いっそ枯渇してしまえばいいと







「や、久しぶり。……んんん、久しぶりってことはないか。せいぜい三日くらいだし、さっき会ってはいるもんね。私だってことくらいは気がついたよね?」

彼女はそう言ってから、兵士たちが自分に向けた銃に気を向ける。赤いポインタが、外に出た上半身に浮かび上がっていた。
ルカは口角を上げ小馬鹿にしたように笑う。それから、鋭い目と不遜な態度で「やめさせろ」とヤーグに低く声を飛ばす。

「お前だって武器は持っているだろう。丸腰でここまで来れたわけがない」

「まあ墓標を一つ引っこ抜いてきましたけどね。ご丁寧に転送装置までお供えされてたんで。……にしたって、私が動くより早く銃を抜ける自信も無い連中が天下のPSICOMだなんて面白すぎる。大体この状況で、私から切りかかるとか有り得ないでしょ」

「お前はいつも荒唐無稽なぐらいに、状況を変えるのが得意だろう?」

「あらあら、なんて素直な褒め言葉。しっかし、この包囲網ですら自信をなくさせるほど変なことなんてしたっけかなあ」

「年代順か?それともアルファベット順か?」

「嘘付けそんなにはないだろ。……ともかく、明らかに自分より弱い連中をいじめる趣味って持ってないの。ジルじゃないし。だから、この不快な行動をやめさせろ。何発撃たれようと、私はこいつらを皆殺しにすることくらいはできる」

彼女の言葉に一番焦ったのはスノウで、「おい何言ってんだ、そんなこと……!」と止めに入ろうとする。そこがルシ一味の関係の浅さで、ヤーグにはわかっていた。これはこの会話の枕詞に過ぎないと。
だから、ヤーグは片手を上げ、彼らに銃を構えるのをやめさせた。そして、苦笑混じりに口を開く。気の置けない友人らしい、気安さが僅かに滲む口調で。

「……お前が、出てくるとはな」

「出てくるさ。アンタのことは、私が一番わかってるんだもん。ここでアンタと話すなら、私をおいて他に誰がいる?……そういうわけで、チェンジ!スノウくん」

ルカはおちょくるような調子でそう言ったあと、手をくるりと回し、自分と入れ替わるようにスノウに指示する。スノウは危ないから自分にまかせろと静止するが、聞かずにルカは彼を中に押し込めた。軽くローキックさえも挟みながら。
そうしてスノウを避難させてしまって、ようやく彼女は彼と会話する態勢をとった。

「いやしかし、参るねー。起きたら異跡なんだもん。もーびっくりッスよ」

「それはそうだろうな。そしてルシにまでなったのだから」

「あれ、読み違い?アンタらなら誰より私を読み解いてくれると思ったのに。そんで気がついて絶望すればいいと思ったのは内緒」

そう言って歯を見せてルカはまた笑う。その言葉にはヤーグにしか判明しない冷たさがあった。

「……現実は厳しーッスねえ。ずっと一緒だと思ってた。アンタも、ジルも。それが簡単に、こんな簡単に終わるなんて、誰が予想できたんだろう」

「……私を責めるな。誰が悪いのかなんて、今更価値のある問答ではない」

「そうかな?私はわかってるよ。だから問答にもならないのさ。悪いのは全部、私。客観視するなら、友人に自分を殺すように仕向けたとさえとれるかもしれない。だって、私が正義心からパージに反対していたなら、ヤーグは私と来てくれたでしょう?それぐらい、私だってわかってんですよ」

それは問いかけるまでもなく事実として語られた。彼女の言葉に周囲は混乱し始めるが、二人が世界を構築する以上、その他大勢はその他大勢のままだ。
ヤーグは顔をしかめた。痛みを覚えるみたいな顔だった。

「それを、今更私に言うのか。もう全て終わっているのに、私に言うのか」

「終わってる?思ってもないこと言わないでよ。まだ終わってない。終わらせない。それだけはさせてあげない」

「お前がそれを望んでも、幕引きは簡単に訪れる。それを下ろすのは私の役目だ。始めたのも、私ならばな」

「うぬぼれ」

ルカが嘲るように言い、ヤーグはぐっと言葉に詰まる。それを見て、ルカはまた声を上げて笑った。
私との終わりを勝手に決めて勝手に全部実行したんだ、この程度の言葉嚥下してみせろと。失ったものがなんだったのか、自分が思い知ったように、誰しもが思い知ってくれと。

「あー、でも久闊を叙するには若干場が悪いわな。こんな話はまあ、来るかもわからないいずれに回すとして。ヤーグに一つチャンスをあげるよん。私を殺す、チャンス。一回くらい、私を思い切り斬ってみたかったでしょう?」

「その言い方は誤解を産むからやめろ」

そう言いながらも腰の細い刀剣を抜き取るヤーグ。なぁによ、やっぱりやりたいんじゃん。ルカはまたニヤリと笑った。風が髪を巻き込んで、舞い上がる。

「あは、じゃあ言い方を変えるわ。二度目の勝利のチャンスをあげる。私を殺すなら、やっぱ斬り合って勝利して、その上で殺すのが理想だったでしょ」

彼女を殺す、という言葉を繰り返し聞かされた故か、ヤーグが苦虫を噛み潰したような顔をするのをせせら笑う。そしてルカもまた、転送装置からハイペリオンを抜き取った。

最初に仕掛けるのはさてどちらか。なんて、自分も当事者のくせに思考は遠くにある。己の目的に気づかれさえしなけりゃなんでもいいのだが。あとは、読み間違いさえなければ大丈夫。んんん、それでもここはやっぱりこっちから行ってあげるのが礼儀かな。
ルカは笑った。

「ぅらあああッ!!」

ルカはハイペリオンを構え、真っ直ぐ駆けた。そしてタイミングを図って切り上げる。さあ、あなたもどうぞ、なんて意味を持って、声も併せて差し出した。
ヤーグはその誘いに乗って、剣を振り下ろす。それは斜めに滑り、瞬時に前回りで受身を取ったルカのすれすれを通っていった。あぶねえ。

ルカは受身を取ると同時に剣を持つ反対の手で跳ね、地面に着地すると同時にまた駆ける。そして、ヤーグにハイペリオンを叩きつけた。右、左、上、左。手の中で柄を回しながら何度も叩きつける。すべて捌かれているが、これは想定内。問題ない。
何度それが続いたのか、ある瞬間をヤーグは見つけた。ルカの隙。その瞬間に剣を思い切り弾き、彼女を蹴り飛ばそうとする。

が、それはまあ己の罠ですので。ルカは一瞬笑みを深めた。

剣を弾かれた反動で身を翻し、同時に彼女は剣の防御をかいくぐりヤーグの首すれすれに刃を宛てがう。読みどおりの角度。

しかし気づいた。彼に押し当てたハイペリオンの上に、そっと彼の剣が乗っている。
それはまっすぐ、ルカの首に向かって伸びて、突き刺さる数センチ手前で止まっていた。

「あは、演舞みたいね」

「……数を、重ねすぎたんだ」

お互いの癖も角度も手の内も、あまりに知りすぎている。だから己の罠に掛かるわけがないって?……違う。だから、こういう罠に嵌まるのだ。

ルカは、ヤーグの首元に宛てがった剣を引き、そして手を離した。剣先から落ちたそれは、カランと高い金属音を立て、石畳におとなしく転がる。ヤーグの驚きに見開かれた目を見返しながら、ルカは諦めたように小さく笑い。
そして、泣きそうな声を出した。

「できるわけないでしょーが。私はそれでも、君を×してる。ジルのことを×しているように、私は君を×している。罷り間違っても、私に君は殺せない。だって君らがいないと、どーせ私生きていけないもん」

「でも、」と声は続く。
ルカは皮肉げに顔を歪めながら、言葉を放つ。選びぬいた言葉が狙ったとおりに刺さるように。えぐるように。貫くように。
彼の心の奥のほう、大切なそれを傷つけるために。そこを破れば活路が開けるから。

破れば。彼の声なき悲鳴を無視して、心の柔らかいところを引き裂けば。

「君が望むなら、別に殺せばいいよ。私ね、殺されるなら、ヤーグかジルがいいなって、思ったから。一人で逃げながら、二人が来るのを少し待ってたから。だから、構わない。命ならあげる。ぜんぶ、あげる」

「……ッ!!」

「さ、どうぞ」

なんて、彼にはそんなことできないと、わかっていて言うのだ。ぐっと目を閉じて、続く最期に耐える姿勢を作る。ヤーグが泣きそうなくらいに顔を歪めていることには、気づかない振りで。
誰もが息を忘れた。あまりに悲劇的で、それでいてあまりに無味な、二人だけの世界。それを壊そうと、ヤーグがなんとか声を絞り出そうと、喉を震わせた瞬間だった。



破裂音。ついで煙幕。突然にヤーグ以外何も知覚できなくなった。
ルカは驚いて目を開き、ヤーグは彼女の首に押し当てた剣をひいて投げ捨てる。
そして、ルカが声を上げるより早く、ヤーグがルカを抱きしめる。それと同時に、銃声が……。

「え、」

ヤーグが力を失い、縺れて地面に倒れこむ。熱い何かが、服を通して染み込んだ。
……嘘でしょ?

「ヤーグ、やだヤーグ!」

鼻を突く血の臭い。ああ、こんなに×してる相手でも、さっき殺した兵士と同じ臭いの赤い液体が流れるなんて。
嫌だ。ヤーグが死ぬなんて、嫌。君らがいなくちゃ生きていけないのは、紛れも無く本当なんだよ。ルカは唇が震えるのを感じている。それと、生暖かい温度以外わからない。

「引け!引くんだ!」

遠くで兵がとりあえずの指示を出しているのが聞こえた。そして、すぐに兵士が一人、ルカとヤーグに気付いて駆け寄る。

「ヤーグが、ヤーグが……!」

「わかってます!わかってますから……早く逃げてください。このままここに居たら、俺たちはアンタを撃たなきゃいけなくなる。中佐が殺せないアンタを、俺たちが殺すわけにいかない」

そう言って、一人の兵士がヤーグを助けおこし、同時にもう一人の兵士が私を掴んで無理矢理立たせる。

「さあ、早く!」

「……、頼んだよ」

ルカの言葉に返答は無かった。言われるまでもないということか。

しかし、なぜヤーグが撃たれたのか。あの瞬間、ヤーグはルカじゃない誰かを見ていた。……もしかして、もしかしてそれは。

「ルカ!」

思考を巡らせ始めた瞬間、ライトニングが後ろから合流する。それにスノウ、ホープ、ファングも続いた。バルトロメイ氏は縛って人質の体裁を作ったらしい。
そうか、と一瞬安心するも、同時に空から何かが飛来する。……飛空戦車だ。おそらくヤーグたちの撤退の時間稼ぎのつもりなんだろう。ルカは呆然としたままで思った。

「げほ、くっそ!」

ガスが器官に入ったらしいスノウが咳き込む。あの傷だ、肺にも多少の損傷があるのだろう。下がってな、とルカは言おうとしたが、それはホープが代わってくれた。

「いいから、どいて!アンタの分まで、僕がやる!」

最初のころ、蹲って震えていた彼とは別人のようだった。
ルカは服に染み込んだ血が温度を失くしてゆくのを感じながら、地面に落ちたハイペリオンを再度拾い上げた。自分だってただ震えているわけにはいかないと、知っているから。







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