たばかるのは優しさの真似事
ルシたちと合流して、私は走りだした。何かあったか、と問われたのは適当に誤魔化す。説明は、しても無意味そうだからしない。それを許してくれそうなところがなんとも仲間甲斐があるというやつである。さすがに申し訳なくなるけれど、今語っても何も解決しない。
「騎兵隊は!?」
「リグディに退くように言った!多分、従ったはず」
「多分って……!」
「あと先輩とも話した。大丈夫だよ、リグディ一人ならともかく先輩が居るんだもん。きっと今頃、市民の護送を始めてるはずだよ」
とりあえずの目標はセントラルタワー。聖府の真ん中だ。聖府というものは、軍と議会で構成されている。とはいえ議会の人間も全員軍人であり―先輩なんかはそっちでもかなり権力を握っていた―つまりコクーンはほとんど軍が支配しているわけだが、軍は軍でファルシに支配されている。結果的にコクーンはファルシに統括されているわけで、そんなこと誰もが気づいてはいたのだ。
そして、セントラルタワーの祭祀場の奥に、ファルシ=エデンはご隠居中だと信じられている。そこに入れるのは聖府代表だけ、つまり一番怪しい場所だ。
そう告げると、ルシたちは覚悟を決めたように深く頷いた。
セントラルタワーは、私が長くもないキャリアの中で働いてきた場所でもある。また別にPSICOMの本部はあるのだが、議場に顔を出したことは一度や二度じゃない。所詮数百年の歴史の割に妙に格式張ってて、正直好きではなかったが。
それでも、これで久しぶりかつ見納めと思うと感慨深いものである。いや嘘、そうでもない。
やたらと大型のモンスターばかりが街中を闊歩している。市民が逃げ惑い、子供は転んだ。母親が庇うために前に飛び出したのを見て、血相を変えたのはスノウくんとホープくんだ。二人は無言の内のアイコンタクトで走りだし、ほとんど同時に魔法を叩き込みモンスターの気を逸らせた。
「今のうちに逃げろ!!」
「レース場の方に逃げて!そっちに騎兵隊がいるから、きっと保護してくれる」
私もその親子に近づきそう指示する。親子は突然現れたルシに困惑していたが、騎兵隊というフレーズに安心感を抱いたらしく、にわかに頷き子供を連れて踵を返した。それを見送る暇もなく振り返り、転送装置を作動させてハイペリオンを抜き取る。
どんなに大型のモンスターだと言ったって、さんざん下界で戦ってきたルシたちにとっては大した敵ではない。ライトニングは一瞬で飛び上がり、敵の両目を一閃で潰した。そこにサッズが銃撃し、敵はどうしようもない目の痛みにもんどり打った。そうなったほうが面倒の多いことを知っているファングはうへぇと口角を引き下げたが、ヴァニラがそこに召喚獣を喚び出した。召喚獣は多用すると体力を消耗するようだが、短時間だけならそうキツイこともないらしい。
ヘカトンケイルが敵を消し飛ばすのを待ってから、また走りだす。道がところどころ崩れ始めている……コクーンの道路は重要な部品にファルシが手を加えていることを思い出した。もしかしたら、このときに備えてわざと手抜きしてるとか……あ、あり得る。っていうか喜び勇んでやりそう。そういう連中なのである。
と、上層の街道と繋がるエレベーターが降りてきて、中からPSICOM兵が飛び出してきた。反射的に足を止めると同時に、兵士たちはこちらに気付く。
「ルシだ!ルシを殺せ!!」
「はいはい退いた退いたァァァ!」
殺すしかない、そう思った瞬間だった。
一人の聖府親衛隊特別兵士……大盾と槍を持った、大仰な装備のPSICOM兵が現れた。そいつはエアロ魔法を纏わせた全員纏めて吹き飛ばし街道の下へ落としてしまう。あきらかにただの兵士を圧倒する強さに一瞬あっけにとられ、そして次の瞬間には新手への警戒でいっぱいになった。
と思ったら、そいつは明らかに私一人を標的に定め。
「……あんたは……一体こんなところでぇ……何をやってんのよこの馬鹿女ぁぁぁ!!」
「ひゃう!?」
その兵士はすごい速さで滑空し、私に詰め寄ってきた。ルシたちは応戦しようとしていたものの、兵士は明らかに私に敵意を向けているもののただそれだけで槍を向けることさえしない。もしかして、と思うと同時、兵士は頭部を覆うヘルメットを乱雑に外した。
それは一番身近な部下だった。
「レイダ!?」
「……あんったねえ、突然居なくなったと思ったら何よルシってふざっけんじゃないわよ!そのうえ何をちんたらしてんのよ何が目的なんだか知らないけど急ぎなさいよバカおかげでコクーン大混乱なんですけど!?誰のせい!?あんただろ!!」
「れ、レイダこそ何をやって……」
「あんたを張ってたに決まってんでしょうが!」
レイダ・カーライル。私が拉致される前まではただの中尉だったのに親衛隊装備をしている。……ということはやはり部署替えしたのだ。なんで私を張ってたんだろうと気にはなったが、殺しに来たとか平気で言いそうな女なので問わずにおく。それより、彼女が無事だったことを素直に喜び胸を撫で下ろした。それを見ていた彼女は「ふん、何さ、連絡もよこさなかったくせに」と顔を横向けて悪態を吐いた。全く私に対しては年がら年中悪態を吐いてるやつである。
私は、他の部下のことを問うことにした。
「あ、ねえレイダ、みんなは?てゆーかあんたも……大丈夫?」
「ええ、だってわたしがあんたと仲悪いのなんて周知の事実ですもん。ロッシュ中佐が登用してくれましたのでわたしは大丈夫ですよ」
「…………さいですか……」
「他は全員辞めましたが」
「……はぁぁッ!?え、何辞めさせられたの!?」
瞬間的に、多くの部下の顔と彼らとの思い出が脳内を駆け巡る。みんな常にふざけきってて、人のことをバカにして、挙句仕事サボるわ私怨で嫌がらせはするわとどうしようもない連中で……あれ、ろくな思い出がない……。
心配してるんだかそうでもないんだかわからないことを考えていると、レイダは全て見透かしたようにため息を吐いた。
「いいえ?あんたの下じゃないなら働く気が起きないそうですよ。なまじ頭がいいから、軍に執着ないんですよみんな。……でもバカですよねえ……一旦軍を出ちゃったら、あんたが無事かどうかさえわかんないのにな」
「へ?」
最後だけ、声音が突然ふわりと甘やかになった。苦笑するような顔で。そのせいで一瞬混乱し、その間にレイダの表情はまた冷たいものに摩り替わっていたので、私はつい言われたことの裏にありそうな優しさを見失った。
「んで、辞めてからそれに気づいたらしくて、わたしのコミュニケーター鳴りっぱなしでもう超うざい。……あいつら、あんたが上司じゃないんならどこであれ仕事したくないとかアホなこと言ってるんで、早く戻って来なさいよ。何をしなきゃいけないんだか知らないけど。あんたはバカだしやることなすことふざけてるけど、いつも誰も傷つけない選択をするのはあんただけなんだから」
「……えっ何レイダ何なの、どうしたの変なものでも食べたの」
「あんたのそういうところにロッシュ中佐もナバート中佐もイラつくんですよわかってます?まあいいや……ともかく、さっさと全部終わらせてきてくださいめんっどくさい。コクーンはこんな状態だし……待ってますから」
「レイダ……」
言っている最中にも、レイダはもう一度ヘルメットを被る。そして背を向け、槍の穂先を地面に向けて構え歩き出してしまう。
「レイダ!ねえ、待って!あのね、騎兵隊に市民を下界に送るように頼んだの。PSICOMでも動かせる機体あるでしょう、それ動かしてレイダもそっちに参加してくれない?」
「……んー、考えときます。いよいよやばくなったら、そういう慈善事業めいたことしてあげてもいいかな。でもそれまでは、ここで踏ん張りますよ。撤退にしんがりは必要でしょう」
昔に比べればずっと上手になった槍の扱いを見せつけるように、彼女はくるりとそれを回す。そしてグラビティ・ギアを操り、一息に上の街道へ飛び乗っていく。別れをうまく言えなかったことへの物悲しさを感じつつ、けれど何を言うこともできない。後ろにルシたちがいるからでもあり、また意味深長な発言をすればレイダの食い付きは間違いなく悪い意味で最高潮だろうという予想がついたせいもある。そういうやつなのだ。
それを見送る私を慮るように、ライトニングが肩に手を置いた。優しい手つきだった。彼女は本当に、角が取れたなあ。
「いいよ、大丈夫。急ごう!」
私は笑って歩き出した。それを追うように、ルシたちも一緒に歩む。ふと、隣に並んだホープが首を傾げて私を覗きこんだ。
「あの、こんなこと今更言うのも変かもしれないんですけど……、レインズさんのところに留まらなくて良かったんですか?」
「ホープ」
後ろのライトが、咎めるような声をだした。メッ、とでも言いそうな口ぶりだ。いやそれはちょっと、アレだな、それ自体が天変地異だな。かわいいけど。
「リンドブルムではファングさんが僕と比べましたけど……ルカさんはルシじゃないってもうわかってるじゃないですか。それだったらこんな危険な方に来なくっても……ルカさんだったら、騎兵隊の方でもきっとすごく仕事もできるでしょうし、飛空艇も操縦できますし」
「あーら嬉しい言い方してくれちゃって。でもこっちじゃ役に立たない?私」
「いえ、そういうわけじゃないです!けど……」
ホープの思いやる目線がかわいい。あーかわいいなホープ少年、優しいかわいい。
「先輩は理想を取り戻したんだよ。だから、それなら私はもう居なくていい。どうせもう今までと同じようにはできないんだから。この戦いがどうなろうと、私はもうあそこには戻らないと思う」
「ルカ……?それはちょっと……決めるにはまだ、その、早いんじゃ」
「スノウくんが歯切れ悪いと不吉な気がするね……。まあいいんですけど。あのね、あの人は大義に生きる人なんだよ。そんな人に沿うと決めた以上、絆とか欲求とか、そういうもの以上に大切なものがある。だから私はもういらないの」
「そんなことない!えーと……、俺も婚約中だから言うけど!」
「まだ認めてないから婚約予定中にしておけ」
「義姉さん!?まじで!?まだ認めてくれてないのかよ!?」
唐突な義姉弟コントについ噴き出した。閑話休題、閑話休題。
「ええと、だから……、いらないってのはおかしいだろ。俺ならセラと一緒に居たくない瞬間なんてない」
「君たちとは違うって言ったでしょ」
「でも違うようには見えない。リンドブルムでもアークでも、俺たちと違うようには見えなかった。噛み合わないのはお前の口から出る言葉だけだ。だから……ああもう、うまく纏まんないけどさ……!」
「だから、ルカの言うことはてんで天邪鬼で、自分の気持ちも周りの気持ちも無視してるって話だろう」
「おお、つまりはライトそっくりじゃねーか」
ファングが落としどころを見つけておどけてみせたので、スノウとライトニング連名の有り難い言葉へのレスポンスを考える必要はなかった。それがファングなりの優しさであることぐらいわかっていたので、あえて引っ掻き回すこともない。
「とにかく今は、急げばいい。後のことはそれから考える。それでいいでしょ」
「でも、ルカさん……!」
「私がいいっつってんだからいーの!……ホープくん、心配性ー」
「心配性とか、そういうことじゃないんです。今の人……レイダさん、ですか。ルカさんのことすごく心配してるみたいでした。それなのに、あの人もレインズさんも置いて僕達と一緒に来る必要はな、」
「だめだよホープくん。それ以上言ったらだめ」
私はホープくんの言葉をそう切り上げた。
今はね、優しくされると少し痛いから。だって十年の連れ合いより、二週間程度の付き合いの仲間たちのほうが私に優しいって本当に問題でしょう。意味もなく苦しくなってしまうでしょう。
同じようなことを、もうずっと長い間考えていたような気がする。逃亡が始まってからこっち、ずっと。……別に先輩のことも、ジルのこともヤーグのことも恨んでなんかいないんだ。でも……そう伝える時間も、きっともう無いんだろうな。それだけが辛い。
そう内心で苦笑した、まさにその時であった。
歩いていた足が、不意に止まる。まるで意思とは無関係に。
だって目の前に居たのは。
「ヤーグ……」
プラウド・クラッド。パラメキア脱出の際にも、散々私たちを追い詰めた機体……。
あのときと同じ、ヤーグの模様が見て取れる。彼はそこに居る。私は立ち尽くした。
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