二人のレゾンデートル






まああの、なんて言うか、戦車って飛んでるからさ、遠いんだよね。
ははは、とルカは笑う。心の奥底、何かが乾いた感覚を忘れるために。

ルカは魔法なぞ使えないので、銃で撃ち続けるしかない。とはいえ、ホープがプロテスとシェルを全員にかけたおかげで、ひたすらルシが魔法で敵を攻撃にしているだけだ。マジごめん元同僚の皆様方……とルカは内心で念じるが、当然届くはずもない。

「ルカ、何ちまちま撃ってんだよ!魔法使え!」

「えええー?そんなこと言われてもー」

「ケチケチしやがって!」

ファングが苛立ち紛れにそう言って、特大の炎を戦車に叩きつけた時だった。ついに装甲が崩れ、戦車は大破して墜落する。……街に落ちてやいないだろうかと心配するよそで、もう一機戦車がやってきた。それにファングが舌打ちし、「まだ来るかっつーの!」と怒号を飛ばす。しかし、そいつが彼女たちを攻撃することはなかった。雲間からやってきた違う模様の小型戦闘機に爆撃されたのである。その戦闘機もPSICOMのものに見えるのだが、どういうことか。……と、ルカが疑問に思うより早く、PSICOM兵が数名降りてくる。ファングが訝しげに顔を顰めると、兵の一人がマスクを脱いだ。

「よお、迎えに来たぜ」

「…………。うげッ!!」

「ルカ!?」

ルカはその男――リグディの姿を認めた瞬間、突如として身を翻し脱走した。ライトニングが驚き止めるも、何も聞かずに全速力でパルムポルム市街地へと走り出す。
リグディはふっ、と機嫌よく笑うと、後続の部下たちに命令を下した。

「打ち合わせ通りだ。どうしても投降しない場合は催涙ガスまでは使用を許可する。無傷である必要はないと閣下も仰っている、可及的速やかに……あのバカ捕獲!!」

「はっ」

「了解!」

数名の兵士は素早く敬礼し、そして走り出した。味方のはずのリグディの発言に不穏なものを感じて、ファングは彼を覗きこむ。

「おい、リグディ?乱暴はナシだぜ?」

「あいつに限っては約束できねえ。大丈夫大丈夫許可はもらってっから。どうしても捕まらない場合は一、二発までなら許すとさ」

「何を一、二発!?拳だよな?拳だよな!?」

ファングでさえ驚愕しリグディの肩を揺さぶったが、彼は乾いた笑いを返すのみで彼女を安心させるような言葉は一言も言わなかった。
そして、数分後ようやくお縄についた彼女が一応無傷に近い状態だったことに、ルシ一味は密かに安堵したのだった。





全員が小型戦車に乗り込んで、母艦に向かう。手錠をされ、リグディについでとばかりに一発頭をはたかれたルカは、母艦リンドブルムまでの道中ずっと不満顔だった。

「マジなんなん……なんでこいつ手錠常備なん……警備軍マジこええんですけど……」

「あー、PSICOMは手錠で安全に捕獲したりしないもんな、大抵空から爆破しちゃうもんなー」

「騎兵隊にだけは言われたくないですけど?ってか騎兵隊も手錠なんか使わないじゃん何でアンタ持ってんの私物?ご趣味?性癖かそっかー、あとで元カノ全員に連絡して裏とるわ」

「何が趣味だコラ、てめえと一緒にすんな!外さねーぞそれ!」

「誰がマゾか!ジルに謝れ!第一こんなんやろうと思えば壊せるし?捕まってやっただけですし!」

「ほおー、んじゃ手錠にロープ括りつけて窓からぶらさげてやるよこのバカ女!」

「やってみろや先輩が怖くないんならなぁ!つーかさっきから不敬にも程があるだろお前ぇ!一応上官なんだけど私!」

「そんなんもう除隊に決まってんだろボケが今のお前はただのクッソ生意気な後輩だバーカ!」

「ぐあああああムッカつく!超ムッカ!!」

なんなんこいつ日頃の鬱憤をここぞとばかりに!アレか休暇でここに来るたびいじめてたからか!?小さい男め!と唸りながら、フーッ、フーッと毛を逆立てる猫のように喧嘩する二人のせいで完全においてけぼりな空気の中、スノウがぽつりと「知り合いだったんだなーお前ら……」と零す。ルカはぐぐぐと唸って、手錠のせいでばらばらに動かせない両手で額を押さえる。

「士官学校でね、いろいろとね……。あれっ私同窓にロクな知り合い居ないわどうしよう」

「お前が筆頭だボケ。類が友呼んでんだよ」

「うるせーよ」

リグディはそう言ってビッと指を指して、ルカはそれを思い切り払いのける。いってぇ、とリグディは手を押さえ、そこで「そういえば、」と、言おうと思っていたことをここで告げておくことにした。

「お前さ、あの人に会ったら即謝れよ。怒ってたからな。俺にだけ返信寄越しやがってテメェどんだけ気まずかったと」

「アンタの事情なんか知ったことかっての。しかしやっぱ怒ってるよなー。どうしよ、あの人一回怒るとしつこいんだよなあ……」

「今回もいつもいつまでも全面的にお前だけが悪いんだからとりあえず土下座しとけ」

「ぐぬぬぬ……」

「なあリグディ、“あの人”って……」

ファングが首を傾けてそう聞く。その横ではスノウが他のルシ面々に騎兵隊とルシの相互援助についてみんなに説明していた。ルカはなんとなく想像がついたので特に何も聞いていなかったが。リグディは、手錠を外そうと四苦八苦するルカを見ながらくくっと笑った。

「わかんねーことだらけだろうが、着けば全部わかるさ」

「ったく、お前らはいつもそれだな。まあいいさ、後で聞く。とりあえず手錠は外してやれよ」

「やなこった」

そう言ってリグディは、鍵をくるくると回してポケットに滑り込ませた。





リンドブルム。
コクーンではめずらしく殆ど人の手だけで作られたそれは、驚くべき大きさでありながら曲線を多用し空気抵抗を軽減したため身軽な飛行が可能で、PSICOMのメイン母艦パラメキアに並ぶほどの巨大母艦である。
ルカが廊下をずりずりと引きずられてたどり着いたこの最高司令執務室もまた、彼らしく整理されつつも不必要に広い。

前から思ってたけど要る?あの広さ。明らかに私の部屋の三倍はあるのよね……。

なんて、どうでもいいことを考えながらルカは顔を上げる。リグディがドアをノックし、入室。彼は窓辺で外を見下ろしていたが、ルカたちに気づいて顔を向けた。その瞬間に底の見えない視線が絡まって、一瞬ルカの息が詰まる。

……ああ、この瞬間だけはとても苦手。本当に、心底そう思う。久しぶりに彼と会った瞬間には必ずある感覚だ。彼との関係が、ほつれた糸のようなものが、それでもまだ繋がっているのか確かめてしまう感覚。それが嫌。
でも確かめないのは、無理だから。だからルカは進み出る。

「ただいま戻りました、……先輩」

「おかえり、ルカ」

そう言って、シド・レインズは微笑んだ。いつも通りの笑みだが、今はそこに含むものを感じ、ルカは怯える。それは正しい発想だったようで、シドは窓から身を離し机に寄りながら笑みを深めた。

「さて……私の言いたいことは、わかっているね?」

「せ、切腹をお命じでございますか、そして、その、その場合!介錯は!介錯はありでよろしいでしょうか!ナシだとちょっと嫌です!」

ルカがどもりながらそう聞くと、彼は呆れた顔でため息をつく。

「死ぬならせめて戦場で死ね。まったく、よくもまあ逃げ回ったものだな……。ビルジ湖で既に保護可能な状態だったことは分かっていただろうに」

「んぐっ……、ごっめんなさーい……」

彼が怖くて仕方ないので、ルカはそっと視線を逸らし謝罪する。絶対こんなんじゃ許してくれないだろうとは思ったが、彼は小さくため息を吐き出すと、驚くべきことに。

「まあ、今回はいいだろう。大変だったのは知っている。が、二度とするな」

「い、イエッサー!もうしません!」

ルカがびしっと、手錠のせいで左手も伴って敬礼すると、彼は頷いた。一応謝罪は受け入れられたらしい。

……あら意外。そんなに怒ってないのかしら。まああの、いつも散々苛め尽くしたら満足して許してくれるけど。彼の恐ろしさを誰よりよく知るルカは冷や汗を垂らす。

とりあえず一安心。シドが目線でリグディに手錠をはずすよう示し、リグディはようやくルカに鍵を渡した。手錠を外しながらとつとつと床のカーペットを叩いて、彼女は彼の傍に寄る。そしてそのまま差し出された掬い上げるような腕に縋って、首に手を回した。

ああ、この体温だ。私のずっと生きてきた理由になる、この……、

「あああッ!」

ルカは突然シドから離れ、後ずさる。一瞬のことで驚く周囲をよそに、悲鳴をあげた。

「私今血塗れだった!臭い!」

「ん?ああ、そういえば確かに」

「いやそんな『言われてみれば』程度の臭いじゃないでしょ、相当臭いでしょ!?そんなわけで私部屋に居ますから!シャワー浴びる!」

そう叫んで、ルカは執務室の続きのドアを開き颯爽と消える。一瞬ちらりと見えたその先は、シドの私室のようだった。見送るルシ一味なんてもう完全アウェーである。特にライトニングは意味がわからなくなっていた。
ルカはPSICOMのトップの方の官僚で、この男が道すがらスノウに聞いたシド・レインズだというなら当然警備軍のトップだ。その二人が異様に親密そうで、ルカは確か婚約していて、あれ?一体、どういう……。

疑念を膨らませる彼らに、シドは苦笑した。

「すまないね、なにぶん騒がしくて。あれが何か迷惑などかけなかったか?」

「閣下、あいつが他人に迷惑をかけなかったことなんてなかったじゃないですか」

「ははは、懐かしいな」

「懐かしくねえです……あいつはずっと“ああ”ですよ。あれが閣下の“奥方”になるなんて俺はまだ信じたくないです」

ここまで聞いて、ようやく置いてけぼりのルシ四人も事情が飲み込めた。そして。

「ええええええッ!!?」

「マジかよ!!」

スノウとファングは、驚きのあまり叫び声を上げたのだった。









するすると、落とすように服を脱ぐ。上着を着ていたから先輩に血はつかなかったと思うが、もしつけちゃってたらどうしよう。あとで確認しなきゃ。彼のことを考えていたせいで構われない服は床に放り出される。それから、ここが自宅でなかったことを思い出し、拾い上げた。

「……もう半分くらい自宅みたいなもんだけどね」

でも望ましくはない。少なくともここには「あらっ、ルカさんまた脱ぎ散らかしてあらっ」とかなんとか言って洗濯してくれる通いの家政婦さんは居ないし。っていうか自宅も先輩の名義だから、本当はあっちでだって望ましくはないのだけど。たは、と苦笑しながらランドリーに服を突っ込んで回す。乾燥機のおかげですぐに乾くだろうし、ここなら他に服がある。ワンピースとかカクテルドレスとか、そんなんばっかだが。
裸になってから、冷たい空気を孕むバスルームに入る。ぱらぱらと黒い欠片が剥がれて落ちる。間違いなく、血であった。
自分用のシャンプーとかが並んでるのにも慣れたもんで、湯の温度を調節しながらポンプで手に取り髪を洗う。と、湖では拭い切れなかった分か、ヤーグのものかもしれない赤が、線を描いて流れていった。ああ、ああ。

血なんて別に怖くはない。血を恐れる女なんていやしない。それはルカだって例外ではないけど、だけど、だけど、だけど。

「ヤーグ……」

私は、ヤーグを犠牲に選んだのだ。あの時、逃げる方法は他にもあったかもしれないのに。
彼の弱点を切り裂いた。何の躊躇いも無く。認める、多少の怒りがあったかもしれない。彼の罪を責め立てたと言えばそれは嘘じゃない。それでも、私は。

あの瞬間、確かにヤーグの心を裂こうとしたではないか。
してはならないことをしたではないか。

「ヤーグ、ヤーグ、ヤーグ」

彼の血を零さないように、体を自分で抱きしめる。まるで吐息のように吐き出した名は、水音に溶けてまるで何も無かったみたいに。無事を祈ることにさえ耐えられない私の弱さがどうしようもなく悔しい。なんで、こんなことになってしまうんだろう。夥しい人々をパージさせたことより、彼が崩れ落ちる光景が、荒い息が、嘘みたいに流れる体温が。

「…………悔しい……!」

爪が腕に食い込んだ。軍人としてどころか人間失格の発想。×する者しか×せないなら、やはり軍人になどなるべきじゃなかったのだ。あああだって彼に引かれた感覚が、庇おうと抱きしめられた感覚がまだそこかしこに妬きついている。
だから。



血が流れきったことを呆としつつ確認して、シャワーを止めバスルームから出る。タオルを適当に取って、床が濡れるのも構わず先輩の部屋へと続くドアを開けた。
と、そこには、丁度執務室から戻ってきたらしい先輩が居て。私は既にいろいろ限界で、その結果床をこんなに濡らしてしまって。
でもこの人のことだから、私を責めてもくれないのだ。こんなときばかり。……いっそ責めてほしい、そういう時ばかり。

「おいで」

彼は何を言うでもなく眉根を下げてふっと笑って、私にそっと手を伸ばす。この顔が×きだ。「仕方ないなぁ」って言ってくれる……それがわかる。
私はそれにしがみついて、二人でベッドに倒れこむ。ぎゅっとだきしめられながら、思考はぐずぐず溶けていく。

「せんぱい、先輩……、私……」

「大丈夫、わかってる。彼もわかってるはずだ、だから君を庇った。だから大丈夫だよ」

そうやって無理にでも私を赦す腕に絡め取られていく。ああ、ああ。これだから私は、一人で立つ気になれないのだ。混ざりたくないところまで混ざってしまう。と、引き抜くことさえ困難になる。そうやって中毒は悪化していく。

ねえ、先輩。
あの時、ヤーグが撃たれた時。彼が確実に私を庇うと知っていたから、私を撃たせたんですよね……?

不自然に視線が逸らされ、あの時ヤーグは私の後方を見ていた。そして私を掴んで位置を入れ替え、撃たれた。ヤーグが銃撃を知覚していながら、避けることもプロテス・ギアを使うこともしなかった時点で気づくべきだった。とっさの判断全て、私のせいで吹き飛んだ。
考えればわかる、何があったのか。当たり前だ。現実なら、痛いほど理解しているのだから。

「先輩……」

「ほら、落ち着いて」

シーツで包むようにして、彼は私を暖める。だから私は、もう動けなくなっている。だって、彼を犠牲にしたのは私たち二人。

ごめん、ヤーグ。ジルもごめん。こんな人間で、ごめん。

言葉にすらならなかったそれを、今更掬ってほしいなどと。








……そして何もかもが終わってすぐ、彼はまだ仕事があると言って出て行った。そりゃな。明日に突撃を控えているそうだから。なんて完全に他人事。まあそりゃそうだ、ヴァニラとサッズがどうなってもいいとまでは言わないが、率先して救いに行こうと思えるほど私は善人じゃない。いや、ヤーグのことも気になるしちゃんと行きますけどね?
適当にシャツを羽織って、完全に衣裳部屋と化している彼に与えられた一応の自室へ行くと、どうやらまた増えているようだった。

「だから増やさんでいい、って言ってるのに」

結婚したらいろいろ顔出さなきゃいけないところも多いから、とかなんとか言って、彼はよく私に服やらアクセサリーやらいろいろと買い与える。それに、貰い物も多いのだろう。私の存在はよく知られているし、先輩を動かしたければまず私を動かそうとする人間は多い。

無意味なのになぁ……。嬉しくないとは言わないんだけどね、せめて自宅に送ってくれてもいいんじゃないですかね。

その中から適当に服と靴を引っ張り出す。適当に着てみて鏡の前に立ってみると、そこには顔色の最悪な女が一人。髪が生乾きなのも残念だが、まあ何をするでもないし。
とにかく酒だ酒。酒が呑みたい。もう呑まないとやってられん。ダイニングに抜けて小さなワインセラーを開く。多分最後の機会だから一番良い酒を開けて、呑めるようだったらライトたちにも持ってったげようかな……。

「……って、あれ」

……無い。無い。ここにあった筈のワインがない。とっときのお酒!!
ええええ。なぜ。なぜ無い。なぜ。だってここ先輩の部屋だぞ、掃除係もおいそれとは入らないんだぞ。おい。なぜ?……考えられる理由は、一つ。

私はそれに思い至るや否や、部屋の外へと駆け出したのだった。









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