或いは手慣れた懐古主義






「リィィィィグディィィィィイイイイイ!!!」

スッパァーンと開き戸をこじ開ける。応接間の扉だ。リンドブルムの客室は応接間と続きの寝室いくつかで成るためである。で、開けた先にははい見つけましたリグディとルシ面々。せっかくなので勢いをそのまま活かしてリグディに体当たりしておく。ぐはぁっとかいう声が聞こえたので生きてる大丈夫。生きてるってすばらしいよね。

「おいリグディ聞きたいことがある……」

「なんっだよいきなり急襲しやがって……!」

「私が拉致されて連絡つかなくなって数日、先輩はなんか良い酒を飲んでなかったですか」

「先に謝れよお前は!」

イヤダヨフザケンナと言い切ると、リグディははああああとため息を吐き出して、立ち上がりながら「そういえば」と思案する。

「昨日、一本開けてたぞ。夜に書類持ってった時に開けてた」

「それってあの、赤い蓋でした?っていうか赤ワインだった?」

「ああ、かなり黒っぽい……」

「っだあああああ!」

「さっきからお前は何なんだよ!!」

頭を抱えてのけぞる私にリグディが理解不能だって顔をする。他のみんなはやっぱりおいてけぼりになってしまってごめんねっていう。内輪話内輪話。

「最高級の……ペトリュスがぁぁ……」

「は?……ペトリュス、ってあの、バカみたいに高い……」

「三百万」

「……え」

「三百万した」

もう悟り開けそうな空気の私に、リグディが言葉につまる。それをあの人が飲んだっていうのは、つまり。

「簡単に許してくれるわけだわ……おかしいと思ったんだよあの人がそんなあっさり許してくれるわけないじゃん……私が気づいて悲鳴を上げるとこまでがセットなんだわ……」

「あー、閣下お前に対しては割りとサド発揮するもんな……」

「ジルとかはほら屈服させるの楽しむタイプだけどさ、先輩は屈服は前提だから……」

屈服させてからのあがきを楽しむ方なんです。はは……と半泣きでうずくまる私に、リグディが「いいじゃんお前生活費家賃もろもろあの人持ちなんだろ?金は余ってるだろ」と励ましにならない励ましをくれるが、そもそも三百万するワインが世の中にそうそうたくさんあると思うなよ……。
と、項垂れ泣き始めた私を見つめて、ファングがそろそろーっと口を挟む。

「すっげえ聞きたいことがあるんだけどさ、お前らなんなんだ?マジで結婚すんの?」

「はい?」

「いや悪い意味じゃないんだけどな、お前にレインズっていうのもレインズにお前っていうのも、純粋にしっくりこないなって思って」

「悪い意味にしか聞こえないですけど。私も明確には知らないから、先輩に聞いて。どうせ笑って誤魔化されるだろうけど」

「いや俺も聞きたいわそれ。知り合った時すでに付き合ってたし」

「リグディは多少は知ってるでしょうよ」

「あの人がお前を好きになったっていう明らかなデマしか聞いてねえ」

「なんで明らかなデマだよ!!」

こういう質問には食傷気味なんだけど、まあいいか。私はスツールに座って足を組んだ。

「あの人は寮の先輩で、いろいろ助けてもらった。で、お返しに何をすればいいかって聞いて、更にいろいろあって、付き合うことになった。以上」

「そのいろいろって部分に興味あんだよ」

「ちょっと情報規制かかってるから話せないのよね。いつか暴露本が出る日を待ってて。あるいは私の士官学校時代を透視したまえ」

頬に手を当てて唇を尖らせる私にリグディはいらついたようで私の頭を引っぱたく。いてえなてめえこのやろう。私は目を伏せ誰にも聞こえない声量で吐き出す。

「っていうかいやなんだって思い出すの……古傷がすごい勢いで痛むんだよ……」

「ん?何か言ったか?あ、そうそう、明日出撃だってよ」

「さっき先輩から聞いた。時間は決まってるんだっけ?」

「いや?これからだ。いろいろと準備もある」

「ふーん……」

私が視線を下げたとき、後ろに先輩の気配を感じた。反射的に振り返ると大正解。廊下を抜けて部屋に入ってくるところだった。

「先輩、仕事は?」

「ひと段落ついた。……君はいつも、私が来る前に振り返るね」

彼が後ろに立って、肩に手を置く。私はそれを見上げながら提案した。

「ねえ、今突撃の時間決めちゃダメ?」

「調整は済んだから構わないよ。明日の0900までには用意が整うはずだ」

「そっか。じゃあ今すぐ回れ右して、できるだけパラメキアから離れよう。全速力で、パラメキアまで大体……そうね、2時間かかる程度の距離まで」

私がそう言うと、ファングが面食らったように抗議する。おうおう熱いったらありゃしない。

「おい!!離れるってどういうことだよ、できるだけ早くヴァニラを助けねえと……!明日出撃っていうのにも納得できねえのに!」

「だから、明日の9時以降じゃなきゃ無理なの。用意が整わないの。0900は9時ってことなんだってば」

「そりゃ……知らなかった。ちゃんと説明しとけよ。じゃあ、明日の9時に行くんだろ?」

まだちょっと納得いかない風であったが、ファングはそう確認するように聞いた。でもそれはちょっと、芸がないでしょ。

「出撃は1400。つまり昼の2時に今私が決めました」

「はあッ?」

私の言葉にファングは驚いて声を上げる。っていうか、先輩以外みんな驚いている。あのねえ、戦闘には作戦が大事なの。背後に立つ先輩の体に頭を預けた。

「どういうことだよそれは……!」

「こういうこと」

私はポケットからコミュニケーターを取り出す。そしてファングが不可解だと顔をしかめるまん前に左の指を差し出し黙るように示して、電話をかけ始めた。プルルルル、とよく知った音が数度鳴って、その先にはもっとよく知った声が現れる。

『……アンタ、正気なのかしら……?』

「ご心配どうも、頭の怪我なら大したことないから気にしないで。ねえ、ヤーグ無事?大丈夫?」

私が電話している相手に気づいたらしく、見るからにライトとリグディの態度が変わった。だいじょぶだいじょぶ、作戦だってば。

『無事よ。命に別状はない、今エデンで療養中。アンタはどう?平気で恋人を撃つように命令が出せる男とはまだ仲良くやってるかしら?……ああもう、今電話中なのよ!黙ってて頂戴!』

「あはは、そっちも煩いみたいね。こっちもリグディが変な顔してる。おもしろいから後で写真送ったげよっか」

私がそう笑いかけて一瞬、次の言葉に詰まって空気が止まる。がジルは戸惑いをすぐに消し去って、主題に入ることにする。

『それで?何で電話してきたの?まるで……何もなかったみたいに』

「やぁだなあ、さすがにそこまで記憶力悪くないっての。明日の1200にそちらにご挨拶と忘れ物を取りに伺うから、とりあえずそのご報告をね」

『はぁ!?』

「お、おい!!」

私の言葉にジルは驚き私の周りもざわめくが、私はひらりと左手を振ってそれを制す。ここで台無しにされちゃ困る。

「そうそう、捕虜だけど。心配はしてないけど危害は加えないでね、無傷のまま取り戻すから。ジルがサディなのはよく知ってるし一番の被害者だっていう自覚ならあるけどまさかそこまで本格的なご趣味はないだろうと誰も信じなくても私だけは信じてるので裏切らないでクーダサーイ」

『……アンタそれ以上不愉快な事を言ったらぶっ殺すわよ。……大体、そんな事わざわざ連絡してきて、信じるとでも思うわけ?』

「信じるのはジルの自由さ、そりゃ。突然行ったら君はまた眼鏡を割るかもしれないし、いらいらのあまり彼らに何かしそうだなーなんて、いや考えてないホント!信じてるマジで!」

『ああ呪い殺したい……。とにかく、敵に堂々と電話してこないで。次は出ないわ』

「それは安心して、もう次はないだろうから。それじゃあまた明日」

私はそう言って、コミュニケーターを畳む。ぶち、と通信の完全に切れた音がして顔を上げると、今にも叫びそうなファングをリグディが押さえ込んでいた。そしてその箍が外れると彼女は私につかみかかる勢いで言った。

「今のは敵だよな!?何で電話なんかしてんだよ!それに出撃の時間も、」

「ちゃんと聞いてた?あれは嘘よ嘘。昼の12時に行くって言ったの。これで14時出撃が最も効果的になった」

「はあ?おい、俺たちにもわからねえよ、どういうことなんだ?」

わけがわからない様子なのはファングとスノウくんのようで、あとの人間はもう理解しているようだった。ホープくんに知能指数で負けてるとかどうなのお前らいくつなの……。
そんな子達には説明がめんどいので、ビッと指差してリグディに説明をパスする。後は頼んだ。

「あー、つまり、12時に出撃するって言っときゃそれ以降に来るなんて思わねえだろ?12時に来るわけはねえと思うだろうし、それなら数時間早くから12時までの間に集中して警備するだろう。そうなれば12時を過ぎると一気に集中力が切れる。相手は天下のPSICOMだから、そりゃ多少はがんばるだろうが、2時間も経つころには完全に気が緩むはずだ。んで、幹部全員で会議室に直行」

「それは……、でも、その2時間にヴァニラになんかあったら……!」

「現状私たちを釣る餌があの二人しかいない以上、いくらナバートでもそんな短気は起こせないさ。それに今ルカが念押しもしたしな」

「それでも二人に危害を加えるほどナバートが考えなしで直情的なら、こいつはたぶん成人できてないですよね」

「そうそうもうとっくに殺されて、ってオイ」

ちょっと洒落にならないからやめてよ。先輩も笑ってないで奴の暴言を止めてよ。視界の端でファングがようやく納得し、落ち着いたようだった。直情型の人間多いなルシ側。

「まあそんなわけだから、大丈夫」

「あの、一ついいですか。それであの、ジル・ナバートさん?ですか?その人がどうして、ルカさんの今の嘘をまるっきり信じるってわかるんですか?そこまで読まれてたら、どうするんです」

「良い質問だホープくん10ポイント。そこは気にしなくていい、絶対に通るから」

私があんまり自信たっぷりに言うものだから、先輩ですら表情に疑問符を浮かべる。理由は二つ。一つはまだ明かせないけど、もう一つはとても単純。

「私はジルを裏切ったことないの。だから彼女は私を疑えないの。必死に疑おうとはするだろうけど、あの子は私を疑えない。何があっても。だから私をまず排除したんだもの」

「……へえ。今、そのカードを切ると?」

先輩が腕を伸ばし、私の手を取り立ち上がらせる。目の奥が愉快そうな色を放っていた。私が最悪な決断をするとき、あなたはいつも楽しそうよね。

「切り札は最後までとっておくものだけど、使わず終わるのが一番間抜けだから」

ジルだって、私を裏切ったことなんかなかったのに。私はジルにとって全きものであったはずで、ジルは私にとって全きものであったはずで。
それがジルにもヤーグにも、そして世界の全てにも適応されていた私はきっと幸せだった。でもそれが総て崩れたから、私に背を向けたから。
報復よりは甘やかだろうが、それに準ずるのは違いない。でも、もう遅いので。私はそれを躊躇わない。俄かに俯く私を見て、彼は口角を上げた。

「それは……君らしくないな、面白い。もう少し凹むかと思っていたんだが」

「……別に気にはしてなかったですけどあからさまに心配してないあなたにプチむかついたので今から超凹みます、さっさと心配してください」

「ははは」

「はははじゃねーよ」

なんという既視感。多いよこういう展開。

「とりあえず、喧嘩するならちゃんと喧嘩しないと。女の争いがいかに怖いかみんなで見ててください」

「ん?そういう話だったか?」

「ええまあ、端的に言えば。それにね、もうヤーグを裏切っちゃったので。ジルも同じようにしないと喧嘩するから、あいつら」

「……は?」

「この差は×の差だ!みたいな勘違いをさせておくとね、今回みたいなことがまた起きかねないの」

胸を張り持論を展開する横で、聞き返していたリグディが「やっぱりお前らよくわかんねえ」と怪訝そうにため息を吐く。お前に理解してもらう必要はない。私は苦笑して先輩の手から指先を抜き取った。さて、それじゃあ。

「んねー、先輩でもリグディでもいいからさあ、後で武器庫連れてってくんない?銃欲しいいっぱい。ハイペリオンだけじゃだめだ、爆撃できるものが欲しい」

「ああ、それじゃあリグディ、頼む」

「わかりました」

リグディが敬礼すると、その後ろで疲れきった態度のファングが唸る。ちょっと軍部の事情で振り回しちゃったから、若干の罪悪感があったり無かったり。うん、まあ無いですけど。

「だぁぁぁ、イラつくなあ。おいリグディ、どっか暴れていいとこねーか?久々にやったら結構体鈍ってた」

「あー、トレーニング用の部屋があるぞ。先そっち行くか。カサブランカもそれでいいよな?」

「おお、んじゃ私もちょろっと遊ぼうかなー」

私はそう言って伸びをした。その格好でか、とライトがため息を吐いたがごめんルカさんなんのことかよくわかんない。ワンピースの何が悪い。ハイペリオンは持ってるぞ。そう思ったとき、スノウくんがいらんことを言う。

「そういや、ルカより強いやつが軍には居るって自分で言ってたよな。それってPSICOMにしか居ないのか?騎兵隊には?」

「ちょっ、やめてそれ言うの!」

「……うわー」

その発言を聞いて、あからさまに反応したのはリグディで。奴は先輩を苦笑しながら見やった。そして先輩も意味ありげに含んだ微笑で私を見る。

「……ほう?」

「ち、違いますから。そういう意図で言ったんじゃないですし、私はまだまだ先輩に勝とうとする精神だけは持ってますから」

じりじりと後ずさる私に、先輩が笑みを深める。やめてちょっとマジで怖い。

「意外と殊勝なことも言えるんじゃないか、驚いた。ひさびさにやるか?」

「う、うるさいっすやんないすぜったい嫌っすだからそのじりじり来んのやめてって」

「何、お前まだ一勝もしてないのかよ?まあじゃなきゃお前の夫にならないか、閣下も」

「リグディお前そんなに私にぶちのめされたいかぁ……ッお前くらい一撃だぞ!一捻りだぞ!?」

「えっ、ルカさんが一勝もしてない……?」

「あのルカが?」

「戦闘しか長所なさそうなのにな」

「聞こえてるぞファング!」

っていうか本当やなんだって無理だってなんで突入前日に先輩と手合わせ。私死にたくないです。死にたくないです。

「嫌ですやんないって言ってんじゃないですか」

「いいじゃないかたまには。何でそんなに嫌がる」

「何で!?何でって言ったいま!?だってあなた容赦ないじゃないですか積極的に昏倒させたり急所狙ってくるじゃないですか!先輩と手合わせするのは一週間以上の有給取ってからって決めてるの!」

「君らしくないぞ後先考えるなんて」

「ああなんで私この人と結婚することになってるんだろういつか殺されるんじゃなかろうな……!もっと後先考えりゃよかった……」

「後先考えるルカなんてルカじゃないだろ」

「やかましいわ!!」

ぐぬぬと唸った私と微笑む先輩の会話に若干引いてるルシ一味。もうリグディは慣れてるだろうが、普通恋人に攻撃なんてしませんもんね。そりゃそうだよね。違うんだよこの人面白がってるだけだから!骨は最近は折られたりしてないですから!せいぜい捻挫くらい!……あれ?いや捻挫も十分駄目じゃね?
っていうかケアル魔法がこの世になかったら許されないと思うんですよ。ケアル魔法で全力治療すればどんな怪我もすぐ処置すれば数十分で元通りになるので、怪我するということが軽いのだ。

「と、とにかく先輩とはやらん。以上だ、行くぞリグディ!それとルシ共!」

リグディを無理矢理引っ張り私は歩き出す。後ろからファングが何言ってんだとばかりに「お前もルシだろ」とぼやく。うるさいっす、と言い返しながらちらりと後ろを振り返ると、先のファングの言葉にか、先輩が少しだけ険しい顔で私を見ていた。私はドキリとした。

……もしかしてバレてる?バレたとしたらさっきだろうか。数分の気絶。……まさかね。そんなはずない。そんな疑いを抱かれることはしてない、たぶん。

私はさっと表情を変えて彼に笑みで返すと、ライトたちを連れて客間を後にしたのだった。








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