そして物語は終息に向かう







ルカが躊躇いなく歩き去るのを、ただ見ていた。言っていたことの意味がまずもってよくわからない。あいつはよくわからない女だけれども、それにしたって意味がわからない。
ただ、命を救われたということだけは理解できた。下界の野生種だろうベヒーモスがあいつの一撃で吹き飛び、消え去ったから。

「……俺のほうが信用できる、か」

その言葉は存外深く胸を抉った。今まで思いもしなかったのだ、そんなこと。

それに、己とジルと、シド・レインズの生きていない世界では生きたくない……か。そんなのどうすればいいんだ……とりあえずジルと合流して、後のことを話し合わなければならないだろう。指揮官としては率先して逃げるわけにもいかないので、ルカの言うとおりにはならないが。

と、一機のPSICOMの飛空艇が、滑りこむように先ほどまでシ骸たちと交戦していた広場に降り立った。顔を上げると同時、スライド式のドアを開けて中から見知った金髪の女性が飛び出した。

「ヤーグ!あんた何一人で倒れてるのよ!ルカはどこよ!?」

「……まあお前に心配するとか、そういうことは期待していないがな……」

同僚、しかも昔馴染みが頭から血を流しているとか、そういうことは彼女にとっては結構どうでもいいことらしい。知っていたが。
そしてハイヒールをカンカン言わせて、近くに駆け寄った彼女は手を貸すこともなく腕組をして見下ろしてくる。

「さっきの無線はなんなの?ルシ討伐中止って、そんなことあんたの一存で……」

「ルシたちに会った。そして、会話して決めたことだ。……コクーンは沈むと、ルカは言っていたぞ」

ヤーグの言葉に、ジルの後ろで彼女に着いてきていた補佐官がひっと息を呑んだ。ルシという言葉もあって、彼らにとってはどうしようもなく恐ろしい言葉に意味を転ずるのだろう。ヤーグとジルにとっては、そこにルカという名前があるだけで一気に目の前の問題になる。

「ルカは、他に何と言っていたかしら」

「騎兵隊と協力体制を取り、市民を下界に送り届けろと。下界は危険じゃないと言いたげだったな。いずれにせよ、これからコクーンが落ちるのならさすがに下界のほうが安全だというのはある程度想像がつくが」

「騎兵隊……?ふざけないでちょうだい、全く……レインズたちなんかと協力なんてまっぴらよ!?」

「だがルカはもう戻らないと言っていたぞ」

ジルの眦が釣り上がり、開いた口がぽかんと塞がらない。彼女らしからぬ表情だった。ああ、貧血も落ち着いてきた……ヤーグは壁に手をつき、立ち上がった。

「ルカはもう戻ってこないとさ。私とお前、それからレインズが生きていないなら」

「……、じゃあ、生きていたら……」

呆然としたようにそう呟いて、彼女は勢い良く首を横に振った。

「知ったことじゃないわよ、そんなこと」

「ああ、そうだろうな。だがPSICOMは下界対策の特務機関だ。市民が下界に送り届けられるというのなら、私たちには彼らを下界のモンスターから守り切るという使命がある」

ジルは黙りこくり、じっとヤーグを見つめた。彼女とて、もう騎兵隊に協力する以外PSICOMにできることなどないとわかっているはずだ。それでもレインズへの反感から、自分からそうすることはできない。ルカをはじめ、ルシ一味を嬉々として追い詰めたのも彼女だ。それを今更、間違いだったと認めるなんて。
こういうときジルを説得できるのは自分とルカぐらいなものだと、自惚れるくらいには付き合いも長い。

「ルシなんてもうどうでもいいから、そっちに協力するべきだ。そう思わないか」

「……ふん。そうね、わかったわよ」

一度繰り出した刃を懐に戻すには、理屈が要るのだ。ジルは特別、その垣根が高い。ジルの補佐官が介助を申し出たが断り、ヤーグは彼女が乗ってきた飛空艇に乗り込む。隣でジルは既にイライラし始めているが、さすがにそれを解く術はない。ルカなら2分くらいでなんとかしてみせるのだろうが……まあそこまでは高望みというものだろう。

そして艇が飛び始めて数分、ヤーグは下方に一人、知り合いの姿を見つけた。街道は彼女の手によってか、モンスターの血まみれだ。襲い来るモンスターを一匹、また槍で突き殺していた。

「カーライル!」

操縦者に言って高度を下げさせると、向こうもこっちに気づいて顔を上げる。そしてPSICOMでも有数の兵だけに与えられる装備をフル活用して滑空し飛び上がってきたので、ドアを開けて梯子を下ろした。
レイダ・カーライルは梯子に捕まるやいなや連結槍と盾以外の装備を投げ捨てると、身軽な軽装軍服一枚になって中に入り込んできた。と、すぐさまジルが顔を顰める。

「何をしてたのよカーライル大尉……親衛隊が、こんなところで」

「ああー、我らがカサブランカ大佐が慈悲深く撤退をお命じになったのですが彼女が敵方に乗り込もうとしていたものですからモンスターが追わないようしんがりを務めさせて頂いておりましたの」

「あいつはもう大佐じゃない!正式に除隊よ!!」

「ええ、その通りです。でもわたし、PSICOMに命を捧げたつもりはありませんので。PSICOMとあのバカなら、あっちのが1ミリくらいましです。そう思われません?」

カーライルはくくっと意地悪く笑い短くした槍を大盾の内側に収納した。槍にも盾にも夥しい血液がへばりついているが、気にするつもりもないらしい。

「でもまあ、どうせなら捧げずに済むのが一番ですからね。適当なところで切り上げるつもりだったんで、上手いこと通りがかってくれて助かりました」

「あいつは……何か言っていなかったか?」

そう言うと、口角を上げて小馬鹿にしたような目をしヤーグを見返してくる。……ルカがこの女を一度も私的制裁しなかったことが不思議でならないほど他人の神経を逆撫でする女だ。ヤーグ自身、長い付き合いではあるのだが。

「何か、ですって?あなた方会わなかったの?あのバカが、あんたたち以外に重要なことを話すと思う?」

「……レインズ准将……じゃなかった、代表には話すだろう」

「……あんたたちなんかとんでもない誤解してる気がするけどさあ、あいつが何より優先するのはあんたたちでしょうよ。レインズなんて補欠みたいなもんじゃない。近くに居たからわかるわ、あいつはレインズのことは信用してないよ。っていうか、あんたら以外は信用してないわ」

そこまで言って、彼女らしからぬほど乱雑な動作でシートの背もたれにどさりと身体を投げ出した。それから外を眺めつつ、まるで独り言のように呟く。

「可哀想になあのバカ女……もう誰も信用できなくなって、これからどこへ行くんだろ?帰ってこないと困るんだけどな……」

でも、もう帰ってこないんだろうな。その諦めるような声音が、酷く残酷に鼓膜を打ち……ジルが膝に置いた拳が強く握りしめられるのが見えた。
ヤーグは内心で否定する。戻ってくると言っていた……ジルと、レインズと、自分が生きているなら戻ってくると。
ルカは約束を守る。ヤーグは彼女を、よく知っているのだ。






ルシたちに追いついて、散々からかわれながら先に進む。いやマジからかわれる意味がわからないんですって、しかも先輩関連ならまだしもヤーグて……ヤーグて……怒られるわ。さっきだって怒りで頭沸騰しかけてたじゃないですか。怖いわ。ボンッといきそうじゃないですか。

議事堂の、祭祀場。祭祀なんて名前は古代的な気がするけれど、コクーン議会の特質を考えれば不思議なことはなにもない。だってほらファルシを奉ってご意見なんぞ頂いて、それを分配してわかりやすくコクーン全土に知らしめるだけの簡単なお仕事だからな。それ議会って言わないよね今気付いたけど。何で誰も気づかないんだ……ああ、コクーンでは議会はそういうものってことになってたんだったか。なんだこの……培養感……悔しいなあ……。

祭祀場の奥に、扉が在る。
そこは聖府代表にしかこれまで開くこともできないとされてきた場所。きっとずっと長い間、バルトアンデルスは姿を変えながら聖府代表に居座っていたのだろう。でもそれだけだと引き継ぐことができないからきっと人間をルシにしたりもしつつ。
ああ、歯がゆいな……きっとそんな簡単なことにもこれまで誰も気が付かなかった。知らない間に全てを縛られ、人生を投げ捨てた人間がきっと何人も居たはずだ。
今なら手が届くから、そんなことばかり考えてしまう。先輩を救うことができたというのも間違いなく一因。

ライトニングが扉に手を掛ける。それは存外にも、あっさりと開いた。
ずっと開かない扉だと思っていたのがバカみたいだ。……やってみれば、案外簡単なことなんだよなー……。

「な、なにこれっ……!?」

中へ入り込むと同時に、ヴァニラが悲鳴を上げた。それも当然で……そこはあからさまに異次元空間だった。

「うわ、気持ち悪ッ!何なのここ!?」

「真っ赤だな……ファルシってのはさぞご趣味のよろしいことで」

風もないのに大量の柱や切りだされたばかりのように大きな岩が、赤く染まる視界を駆け抜けていく。足場はやけに不安定で、踏み込むと沈むような心地がした。狭い道を通り抜けると、その先にはまた扉があった。
しかし今度は、明らかに嫌な心地がした。ライトニングさえ、開けるのを一瞬躊躇うような。

けれどスノウくんが進み出て、両開きのドアの取っ手を掴む。

「行こう。きっとすぐそこだ」

心臓がどくりと、逸る心地で高鳴った。目を細める。
扉は開かれ、強い光が弾けるように目を打った。強い刺激に全員が目を瞑り、微かな悲鳴も漏れる。

かと思ったら、全員まるで違うところに立っていた。反射的に腕で目を覆った私が一番回復が早く、その異様さにも気がついた。

「何……ここ」

白い。とにかく、視界全部が白い。足元のフットライトらしき光は目を刺すように強いし、壁も床も天井も白い。ゆっくりと回復しだしたルシたちもその奇妙さに戸惑って視線を彷徨わせた。

「変なとこだな……それに、」

「ああ。ファルシの気配が酷く濃い。……吐き気がする」

ライトニングがそう吐き捨て、不快そうに顔を顰めた。全くだった。異臭はしなかったが、ここまで濃いとヲルバなんて子供の砂場みたいなものだったんだなと思い知る。胸がむかついて苦しい……。

「なあ、ヴァニラ。お前烙印はどうだ?」

「ええーっと……」

ヴァニラの烙印をファングがチェックするときは、烙印の場所が場所ゆえ全員すぐに顔を背けるということで不文律が一致している。今回も御多分に漏れずさっと目を逸らした。が、それでもファングの小さな舌打ちは耳に響いた。相当まずい状況なのだろうか……。

「コクーンは、新しい故郷だね」

ヴァニラが突然そんなことを呟いた。それはヴァニラらしい、少しだけ小狡いファングへの牽制球だと私にもわかる。ファングがそれを理解していたかはともかく、彼女は優しげに微笑んだ。

「ああ。……そうだな」

なんだかとても噛み合わない。それは嫌な予感を喚起する。
最後に、扉はもうなかった。通り抜けた先にはまるでどこかのプラントの奥のような、コードの張り巡らされたぽっかり開いた空間がひとつ。ぶわ、とクリスタルが舞うのを感じ苛立ちに背筋を震わせる。
玉座らしい、大きな椅子に、ダイスリー……バルトアンデルスが深々と座っていた。うわ、なんか偉そうで嫌だなあ……。

「ようやっと辿り着いたか。……この時をずいぶん待った……」

そうしみじみと、バルトアンデルスは語る。老人くさい仕草がよくよく似合うファルシである。数時間前はセラちゃんの格好をして悦に入っていたことを鑑みると、取る形態に人格が引っ張られてる気がする。……形から入るタイプなんだろうなあ。気持ち悪いものである。

バルトアンデルスは椅子の手すりに立てかけてあった杖を掴みその先端で床を二度叩いた。それに併せて、空気中を舞っていたクリスタルの粒子がバルトアンデルスの両脇に結集し二つの大きなクリスタルを形作る。
それは、私でもわかる。ドッジ少年と、セラちゃんだった。

「消え去る命が、光となるのだ」

くっと笑みを深めたバルトアンデルスは、また地面を二度叩く。その瞬間、ドッジくん、セラちゃんの順にひび割れて砕け散る。その瞬間、サッズとスノウくんとライトニングの肩が震え……声なき悲鳴が胸を打った。それが悲痛すぎて、反射的に片目を細めた。バルトアンデルスは確実に、彼らを追い詰めるために全力で揺さぶりに掛かっている。

追い詰められなければ、ルシはラグナロクになどならない。正気を失って、全てに絶望し、一人きりになる。孤独に咽ぶ。そういう悪夢が重なって初めて、ルシはラグナロクになるのだ。私は知っている。……もう、よく覚えてはいないけど。

まずいかな、と思った。家族を人質に取られたからとファルシに立ち向かったところから旅の始まった彼らだ。家族のためならなんでもすることは証明済み。彼らがラグナロクに転じたらどうしようか……最悪逃げるしかない。そう、思った時だった。
スノウくんが、懐から掌に収まるサイズの、涙型のクリスタルを取り出した。


「セラは……ここにいる!」

強い口ぶり。ライトニングも顔を上げた。
その通りだった。だってそれはあのとき、セラちゃんがクリスタルになったときこぼれ落ちたクリスタル。それが無事なら、セラちゃんに何かあった筈がない。……っていうかさぁ、っていうかさぁ。

本当にやり口が卑怯よね。リンゼファルシはこれだから……大体リンゼも根性腐ってるっていうかさあ……コクーンってものを思いつく辺り、えげつないのよねえ。

私は口角を上げて、せめて意地悪そうに見えるようににっこり笑った。ああ、終幕だ。

「……あのさあ、ルシって特定のファルシの持ちものでしょう?ドッジくんをルシにしたのはサンレスのファルシだし、セラちゃんをルシにしたのはアニマだし、あんたがどうこうできるわけねーだろ。何小手先のフェイクでごまかそうとしてんのさクズいな」

「ほう……そんなことまで知っているとはな。さては思い出したか?」

「何をかねバルトアンデルス。君と分かち合う思い出なんて私の中では生ごみにすぎんので捨ててきちゃったからちょっと向こうの収集車から回収してきてくれる?放っとくと燃やされちゃうよ、可燃ごみだし」

私はゆっくりと、ライトニングの隣を擦り抜けてバルトアンデルスの方へ歩き出す。空気が震え、ルシたちの視線が背中に突き刺さるのを感じた。バルトアンデルスは私の笑顔など比べるべくもないくらいに醜悪な笑顔を見せた。

「……こうして物語は集約し、終わりへ向かう」

「大団円を期待してていいかねえ」

「期待するだけなら構わんさ」

「……ルカ?おい、待てよ……!」

スノウくんが喉から絞りだすように私の名を呼ぶ。信じられないという声音がやはり、強く強く胸を抉った。
私は最低だ。こんな形で彼らを裏切ることになるとは思っていなかったのだ。エトロの目が開いたあの瞬間まで、エトロを思い出したあの瞬間まで……。
それでもここまで来てしまって、短い道中で彼らに打ち明けられなかった以上、こういう方法を取るしかない。

「エンドロールの準備はできてるしね。……さあ、全てを語ろうか」

ここに全ては集約し、そして終結する。
バルトアンデルスの前に立ち、私は振り返った。全身を強ばらせるルシたちを見つめる。そしてそのずっと向こうに、ジルもヤーグも、先輩もいる。これから始まる、懐古と懺悔と秘密の暴露が彼らに届かないことを私は幸運に思って、再度口を開く。

「解答編は三編にわたる予定ですっ」

背を向けているバルトアンデルスが喉を鳴らして笑うのを感じつつ、私も笑った。








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