It was too bright before I lose it all.
「ヤーグ……」
プラウド・クラッドの銃器がゆっくりと動く。その照準が私を指すのを、ただ見ていた。どうすればいいか、ほんの一瞬惑った。そしてその一瞬がどれだけ命取りになるか、ここでは誰もが知っている。
「ルカ!!」
スノウくんが滑り込んで私の腕を掴み、その手に引かれて辛うじて降り注ぐ弾丸を避けた。そして固いアスファルトを転がって、その勢いで立ち上がる。躊躇いながらも転送装置からハイペリオンを引きずりだした。
どうしよう。先程ジルに会ったときは明らかに向こうが混乱していて、こっちも混乱していて、おかげで結果あっさり関門を通過してしまったけれど……ヤーグとはそんな簡単に決着は付かないだろう。ヤーグが私を殺すつもりであれば尚更。あの最悪の夜からまだほんの二週間、でもそれはヤーグが覚悟を決めるには十分な時間だったはずだ。
どうしよう。戦ってしまえばどちらかが死ぬ可能性だってある。それは避けたい、というか避けねばならない事態だ。けれどだからといって、ヤーグが戦わずに矛を収めることもないだろう。
それでも、こんなのは嫌だ。ヤーグは剣を取らず、私と相対している。関係が完全に叩き壊されてしまうとしても、剣を持っての戦いでないのは嫌だった。
「ロッシュ!!ルカを狙うなんて……!」
「……。力をつけたなスノウ君」
私を庇ったスノウくんが、ヤーグに怒鳴った。ヤーグはそれには明確な返事はせず、私には向けたこともないような純然たる優しげな声でスノウくんを褒めた。なんだその声そんな声出せたんかお前。
「だが我々は、命に代えてもコクーンの人々を守らねばならない」
「……それは俺たちも同じだ。コクーンを守りに戻ってきたんだ」
「だとしても……君らはルシだ」
ヤーグの声はゆっくりと響いて、いつの間にか隣に並んでいたファングが私の背に手を回し支えるように立った。
「ルカはルシじゃねえぞ。こいつは、ルシにならなかった」
「ファング。いいよ、そんなこともう関係ないんだから」
もう無意味。少なくとも、私とヤーグの間では。
ヤーグは私を殺したし、私もヤーグを殺した。まあ結果的に生きてはいるけど、お互いのしたことはそういうことだ。作為がどうのと、それは理由にならない。
「……そうだな。関係ない。お前が何者であれもう関係ない……。ファルシでも、ルシでもない。人間を守るのは、人間だ!」
彼が声を上げると共に機銃が展開し、横にいくつも銃口が開く。これは……っ!
避けようがない。ホープくんとサッズが慌てて厚いプロテスの壁を作り、連続して放たれた弾丸を防いだが、それも長くは続かない。圧倒的火力のある最新鋭の銃器に反抗するには、やはり圧倒的火力が必要だ。
私は手を伸ばし、チップを擦る。ともかく足止め……であれば、氷が一番だ。何より機械に相性がいいしね。
「ブリザガーっとぉ……!」
放った瞬間、規格外に増した威力の氷魔法が降り注ぎ、ヤーグの機を停止させる。え、うわ、何これ。出力はさっきジルに会ったときよりずっと上手くできているはずなのに。それでも思ったよりずっと激しい。自分の手から繰り出された想像を超える威力に一瞬竦み、でもそんな場合ではないとすぐに気付いた。……大丈夫だ、いくら凄まじい威力ではあってもプラウド・クラッドの装甲を切り崩すことは難しい。だから大丈夫。
近くでファングが息を呑み、信じられないという顔で私を見下ろした。
「おま、何だあれ!ルシ並みじゃねーか!」
「え、えーっと……さっき先輩に会っていろいろと補充させていただきました」
とさらっと大嘘を吐いて、いいから前見ろと指で示す。この程度じゃ、機銃を固めただけ。装甲は大抵二段構えで、小手先につけただけの機銃を捨てればプラウド・クラッドは尚速度を増す。
滑りこむように動いた艇の軌道を躱すために後ろに跳び、タイミングを併せてハイペリオンを叩き込んだ。さながら釘バットのような扱い方だけれど、許せ相棒。大丈夫、君の刃は強いから。ねっ。
一瞬だけ身を投げ出す格好になったプラウド・クラッドに掴みかかり、私は操縦席目掛けて剣を振り下ろしカバーを叩き割ろうと何度も叩いた。突いたらヤーグに当たるかもしれないので突きはしませんが。
私を振り落とそうと暴れるヤーグとの持久戦、必死に掴まって離れまいとしたものの、ようやくその防弾ガラスにひびが入ったと同時振り払われ吹っ飛んでしまう。スノウくんが間に合って受け止めてくれたからいいものの、ヤーグてめえ加減考えろ。
ヤーグはそのままじりじりと間合いを測っていたようだったが、すぐにオペレーターの声が限界を告げ、残心なく踵を返した。
「っておい!?撤退とは男らしくないぞばかー!!このやろう!!」
そう怒鳴ってみせるも、相手は仮にも飛空艇なのだ。声が届くはずもなく、すぐに小さくなり、はてには見えなくなる。ちくしょうお前のはずかしい秘密を大声で暴露してやろうか!今ここで何もかもぶちまけてやろうかぁ!!内心そう悪態を吐いた後で、先ほどのヴィジョンがまた脳裏を掠めた。
広場から狭い場所への入り口……振りかぶるモンスターの手、爆発……。
……そうだ。ヤーグは、モンスターと相打ちで死ぬ。だとするなら、近くに居られないことが一番痛い……!
「コクーンを守りたいのはみんな一緒なのにね……」
「民衆も想像以上に怯えてんな。うちらが甘かったか?」
「まだだ。本当のことを知ってるのは俺らだけなんだ、なら俺らにしかできないことがある」
「ああ。……人間らしくやってやろうじゃないか」
ライトニングがじっと、私を見つめてそう言った。そして安心させるように微かに頷く。それは、先ほどのヤーグの言葉への返事だった。私にそれを、預けてくれた気がした。私たちは人間として先に進もうとしているということ。そういう事実を。
「……ヤーグに、もう一度会いたい」
だから、このわがままが最低だってわかってる。私はまだ、ヤーグたちのことしか考えていない。
旅の始まりから、私一人だけ、何も変わっていない。
「追い掛け、たい。……だから、みんながそんなことに構ってられないって思うなら……置いていってくれていいよ」
さっき、ホープくんの言葉にノーと答えたのはなぜだったか。それは、まだヤーグを探していたからだ。けれど、見つかったなら無理にルシにこだわる必要はない。最終的にオーファンに辿りつけさえすれば、隣にルシが居なくても。
目の前で、彼らは一瞬目を見合わせて……そしてすぐに破顔した。
「どうしてもロッシュが撤退を繰り返すようなら、深追いする時間はないがな。あいつを説得すればもっと多くの市民を救えそうだ」
「それに、仲間だからな。俺たちも行くよ。でもとりあえず先に進もう、あいつはきっとまた追ってくると思うしさ。遭遇できずにセントラルタワーまで辿り着いちまったら、また考えようぜ」
スノウがそう言って笑い、私の背中を軽く叩いた。
仲間という言葉が、軽く胸を突いた。それは優しく侵食し、やはり気を咎めさせる。
私は嘘ばかり吐いて、守りたいものを守ることだけに必死になってる。それ以外なにもかも見えないふりをしている。それ以外なにも守らないという道を選び続けてる。
「……ごめんね」
何に対しての謝罪なのかすら、もうわからなくなってきた。どの嘘を詫びているのか……。
けれどそれさえ、彼らは笑って受け止めた。正体も何も知らないくせに。
「急ぐぞ!」
その強い優しさが眩しくて……焼かれそうな気がした。そしてそうなればいいと、思った。もうどうしようもないから。
ハイウェイを走り抜け、その先の広場へたどり着いたときだった。セントラルタワーはもうすぐそこなのに、ひどい臭いがして背筋が震えた。クリスタルの粒子が舞っていて、ファルシの気配が一気に濃くなったのだ。
「ヲルバとは比べもんにならないね……」
「ああ、すげえ気配だ。頭痛くなってきたぜ」
サッズが勢い良く口をへの字に曲げ、そう悪態を吐いたときだった。クリスタルの粒子が上空で渦巻いて、そして一瞬の後にはスクリーンに化けていた。そこに映り込んでいたのは当然のようにダイスリーの顔。引き伸ばされて、真下の私たちからすると空を覆っているかのようだ。
数週間前まではあれが自分のボスだったと思うだけでイライラしますはい。
「……神が目覚めようとしているな」
「大層顔に自信があるみたいだねジジイ、まずリフトアップでもしろっつの。誰があんたのドアップ画像なんぞ欲しがるか!一昨日来やがれ!」
「ふん……では最上の席で待つとしよう。おまえたちも、やっとセントラルに辿り着いたな。……家族に会いたいだろう?」
隣でサッズの肩が跳ねた。スノウくんもライトニングも、明らかに体をこわばらせている。最後に付け足されたダイスリーの言葉が、彼らへの脅しであることは百も承知だ。
ダイスリーは言いたいだけ言ってあっさり姿を消してしまう。姑息なやつである。……多分、ファルシってのはみんなそうなんだろうな。自分の目的を果たすことにばっかりご執心で……ああでも、他人のこと言えないね。私も大差ないわ。
「早くぶっ殺さないとね、あのジジイ……」
みんな頷いて、私の言葉に答えた。そう、殺さないといけない。人間の敵で、私の敵で、ルシの敵だから。その全ては同じなようで少しずつ意味合いが違うけれど―私の敵はすなわち人間の敵ではないし、ルシの敵ではない―今この瞬間は重なっている。
そのまま足を進め、全員でセントラルタワーに近づいていく。目の前にはセントラルタワー一階の、議事堂の入り口。議事堂は常ならば政治を行っていたはずの場所。けれど……結局全てはファルシの思い通りだったから、今思えば議会なんてものの存在価値はなかった。
これから先生きる人間たちが、どんな形態であれ自分たちで政治組織を創りだしてくれますように。王制でも、議会制でも、もうなんでも構わない……私は一瞬だけ過去と未来を振り返ってから、議事堂を指さした。
「ここが聖府のメインブレーンだよ。一級の……扱いやすい人間だけを集めて、ファルシがいいように転がす場所ね」
「奥にファルシ=エデンが居るという話だったが……それもおそらく嘘なのだろうな。となると……」
ライトニングの窺うような目を眺めつつ、私は議事堂を睥睨した。……ああ、なるほど。こうして見れば、よくわかる。
「……あの建物そのものがファルシなんだね……ファルシ=エデンってのは本当に名ばかりの雑用だったわけか。バルトアンデルスのひとでなしめ」
「なあ……ちょっと気になってたんだけどさ。ルカ、お前レインズと会ってからちょっと変だぞ?なんかあったか」
ファングが気遣わしげに覗きこんだので、私はつい目を逸らした。ジルたちと再会して以降、彼らの優しげな仕草が痛みを伴いちくちくと私を刺すのだ。それは負い目とも言う。
「何もないよ。ファングの勘違いだよ」
「でも……ファルシの気配を敏感に感じ取るっていうのも変だし、さっき使った魔法だって明らかに規格外じゃなかったか」
「……ファルシの気配は、ここ数日で慣れたってのもあると思うし。魔法は先輩のところで調達してきたんだってば」
そう言ってはみても、ファングはまだ目を細め私の様子を窺っていた。気づけば、他のルシたちもこわごわと会話の行方を気にしている。さて、どう切り抜けたもんかな……そう思って私がこっそりため息をついた、時だった。
聞き慣れたPSICOM兵の足音と共に、数名が銃を抱えて飛び込んでくる。敵襲!それに反応しようとした刹那、しかし彼らは――見慣れた青い光を放ち、一瞬でシ骸へと変化してしまう。
「シ骸……っ!?」
突然だった。ファルシは彼らをルシにして、数秒の間も置かず烙印を進行させシ骸にした……ざわりと、背筋が凍った。
異跡に入り込んでシ骸にされたのなら仕方ない。
兵士なのだから敵と対峙して殺されるのも仕方ない。
でも、コクーンを守るために走り回るさなかで突然ルシにされ、そのままシ骸へと転じ、私たちを追い詰め強化するためだけの捨て駒にされるのには嫌悪が募る。兵士たちからしたら全部同じかもしれない。でもこんなのは……こんなのは筋が通らない。やり口が最低だ。
それに先輩もこんな目に遭うかもしれなかったと思うと、得も言われぬ怒りが内心で渦巻いた。許せない。許されない。ファルシだからって何をしてもいいわけじゃない。少なくとも、バルトアンデルス以外のファルシはこんな蛮行には及ばない……。
のろのろと歩くリビングデッドが、その鈍足に似合わない速度で両手を振るい、私を抱きしめるように動かす。私は足を屈めて避け、そのシ骸を基軸にするように回りこみつつハイペリオンで脇腹を裂いた。悲鳴を上げ体を斜めにしたシ骸の首を、後ろからまた切り裂いて、蹴り飛ばしたら早く次へ。
ルシたちもまた、思い思いに武器を振るっていた。ライトニングはホープを、ファングはヴァニラを庇うように動いていたが、全員の動きが適当なのに結果的にお互いの動線を決して邪魔しないあたりは流石といったところか。ここまでうまく動くことは、熟練の兵同士でも難しい。
ふと、ガストタイプの飛ぶシ骸が遠くに集っているのに気がついた。あれは……プラウド・クラッドか?
「ヤーグ!?」
次の瞬間には足が勝手に走り始めていた。気が逸り、止まらない。外からハイペリオンで散弾しつつ、炎魔法を放つ。早く引き剥がさないと、シ骸はルシ並みに魔法を使いこなす。艇に張り付いたシ骸が雷魔法を使えば、いかな飛空艇と言えど放電できずショートしてしまう……!
かといって強い魔法を使えばヤーグにも危害が及ぶ。私は小さな魔法を繰り返し放って挑発し、ガストをこちらへ引き寄せようとした。何体かはこちらへ目標を修正したものの、全てではない。しかしその小さな隙を見逃さず、プラウド・クラッドは空へと駆ける。
「良かった……」
そう呟いて、私はシ骸に向き直る。いかな羽持つシ骸といえど、空を自在に飛び回る飛空艇には追いつけないと本能的に悟っているのだろう、シ骸たちの目標は私一人に絞られていた。
「ルカ!!」
ルシたちの声さえ遠い。救出は期待できない、少々距離がありすぎた。少なくとも数十秒は一人で耐えるしかない。私は剣を振り回し、型もへったくれもなく適当に吹き飛ばすと、逃れるために後ろに大きく跳ね後退した。とはいえ敵は空を飛ぶものだから、ギア魔法を展開しつつ必死に逃れるも長くは続かないとわかっていた。ちっくしょうちくしょうめ。
ガストたちの追いすがる手が空を切りつつ私に迫り、もう限界かと思ったときだった。
凄まじい轟音と突風に突如浚われたかと思った瞬間、即座に地面に転がされ、それでもなんとか体を起こす。そんな私の目に映ったのは、ガストたちを議事堂の壁に叩きつけたプラウド・クラッド。
機体をぶつけた……!?ヤーグが、ガストたちを……、何故。
驚くのも束の間、すぐにガストたちの猛反撃が始まった。押さえつけるプラウド・クラッドの手足を魔法で弾き飛ばしていく。それを見てようやっと正気に戻った私に、ルシたちが追いついた。
「まずいぞ……助けないと!!」
スノウくんがそう怒鳴り、駆け出しながら氷魔法でガストを引き剥がしにかかった。私も近くに転がっていたハイペリオンを拾い上げざまに走りだし、銃弾を放つ。ルシ全員の猛攻を耐えるほど強いシ骸のはずもなく、すぐにそれらは絶命し灰と化す。
けれども問題はまだ残っていて。
恐れていた事態が起きていた。様々な魔法を受けてかそれとも壁にぶつかったせいか、プラウド・クラッドは過度の損傷を受けていた――それこそいつ爆発してもおかしくないまでに。
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