何にしろ現実。








「俺の責任です。すみませんでした!」

部屋に入るや否や、土下座をかましたスノウくんに一瞬びびる。
あっ違う本人真剣だこれ!謝ったもん勝ちみたいな、そういうあくどい話じゃない!

「スノウが居なかったら、帰ってこられなかったんだ」

うつむいて、手で顔を覆うバルトロメイ氏に、ホープくんがそう零す。それを聞いて、ゆっくりと氏は顔を上げた。

「スノウ君。妻は……ノラは、何か言っていたかね」

氏の声に、スノウも顔を上げ、「ホープを……ホープ君を、頼むと」と返す。
ホープくんもその言葉にそっと頷いて、それが真実であることを示した。と、バルトロメイ氏は、一瞬だけぐっと目を閉じ、強い眼差しで姿勢を正し……スノウくんに向き直る。そして、そのまま、頭を下げた。

「息子が、お世話になりました」

少し、驚いた。妻の死の一端らしいスノウくんを責めるより、息子の無事に感謝するのか。……いや、でもよくよく考えたら当たり前か。あんな状況だったんだし、少しでも冷静ならスノウくんを責めるべきじゃないってわかるよな。

「……こうして面と向かっていると、君たちをコクーンの敵と信じるのは難しいね。だが、世間は君たちルシを……いやルシだけじゃないな、手を貸した人間、血縁……極端な話、すれ違っただけの人間ももうパージすべきと考えている」

「聖府はファルシの言いなりなんだ!ファルシは、俺たちの命なんてなんとも思っちゃいない。俺たちが止めます。聖府を倒して、コクーンを守ります!」

「……倒して、いいのかね」

神妙な顔に、スノウくんは言葉に詰まる。妻を奪われた氏なら賛成してくれるはずだと思ったからか、それとも疑問符を上げられたのは始めてだからか。

「ルシが聖府を倒したら、皆ますます下界を恐れるよ。今度は怯えるだけでなく武器を取って、自ずからパージを始めるだろう」

「市民みんなでルシ狩りか……」

「じゃあどうしろってんだ!?ルシは黙ってやられろって?他人事だと思って……」

ファングはそうキレかけるが、氏が「他人事じゃないさ」と苦笑して気づく。先程氏も言った。ここまで手を貸したら、彼もパージ対象だ。まして、息子がルシなのだ。他人事であるはずがない。そして私が、ふむ、とため息をついたのに気付いた氏が、私を見る。

「君は?大佐。何か、考えがあるんじゃないのか?」

「あー……。聖府を倒すところまではまあ及第点、でしょうか。このまま放置はさすがにどうかと思うし、必要な過程だとは思います。問題は次ですね。ファルシが居なくなっても世界はきちんと回るのか、そして回せるのか。一応の仮想はありますが、上手くいく保証は無いです。とりあえず、リーダー候補は居ますから、そこから先はあの人に丸投げでいいでしょう」

「あの人、とは?」

氏が視線を傾けて聞いてくる。が、まだそれを言っていい段階かわからぬ。ので、話を積極的に逸らすことにする。

「今はコクーンの行く末より大事な問題があります。あなたです。あなたの保護。ここまでしちゃったら、もう聖府にとっちゃただの反逆者」

「……やっぱり、帰ってこなければ……」

ホープくんが私の言葉に視線を落としてうつむく。が、氏がその肩を抱いて安心させるように言った。

「お前の家は、ここだ。これから何をすべきかは、みんなで考えようじゃないか」

そして、場に穏やかな空気が流れる。ホープくんもこうして見ると少年に見えるな。さっきまでの険しい表情はおよそその年齢には見えなかったのだけれど。
その時だった。ピシ、と電流の走る音が、俄に……耳に届いた。

「!?」

私が驚いて視線を動かすと同時に、上からも押し殺した足音が。……来やがったか。

「上ッ!」

私が叫ぶと同時に、天窓が割られ、兵がするすると二人降りてくる。そして壁の大窓も割られ、そこからも二人。私は転送装置に手をやりハイペリオンを呼び出す。と同時に、スノウくんが傷口を押え前に出ようとする。

「ホープ、奥に親父さんを……!」

「その傷じゃまだ無理です!……僕が、残ります。父さんを頼みます」

ホープくんのその声に、スノウくんは一瞬驚きつつも頷いて、氏とともに背後に消える。そして目の前には兵が数名。駆逐兵だ。立てこもった相手専門の兵隊。

「はん、だからって……4人で私の相手しようとは、命を粗末にしすぎだろ」

「ルカだけじゃないだろ。私も、だ」

「おいおい、ファング様を忘れちゃ困るぜ」

「僕もいます!」

4人で横に並び、武器を手に取る。ほーら、まさか勝てるわけないでしょ?私はハイペリオンを彼らに向け、開戦を告げた。

弾が跳ねるように飛び出して、一人の頭を貫くと、兵士はいきり立って銃を手に向かってくる。がホープくんがプロテスを張り、弾は誰にも届かない。
そして、とびかかったファングの槍が一人の心臓を差し貫いて、同時にライトがファングに銃を向けた兵を切り捨てる。私はハイペリオンを叩きつけ、最後の一人の息の根を止めた。

「ほら、だから万に一つも勝てないよってのに」

「……、あ」

ホープが声を上げると同時に、外に飛空艇が飛来したのがわかる。そして、外からは断続的な足音。あーあ、囲まれちった。

「おーおー、すんげえ数」

「次は、家ごと吹っ飛ばしにくるかな」

ライトがそう言って、続きの部屋からこちらを伺っていたスノウくんとバルトロメイ氏を手招きして呼ぶ。私とライト、スノウくんは大窓の傍に寄り、外を眺める。これを突破せにゃならんのか。うわめんどくさい。
そう思った時だった。やたら神妙な顔をしていたスノウくんが、「俺が行く」と訳のわからんことを言い出す。そしてコートを窓の前に差し出して降る。コートは一瞬で穴だらけになった。

「スノウ!?」

「撃つな!お前らに、ルシの正体を見せてやる!」

スノウくんはライトの制止など聞かず、外に声を張り上げる。
数秒待つも、銃弾がもう降らないのを確認すると、スノウくんは両手を上げて外に体を出す。照準が赤く、スノウくんに集まった。

「見ろよ。これがルシだ。どうだ、化物でも何でもねえだろ!お前らと同じ人間だ!コクーンで生まれ育った人間なんだ!わかるか、コクーンは故郷なんだよ!滅ぼしたいわけがあるか!コクーンを守りたい気持ちは、お前らと一緒なんだ!!」

その言葉に、明らかに動揺が見て取れた。兵士とて人間、化物でないと言われたら銃を持つ手も震えるか。が、その動揺を鎮めるように、彼らの後ろから、男が一人進み出る。

「スノウ・ヴィリアース君だったな。私はPSICOMのヤーグ・ロッシュだ。君の主張は理解できる。だが、下界の脅威はコクーン全体の問題だ。君たちルシが存在するだけで、市民全てが危険にさらされる。スノウ君。君一人の命と、コクーン市民数千万の命。引換にできるか。私にはできない。よって、ルシの処分を命じる他ない。恨むなら、私を恨め」

ロッシュはそう言って踵を返そうとするが、そんな論理が許せるわけがない。
スノウくんは怒りを全て彼にぶつける。

「ふざけんな!ルシが邪魔ならルシだけ狙え!関係ない人たちを巻き込むな!今すぐパージをやめろ!!」

「好き好んでパージを行っていると思うのか!?下界の脅威を取り除かねば、民衆の恐怖は抑えられん!犠牲を払ってでもパージを断行せねば……コクーンは死ぬ!」

「……ぷくはっ」

ちょっとあのごめんなさい、限界でした。シリアスムードが限界なのもそうですが、何よりヤーグを殴りたい気持ちがとても限界でした。限界吹っ飛ばしてむしろ吹き出しました。
だって君の苦悩の表情が見なくてもわかっちゃうくらい、私は君をまだ×してるんだよ。笑っちゃうよね。ごめんね。

「ねえライト、幸運だよ。生きてここから出られる。とても簡単に、生き残れる」

おいルカ、とライトが止める。が、それには気にするなとばかりに手を振って、私も立ち上がり、外に体を出す。

「呼ばれてないけどやってまいりましたルカちゃんでーす元気ー?顔色は若干悪そうねえ、ちゃんと寝ないとダメですよー」

場の空気をぶち壊すのに成功したってことは、まあ言うまでもないだろう。私はヤーグの超微妙な表情に、にっこりと口角を上げて笑った。
エアークラッシャーとお呼び。







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