出した。
サッズがヘイストとブレイブをライトとファングに重ねがけする。二人は私の目の前で助走をつけて飛び上がり、そして同時に最後の顔の、残り二つの目に武器を突き立てた。オーファンの悲鳴が轟いて、二人の攻撃が会心の一撃であったことを知る。
私もまた、飛び跳ねてオーファンの腕の上を駆け上る。一瞬だって躊躇わない。

可哀想な子。滅ぶためだけに生まれた子。世界を終わらせるためだけの……。

「あぁぁああぁあああああぁあっ!!」

だからもう終わりにしよう。私はハイペリオンの黒い刃を、真っ直ぐオーファンの心臓部に突き立てた。

きっともう限界だった。オーファンは必死に耐えたけど、もう無理だったのだ。そもそもオーファンは、エネルギータンクだから……最強ではあるのだろうが、戦い専門ではないのだ。それを言ったらバルトアンデルスだって別に戦闘は得意じゃないはずだが。

オーファンの悲鳴が徐々にか細くなる。私は、突き刺さって抜けない剣から手を離した。
崩れ落ちる身体にしがみついていられず、後ろに跳ねることで手の中を逃れる。近くにはみんなが居た。勝った、そしてみんなも生き残れた……良かった。

そう安堵した瞬間だった。がくんと身体が揺れ、一瞬で宙に投げ出される感覚を味わう。重力が不安定になった?ああそうか、オーファンが死ねば、コクーンは安定性を失う。

オーファンが死にかけているから、コクーンが落ち始めたのだ。そして、オーファンが設定していたコクーンの重力もまた、解き放たれた。そしてここはオーファンが特別に創った場所だから、何もかもが特別。魔力に満ちていて、無重力に近いレベルまで重力が無くなってしまった。
きっとこんな状態も長くは続かないけど、でもすぐに収まることもあるまい。

ライトニングははぐれた誰かが飛んでいってしまうことを怖れてか、手を伸ばしてホープくんの手を掴む。意図をさっしてスノウくんとサッズも同様に。しかしヴァニラとファングだけはその手を伸ばさなかった。二人だけで手を繋ぐ。

「おいルカ!」

スノウくんが、一人だけ遠くに佇む私の名を呼び手を伸ばした。私はそれに、首を軽く横に振る。
ファングとヴァニラは、ただ微笑みを私たちに向けた。優しい顔だった。

「ヴァニラ、ファング!!」

ライトニングが二人を呼んだ。でも二人は来ない。

「……ヴァニラ」

「うん。……願いは叶えるもの。未来の奇跡を待つんじゃなくて、……誓いを力に」

またヴィジョンが、眼の奥で煌めいた。二人がラグナロクになるのが視える。でもコクーンを壊すんじゃない……中核を引き裂いて、コクーンを貫き出て下界と繋がる。そして一本の柱となって支えるのだ。ああ……綺麗。

「……クリスタルだね。そう……クリスタルになるのは、使命を果たすからじゃない。想いの強さが使命さえも凌駕するから」

私は宙を泳いで、チップを弄る。グラビティ・ギアは残数イチ。重力を肥大させ、ファングの隣をすり抜ける。さっきまで駆けずり回っていた床に張り付いて、重力を弄りながら立ち上がった。科学技術ってホントすごいよねぇ。
オーファンはもう動けないらしい。こんなんで生きてるのが不思議なくらい……潰れた目で、必死に私を見ていた。見えているはずはないけれど。

「……運命に抗っているの?良い子だね……良い子」

足がふらつくのは、結構血を流したからか。ケアル魔法では貧血まではカバーできない。
顔を上げ、ファングとヴァニラを見る。さあ、貫くのなら頑張って。

「ルカ……!?おい冗談だろう、こっちに来い!ファング、お前たちも……!!」

「だっからもー言ったじゃん?もう先輩たちのところに、戻るつもりはないんだよ」

私がそう笑うや否や、ファングたちをまた強い光が包み込んだ。さっきファングが、無理やりラグナロクにされかけたのと似ている。でも今回は思うがまま、彼女たちが望んでいるからだと分かる。光が晴れた先にラグナロクが見える。美しいけもの、神獣。
彼女たちは、オーファンを刺し貫いた。

オーファンは霧となって消えていく。見上げる先、エトロの瞳は開きライトニングたちを飲み込んでいく。
そして世界は、一瞬眩んだ。








「……こうして世界は平和を取り戻し、みんな幸せに暮らしましたとさ」

そうであることを切に願う。
ヤーグはジルと合流できたかな、もうコクーンを出たよね?ヤーグにあれだけ念押ししたし、ついでに先輩にも頼んだ。まあ……先輩は信用できないけど、ヤーグは約束を守るだろう。っていうかね、先輩もね、人の遺言くらいちゃんと守ってほしいなと思うわけ。それか弁護士を呼べ。

「幸せだったなぁー……」

重力も落ち着いてきて、今ではただ真っ直ぐに立つことができている。コクーンは落ちなかった。いや……落ちたっちゃ落ちたんだけどね。支えられただけで。

ファングとヴァニラはコクーンを守ってくれた。誰にもできないはずのことだった。女神の予言は覆らない、あれはコクーンを創る前に視た最後のヴィジョン。だけどコクーンは守られた。あの二人の意志が、女神の予言さえ超越した。

「本当に……幸せだった」

ジルと出会えたこと。あの刺々しさの向こうにある心に気づいたら、彼女から離れられなくなった。

ヤーグと仕合えたこと。堅物で融通が効かなくて……でも最高の相棒だったと思ってる。

先輩を×せたこと。……ねえ、こんな想いを知ったのは初めてだったんだよ。もう教えてあげないけど。

呪いは解けないから。

「私も、堕ちないとだ……」

私は穴を見下ろし口角を上げ、薄く微笑む。
オーファンが死んで沈んだ直後だからこそ、オーファンの力を吸い戻すためにこの底にはリンゼに繋がる道がある。リンゼ神がこの世界へ干渉する道が。
今ならきっと、それを塞げる。永遠である私の命は永久にそこを塞ぐだろう。生命は巡り来るけれど、私は違う。私ならリンゼの干渉を止めることができるかもしれない。

できたらパルス神も止められたらいいのだけど、それは今は無理だ。無理だし、同時に両方を封印することも難しい。それならリンゼ神の方に対抗した方がいい。パルス神って放任主義だし。リンゼ神は教育ママだし。

「それに、一人で死ぬのは寂しいよね。仕方ないから一緒に行ってやるよ」

ファングとヴァニラは、オーファンを裂いた。エネルギータンクは破壊され……それによって空間が大きく歪み、リンゼの住処に繋がっている。私は穴の淵に立った。
二人はクリスタルになった。だから、いつか目覚めるだろう。それが明日か、百年後か、千年後かまではわからないけど……でも二人が一緒に目覚めるといいなあ。二人が孤独にならない未来であればいい。

一歩前に出る。

「女神エトロは……ライトたちを守ってくれっかな……」

先輩たちは強いからもう大丈夫だろうけど、ライトたちは脆いからなぁ。人間相手では簡単に追い込まれてしまうだろう。
その前にルシについての誤解が解けるといいな。でもあれだなー、反動は怖い。ジルとヤーグが誤解されるのは一番ダメだ。

もう一歩、前に出た。

「さて、ようやっと終わるんだね。長かったなぁーもう」

ずっとこの時を待っていた。ずっと死にたかった。エトロは私を不可視世界に迎えないと決めたから……私には時間が流れなくなったから。ずっと幼いまま。幼い?幼い……うーん……それはちょっとサバ読みすぎか……。

膝をついて、穴を覗きこんだ。
時間が過ぎないというのは、ただ“寿命で死なない”というだけだ。だから死ぬことが絶対にできないわけじゃない。今までできなかっただけだ。中途半端な自殺志願者なんて何の役にも立たないよねほんと。

「ごめんね、オーファン。おまえと私はきっとおんなじようなものなのに、おまえばっかり苦しい想いをしてたよね」

いつか滅ぶときまで無為に生きて、希望もない生の中で。
もう行かなくては。もう、終わりにしなくては。先輩はファルシを全て消そうとしていた。それは間違ってない。人間は、人間だけで生きるべきだ。私のような存在も、消えるべきだ。

「……だけど」

振り返る。先輩を思い浮かべる。
まだ生きたかった。本当はもう少し、生きてみたかった。

過去は、ジルとヤーグのものを欲しがった。何より乞うて、望んでいた。

でも未来はあなたとがよかった。もう……それさえ教えてあげないけれども。

ぐらりと世界が傾く。
闇の中へ、確かに身を投げる。音も何もしなかった。ただ、落ち続けるだけの世界。
そのうちに意識を失って、そして、私の物語は終わる。

×していました、さようなら。
あなたに今……別れを。




後には誰も残らない。

物語は、ここに終息する。







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